その場にいた皆は目の前で起きたことに絶句した。

一振りの剣が恭也の右手に突如現れ、皆の頭にその剣から放たれた思われる声が聞こえ。

次の瞬間には自分たちと対峙していた男たちが倒れ付していたのだ。

恭也もいつの間に動いたのか倒れ付している男たちを見下ろす位置におり、剣には男たちのものと思われる真っ赤な血が付着していた。

そして何より皆が言葉を失ったのは、剣を持つ恭也の表情だった。

まるで殺すことを楽しむような狂気に満ちた笑み。

会ってまだ数時間とはいえ恭也の人柄は十分に理解していた。

だから、その恭也があんな笑みを浮かべていることが信じられなかったのだ。

 

『久々の戦闘かと思い楽しみにしていたのだが……あっけないものだな』

 

自らをバゼルシャルトと言ったその声は落胆したように呟く。

その声に再度驚く皆の中で、唯一我に返ったミルリーフは叫ぶように声を発する。

 

「早くその人の中から出て行って!!」

 

『我に命令するな、至竜の小娘。 我に命令していいのは主のみだ』

 

「っ」

 

底知れない殺気が放たれる。

ミルリーフはその殺気に震えそうになるのを必死に抑え、恭也の持つ剣―バゼルシャルトを睨む。

だが、バゼルシャルトはそれを意にも返さず平然とした声で言う。

 

『だがまあ、今回主が望むことは完遂したからな。 我はこれで引っ込むとしよう』

 

バゼルシャルトのその言葉にミルリーフは目に見えて安著したようにほっと息をつく。

だが、その安著も次の言葉で消え去ることとなった。

 

『今回の代償は……』

 

「代償……記憶を奪う気なの!?」

 

『当たり前だ。 主とはいえ、力を貸したのだ……ならば代償を貰うのがスジというものだろう』

 

それを言われると何も言えなくなる。

いや、言っても意味がないのだ。

魔剣が代償を貰うと言えばどんなことをしても代償となるものを奪われる。

それは恭也からバゼルシャルトを剥がしたとしても同じことだ。

バゼルシャルトと恭也は心で繋がっている。

だから物理的に引き剥がすのは意味を成さないのだ。

 

『代償は、そうだな……幼少時の記憶』

 

そう告げるとバゼルシャルトは小さな黒い光を発する。

その光はすぐに収まり、バゼルシャルトは光の粒子となって恭也の中へと入っていった。

完全に恭也の手からバゼルシャルトが消えると、恭也は支えを失ったかのように地面へと倒れる。

それに呆然としていたライたちも我に返りすぐに恭也へと駆け寄る。

 

『代償、確かに頂いた……』

 

バゼルシャルトの呟いたその言葉はもう誰にも聞こえることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Lost Memory

 

【第一章 侵食汚染】

第四話 語られざる歴史

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倒れた恭也を再びミントの家のベッドに運び皆は恭也を起こすまいと部屋の隣の部屋で話し合う。

話の題は先ほどの戦闘での恭也の持っていた魔剣、バゼルシャルトに関してのこと。

ミルリーフから魔剣についての説明は聞いたが現実にその魔剣が見せた力に皆は驚きを隠せなかった。

だから魔剣に関するもっと詳しいことをミルリーフに説明してもらおうというわけである。

 

「それで、あれはなんなんだ? 魔剣、じゃなくて神剣ということは聞いたけど、あんな神剣、聞いたことないぞ」

 

「そうだね。 神剣自体あまり世には出てないから詳しくは知らないけど、あれはどう見ても魔剣そのものだよ」

 

二人は口々にそう言ってミルリーフの説明を待つ。

しばしミルリーフは少し暗い表情で黙していたが、数分後に重たげに口を開いた。

 

「さっきも説明したとおり、あれは昔は今のように禍々しい感じはまったくないちゃんとした神剣だったの。 あの時までは……」

 

「あの時?」

 

ライは最後の言葉に反応しそれを繰り返すように聞く。

ミルリーフはそれにやはり重たげな口でそのことを話し出した。

 

「神剣はいつも自らの意志で所持者を選ぶ、ていうのは説明したよね?」

 

「ああ」

 

「だったら神剣っていうことでわかると思うけど、悪しき人を神剣は所持者と認めないの。 つまり神剣は所持者の力よりも先に心を見る。 その心に悪しき部分があったら神剣は認めない。 だから神剣所持者は全員が全員、綺麗な心の持ち主だった」

 

「なら、何で今みたいに?」

 

「…… 遠い昔、神剣バゼルシャルトはある一人の天使を所持者と認めたの。 その所持者は天使というだけあって例に漏れず綺麗な心を持っていた。でも、その所持者 のいた時代には大きな戦乱が起こっていたの。 霊界サプレスの悪魔たちとリィンバウムの人々との大きな、大きな戦乱」

 

「それって、聞いたことあるわ。 確かサプレスから攻めてきた悪魔たちと戦うためにリィンバウムの人々とサプレスの天使たちが力を合わせて戦ったって言う……」

 

「確かに歴史ではそう伝えられてるけど、真実は違うの……」

 

「違う?」

 

「うん……最初は天使と人間が力を合わせて戦ってたけど、一部の人間のとある暴挙にサプレスの天使は人間を見放して元の世界に返ってしまった」

 

「なら……どうして今の世があるんだ?」

 

「それはね、パパ。唯一見放さなかった天使が存在してたからだよ。 一人は豊穣の天使アルミネ、そしてもう一人はその神剣の所持者で慈愛の天使フィオナ」

 

「アルミネは聞いたことあるけど、フィオナ……聞いたことないわ」

 

「それは仕方ないよ。 彼女はほとんど表に出なかった天使だから」

 

「ふ〜ん……でも、天使が扱ったんなら問題ないはずじゃないか?」

 

「普 通なら、ね……でも、その見放さなかった天使の一人、アルミネに対して人間はまたも許されざる暴挙に出たの。 そしてそれが、もう一人の天使であるフィオ ナの人間を信じ愛していた思いを砕き、結果としてフィオナは心を崩壊させてしまった。 それに呼応して神剣の意志さえも……壊れ、歪んでしまったの」

 

「それで……どうなったの?」

 

「…… 心を崩壊させたフィオナは自身の力と神剣の力を使ってリィンバウムそのものを消そうとした。 でも、それは人間たちが多大な犠牲を払ってフィオナを抑え、 宝玉にフィオナを封印することで免れることが出来た。 そしてフィオナを封印した宝玉と神剣は引き離され、人目のつかぬ場所に隠されたの。 もう二度と、 世に出ないようにって……」

 

「じゃあ……私たちの知っている歴史は大部分が改変されたものっていうことなの?」

 

「……うん」

 

「でも、なんで今その神剣があるんだ? 世に出ないように隠されたはずなのに」

 

「それは……」

 

そこでミルリーフは疑問に思う。

あのときはバゼルシャルトを恭也に渡そうとしたことに反対するだけだった。

だが、今になって思えば、なぜあの少女がバゼルシャルトを持っていたのか。

そもそもあの少女はいったい何者なのか。

ミルリーフでさえわからないことだらけだった。

 

「ごめんなさい、パパ。 それはミルリーフにもわからないの……」

 

「そうか……」

 

そう言ってライは少しだけ残念そうな顔をする。

だがすぐに笑みを浮かべて、気にするな、と言いミルリーフの頭を撫でる。

ミルリーフはまだ若干暗い顔をしながらも小さく頷く。

 

「それで、次は恭也についてのことだけど……」

 

そこでライの言葉は家の玄関の扉が叩かれる音で遮られる。

来客かな、と思いミントは玄関へと駆けていき、一応用心のためにライもついていく。

後にただ一人残ったミルリーフは……

 

「いったい……何が目的なの」

 

そう小さく呟いて思考の渦へと沈むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、部屋へと戻ってきたライとミント。

その後ろにはさっき扉を叩いた人物である女性―リシェルがいた。

リシェルは部屋に入るなり、少し怒ったような表情でライに対し口を開く。

 

「まったくいつまで待たせる気よ、あんたは。 すぐ帰ってくるって言うからずっと待ってたのに」

 

「しょ、しょうがないだろ。 最初はそのつもりだったけど、いろいろとあって遅れざるを得なかったんだよ」

 

「いろいろ、ねぇ……浮気とか?」

 

「んなわけねえだろ!」

 

「じゃあ何よ? 言っとくけど、アリアだけじゃなくてあたしも楽しみにしてたんだからね。 ちゃんとした理由じゃなかったら……」

 

「はぁ……実はな」

 

溜め息をついてライは事の事情を説明し始める。

ちなみに説明しておくと、アリアというのはライとリシェルの間にできた子供である。

性別は女、歳は今年四歳というまだまだやんちゃなお年頃である。

そのアリアは今日、最近仕事も含めていろいろと忙しい両親と久しぶりにお出かけという約束を数日前からしていた。

約束をしてからアリアはずっと楽しみにしており、当日になった今日も目に見えてご機嫌だった。

そしていざ出かけようといった矢先に、ライがミントのところに行っているミルリーフを迎えに行くと言い出した。

まあ、そこからミントの家までそう遠くない距離なのですぐ帰ってくるといって出かけたのだ。

が、まあ、ライの言葉通りいろいろとあり帰るのが多大に遅れてしまい、結果として痺れを切らしたリシェルが呼びに来たというわけだ。

 

「ふ〜ん……そんなことがあったの」

 

「ああ。 て、そういえば、アリアはどうしたんだ?」

 

「あの子なら家で待ってるわよ」

 

「……一人でか?」

 

「そんなわけないでしょ……ちょうど家に訪ねてきたグラッドに面倒を見てもらってるわよ」

 

「あ〜……そっか。 そりゃ悪いことしたな」

 

「まったくその通りね。 で、どうするのよ? 事情を聞く限りじゃ、あんただけ帰るってわけにもいかないんでしょ?」

 

「まあ、そうだな。 悪いけど……」

 

「はぁ……わかったわよ。 アリアにはあたしから言っとくわ。 でも、帰ってからちゃんと謝っときなさいよ?」

 

「わかってるって」

 

ライの返事にリシェルは小さく頷き、ミントとミルリーフに、じゃあね、と一言言って部屋を後にした。

リシェルが帰った後、ライは疲れたように小さく溜め息をついて近くの椅子に腰掛ける。

 

「ライくん、結構尻に敷かれてるんだね」

 

「そうか?」

 

「うん。 だって、リシェルちゃんの言うことにライくんたじたじだし」

 

「……そう言われるとそうなのかも」

 

「でも、今でも仲はいいよね。 やっぱり夫婦は違うな〜」

 

「そういうこと言わないでくれ……恥ずかしい」

 

若干赤面するライにミントは小さく微笑を浮かべる。

そこで二人は気づくのだが、先ほどからミルリーフが一言も発していない。

昔みたいに構ってというようなオーラは出しこそしないが、それでもまだライに甘えることが多い。

そんなミルリーフがライのいる場でまったく会話に入ってこないというのはほとんどない。

それを知っているから二人は不思議に思い、ミルリーフに視線を向ける。

 

「……」

 

二人の視線に先に映ったミルリーフは視線を向けられていることにも気づかないほど深く考え込んでいた。

いつものミルリーフからはちょっと想像できないほど真剣な顔で。

それに何を考えているのかが二人にはだいたい分かってしまう。

今回の事件に関してのこと、そしてあの魔剣と呼ばれた神剣に関してのこと。

それらについてミルリーフは考えているということを。

だからか、二人は声を掛けずにじっとミルリーフが思考の渦から戻ってくるのを待つことにした。

しかし、いくら待てどミルリーフが思考の渦から帰ってはこず、ただ時間だけが刻々と過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い、何も見えないほど暗い空間。

そこに恭也の意識は漂うようにそこにあった。

どこかで見たことがあるような場所。

でも、それとはどこか違う感じがする場所。

しかし、そのどこかさえも恭也は思い出すことはできなかった。

 

『何を望む……』

 

どこかで聞いたことがあるような声で問われる。

そのどこかもやはり恭也は思い出せない。

 

『代償を払い、力を得て、お前は何を望む……』

 

「俺の……望み…」

 

そんなものは決まっていた。

代償を払いってでも力を得て恭也が望むこと。

それは……

 

「皆が、笑って過ごせる未来を……俺は望んでいる」

 

皆が笑っていられる未来、昔も今も恭也が望むことはそれだけだ。

だからこそ、今まで守るために力をつけてきたのだ。

 

『そうか……だが、それは無理だ』

 

「え……」

 

『今のお前は何も気づいてはいない……わかってはいない』

 

「何を、言って……」

 

『お前は自身の過ちに気づかぬ内は・・・・・・その望み、永遠に叶わない』

 

「あやま……ち?」

 

『考えるがいい、恭也。 そしてお前がその過ちに気づき、真に力を欲したとき……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前に、私の力を貸そう……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

はいは〜い、久しぶりの更新で〜す。

【咲】 おっそいわ!!

ぴぎゃっ!!

【咲】 このおばか!! おばか!!

ふごっ!! げふっ!!

【咲】 フー、フー。

い、いててて……。

【咲】 まったく……一ヶ月近くも間空けるってどういうことよ!!

しょ、しょうがないだろ。 メントラの更新をメインでやってたんだから。

【咲】 両立しろっていったでしょ。

いや、無理。

【咲】 即答すな!!

へごっ!!

【咲】 まったく……次回の更新はもっと早めにするように。

ぜ、善処します。

【咲】 はぁ……じゃ、今回はこの辺でね♪

また次回で〜ノシ

 

 

 

 

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