あの言葉を告げられると同時に恭也は目を覚ました。

眠っている間に掻いたのか、額には汗が目に見えて浮かんでいる。

恭也はその汗を手で拭ってから周りを見渡す。

 

(ここは……さっきの部屋か。 じゃあさっきのあれは夢、なのか?)

 

周りを見渡した後、恭也は腕を組んで考え込む。

先ほど恭也に対して向けられていた声は明らかに夢とは言いがたい何かがあった。

だが、目覚めてみれば先ほどの場所とはまったく違う場所のベッドの上。

結局、あれは本当に夢だったのか、という恭也の疑問は解けることなく考えるのを諦めた。

 

(それにしても……あの後どうなったんだ?)

 

先の疑問を諦めた恭也に次に浮上した疑問。

それは自分がライたちを助けに出て、バゼルシャルトを呼んだ後のこと関してだった。

バゼルシャルトの声が聞こえて、言われたとおりその名を呼んだ瞬間、恭也の意識は落ちてしまったのだ。

だから恭也はあの後どうなったかということを知らない。

そしてそれ故にそれが疑問として浮上するのだが結局これも一人で考えたところで解けることはない。

それがわかったからか、恭也はベッドの上から降りてライたちを探すべく部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Lost Memory

 

【第一章 侵食汚染】

第五話 失われた記憶

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋を出た恭也がライたちと遭遇するのにはそう掛からなかった。

探し回るほどミントの家は広くないのだから当たり前と言えるだろうが。

ともあれ、部屋から出てすぐにライたちのいる部屋へと辿り着いた恭也にライたちは驚き心配そうな顔で口を開く。

 

「もう、大丈夫なのか……?」

 

「ええ。 特に痛みがあるわけではないので大丈夫です」

 

「あれだけの戦いをしたのに……ある意味凄いね」

 

「あれだけ?」

 

「まさか、覚えてないのか?」

 

「ええ。 バゼルシャルトの声が聞こえて、それを呼んだ瞬間からその、記憶が飛んでまして……」

 

その言葉にライとミントは若干驚きつつもあのときの様子を思い出して納得する。

バゼルシャルトを手にした後の恭也は目に見えて様子がおかしかった。

それはまるでバゼルシャルトに体を乗っ取られたかのような、そんな様子だった。

納得したからか、二人は恭也に先ほどの戦いの詳細を話す。

そして話し終わった後、恭也は腕を組んで、ふむ、と言った呟き口を開く。

 

「そんなことがあったんですか……にしても、幼少時の記憶、か」

 

「どう? 思い出せる?」

 

「……」

 

腕を組んだまま目を閉じて考え込む。

そして恭也は頭の中で昔のことを掘り返していく。

それはドンドン昔へと遡り、そしてある地点で止まる。

 

「思い出せない……」

 

そう呟いて恭也は頭を抱えだす。

あったはずの幼少時の記憶、その部分だけがぽっかりと抜け落ちていた。

いくら悩み思い出そうにも、まったくそのころのイメージが浮かび上がらない。

それに頭を抱えたまま戸惑いを露にする恭也を二人は慌てて落ち着かせる。

そしてなんとか落ち着いた恭也はまだ浮かない顔をしつつも取り乱したことを謝罪する。

 

「すみませんでした……取り乱してしまって」

 

「いや、気にしてないよ。 記憶がなくなったなんてことになったら誰でもそうなると思うからな」

 

「それにしても、バゼルシャルト……だったよね。 あれの言ってたことって本当だったんだ」

 

「力の代償……か。 確かにあの力は凄まじいの一言だったけど、代償が記憶じゃあ使う気にはなれないな」

 

「そうだね。 恭也さんも今後、バゼルシャルトが呼びかけても応えないほうがいいわね」

 

「はい……」

 

恭也はやはり戸惑いながらも深く頷き、先ほどから気になっていたことを口にする。

 

「あの……さっきから気になっていたんですが」

 

「ん? あ、ああ、ミルリーフのことか?」

 

「ええ。さっきからまったくこちらの話が聞こえていないかのように考え込んでるんで、どうしたのかと」

 

「う〜ん……たぶん、今回のことに関して悩んでるんじゃないか? ミルリーフ自身、いろいろと知ってるみたいだし」

 

「そうなんですか……」

 

「それにしても、恭也さんはミルリーフちゃんを見ても驚かないんですね」

 

「驚く、というと?」

 

「ほら、ミルリーフちゃんの角とか尻尾とか……」

 

「尻尾は珍しいことじゃないけど、角っていうのは結構珍しいからな。 俺たちは最初に見たとき結構驚いたけど、恭也はそうでもないのか?」

 

「いや、驚きはしましたけど……なにぶんこういったことにはある程度の免疫が出来てしまってまして」

 

そう言ってなぜか遠い目をする恭也にライとミントは首を傾げる。

まあ、元いた世界は本来普通であるはずなのだが、恭也の周りだけなぜかそういった人間が多い。

それを思い出して恭也自身から哀愁のようなものが漂ってもおかしくはないだろう。

 

「なんだかわからんけど……苦労したみたいだな」

 

それを感じ取ったライは慰めるように恭也の方をぽんぽんと叩く。

ミントに至っては事情を知らないはずなのになぜか哀れそうな目で見ていたりする。

 

「と、話が脱線したみたいだから戻すけど……恭也はこの世界、リィンバウム出身なのか?」

 

「いえ、俺は出身は地球と言うところですね」

 

「地球? あ〜、そういえば親父もそんな場所から来たって言ってたな」

 

「そうなんですか?」

 

「確かな。 でも、親父と同じ出身地なのに恭也は至って普通そうだな。 いや、親父がおかしすぎるのか?」

 

「……いったいどんなお父さんなんですか?」

 

「あ〜……語り始めたら切りが無いから…あえて一言で言えば、駄目親父だな」

 

そう言って父親を思い出し、怒りが込み上げてくる感覚をライは覚える。

その様子にミントは苦笑し、恭也はその頃の大半の記憶がないにも関わらずどこか共感できるように感じていた。

 

「まああの駄目親父はさておき……この世界出身じゃないってことだけど恭也は泊まる場所とかあるのか?」

 

「いや、ありませんね。 まあ、野宿とかでも構いませんし問題はないと思いますよ」

 

「そうか……なら、俺の所に来ないか? こう見えても家は宿を経営してるから部屋は余るほどあるしな」

 

「お気持ちは嬉しいんですが、お金もありませんし何より長居になってしまいますのでご迷惑かと」

 

「迷惑なんてまったくないさ。 お金の件も多少宿を手伝ってくれればそれで問題なし、てことでどうだ?」

 

「えっと……なら、お言葉に甘えて」

 

「よし。 そうと決まればさっそく宿のほうに戻るか。 リシェルやアリアにも言わないといけないしな」

 

そう言ってライは椅子から立ち上がり今だ考え込んでいるミルリーフに声をかける。

ミルリーフはその声に思考の渦からやっと帰還し、恭也が宿に来ることを告げるとわかったというように小さく頷いた。

そして三人はミントの家を後にしライの経営する宿、忘れじの面影亭へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ」

 

宿へと向かう道を歩いている途中、ライは何かを思い出したかのように声を上げる。

それにどうしたのかと思った恭也とミルリーフはライのほうを向き、ライは少し頬を掻きながら思い出したことを口にする。

 

「今更なんだけど……恭也のこと呼び捨てで呼んでいいか? どうもさん付けや敬語っていうのは苦手で」

 

本当にそれは今更だった。

その言葉に恭也は少しだけポカンといった表情をし、すぐに苦笑して頷いた。

 

「じゃあ、俺に対してもさん付けや敬語はしなくていいぞ。 俺のほうが年下なんだしな」

 

「わかった」

 

「あ、ミルリーフもパパと同じでさんや敬語はいらないよ」

 

「いや、元から恭也はどっちもしてなかったと思うんだが……て、そういえばなんでミルリーフにだけ最初からさん付けや敬語なしだったんだ?」

 

「あ〜……なんでだろうな。 正直自分でもわからんが……たぶん」

 

「たぶん?」

 

「妹と同じ感覚で話してしまったのかもしれないな。 外見や性格などはまったく似てないんだが」

 

「雰囲気が似てるとかか?」

 

「たぶんな。 なんとなくだから断言はできんが」

 

「そうなんだ。 じゃ、ミルリーフもお兄ちゃんって呼ぼうかな。 前からお兄ちゃんって欲しかったし」

 

そう言ってミルリーフはどこか嬉しそうな顔をする。

まあライの家では妹はいても姉とか兄とかがいないからそういった者にが欲しかったのかもしれない。

たまにグラッドやらセクターやらが尋ねてきたりはするがあまり多い頻度でもない上に兄と呼ぶような感じではない。

まあグラッドは兄と呼んでも違和感はないが、父親が兄のように慕っている人物を自分も兄と呼ぶには抵抗があるのだろう。

だから、今まで兄と呼べる存在が自分の周りに居なかったため、どこか兄のように思える恭也に喜びを感じるのもしょうがないと言える。

 

「俺は構わないが……俺みたいなのが兄では嫌じゃないか?」

 

「そんなことないよ!」

 

「そ、そうか……」

 

力いっぱい否定するミルリーフに恭也は気圧されながらも頷く。

それを肯定されたととったミルリーフは一転して嬉しそうな顔に戻る。

 

「と、ついたな。 ここが俺たちの家兼宿の忘れじの面影亭だ」

 

話をしているうちに宿へと到着し、ライは宿の前でそう言つつ入り口へと向かう。

 

「ほら行こ、お兄ちゃん」

 

「あ、ああ」

 

ミルリーフの手に引っ張られるようにして恭也は止まっていた足を動かす。

そして入り口を入っていくライに続き、二人の姿も宿の中へと消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

【咲】 ミルリーフの感じが今までと一転してる気がするんだけど?

ま、まあそこは兄が出来たことが嬉しかったから、ということで……駄目?

【咲】 はぁ……まあいいわ。

ほ……。

【咲】 で、やっとのことで恭也がライの宿に来たってことだけど、次回はどんな感じになるの?

あ〜……次回はお待ちかねのライとリシェルの子供登場!ってとこかな。

【咲】 前回から名前だけが出てたキャラね。

そうそう。

【咲】 やっぱり恭也はその子供でさえも落としてしまうわけ?

さあ、どうだろうね。

【咲】 次回を待てってことね。

そういうこと。 じゃ、今回はこの辺で!!

【咲】 また次回ね〜♪

 

 

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