ライとミルリーフの案内で町はずれの宿、忘れじの面影亭に来た恭也。

その恭也は現在、若干困ったような状況に陥っている。

 

「う〜ん……あったか〜い」

 

昼の時間もかなり過ぎているため恭也たち以外誰もいない食堂。

その食堂の一角にあるテーブルの椅子に座る恭也の膝にて、一人の女の子が抱きつきながら腰掛けていた。

肩ほどまである金色の髪に赤と白の衣服を着たその女の子はとても安心感を覚えているような表情で恭也の胸に擦り寄る。

それに恭也は引き剥がすこともなく女の子の頭を優しく撫でながら、目の前に座るライたちに困ったような顔を向ける。

顔を向けられたライたちも恭也と同じく困ったような苦笑を浮かべていた。

 

「ずいぶん好かれたな、恭也」

 

「ほんと……人懐っこい子ではあるけど、ここまでは初めて見たわ」

 

「む〜……」

 

ライとリシェルは口々にそう言い、ミルリーフは唸りながら女の子を羨ましそうに見る。

そんな二人の言葉やミルリーフの視線など気にしてないかのように女の子は恭也に頬を擦り寄らせる。

恭也も女の子の行動とミルリーフの視線に困ったような顔をしながらも女の子を撫で続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Lost Memory

 

【第一章 侵食汚染】

第六話 好かれる性質

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、まずなぜこのような状況になっているのかを説明しよう。

こんな状況になる三十分ほど前、忘れじの面影亭へと戻ったライはまず恭也にリシェルと子供であるアリアを紹介するために呼びに行った。

その一方で恭也はミルリーフに案内されるように食堂の一角にあるテーブルへと向かい椅子に腰掛けてライが戻るのを待っていた。

そして待つことしばし、二人を呼んで戻ってきたライはどことなく困ったような表情をしていた。

その後ろには呼びに行った一人であるリシェルとリシェルに抱っこされながら顔を胸に押し付けて泣いている女の子がついてきていた。

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、どうかしたと言えばそうなんだが……」

 

「こいつがこの子との約束を破ったからこの子が泣いちゃったのよ」

 

ライの言葉を代弁するようにリシェルが女の子をあやすように撫でながら言う。

リシェルの言葉でなんとなく大体のことがわかった恭也は申し訳なさそうな顔で謝罪を口にする。

 

「すみません、俺のせいで……」

 

「恭也が気に病む必要はないさ。 あの状況ならしょうがないことだしな」

 

「あたしもライから聞いただけだけど、こいつと同じ意見よ。 あ、名乗り忘れてたけど、あたしはライの妻でリシェル。 この子は私たちの子供でアリアよ。 よろしくね……えっと」

 

「あ、こちらこそ申し遅れてすみません。 自分は高町恭也と言います」

 

「タカマチ……キョウヤ? 珍しい名前ね」

 

「そうですか? 自分の世界では結構普通の名前なんですが」

 

「自分の世界……ああ、そういうことね。 なら納得だわ」

 

先ほどの恭也と同じようにそれで大体のことが分かったリシェルはそう言って頷く。

 

「で、紹介も終わったところで……どうするか?」

 

「恭也……あ、呼び捨てにさせてもらうわね。 で、恭也の部屋とかを決めないといけないんだけど……」

 

二人は話を進めようとするがリシェルが抱っこしている女の子―アリアの泣く声がそれを遮る。

それにさすがにこのまま話を進めるのはどうかと思い、リシェルはアリアに泣き止むように撫でながら声をかける。

 

「ほら、そろそろ泣き止んで。 アリアが泣いてたらパパもママも困っちゃうし、それに悲しくなっちゃうから」

 

「っ…ひっく……うぅ……」

 

「ね、お願い。 お出かけならまた今度連れてってあげるから」

 

撫でながら他の者と話すときとは違った優しい声でリシェルはそう言う。

それにアリアはまだ完全に泣き止むことはないが、わかったというように小さく頷く。

アリアが頷いたのを見てリシェルはもう一撫でしてアリアを下に降ろす。

床へと降り立ったアリアはやはりまだ泣き止むことはできずにリシェルの服を掴みながら泣きつつ俯いていた。

 

「う〜ん……」

 

「唸ってないであんたも何か言いなさいよ。 元はと言えばあんたのせいなんだから」

 

「う……わ、わかった」

 

自信なさ気に頷いてライはアリアへと近づき、頭をそっと撫でる。

 

「ア、アリア……そのな、俺もほんと悪かったと思ってる。だから、必ず今度埋め合わせはするから……その、泣き止んでくれないか?」

 

「ひっく……っ……ほんと、に?」

 

「あ、ああ」

 

「じゃあ……っ……いつ?」

 

「え、いや、まだいつとは決められないんだけど……」

 

「っ……ふえぇぇ……」

 

泣き止みかけたアリアがまたも泣き出してしまったことにライはかなり動揺しながら慌てて言葉を掛ける。

だが、もうそうなってしまってからでは遅く、ライの言葉はアリアには届くことはなかった。

また泣き出してしまったアリアに動揺するライを見てリシェルは、こいつは…、と呆れたように溜め息をつく。

そんな三人をミルリーフも困ったように見て同じく困っているのではと思い恭也に視線を向ける。

しかしミルリーフの考えとは異なり、恭也は先ほどと同じ申し訳なさそうな表情をして椅子から立ち上がった。

そして泣き続けるアリアへと近づいて目線を合わせるようにしゃがみこみ声を掛ける。

 

「アリア……だったな。ほんとにすまない、俺のせいでお父さんとの約束を破らせることになってしまって」

 

「…っ……お兄ちゃん…誰?」

 

「俺の名前は恭也、高町恭也だ。 それで、今も言ったが君とお父さんとの約束を破らせてしまったのは俺のせいだ。 だから俺を悪く思っても、お父さんを悪く思わないで欲しい」

 

恭也の言葉にアリアは俯いていた顔をゆっくりと上げて恭也を見る。

そのとき見た恭也の自分に向ける微笑みはどこか安心感を覚えるものだった。

そんな微笑みを浮かべながら恭也は二人と同様にアリアの頭に手を置いて撫で始める。

撫で始めて少しすると、いつのまにかアリアの涙は止まっていた。

自分たちでは泣き止んでくれなかったアリアをたったそれだけで泣き止ました恭也に二人+ミルリーフは驚きを浮かべる。

そんな三人に気づいているのかいないのか、撫でられて心地良さ気にするアリアを優しく撫で続ける。

そしてしばしして撫でていた手を離すと、アリアは名残惜しそうな顔をするがすぐに笑顔を浮かべる。

 

「ん……やっぱり君は泣いてる顔よりも笑っている顔のほうが似合うな」

 

「えへへ……ありがとう、お兄ちゃん」

 

照れたように笑みを浮かべてアリアはそう返す。

それに恭也も微笑みを浮かべたまま再度アリアを撫でる。

そうしてまたしばし、先ほどの空気とは一転してほのぼのとした空気が流れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とまあ、そんなことがあってアリアは恭也にこれでもかと言うぐらい懐いてしまった。

そして今に至る、というわけである。

そもそも何か特別なことをしたわけでも特別な言葉をかけたわけでもなく、ただ二人と同じことをしただけで泣き止んだこと自体不思議である。

まあ恭也の動物や子供に好かれる性質というものを知っていれば不思議な事ではない。

だが、それを知らないライやリシェル、ミルリーフの三人は驚きを浮かべるしかなかった。

しかしまあ、このままでは話が進まないと思い、こほんと軽く咳払いをしてライは恭也に部屋などについて話し始める。

 

「で、だ……恭也の部屋についてなんだが、何か希望みたいなものはあるか?」

 

「いや、特にはないな」

 

「そうか。 なら……」

 

「アリア、お兄ちゃんと一緒がいい!」

 

「……へ?」

 

空いている部屋の場所を告げようとしたライを遮るように恭也に抱きついていたアリアが言う。

それに呆気に取られたライは一瞬呆然とするがすぐに我に返って、さすがにそれは、というような表情をする。

 

「それは……恭也に迷惑が掛かるんじゃないか?」

 

「そうなの、お兄ちゃん?」

 

「あ、いや……そんなことはないが。 アリアは俺よりもお父さんやお母さんと一緒がいいんじゃないか?」

 

「アリアはお兄ちゃんのほうがいい!!」

 

恭也と同じ部屋がいいと言うアリアにリシェルは困ったような苦笑を漏らし、ライに至っては先ほどのアリアの言葉でショックを受けていた。

まあ父である自分よりも恭也を取ると堂々と言われてしまったのだからしょうがないだろう。

 

「お兄ちゃんはアリアと一緒は嫌なの……?」

 

「う……」

 

潤んだ上目遣いで聞かれ、恭也は小さくそう漏らしてたじろぐ。

余談だが、恭也は上目遣い攻撃にかなり弱い。

元の世界でも主になのはにこれを使われて逆らえた試しがない。

つまるところ、このまま行けば恭也が陥落するのは時間の問題と言うことだ。

 

「だ、だめーーー!!」

 

だが陥落寸前でミルリーフの叫びが響き、それは免れる。

なんとか耐え切った恭也は表面上には出さないが内心でほっと息をつく。

しかしそれも束の間、ミルリーフは更なる爆弾を投下した。

 

「お兄ちゃんはミルリーフと一緒の部屋なの!」

 

「……はい?」

 

一瞬、ミルリーフが何を言ったのか理解できなかった恭也はいつもは出さないような間抜けな声が出る。

だがそれもほんの一瞬、すぐに我に返った恭也はやはり困ったようにミルリーフに声を掛ける。

 

「あ〜……ミルリーフ? それはいったいどういう…」

 

「お兄ちゃんは私と一緒は嫌……?」

 

今度はミルリーフからの上目遣い攻撃に恭也はまたもたじろぐ。

それから逃れるようにアリアを見るが、アリアも同じく上目遣いで恭也を見ていた。

二人に上目遣いで迫られ、恭也は最後の頼みの綱としてライとリシェルに視線を向ける。

それにリシェルは自分には無理というように首を横に振り、ライに至っては……

 

「俺より恭也、俺より恭也、俺より恭也、俺より恭也……」

 

とショックから立ち直れず、エンドレスに呟いていた。

結局のところ誰も助けにならない状況で恭也は再度二人に視線を向ける。

 

「「お兄ちゃん……」」

 

(誰か……助けてくれ)

 

向けられ続ける視線に、恭也は内心でそう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからしばらくして時間は夜、恭也は自身にあてがわれた部屋のベッドにて横になっていた。

あの後結局どうなったのかというと、なんとかショックから立ち直ったライが二人を説得しその場では事なきを得た。

ミルリーフとアリアはかなり不満気な表情をしていたが、恭也が疲れているからという一言でしぶしぶ頷いた。

しかしまあ、頷いたからといって諦めたわけでないので次の日になってまたあんな状況になるのではと思い、恭也は溜め息をつく。

 

「だがまあ、こういったのも悪くはないな……皆を思い出す」

 

そう呟いて恭也は改めて自身が異世界に来てしまったのだと実感する。

そして実感は残してきてしまった家族たちの心配へと変わり、次第に恭也は暗く沈みかける。

だが沈む寸でで今考えても状況がどうなるわけでもないと思い、振り払うように首を横に振る。

 

「さて……これからどうするか」

 

ライの厚意で泊まるところには困らないが、いつまでも迷惑を掛け続けるわけにはいかない。

だからといって元の世界に戻る手段を今の恭也は持ち合わせてはいない。

 

「結局は…現状維持になるか」

 

再度溜め息をついてそう呟き、恭也は眠りにつくために目を閉じようとする。

だが、それを遮るかのように部屋の扉がコンコンと叩かれる。

こんな時間に誰かな、と思いながら恭也はベッドから立ち上がり部屋の扉を開ける。

 

「こんばんは、お兄ちゃん」

 

「アリアだったのか……どうしたんだ、こんな時間に」

 

訪ねてきたのがアリアであると分かり、恭也はそう聞く。

聞くが、アリアの格好を見ると恭也はなんとなく返答に想像がついた。

アリアの格好・・・・まあ寝る気だったのか寝巻きなのは当然だが、想像がついてしまう理由はアリアの抱えている枕だった。

そして恭也の予想通り、アリアは昼間のときのような上目遣いで言ってくる。

 

「お兄ちゃんと一緒に寝たいなって……」

 

「あ〜……でも、お父さんたちとはいいのか?」

 

「うん。 アリアはお兄ちゃんとがいいの。 だめ……?」

 

まあそんな風に上目遣いで問われれば、例の如く恭也が断れるわけもなく……

 

「わかった……」

 

と了承の言葉を口にするしかなかったのである。

恭也から許しを得たことにアリアはにこっと笑みを浮かべて部屋の中へと入り、ベッドにある枕の横に自分の枕を置く。

それに恭也は内心で、やれやれ、と呟くが、アリアの嬉しそうな笑顔を見るとこれも悪くはないかと思う。

そして扉を閉めてベッドへと戻った恭也はアリアの隣に体を寝かせる。

アリアは自分の隣に横になった恭也に身を寄せ、服を掴むようにして寝息を立て始める。

恭也は寝息を立て始めたアリアの寝顔を見つつ頭を二、三度撫でて自身も眠るために目を閉じる。

こうして、異世界での長い長い一日が幕を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

かなり難産だった……。

【咲】 かなり遅かったしね。

ま、まあこうしてちゃんと出せたということでご勘弁を。

【咲】 次回はもっと早く出しなさいよ?

む〜、善処はする。

【咲】 ま、メントラも2に入ったからそっちで忙しいのも分かるし、今回はそれで許しておいて上げるわ。

サンクス。さて次回の話だが、次回は戦いとは離れて日常的なお話をしようと思う。

【咲】 それはどたばた? それともほのぼの?

それはまだ未定かな。 どっちもって可能性もあるし。

【咲】 そ。 なら、さっきも言ったけどなるべく今度は早く更新するようにね。

ラジャー。 では、今回はこの辺で!!

【咲】 次回もまた見てね〜♪

 

 

 

 

感想は掲示板かメールにて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻る。