風紀委員(ジャッジメント)』……それは学園都市に於いて治安維持を務める学生の中から選抜された集団の名。

この一文でも分かる通り、集団の基本となる仕事は治安維持。ただ一言でそう言っても、内容の方は様々だ。

路上のゴミ掃除をしたり、迷子になった子を親元へ送り届けたりもすれば、多くの犯罪に対しての対処もしたりする。

以前のもので言えば、銀行強盗の取り押さえというのが良い例。もっとも、現場にいなくても通報があればすぐに駆けつけたりもする。

まあ、要するに治安を維持するためなら雑用でもする集団というわけであり、黒子や初春が属している組織であるという事だ。

 

 

 

――そして彼と出会った日もまた、『風紀委員』として黒子は通報を受け、その現場へと向かっていた。

 

 

 

通報があったのは今から五分ほど前。内容は極めて単純……小さな女の子を無理矢理路地裏へ連れ込む男集団を目撃したというもの。

女の子の特徴は薄茶色の長髪と赤めの服。続けてどこの路地裏かも聞き、現場へ向かう事が決まってすぐに黒子はそこへ訪れたというわけだ。

 

「確か、情報ではこの辺りのはず……」

 

ここまでは時間短縮のために自身の能力――空間移動(テレポート)を用いて来た。しかしながら、情報にあった路地裏へ入ってからは自身の足で進む。

というのも空間移動で移動すると下手すれば通り過ぎる場合があるのだ。だから、さすがに歩きではないが足で進む方が賢明。

それ故に路地裏に入ってからは能力を一切使わず、駆け足気味で進むのだが、足が突き当たりのT字路に到達した直後に歩みを一旦止める。

二手に分かれた道を当てずっぽうで進むほど黒子は馬鹿ではない。けれどどちらを進むのが正しいのかを考えている余裕もない。

となればどうするかと言えば、インカムにてオペレーターを担当している初春へ声を掛け、どちらの道に目標がいるのかを聞き出すのだ。

彼女の手に掛かれば、犯人がどこへ逃げたかを調べるのは朝飯前。こういった任務の場合にはとても役に立つ人材だと言ってもいい。

それ故、足を止めるや否やですぐにインカム越しで彼女に声を掛けてソレを聞き出せば、間も無くして初春より犯人の居る場所までのルートが指示される。

その指示通りに進み続ける事、およそ数分……再び目先に見えてきたのはT字路を指示に従って右に曲がった矢先、見えてきたのは二人の人影。

内一人は地面へ尻餅をつき、目の前でしゃがむ者を見上げる形で呆然としている。破けてしまってはいるが、着ている衣服と髪色からして情報にあった少女だろう。

その少女の対面にいるのが、黒子から見ておそらく犯人。少女の前で黒の上着を脱ごうとしている、暗がりの路地裏に融け込みそうなほど真っ黒な男性。

情報では複数の人数だと聞いてはいたために数が合わないが、そこの確認よりもまずは少女を助けようと黒子は即座に駆け寄り――――

 

 

 

「『風紀委員』ですの!! 暴行及び強姦未遂の現行犯で拘束します!!」

 

――右手の腕章を掲げつつ、声を大にして告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Integration of science and fencing sword skills phrase

 

第一話 出会いは誤解から、最強の風力使い(エアロシューター)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

襲われ掛けていた少女も、上着を脱ごうとしていた男性も、『風紀委員』だと告げた黒子のほうをほぼ同時に見る。

そのどちらもに浮かぶ表情は驚きの二文字。これは本来なら襲おうとしていた側はともかく、被害者側が浮かべる表情ではない。

けれど路地裏の暗さのせいで黒子の眼には少女の表情が安著したような顔に見えたため、続けざまに言葉を放つ。

 

「今すぐその子から離れ、大人しくお縄につきなさいな。そうすれば、痛い目を見ないで済みますわよ?」

 

「――はい?」

 

逃げようとする犯人には基本的に拘束してから告げる言葉。けれど今回は逃げる気配がないため、拘束前に告げる。

ただ彼女の経験上、こういった状況ではほとんどの場合、犯人は抵抗する。しかもそのほとんどの理由が黒子の容姿から勝てると判断してだ。

だから今回も相手は抵抗するだろうと判断していたが、その予想に漏れず男性は少女の前にて立ち上がり、黒子へと向けて歩を進めてくる。

その際、何か弁解するような言葉を口にしていたが、これも何度かあった事。相手の油断を誘って歩み寄り、付近まで歩を進めたら大概襲ってくるのだ。

故に黒子は抵抗する気満々だと完全に決め付け、相手を拘束するために自身の能力である空間移動を用い――――

 

 

 

――男性の頭上辺りへと転移し、背中へと向けて急降下した。

 

 

 

背中から押し倒して拘束する……それが彼女の使う、いつもの拘束手段。ほとんどの場合、相手はこれだけで拘束されてしまう。

そもそも普通のチンピラにしろ能力がある人間にしろ、こんな風に意表を突かれて対処出来る者は早々いるものではないのだ。

だからこそ、男性の背中へ急降下したと同時に彼女は捉えたと思っていたのだが――――

 

 

 

――その確信は大きく外れ、彼女の足は男性の背中へ触れる事もなく地面へと付く事になった。

 

 

 

常人なら避けられるはずのない動き。けれど彼女の足は男性の背中を捉える事無く、空を切って地面へと触れた。

そこから即座に前へと目を向ければ、すぐ至近に男性の姿。地面へと着地した黒子を見下ろすような形でそこに佇んでいた。

だからなぜ攻撃が外れたのかは一先ず後回しとし、そこから彼女は再び男性を拘束するために素早い動きで手を伸ばして彼の腕を掴もうとする。

しかしまたもソレは外れ、黒子の手は男性の腕を掴む事が出来なかった。そして伸びきった手が引き戻されるより早く、男性の手が黒子の腕を掴む。

 

「――っ!」

 

拙いと思ったすぐに黒子は再び空間移動を使って男性から距離を取り、彼へと睨みつけるような目を向ける。

二度も避けられた事からの確信。それは最早偶然でも何でもなく、目の前の男性は常人とは言い難い人物だという事実。

そのためか黒子は未だ弁解するような言葉を告げてきている男性に警戒しつつ、スカートの下――太腿の辺りへと手を伸ばす。

そこに携帯しているのは鉄製の太い矢。何かしらの能力を持つ相手の場合、これを転移させたり投げたりして彼女は相手を攻撃及び拘束する。

けれど、太腿へ手を伸ばした瞬間の男性からその鉄矢の存在が見えたのか、彼は弁解する事を止めて一歩ほど後ろへと後ずさる。

そして被害者である少女のほうを一目だけ見た後、即座に駆け出した。それは端的に言えば逃亡……それ故、黒子もすぐに後を追おうとする。

だが、駆け出そうとしてすぐに被害者の少女の事を思い出し、懐から携帯を取り出して事務所のほうへと連絡を取り、少女の保護を頼む。

その後に通話を切った携帯を懐へと戻しつつ少女へと歩み寄り、彼女の前でしゃがみ込むと安心させるように笑顔を浮かべた。

 

「ここから少し進んだら人通りの多い所に出ますから、貴方はそこで待っててくださいな。すぐに私の仲間が保護に来てくれますから」

 

「え――あ、はい。それで、その……さっきの人の事、なんですけど」

 

「その事なら心配しなくても大丈夫ですわ。すぐに私が追い掛けて、絶対に捕まえてみせますから」

 

「あ、えっと、そうじゃなくて……その、あの人は――」

 

少女が何かを言い切る前に黒子は自身の来ていたジャケットを脱ぎ、少女へと着せた。

本当に間一髪のところだったのか、少女の服はボロボロ。そんな状態では大通りに出られないと判断しての配慮。

ただそれによって少女が何を言いたかったのかは分からずになってしまったが、とりあえず今はそこを気にしてなどいられない。

早く追い掛けないと犯人を見失うかもしれないのだから。それ故、少女を立たせて進む方向を指示した後、空間移動を用いて黒子は男性の追跡へと向かっていった。

 

 

 

 

 

相手の足がいくら速かろうが、空間移動からは逃げられない。それは常識的に考えれば当たり前の事だ。

その例に漏れず、追跡へと移るのがある程度速かったお陰で発見出来た男性を黒子は徐々に距離を詰めていっていた。

けれどなぜだかは知らないが、拘束するために相手の至近へ転移しても必ず、拘束の手は紙一重で避けられてしまう。

精神系の能力保持者なのか、あるいは別の何かか。どちらにせよ、一筋縄ではいかない相手だというのは確かだった。

しかしながら当然『風紀委員』として諦めるわけにはいかず、黒子は必死に追跡を行い、距離を詰めては離されを何度となく繰り返していた。

そしてそれが続く事、およそ十分。相手の姿が曲がり角へと差し掛かった事で黒子は再び空間移動を使い、角を曲がる事無く男性の逃げた方面へ降り立った。

 

 

 

「――おわっ!?」

 

――その直後、すぐ至近で誰かによる悲鳴と倒れる音が彼女の耳に聞こえた。

 

 

 

それは空間移動を行う際、たまにやってしまう事。通行人の目の前へ突然現れ、相手を驚かせてしまうのだ。

聞こえた今の声と音的に緊急時とはいえ、またやってしまったと確信した黒子は音のした方向へと顔を向けた。

そして謝罪をしてからすぐに追いかけようと考えていたのだが、顔を向けた先で尻餅をついている相手に謝罪の言葉は飲み込まれてしまった。

 

「お、お姉様……?」

 

「あたたっ……って、黒子か。ずいぶんと急いでるみたいだけど、また何か事件?」

 

「え、ええ……」

 

立ち上がりながら訊ねてくる言葉に黒子が頷けば、それだけで納得したようにそっかと返してくる彼女と同じ服装の少女。

名を御坂美琴という彼女は服装から分かる通り、黒子と同じ中学校。ただ、黒子とは違って『風紀委員』には所属していない。

だからといって普通の学生というわけでもないのだが、彼女のように忙しくはない。だから、ここにいるのもおそらく私用か何かの帰りだろう。

其処が聞かなくても分かっているから黒子も敢えて訊ねる事はない。しかしながら、いつもならお姉様と呼んで異常に慕う彼女と談笑する暇もない。

折角偶然にバッタリ会えたのにかなり口惜しいが、今の優先事項は犯人の追跡。それ故、黒子は軽い事情説明と謝罪だけしてすぐに空間移動しようとしたのだが。

 

「黒子の追ってるのってさ……もしかして、黒い短髪で全身真っ黒な男じゃない?」

 

いきなり肩を掴まれ、追っている犯人の姿形については言っていないにも関わらず、そんな確信を突いた言葉を言ってきた。

故に黒子は驚きつつ再び振り向き、何で知っているかを問えば、彼女はその人物について少しだけ知っているのだと告げてきた。

しかも、方角的に考えてソイツがどこへ向かって逃げているかも予測が出来るとまで。これは黒子としてはある程度有益な情報。

どこへ向かって逃げているかが分かれば、先回りする事が出来るのだから。それ故、彼女へとその場所というのを教えて欲しいと申し出た。

すると彼女は少しばかり思案した後、了承とばかりに小さく頷いた。だが、頷いてすぐにただし……と言葉を続け、条件だとばかりにそれを告げてくる。

 

「ソイツの所へ行くのに私も同行させてもらうわ。もちろん手は出したりしないって約束はするから、ね?」

 

『風紀委員』や『警備員(アンチスキル)』でもない限りは基本、こういった事に手を出してはいけない。それは常々、黒子が美琴に言っている事。

それでなくとも、美琴はキレやすくてお世辞にも我慢強いとは言えない。だからこそ正直に言えば、ココは駄目だと言いたい所。

けれどそうなると情報が得られない。それはさすがに困る上、時間もないという事で約束は絶対に守るよう念を押しつつ、渋々ながら承諾するのだった。

 

 

 

 

 

美琴から得た情報で向かった先は、川沿いの土手。彼女曰く黒子の追う犯人は逃げているのではなく、ここへ誘導しているとの事。

何のためにここへ誘導するのかはイマイチ分からず、それを聞いてみたが、彼が来たら自ずと分かるとだけ言って教えてはくれなかった。

故に聞く事は諦め、美琴の情報を信じてその場で待つ事数分。提供された情報通り、黒子の追っていた男性がその場に姿を現した。

現れた男性に黒子は路地裏でのときと同様、歩み寄ってくる男性に警戒の念を込めた睨みの目を向ける。だが、男性は黒子よりもまず後ろにいる美琴のほうを見る。

そして見られた彼女が白々しく笑顔で手を振れば、男性は小さな溜息。その一連の光景が黒子としては非常に腹立つ事極まりなかった。

 

「余所見とは余裕ですこと……ずいぶんと腕の方に自信がおありなんですのね、犯罪者さん?」

 

「……ですから何度も言いますが、俺はあの子を助けに入った側であって別に何かをしようとしていたわけでは――」

 

「服を無残に引き千切られて肌を晒す幼女の前で服を脱ごうとしていたにも関わらず、よくもまあそんな言い訳が口に出来ますわね」

 

「はぁ……」

 

路地裏でもしたように男性は弁解をしようとするが、黒子は聞く耳を持たない。むしろ、話す余地無しとでも言わんばかりに臨戦態勢。

これでは説得など難しい……かといって逃げる事も彼女の能力が空間移動であるが故に困難。となれば、残された手段は一つしかない。

けれど彼としては出来る事ならその手段を取りたくないためか、どうにかして説得するか逃げるか出来ないかと必死に思案した。

だが、その思考を無理矢理中断させるかの如く、黒子は右腿辺りから二本ほど鉄矢を抜き、一本目を正面から彼へと目掛けて投げ放った。

 

 

 

――そしてその鉄矢が手から離れる寸前で彼のすぐ至近の背後へ転移させる。

 

 

黒子の空間移動能力は自身の身体か、もしくは自身が触れている物質しか転移させる事は出来ないというのが難点。

けれどこの方法なら、投擲の勢いは維持出来る。それ故、背後の至近へ転移させた鉄矢は手から離れる寸前の速度のまま彼へ迫る。

あくまで初速の段階であるため、十分な速度はないが、それでもそこまで至近の背後へなら回避し切れるはずなどない。

もっとも、鉄矢と言っても先端は鋭く尖っているわけでもなく、投擲の速度も含めて当たっても致命傷になる事はまず無い。

けれど痛みで意識を大きく逸らす事は十分に出来る。そうすれば、今度は自身を転移させて次こそ取り押さえる事が出来るはずだった。

 

 

 

――だが、ここでまたも彼女の予想を大きく裏切る光景が目の前で展開された。

 

 

 

勢いは完全に投げたときのまま。加えてかなりの至近距離である故、速度を損なって落ちてしまう事などまずあり得ない。

にも関わらず、鉄矢はあろう事か当たる直前で地面に落ちてしまった。まるで投げる力が足りなかったときのように音を立てて。

 

「…………」

 

彼は何もしてなどいない。回避行動を取る事はおろか、何の行動も起こさぬままにただそこに立っているだけ。

ならば何かの能力を使ったという以外に答えはないが、それが一体何の能力かという事までは未だ判明しない。

仮説程度なら立つのだが、結局は仮説止まり。実際にそうだという事を証明する証拠が今のではまだ分からなかった。

そして分からないからこそ、対処を考える事も出来ない。それ故、右腿から抜いておいたもう一本の鉄矢を彼へ投擲する。

けれど今度はソレを転移させる事はない。いや……正確には転移させるものを変えたのだ。鉄矢から、自身の身体へと。

 

「……はぁ」

 

意識を正面から投げた鉄矢に向けさせ、その間に自身が空間移動で彼の背後に周り、即座に拘束する。

単純な手段ではあるが、大概の者には有効な方法。何の能力かは分からないが、これならば今度こそ。

そう思って行動に移したのだが、転移した先にはなぜか彼の姿がなく、最初に見えたのは自身が投げた鉄矢が迫ってくる光景。

 

「っ――!」

 

拙いと思った瞬間に再び空間移動を用い、元いた場所に限りなく近い所へ緊急回避を行った。

そして即座に後ろを振り向けば、目に映ったのは地面にしゃがみ込む彼の姿。そこで黒子はなぜ彼の姿が見えなくなったかを把握した。

その場から動いたわけでも、姿を消したわけでもない。ただ低くしゃがんだだけ……言ってしまえば、たったそれだけの事。

 

「くっ……」

 

たったそれだけでしかなかった故か、明らかに馬鹿にされたと取ってしまった黒子の表情に悔しいという感情が浮かぶ。

対して目の前の彼はしゃがんでいた体勢からゆっくりと立ち上がり、もう何度目になるかも分からない溜息をつき、その口を開いた。

 

「いい加減、分かったでしょう? 確かに貴方の能力が空間移動である以上、俺が貴方から逃げるのは困難です。ですが、それだけでは俺を拘束する事は出来ません」

 

「……確かに、貴方がどんな能力を持っているかは存じ上げませんけれど、生半可な方法では取り押さえる事は出来ないみたいですわね」

 

「でしたらいい加減――――」

 

落ち着いて話を聞いてください……そう続けようとした彼の言葉を遮るように黒子は再び、自身の身体を転移させる。

転移場所はまたも彼のすぐ目の前。そこから瞬時に蹴りを放ち、彼が回避行動を取る先を読んで再び転移。

体術に対するある程度の心得、そこへ空間移動を重ねた連続攻撃。例え攻撃を防御され、身体を掴まれても転移すればいい。

これを相手が回避し切れないという様子を窺わせるまで続ける。非常に疲れる方法ではあるが、この際は仕方ない。

 

「ちっ――」

 

取り押さえる事を主とするのではなく、相手を行動不能にする事を主とした戦法と言える黒子の行動。

回避しつつそれを読み取った彼は軽く舌打ちをしつつ、ここで初めてその場から飛び退くという大きな動きに出た。

だが、如何に距離を取ろうとしても空間移動能力の前には無意味。距離感など、あってないようなものなのだから。

それを行動で示すように黒子は即座に転移を行って距離を詰め、彼を追い詰めるために再び同じ行動を行う。

 

(どんな能力を持っていたとしても……使わせる暇さえ与えなければ!)

 

どのような能力を用いるに当たっても、集中力というのは必要になる。彼にしても黒子にしても、近くで観戦している美琴にしても。

この攻撃方法を用いる時点で黒子の集中力はそこへ維持出来るが、対する彼の集中力を回避行動で大きく取られてしまう。

例え必要な集中力が僅かだったとしても、こんな攻撃をされながら注意を別に向けるなど普通の人間ならまず無理だろう。

つまり、ただの闇雲な特攻に見せかけて黒子の行動はそこまで計算されてのものだったわけである。

 

 

 

――だが、その常識は彼には当て嵌まらない事だと黒子は知らなかった。

 

 

 

計算上はこれで追い詰め、今度こそ拘束する事が出来たはずだった。少なくとも、黒子はそう考えて疑わなかった。

能力を使わせなければいくら回避能力が高くても、普通の人間でしかないのだから。けれどその考えは一瞬にして覆された。

彼女自身、何が起こったのか理解出来なかった。ただ気付いたときには、自身の身体が普通の人間では有り得ないくらいの高さまで投げ出されていたのだ。

投げられた感じはない。むしろ、投げるために掴まれた時点で分かる。そして分かった時点で投げられる前に転移すればいいだけだったのだ。

けれどその感触が無かったという事は掴まれてはいないという事。一切、黒子の身体に触れる事も無く、そんな空高くまで飛ばしたという事になる。

 

(まさか、重力を操作しているんですの!?)

 

自身の状況を把握した時点でその仮説に行き着くが、それを結論付ける事は出来ぬままに次なる展開が訪れる。

投げ出された彼女の身体へ何か重い物にでも伸しかかられたかのような感覚が襲い、その直後に地面へ急降下し始めたのである。

このままでは地面に激突して大ダメージを負う羽目になる。そんな恐怖感に襲われると同時に彼女は能力を行使した。

空間移動を用いて自身の身体を再び転移させ、彼と再び距離を置く。そして恐怖感から掻いた冷や汗を右手で拭いつつ、彼を睨むように見つめる。

 

「一体どんな能力だろうとずっと不思議には思っていましたけれど……貴方、重力操作を行う事が出来る能力者でしたのね」

 

「……勝手に納得している所、悪いですけど……貴方のその認識は間違いです」

 

言いつつ彼が下ろしていた右手を軽く上げるように縦へ振るえば、鋭い風が黒子の横を通り過ぎる。

それに一瞬呆然とする最中で風が通り過ぎた個所の地面を見てみれば、そこにはまるで刃物か何かで切られたような跡。

この光景を見る事により、黒子は自身の認識の誤りに気付き、そして同時に彼が持つ本当の能力というものに気付く事となった。

 

「『風力使い(エアロシューター)』……? なら、先ほどの私を上方に飛ばしたり、地面に叩きつけようとしたりしたのは……?」

 

「空気の流れを操作しただけですね。上昇気流と下降気流、と言えば分かりますか?」

 

「上昇気流と、下降気流……なるほど。そういう事でしたのね……けれど私も『風力使い』は何人か見た事がありますけれど、気流を操作する人までは見た事がありませんわ。そう考えると貴方は、それなりに高いレベルの能力者ですのね」

 

「まあ……自分でも、そういう自負は多少なりとありますね」

 

「そんな人が、あんな卑劣な性犯罪者に成り下がるなんて……嘆かわしい事ですの、本当に」

 

「いや、だから……それは貴方の勘違いだと何度言えば――」

 

「お黙りなさいな! 私自身が現場を目撃したという何よりの証拠がある限り、いくら言い訳を重ねた所で――!」

 

力一杯言い切ろうとした矢先、不意に彼女の肩を後ろからトントンとノックされるような感覚が襲う。

直後にバッと振り向けば、そこには今まで言われた通り手出しせずに観戦するだけだった美琴の姿があった。

いつもなら美琴の顔が視界に映った時点で満面の笑みが浮かぶ黒子であるが、今は状況が状況なだけに笑みなんて浮かべる事は出来ず。

むしろ、厳しい表情のままで下がっていてくださいと口にしようとするのだが、それを遮るようにして美琴が口を開いた。

 

「アンタたちの話を聞いてて思ったんだけどさ……黒子はアイツが被害者の前にいたから、犯人だと思って追い掛けてたわけよね?」

 

「……被害者の女の子の前で服を脱ごうとしていたという現場も目撃しましたけれど、概ねそれで間違ってませんわね。それが、どうかなさったんですの?」

 

「いや、ね……その現場を目撃したときなんだけどさ。まさか自分が見ただけで判断して、アイツを追い掛ける前に被害者の子から事実確認をしなかった……何て事は、してないわよね?」

 

「…………え?」

 

決して美琴は『風紀委員』ではない。しかしながら、今しがた美琴が口にした事は『風紀委員』でなくとも常識として知っている事。

『風紀委員』にしろ『警備員』にしろ、現行犯逮捕をするにしてもソレが本当に分かり易い事で無い限り、被害者からの事実確認が必要となる。

もちろん、これは相手を拘束してからでもいい。そうしなければ、相手が本当に犯人だったとしても事実確認の最中に逃げられる場合とてあるのだから。

けれど今回の場合、黒子は現場の様子だけで彼が犯人だと決め付け、彼自身が逃走や抵抗の意思を見せていないにも関わらず、拘束しようとした。

被害者からの事実確認が容疑者を拘束してからでもいいものであるとはいえ、あのときの黒子はあまりにも事を性急に運ぼうとし過ぎていたのだ。

更に付け加えるなら、仲間が保護してくれるからと道だけ示して路地裏に被害者を置いてきたのも大きな失態と言えば失態である。

 

「「「…………」」」

 

そこを指摘してきた彼女の言葉で黒子の様子は一転。二の句を繋げずに脂汗をダラダラと流しつつ固まってしまった。

反対に指摘した美琴も、犯人だと追い掛けられていた男性も、そんな彼女の様子に呆れつつ、無言のまま再び溜息をついたのだった。

 

 

 

 

 

美琴の言葉から数分して再起動した黒子は少女へ向かうよう指定した場所へ赴き、そこで仲間たちと合流。

その際、四人ほどの男たちが連行される最中だった事から、案の定と言うべきか自身の失態が現実のものだと再確認する羽目に。

どうも聞く所によれば、犯人たる男たちは黒子が駆け付けた現場の真逆ほうにて例の彼により、気絶させられていたとの事。

尚且つ、彼が服を脱ごうとしていたというのは黒子の増長で実際はジャケットを脱ぎ、服をボロボロにされた少女へ着せてあげようと思っただけらしい。

詰まる事、彼が言っていた事は言い訳でも何でもなく、事実であったという事。それを知るや否や、自身と同じくその場へ駆け付けた彼へ平謝り。

これがもし拘束、連行まで持ち込んでしまっていたら完全な誤認逮捕。そうなれば、はっきり言って始末書程度で済まされるかどうか。

彼が予想以上の実力者だったのが幸いしてそれは何とか免れはしたが、だからといって迷惑を掛けた事には変わりない。

謝罪される側の彼はかなりの迷惑を被ったにも関わらず、勘違いと分かってくれたならいいと言ってはくれるが、それに甘えていいはずが無い。

それ故に最早大袈裟すぎだと言いたくなるほど彼女は謝り続け、それに彼もどうしたものかと困っていた所、彼の隣にいた美琴が助け船を出した。

 

「まあまあ、誤解された側のコイツがこう言ってるんだから、黒子もその辺にしときなさいよ。それに、そもそも誤解されるような行動を取ったコイツにも非があるわけだしさ」

 

誤解されるような事だったのだろうかと彼自身は思うが、それを口にすると状況が悪化しそうなので言わず。

その結果、まだ申し訳なさそうな色を灯してはいたが、彼女はそれで納得したように謝罪を終えて伏せていた顔を上げる。

そして目が合ったと同時に彼はそれでは自分はこれで……と言い、黒子が返事を返すのと共に背を向け、ゆっくりとその場を去っていった。

その去り行く後姿を見送りつつ、同じく彼を見送るよう黒子の隣に立った美琴に対して先ほどよりも幾分か落ち着いた声色で言う。

 

「それにしても……あの方、本当に何なんですの? 常人離れした身体能力もそうですけど、鎌鼬はともかく気流まで操作できる『風力使い』なんて見た事も聞いた事もありませんわ」

 

「ん~、まあ、普通の『風力使い』じゃないってのは確かね。アイツ、私と同じで『レベル5』だし」

 

「そうなんですの。道理で――――……はい?」

 

「だ~か~ら~、アイツも学園都市に八人しかいなっていう『レベル5』の中の一人なんだってば。序列は私の一つ下で第四位、能力名は確か……『爆風圧砕(ダウンバースト)』、だったかな?」

 

「…………」

 

現在黒子の隣にいる美琴は『レベル5』の第三位。常盤台の『超電磁砲(レールガン)』と言えば知らぬ者はほとんどいないというほどの有名人。

というより、『レベル5』になると嫌でも有名になってしまうわけなのだが、それ故に彼女が今しがた口にした名も当然ながら黒子は知っていた。

学園都市に存在する『風力使い』の頂点に立つ『風力使い』。『爆風圧砕』という名で序列第四位に名を連ねる男……名は、高町恭也。

 

「……あはは……」

 

そんなのを相手にしていたという事実を今更ながらに知った彼女としては最早、笑うしかなかった。

彼女自身の能力レベルは4。並大抵の相手なら負けるはずなどない。例え能力の相性が悪くとも、立ち回り次第でどうにでもなる。

けれどその理屈はレベル5が相手ではほぼ通用しない。美琴も含め、それほどまでにレベル5の能力者の強さは異常なのだ。

しかも彼――恭也は八人しかいないその異常な能力者たちの四番目。美琴より下という位置でも、勝てる見込みなど無いに等しい。

むしろ、そんな人を相手によくあれだけ立ち回れたという事を褒めてもいいんじゃないだろうか……彼が去った方向を見続けながら、そんな事を思ってしまう黒子であった。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

これが恭也と黒子が出会ったときのお話だ。ちなみに、美琴とはそれ以前からの知り合いって事になる。

【咲】 そのときの事は今後語られる予定とかあるわけ?

一応本編内に組み込んではあるな……ただ、もう少し先になるが。

【咲】 ふ~ん……にしても、この件に関してはとんだとばっちりよね、恭也からしたら。

まあな。助けに入った側なのに犯人だと勘違いされ、挙句には追い回されたわけだし。

【咲】 反対に黒子からしたら大失態だった、と……。

彼女も完璧ではないからね。いろんな事に引っ張りまわされていたら、時にこんな失敗を犯す事もある。

【咲】 まあ、その方が人間らしいといえばそうだけどね。

だな。

【咲】 ところでさ、能力名だけでも何となく想像は付いてたけど、恭也って『風力使い』だったのね。

うむ。しかも『レベル5』だから、学園都市に存在する『風力使い』の中では最強に位置する。

【咲】 というか、恭也の能力の具体的な部分って大気中の空気を自在に操るとかなわけ?

まあ、そんなところだな。

【咲】 へぇ……それって普通に考えたらかなり強い部類よね。

まあ、な。ちなみに『レベル5』の順位は絶対的な差とされてるが、恭也と美琴に関してはかなりの僅差だ。

【咲】 それってつまり、二人が戦った場合は恭也が勝つ可能性もあるって事?

恭也が本気で美琴を殺すつもりで戦えば、な。けど、彼は決してソレをしようとはしない。

だから、そういった性格的な部分も全てひっくるめて演算した結果、恭也のほうが美琴より下なんだよ。

【咲】 それってさ、美琴の方はそういった事をするって風にも見えるわよね。

ん~、確かにそう見えるかも知れんが、実際そんな事は彼女もしないけどな。

ただ手加減してるとはいえ、能力を人に向けて普通に使う辺りが演算に考慮されるんだよ。

【咲】 ま、その相手はほとんど不良ばっかりだったけどね。

だな。ともあれ、恭也と美琴はどちらが上でも可笑しくないほどの僅差である、という事は承知しておいてくれ。

【咲】 本編に関係してくるの?

断言は出来んが、全く無いとは言えないって感じだからかな。と、そんなわけで今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では~ノシ

 

 

 

 

 

 

 

感想は掲示板かメールにて。

 

 

 

 

 

 

 

 

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