「……これが、この方――『爆風圧砕』と初めて会った日の全てですわ」

 

恭也と出会った日の事を話し終え、その一言で締めると黒子は話し終える少し前に運ばれてきた紅茶を一口飲んで喉を潤す。

そして当事者である恭也と美琴も彼女が話した事でそのときの事をしみじみ思い出しつつ、同じく目の前の飲み物を一口飲む。

ただ反対に佐天と初春は聞いた話に冷静で居られるという事は無く、一筋の汗を流しつつ乾いた笑いを浮かべていた。

 

「そういえば、少し前にいつもより落ち込み気味で始末書を書いてる姿を見ましたけど……あれってこれが理由だったんですね」

 

「で、でも、黒子さんが負けちゃったのも仕方ない事なんじゃないですか? 確かに黒子さんも強いけど、高町さんは学園都市で八人しかいない『レベル5』の一人なんだし――」

 

「ああ、別に負けた事が悔しいとか思ったりはしてませんわ。情けない話ですけれど、私ではどう戦ってもこの方に勝てないという事ぐらい分かってますもの」

 

佐天の言葉に落ち着いた様子でそう返す黒子。実際、彼へそういった視線を向けない時点でそれは本当の事なのだろう。

となれば、なぜその当時そこまで落ち込んでいたのかと一瞬疑問が浮かぶが、これまた一瞬でその疑問の答えは浮かんだ。

当然と言えば当然なのだが、おそらく彼女が落ち込むに至ったのは負けた事より、任務であんなミスをしてしまった事が原因なのだろう。

最悪の場合、コレが原因で犯人を逃がしてしまう可能性や仲間が被害者を保護する前に再度犯人に捕まる可能性だって考えられる。

それ故、彼女はこのミスをしてしまった事でこってり絞られ、何よりそんなミスをしてしまったという事自体が彼女を落ち込ませた理由だろう。

ただこれに関しては分かった所で佐天も下手に慰める事が出来ず、先の初春と同じように乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 

「えっと……あ、ところでそのときの被害者だった女の子は大丈夫だったんです? 聞いた限りだと着ていた物とかは犯人に破かれてたって話ですけど」

 

「ええ。この方が止めてくださったお陰でその子が被った被害は服を破かれる程度で留める事が出来ましたわ。それでも一つだけ問題はありましたけど……」

 

「問題? ああ、精神的な面でって事ですか?」

 

「いえ、その方面でも問題は皆無でしたの。ただ問題だったのは……その子が家なき子だったという事ですのよ」

 

家なき子……それは言葉通りの意味で何かしらの理由で住む家を無くし、路頭に迷っている子供という事だ。

学園都市に於いてそういった子は極めて珍しいが、有り得ない事例ではない。現に今まででも一、二人ほどそういった子の事を聞いた事が初春にもある。

ただこの学園都市にも孤児院がないわけではない。例えその少女がそうだったとしても、孤児院に預ければ問題は無いはずであるなのだ。

だが黒子曰く、その少女はいくら説得しても孤児院に行きたがらなかった。だからこそ、黒子を含む全員が対処に困ってしまったとの事らしい。

 

「もっとも、この問題も事件発生から数日後には解決致しましたわ。皮肉ながら、この方のお陰で……」

 

「? それって、どういう意味なんです?」

 

「ああ、単純に俺の住む家でその子の身元を引き受けたというだけの話ですよ。俺としてもそういった子を放ってはおけませんし、彼女もそういう方向で説得したら了承してくれましたから」

 

実際、二度目に黒子と会ったときに少女の話を聞き、その子と会わせてもらって彼が説得したときも結構渋っていた。

ただその渋る理由のほとんどが遠慮してというものであったため、そこを突いて説得したら何とか少女も了承してくれたらしい。

以来、その少女は高町家で過ごす事となり、今ではそのときの恐怖も薄れて笑顔を見せるようになり、元気に過ごしている。

そんな彼の口より紡がれた少女のその後を聞き、佐天も大体の事を知っていた初春も安心したように小さな笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Integration of science and fencing sword skills phrase

 

第二話 爆風圧砕(ダウンバースト)超電磁砲(レールガン)の関係性

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女のその後を聞き終えた後、少女四人の間で談笑が繰り広げられ、その中で恭也は一人無言で眺めていた。

もちろん、気を利かせてかは分からないが佐天や初春が彼へも話を振る事もあるが、元々口下手故にあまり話題が広がらない。

かといって話を振る事を止めるという事はなかったが、それでも必然的に一人だけ口数が少ないという状況になっていた。

故にか、再び浮上したこういった女の子が多い場で自分みたいな男がいるのもという考えから、お暇するために声を掛けようとした。

けれど彼がその言葉を発するより早く佐天が口を開き、持ち前の好奇心からかその言葉を口にした。

 

「高町さんが『第四位』で御坂さんが『第三位』って事ですけど、実際のところ戦ったらどっちが強いんですか?」

 

『レベル5』に於ける能力者の順位は強さの順位。それ故、その通りに考えれば恭也より美琴のほうが強い事になる。

尚且つ、この強さの順位は絶対的なものとされているらしく、普通に考えたなら恭也が美琴に勝てるという想像は誰も抱かないだろう。

だが、他人に決められた事よりも実際に戦ってみなければ分からない事もある。少なくとも、佐天はそう考えている。

そのため、黒子の話から恭也と美琴も戦った事があるんじゃないかと勝手な推測を付け、そんな事を聞いたというわけである。

 

「そんなもの、当然お姉様のほうが強いに決まって――」

 

「正直に言えば、分からないって言うのが本音ね。順位的には私の方が強いって事になってるみたいだけどさ」

 

「って、お姉様!?」

 

美琴を慕う黒子は当然ながら彼女の方が強いと言おうとするが、それを遮るようにそんな美琴の言葉が発せられる。

それに驚きの表情を浮かべながら彼女のほうを黒子は見るが、とりあえず美琴はそれを手で制して言葉を続けた。

 

「そ もそもにしてその順位っていうのも第三位である私と第四位のコイツに限り、絶対的な差があるってわけじゃないのよ。能力の強さ的には私の方が上、だけどコ イツはその差を補って余るほどの人外的な身体能力を持ってる。だから、実際に戦った場合はどちらが勝っても可笑しくないっていうような感じかしらね……ち なみに私とコイツは前に一度だけ、実際に戦った事があるわけなんだけど……そのときは結局、勝負がつかなかったわ」

 

「……私も初耳ですわね、それは。というかお姉様? 何度も言っておりますけど、そういった問題行動は――」

 

「あ~、はいはい。とまあ、そういうわけでどちらが強いかっていうのは私にも分からないのよね~」

 

「別に知る必要もないだろ。そもそも能力者同士の闘争などしないに越した事はないんだしな」

 

「いや、まあ、それはそうかもしれないけどさぁ。ただ私としては気になるのよね、そういうはっきりしないのって」

 

美琴の性格上、実力差というのがはっきりしているのなら気にもならない。しかし、そうでないなら彼女は激しく気になるのだ。

その上、若干好戦的な面があるため実際に確かめたいとすら思っている。だけどソレを恭也の方が拒むのではっきりせずというのが現状。

ただ美琴としては言葉通りこの現状を大いに不満と思っているのだが、彼女の性格を良く知る黒子からすれば拒み続ける恭也に賛辞を贈りたいくらい。

学園都市に於いて能力者同士の闘争は禁止こそされていないが、本格的な闘争でもしようものなら場合によって『風紀委員』か『警備員』が出張ってきてしまう。

それでなくとも恭也と美琴は『レベル5』。そんな並みの軍隊とも戦えるほどの強さを持つ二人が本気で戦えば、周りに大きな被害が出る可能性が高いのだ。

もちろん、実際に戦う事になったとしてもこの二人なら周りに被害が及ばぬ場所を選んで戦うだろうが、それでも『レベル5』同士で戦う事自体が問題である。

そのため、そうなる事を回避し続けてる彼には感謝の念が浮かび、反して現在不満顔をしている美琴には小さな溜息をつく他なかった。

 

「ところで……お姉様もこの方と戦った事があるとの事ですけれど、それってやはり私と同じで勘違いが切っ掛けですの?」

 

「ん? ああ、あのときの事ね……残念だけど違うわ。というか、むしろ最初に手を出してきたのは私じゃなくてコイツのほうなのよ」

 

「「「……はい(え)?」」」

 

大方、黒子と同じで誤解をして美琴のほうから突っかかったのだと想像していた手前、その言葉は黒子だけならず佐天や初春にとっても予想外。

というより恭也のほうから仕掛けてきたなどと想像出来るわけもない。さっきまでの会話だけでも彼の方が戦う事に於いて消極的なのは明らかなのだから。

だからか、聞いた直後から三人は目を点にして呆然としてしまう。反対にまたも当事者の恭也は黒子の時と違い、若干恥ずかしげに頬を掻いていた。

そして僅かに四人の間で静寂が流れる中、ようやく再起動を果たした黒子を始めとして雪崩の如く、質問の嵐が二人へと降り注いだ。

ただそれを全て一気に答える事は不可能なため、少しの時間を掛けてとりあえずは三人を落ち着かせ、そこから質問の問いとなる当時の事を簡潔に語った。

その話に寄れば、何でも美琴が初めて恭也と会い、尚且つ戦う事になったのは黒子が彼と戦った場所である土手であるとの事。

出会う事になった切っ掛けは良くも悪くも偶然。美琴がとある人物を追い掛け、ようやく追い詰めるに至ったあの土手で恭也は釣りをしていたのだ。

けれどそのときはその人物を追い詰めた事で意識がそちらばかりに向き、すぐ近くにいた恭也の存在は視界に入ってこなかった。

それ故、能力を多大に行使して追い詰めた人物を攻撃していたところ、誤って彼の釣り道具を黒焦げにしてしまい、更には彼の衣服すらも僅かに焦がしてしまった。

これが好戦的とは程遠いはずの彼の逆鱗に触れてしまったという事だが、それは聞けば聞くほど恭也よりも美琴のほうに非があるのは明らかな内容であった。

 

「正直散々だったわよ、そんときは。本気で潰そうとしてるんじゃないかってほど能力を乱発してくるわ、追い掛けてた奴は逃げ去ってるわでさ」

 

「確かにそのときは俺も大人げなかったが、それでも謝罪の一つでも貰えればあそこまで怒る事もなかったんだがな……」

 

「……そんな迷惑を掛けたのに謝罪をしなかったんですの、お姉様は?」

 

「ああ。それどころか、そんなところで釣りなんてしてるほうが悪いって逆切れする始末でなぁ……」

 

「あ、あははは……」

 

それを言われると反論も出来ないのか、美琴は笑うのみ。基本的に彼女の味方である黒子も弁護など全く出来ず。

ただこの話で一つだけ疑問があるとすれば、怒り易いが非は明らかな非があれば認めるはずの彼女がどうして逆切れするほど怒っていたかだ。

けれどそれも聞いてみれば単純な話。単に受けた被害の文句を言ってきた彼を相手にしている最中で目的としていた人物が逃げたからというだけ。

折角追って追ってようやく追い詰めたというのにまた逃げられた。それが彼女に怒りを抱かせ、その矛先が恭也へ向いたのだという事であった。

 

「ていうか後でアイツから直接聞いた話なんだけど、私と初めて会ったとき以前からアンタとアイツって知り合いらしいじゃない……」

 

「ん……まあ、な」

 

「という事はさ~、もしかしなくてもアンタ……あのときの行動はアイツを逃がす事も目的の内だったでしょ?」

 

「…………」

 

ジト目で見つつ放った二つ目の問いに対しては恭也も無言。だが、それが彼女にとっては分かり易い返答となった。

しかしながら結局は過ぎた事であるため、美琴も大きな溜息をつくだけに留められ、紅茶を一口飲む事で渇いた喉を潤す。

その後、カチャッと軽く音を立ててカップをテーブルの上へと置いたのとほぼ同時に再び佐天から美琴へと質問が為された。

 

「えっと……まあ、御坂さんと高町さんの力はすごい僅差で、どちらが第三位で第四位でも可笑しくないっていうのは分かったんですけど。だったら、何で今の順位では御坂さんが上で高町さんが下って事になってるんですかね?」

 

「ん~……そこは私もチラッと聞いただけで詳しくは知らないんだけど、何でも本人らの性格的な部分が大きく関係してるみたいね」

 

「性格? それってつまり、高町さんよりも御坂さんのほうが好戦的――っ!?」

 

何気に失礼な事を初春は天然で口にしようとするが、それが言い切られるよりも前に佐天が口を押さえて止める。

しかしながら押さえて止めても、内容のほとんどは初春の口から放たれてしまっていたので時すでに遅しという感じ

故にか口を押さえられたときこそ初春はビックリしたような様子を見せるが、直後に自分が何を言おうとしたのかに気付いて顔が真っ青に。

そんな顔色で口から手が退けられた途端、すぐさまペコペコとテーブルに頭をぶつけそうな勢いで謝罪する初春に美琴は僅かに苦笑を浮かべた。

 

「気にしなくていいわよ、初春さん。言われ慣れてるってわけじゃないけど、私自身も少し好戦的な性格かなぁとは正直思ってるし」

 

「少しどころか、アイツの証言を加味するとかなり好戦的で暴力的だと思うがな」

 

「……だからと言って、遠慮無く口にしてもいいとは言ってないけど?」

 

恭也がそう気にした途端、美琴の笑みは黒子を挟んで反対側の彼へ向けられる。もっとも、そこへ浮かぶ笑みは先のと違って目が笑ってはいない。

場所が場所なら電撃をバチバチと発生させてそうなほどである。しかしながら、恭也としてもコレに怯むような玉ではない。

ただ美琴の様に売られた喧嘩を簡単に買うという性質でもないため、肩を竦めて小さく溜息を付くのみで留まらせた。

彼女も彼女でバトルを本気で挑む気はないのか、ふんっと鼻を鳴らすだけ。一応、好戦的でも時と場所は考えているらしい。

 

「……何ていうか、最初は仲が良いと思ってましたけど。こう見ると何だか、仲が悪いようにも見えますね」

 

「だねぇ……でも、喧嘩するほど仲が良いって言葉もあるし、これはこれで親しい間柄って感じなのかも」

 

ヒソヒソと小声で初春と佐天は話すが、対面の三人が何も会話をしていないのではっきり言って丸聞こえ。

とはいえ、恭也としては別に親しい間柄と見られても困る事ではないし、美琴としても別にムキになって否定するような内容じゃないので放置。

ただ黒子のみはその内容をどのように勘違いしたのか、意味不明な言葉を並べ立てた挙句、美琴に抱き付くなどという行動を見せる。

これを美琴は慌てて剥がそうとするが剥がれなかったため結局、場所が場所故になるべく抑えていた暴力行為が彼女へ下されるのであった。

 

 

 

 

 

結局、恭也が彼女らと別れるに至ったのはそれから一時間半という時間が経ってからとなった。

というのも拳骨で黒子を沈めてから十数分後に昼時を迎えてしまい、ちょうどいいから昼食を食べていこうという事になったのだ。

そもそも目的のものですらまだ食べていないのだから別に可笑しい選択ではないが、なぜか恭也も引き続きソレに巻き込まれ。

結果として一時間半という時間を談笑しながらの昼食で潰す事となり、会計を済ませて去っていった後には彼のみが店内に残された。

もっとも、残ったのは片付けくらいしようかという彼の意思。元々今日は店の手伝いをしていたのだから、ソレくらいしようと思ったというわけだ。

 

「――ん? コレは……」

 

だが、食器を片付けてから布巾でテーブルを拭こうとしたとき、彼は席の奥である物を見つけて作業の手を中断した。

そのある物とは、携帯電話。しかも『ゲコ太』いうマスコットキャラをモチーフとした、少し珍しいと言えるような感じのである。

そこに於いてある時点であの四人の誰かの忘れものだろうが、置いてある場所が場所である故に誰の物かは想像に難くない。

尚且つ、こんな特徴的な携帯を持つのは恭也が知る限り一人しかいない。以前、家の末っ子とコレの持ち主は『ゲコ太』について語り合う姿を見ているのだから。

 

「はぁ……仕方ない。届けに行くか」

 

四人が去ってから時間的にまだ十分も経っていない。だから、追い掛ければ簡単に追い付くだろう。

それ故に携帯を手にしてからサッサと軽めにテーブルを拭いた後、布巾を近くの店員に手渡してすぐに店を飛び出るのだが。

 

 

 

「――どわっ!?」

 

――急いでいた故か、おそらく店へ入ろうとしていたであろう少年と入口付近で衝突してしまった。

 

 

 

どちらに非があるかと言えば、それは明らかに恭也のほう。それ故か、恭也は謝罪をしつつ彼へ手を差し出した。

彼は大丈夫大丈夫と言いながらも一応その手を取り、ゆっくりと立ち上がりながら俯き気味だった顔を上げる。

その際、そこでようやく恭也と顔を合わせ、その途端にどちらも呆けたような声を漏らした。

 

「ってなんだ、先輩か。どうしたんっすか、そんな急いで?」

 

「あ、ああ、ちょっと客が忘れ物をしたみたいだから届けようかとな。とりあえず……怪我は無かったか、当麻?」

 

「大丈夫ですよ、これくらい。普段が普段だから、多少の事は慣れっこですし」

 

パンパンと服の汚れを払いながら言うツンツン頭のこの少年は恭也が通う学校の一年生である、上条当麻。

要するに後輩というわけだが、当麻の話し方こそ敬語な感じではあるが付き合い的には親しい同年の友達に近い人物だ。

そんな彼とは基本、この商店街で会う事が確かに多い。というのも、親元を離れて一人暮らしの彼は若干の節約生活を強いられているのだ。

だから比較的安値で物が手に入る商店街を重宝しているらしく、どこぞの店でセールがやっていると決まってそこで見掛けるほど。

しかしながら、それでも彼とは翠屋で遭遇した事はほとんど無い。本人曰く、比較的安いと言っても翠屋は月に一度か二度が限度らしい。

それ故、まさか翠屋の前で彼と遭遇するとは思わなかったわけだが、とりあえず入ろうとしていたのは変わりないので恭也は中へと招こうとする。

 

「……あ……」

 

「へ? ――――げっ!」

 

だが、それよりも早く右方向の比較的近めから聞き覚えのある短い声。それに反応して当麻が向けば、途端に嫌そうな顔。

少し遅れて恭也も当麻が向く声のした方へ視線を移動させれば、その先には恭也が携帯を届けようとした四人組の一人。

尚且つ、当麻が非常に苦手視している少女――御坂美琴の姿があった。これは正直、恭也としては好都合な状況にもなる。

同じく別の意味ではあるが、美琴にとってもコレは好都合な状況。けれど唯一、当麻だけは二人と反して不都合な状況であった。

 

「……お久しぶりね。ここしばらくは見掛けてなかったけど、さしずめ私と遭遇しないよう上手い事逃げてたって所かしら?」

 

「いや、別にそんなつもりはねえけど……つうか、何でこんな所にビリビリ中学生が」

 

「何でも何も、俺がさっき言った忘れ物をした客というのがお前の言うビリビリ中学生の事なんだが……」

 

「マ、マジっすか……」

 

佐天が言っていた通り、商店街近辺に住んでいる者でもない限りは少し先のデパートを利用する人が多い。

値段は確かに商店街の物のほうがある程度安いが、品揃えとか移動距離とかを考えるとどうしてもそちらへ寄ってしまうのだ。

だから、この商店街へ来る人間の大概は買い物目的ではなく、有名な喫茶店である翠屋でのお茶目的というのがほとんど。

それは美琴とて例外ではなく、彼女自身あまり買い物目的で商店街へは来ない。むしろ、距離とか関係なく利用する当麻のような人の方が珍しい。

ともかくそういうわけで当麻もまさか美琴とここで会うとは思わなかったのだろう。ただ、それは彼にとって幸運ではなく不幸に部類されるもの。

それ故か、嫌そうな顔のままジリジリと本当に僅かずつ後ろへと下がっていったかと思えば――――

 

 

 

「――さようなら!!」

 

――会って早々別れの言葉を叫び、回れ右をして脱兎の如く逃げ出した。

 

 

 

「あ、こら! 逃げんなーー!!」

 

同じく当麻が逃げ出してすぐに美琴も叫びつつ恭也を横切り、全速力で彼を追い掛け始める。

その二人の後姿を呆然と見送る恭也は彼らの姿が見えなくなる寸前で我に返り、手元の携帯をしばし眺めて小さく溜息。

おそらく彼女が戻ってきたのは、携帯を置き忘れた事に気付いたからだろう。だから、先ほど渡せばそれで問題はなかった。

後は当人らの問題だから、能力者同士の喧嘩は宜しくないと思いしも放置する気だった。けど、彼女は携帯の存在を忘れている様子。

完全に目的が当麻と戦う事にシフトしてしまっている。対して当麻も全力で逃げるだろうから、このままでは今日中に取りに来るかどうかも怪しい。

そのためか溜息の後に携帯をポケットへしまい、彼もまた二人が去っていった方向へと向けて駆け出していくのだった。

 

 

 

 

 

商店街を抜け、デパートとは反対の方角に位置する住宅街へと足を踏み入れた段階で恭也は美琴の後姿を捉えた。

ただ視界に捉えた彼女は目先を走っているわけではなく、その場に立ち止まって何やら周りをキョロキョロと見渡す仕草を見せていた。

その仕草からしてどうやら、恭也が発見するよりも前に当麻を見失ったらしい事が分かる。しかも様子からしてこの付近でなのだろう。

何にしろ、彼女が立ち止まっている事でこれ以上走る必要も無くなったため、少し距離を詰めた辺りで歩調を緩めて歩み寄る。

 

「……御坂」

 

「――っ!? って何だ、アンタか……」

 

「何だとはお言葉だな。人が折角忘れ物を手渡しに追い掛けて来たというのに」

 

「忘れ物? あ、ああ、携帯の事ね……アイツの事で頭が一杯になってたから、すっかり忘れちゃってたわ」

 

「全く……」

 

呆れるように呟きつつポケットから取り出した携帯を手渡せば、彼女は短く感謝の言葉を返してくる。

そうして受け取ったソレを仕舞う彼女を見届けた後に恭也は背を向け、翠屋へと帰るために来た道を戻ろうとする。

だが、一歩目を踏み出す前に後ろからお呼びの声が掛かかってしまい、溜息と共に恭也は再びそちらへと振り向いた。

 

「アンタさ……もしかしてだけど、ここに来るまでの間でアイツを見掛けたりしなかった?」

 

「アイツ、というのは当麻の事か?」

 

「それ以外に誰がいるって言うのよ。それで見たの? それとも見てないの?」

 

「見てないな。もっとも俺が見掛けていないだけで、実際はどこかにいたのかもしれんが……」

 

返答に対して美琴は嘘かどうかを見極めるためか、恭也の顔を半ば覗き込むような形でジッと見詰める。

ただその問いに対しては別に嘘を付いているわけでもない故、彼も顔を一切逸らす事無く彼女と視線を合わせた。

するとしばしして嘘ではないと信じたのか美琴のほうから視線を逸らし、それと同時に悔しげにクシャクシャと髪を掻き始める。

そしてこれ以上は探しても見つける事は困難と判断したらしく、そんな様子のまま美琴は恭也が帰ろうとしたのと同じ方向へ歩み出そうとするが。

 

 

 

――その途端、突如としてすぐ近くの住宅の庭先らしき辺りからワンッワンッと犬の鳴き声が聞こえてきた。

 

 

 

犬が鳴くという事自体は別に可笑しな事ではない。あまり吠えない犬もいれば、人の気配を感じた瞬間に吠え続ける犬とているだろう。

けれど二人がここにきてから数分と経っているにも関わらず吠える事がなかった犬がいきなり吠え始めるのは正直、若干の違和感がある。

たまたまだろうと言われればそれまでな事ではあるが、美琴としては酷く気になった。ちなみに犬が鳴き始めた直後、恭也の様子が一瞬だが変化したのも要因の一つ。

それ故か、たまたまな事だとはどうしても思えなかったため、美琴は鳴いている犬がいるであろう家へと赴き、犬がいる方面へと顔を向けた。

 

 

 

――するとその視界に入ってきたのは当然ながら吠え続ける犬と、その犬の目先にある木の若干上にしがみ付く当麻の姿であった。

 

 

 

状況からしておそらく、ここにこっそり隠れていた所を番犬に発見され、襲われる寸前で木の上へ逃げたのだろう。

木の下で吠える犬に対してシッシッと追っ払うように手を振るという彼の仕草もまた、これが事実だと言わしめる要因である。

ともあれ、ようやく見つけた目的の人物がそんな状況になっていると知った場合、助けに入ったりするのが普通かもしれない。

だが、どうやら美琴はその普通とは大きく掛け離れているらしく、吠える犬を完全に無視して当麻へと近づくという行動へ出た。

 

「うげ……ビ、ビリビリ中学生……」

 

「っ、ビリビリ中学生じゃなくて御坂美琴だって何度言ったら分かるのかしらね、アンタは…………まあ、いいわ。それより、ようやくアンタにも年貢の納め時ってのが――――」

 

「ワンッ、ワンワンッ!!」

 

「あぁ!?」

 

自分の言葉を遮るように吠えてきた故か、元々苛々していた美琴はそれを隠す事も無くドスの聞いた声を犬へ発する。

するとその犬は途端に大人しくなり、数歩ほど後ずさったかと思えば回れ右をして素早く小屋へと入り、以降は吠える事も無くなった。

ただここで間違えてはいけないのだが、別に彼女は動物が嫌いなわけではない。むしろ好きな方だと言ってもいいだろう。

でも、今現在は目の前の犬<当麻という図式が彼女の頭で構築されているため、動物好きな面が鳴りを潜めているというわけだ。

しかしながら、いくら苛立ったからと言っても顔までそちらへ向けてしまったのは誤りという他なかった。

 

「っ――さらばっ!」

 

「へ……?」

 

声が聞こえたのは意識を逸らした直後。声に反応して顔を向け直したときにはもう、当麻の姿は家を囲む塀の向こう側へ消えていた。

次いで少しずつ小さくなっていく足音に美琴は我に返るとすぐさま玄関から道路へ。そして逃げる当麻を叫びながら追いかけていった。

 

「……はぁ……」

 

残された恭也はといえば、去り行く二人の後姿に溜息をつくだけ。もちろん、これ以上二人を追い掛けようとは思ったりしない。

なぜなら追い掛けたところで騒動に巻き込まれるのは目に見えているし、何より携帯を返すという用事が終わった今、追い掛ける理由は無い。

追い掛けられている当麻の事は少しばかり哀れだとは思わなくもないが、アレはアレで二人特有のスキンシップなのだと無理矢理納得しておく事へ。

そうして二人の姿が曲がり角を曲がって見えなくなったのを合図とし、二度目の溜息をつきつつ恭也も店へ戻るべく、来た道を戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

今回、ようやく当麻が登場致しました。

【咲】 何て言うか、やっぱり美琴に追い掛けられてたわねぇ。

まあ、それが彼の運命だという事ですよ。

【咲】 そういう運命もどうなのかしらね……恭也も助けようとしないしさ。

いや、彼の場合は前に助けようとしてとばっちりを受けたからさ。

加えていっつもこういう状況を見るから、コレが二人の在り方なんだってもう納得しちゃってるんだよ。

【咲】 だから止めるのも無粋かって?

そういう事なんだろうね。もっとも、本当に危険だと思ったら助けに入るがな。

【咲】 ていうか当麻の場合、美琴相手だと危ない状況になる事って少ないわよね。

まあ、能力ばかりに頼りっきりの戦い方だからな。当麻の能力の前ではほとんど無力になるだろうさ。

【咲】 反対に恭也と当麻では確実に恭也に軍配が挙がりそうよね。

彼の場合は能力を封じられて戦えなくなるって事は無いからねぇ。

【咲】 ま、この二人が戦う機会が来るのかは別だけどね。

まあな。ともあれ、今回当麻が登場した事によってやっと話が進む……というわけではなく。

【咲】 まだ何か話を挟むわけ?

後一話だけな。というか気にならんか? 黒子が恭也と出会ったときに居た少女が誰なのか。

【咲】 まあ、気になるっちゃなるけど、何となく予想がつくというか……。

ま、何にしても次回はそこに関してのお話だ。

【咲】 それが終わったらようやく本編?

そういう事。てなわけで今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では~ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

感想は掲示板かメールにて。

 

 

 

 

 

 

 

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