当麻を追い掛ける美琴の去り行く様を見届けた後、恭也は手伝いのために翠屋へと戻ろうとした。

しかしながら、その途中で彼は桃子から今日はもう上がっても良いと言われていた事を思い出した。

それ故、他に寄る所も無いので自宅へと戻る事にし、進路を変更して真っ直ぐに自宅へと目指して歩を進める。

そして再び歩を進めてから、約十分後。自身の住まう自宅である、この辺りでは少し珍しい純日本風の住宅前へ辿り着き。

前に立つや否やその門を潜り、カラカラッと音を立てて扉を開け、中へと入れば――――

 

 

 

――直後として家内より、玄関先へと向かってくる二人分の足音が響いてきた。

 

 

 

足音が聞こえた時点で恭也にはその二人というのが誰か、姿を見なくともはっきりと分かっていた。

というのも玄関先にある二足の靴、そして廊下を駆ける足音、この総合して該当する人物を考えると自ずと分かってしまうのだ。

実際、音が響き出してから少しして彼の前に姿を見せた二人の人物は、彼が予想していた人物とピッタリ一致していた。

 

「お帰りなさい、お兄ちゃん!」

 

「おっかえり~、恭也♪」

 

「ああ。ただいま、なのは、アリサ」

 

お出迎えの挨拶と共に笑顔を見せてくれる二人組の少女。その片方は高町家の末っ子にして恭也の実妹である“高町なのは”。

そしてもう一人は翠屋で美琴たちとの間でも話題に挙がった、少し前の事件での被害者である“アリサ・ローウェル”。

現在では高町家に養子として引き取られ、その姓を高町へと変えている彼女は高町家へ来た最初こそ、笑顔をまるで見せなかった。

あんな事件があった後なので当然と言えば当然な話ではあるが、もちろんそのままにしてはおけないと家族全員が奮闘。

特に同年代のなのはが積極的に話し掛けたりした事もあり、今では本来持っていたであろう明るさを取り戻し、笑顔も普通に浮かべてくれる。

加えてその経緯もあってなのはとの仲が非常に良くなり、学校への登校日にしても休日にしても大概一緒に行動しているというくらい。

二人してのお出迎えもその表れであると考えた故か、挨拶を返しつつ恭也は僅かな微笑を浮かべて二人の頭を二、三度ほど軽く撫で付ける。

それによってより一層笑顔が深まったのを確認しつつ靴を脱ぎ、二人を引き連れて玄関から歩み出し、リビングの方へと赴いた。

 

「ふむ……他の皆は外出中か?」

 

「うん。と言っても、私となのはも恭也が帰ってくる少し前まで出掛けてたんだけどね」

 

二人以外に誰か居れば、高確率でリビングにいる。基本、この家で自室に籠りっきりの者は居ない故に。

だからか誰の姿も見えないリビングを視認した事でそう考えるが、一応確認のために二人へと尋ねてみる。

するとその答えは予想した通りのモノ。それ故、恭也も別段疑問に思う事も無く納得し、リビングのソファーへと腰掛ける。

それに合わせて右側になのは、左側にアリサという形に座られ、尚且つなぜかピッタリと腕の辺りにくっ付かれてしまう。

けれど恭也もそれを引き剥がす事は無く、しばらくの間は何をする事も無く甘える二人の為すがままな状態で時間を潰すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Integration of science and fencing sword skills phrase

 

第三話 不幸であった過去、幸福に包まれる今

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、恭也。翠屋でお手伝いだって言ってた割には帰るのが早かったけど、何かあったの?」

 

寄り添い合っての静かな時間が破られたのは寄り添う片割れであるアリサの、そんな他愛も無い疑問。

けれど答えないと納得しないと言っているわけではないが、その理由に興味はあるらしく恭也の目をジッと見てくる。

反対になのはも気になっているのか、無言でアリサと同じ行動。故にか、別に隠す事もでもないために恭也は軽く事情を話した。

手伝いの延長である買い出しの途中で二人の少女――佐天と初春をナンパから助けた事。そのお礼にと半ば強引にお茶を一緒させられた事。

そしてそこで後から合流してきた美琴と黒子を交えて談笑をした後、携帯を置き忘れたまま去った彼女へソレを届けに行った所まで。

多少なりと端折りながら、けれど分かり易く彼は説明した。だが、ソレを説明した途端、アリサだけでなくなのはまでもが不機嫌そうな顔を浮かべ始める。

 

「へ~……恭也ってば、手伝いがあるからって私となのはの誘いを断ったくせに、その人たちの誘いは断らなかったのね」

 

「……仕方ないだろう。無理に断り続けるのも、あちらの心情を悪くし兼ねんのだし」

 

「それはそうかもしれないけど……それ以上にお兄ちゃんは甘過ぎるってなのはは思います」

 

「そうよねぇ……まあ、恭也のソレは今に始まった事じゃないんだけど」

 

実際、その二人が甘いという部分でアリサ自身が助けられたのも事実であるため、それ以上はとやかく言えず。

故に不機嫌そうだった顔を続けて諦め顔へと変えつつ揃って溜息。それに恭也も言い返したくとも言い返す事は出来ず。

若干困ったような顔で頬を掻くなどしていれば、またもアリサが今の話題をそこで打ち切り、別の話題を口にした。

 

「ところでさ……さっきの話を聞く限り、そのお茶の席に美琴って人も居たって話だけど、それってもしかして常盤台の『超電磁砲(レールガン)』だったり?」

 

「ん? ああ……まあ、一応そういう事になるな」

 

「……だとしたらソレ、凄く異質なお茶会よね。周りの人たちの反応が目に浮かぶようだわ」

 

「俺たちとしてはただ普通にお茶を飲みながら談笑していただけなんだがなぁ……」

 

「お兄ちゃんたちはそうでも周りの人たちからすればそう思えないんだと思うよ? それでなくてもお兄ちゃんや美琴さんは凄く有名なんだから」

 

たった一人で軍隊と張り合える程の実力を有した者であり、学園都市に於いて八人しかいない事もあって『レベル5』の人間は非常に有名。

そんな存在が二人も居て、尚且つ仲良さげにお茶などを楽しんでいる姿を見れば、普通の人から見れば異質以外の何物でもないだろう。

もちろん『レベル5』の人間は同じ位の者と慣れ合ってはいけないという事は無いが、そうであっても慣れ合っている姿はほとんど見ない。

つまり、学園都市に於ける者たちの認識からすればそれが普通。反対に恭也や美琴のように友好的な関係を築いているほうが物珍しいのだ。

尤も、それが悪い事だとは二人も言わない。例え周りからすれば異質に映ろうとも、何度も言うように『レベル5』同士が友好的になってはいけない事などないのだから。

 

「まあ、どちらにしてもあくまで有名なのは『レベル5』としてであって、実物のほうは差して有名でもないんでしょうけどね」

 

「それはまあ、確かにな。ただ別にそれをどうこう言うつもりはない。有名になろうとなんてこれっぽっちも思っていないしな」

 

「欲が無いなぁ……ま、それも恭也の良い所なんだろうけどね」

 

言いつつなのはと顔を見合わせてアリサは笑う。実際、彼女としては恭也に有名になってほしいとは思っていない。

確かに『レベル5』としての恭也は誇らしく思う。幼いながら、同じ能力者である自分の目標として尊敬もしている。

けれど反対に実際の彼はあまり知られてほしくは無い。知れば、自分と同じで彼の魅力に気付いてしまう可能性が高い。

義兄であるという事を除いても抱いてしまう確かな感情。それを多くの人に知られ、自分を蔑になんてされたくはない。

彼がそんな人ではないという事は十分に分かっているけれど、それでもそんな風に考えてしまうのをアリサは止められない。

 

(醜いの、かな……今の私って)

 

自分だけを見てとは言わない。むしろ恋人同士というわけでもないのだから、そんな事を言う権利は無い事を理解している。

でも、彼を取られたくないという独占欲は確かにあるわけで、それを抑える術はいくら利口なアリサでも思い付きはしない。

だから例え醜いとは思っていても、内心でそう思う事は抑えられない。行き過ぎれば、例えなのはでも渡したくないと思ってしまう。

そこまで進行するのは現状何とか抑え切れているが、これから先もそうとは限らない。いつか、なのはとぶつかる日が来るかもしれない。

だが、それもあくまで可能性の話。来るかもしれないが、来ないかもしれない……だから、アリサは首を振ってその考えを頭から追い払った。

そしていつも彼やなのはの前で浮かべる笑みを顔に浮かべつつソファーから飛び降り、少しだけ距離を置いた所で二人へと振り向く。

 

「ちょっと飲み物でも取りに行こうと思うんだけど、二人もいるわよね?」

 

「「ああ、頼む(うん、お願い)」」

 

二人が揃って頷きながら返事を返せば、アリサは笑顔のままで頷き返しつつ台所の方へと駆けて行った。

この場合、手伝おうと一言でも言うのが普通なのかもしれないが、アリサが相手の場合は少しばかり勝手が異なる。

というのも彼女、どうも家なき子になる前は中々に裕福な家に住んでいたらしく、そのときは自分で飲み物など入れた事がなかったのだ。

そんな彼女がどうして捨てられる羽目となったのかはここでは省くが、そのせいで彼女は捨てられて以降の生活に悪戦苦闘した。

それ故にその頃から自分で出来る事は自分でという考えを持つようになり、相当な事でもない限り手伝いというものを拒む。

だから恭也やなのはだけでなく、この家の住人は全員この程度の事では手伝うという言葉を彼女に対して発しなくなった。

見方によっては冷たくも見えるだろうが、それが彼女の意思。それに彼女自身、楽しんでしてるようだからこれはこれで良いのだろう。

 

「~~~♪」

 

ともあれ、そういうわけで彼女は一人で台所へ赴き(そこまで離れてはいないが)、早々にお盆を一つ用意する。

次いでそこからすぐ近くの棚よりコップを三つ取り出してお盆の上に置き、その隣にある冷蔵庫の扉を開き、ペットボトルを一本取り出す。

そして色合いからしておそらくお茶が入っているのであろうそれの蓋を回して開き、用意したコップへと順々に中身を注いていき。

全てに注ぎ終えると蓋をキッチリと締め、再び冷蔵庫の扉を開いて元あった場所へと戻して扉を閉めた。

 

 

 

――その矢先、ピーンポーンと来客を告げる耳触りの良い音が家内へと響き渡る。

 

 

 

音が響いた際、アリサはお茶を持っていこうとしていた最中。それ故、自身が出ようと恭也はソファーから立とうとする。

だが完全に立ち上がるより早く自分が出るからと言うかのようにアリサが手で制し、お茶の乗ったお盆を再度その場に置き直す。

そしてトコトコと子供らしい小走りでリビングを抜け、玄関まで辿り着くと目先の扉の取っ手部分へと手を掛け。

 

「はいは~い、どちら様で――――」

 

そう言いながらカラカラと音を立てて扉を開くも、言葉は最後まで言い切られる事もないまま開いた状態で彼女は固まる。

対して開いた扉の先にいた人物もまた、アリサの姿を視界に捉えた途端に若干キョトンとしたような様子で立ち尽くしていた。

しかしながら、そんな状況が続いたのも僅か数秒程度。すぐに来客となる人物の方が我へと返り、若干の笑みを浮かべる。

 

「お久しぶりですわね、アリサ・ローウェルさん。いえ、今は高町アリサさんと呼ぶ方が正しいのかしら?」

 

「え……あ、はい。その、お久しぶりです……えっと……」

 

「黒子――白井黒子ですわ。ここに引き取られてから長らく会う事もありませんでしたけれど、その様子だと元気でやってるようですわね」

 

「はい。この家の人は皆、良い人ばかりですから。それで、その……黒子さんは今日、どうしてここに?」

 

いつもは物事をハキハキと口にする彼女とは打って変わり、少しばかりたどたどしい感じの喋り方。

尤も、彼女――黒子からしたらそれも仕方ないように思える。自身の存在はあのときの事を彼女に思い出させてしまうのだろうから。

それを言ってしまえば恭也とてそうだろうが、彼の場合は自分を救い出してくれたという部分がやはり強く出るのだろう。

だから仮に思い出しても救ってくれた場面が強く浮かぶ。けれど黒子の場合、助けに来たとは言っても直接的に救ったわけじゃない。

そのためか、いらない部分まで思い出させてしまう。故に彼女のその様子を正そうとはせず、問いに対して僅かに考え込むような仕草を見せる。

 

「どうして、と聞かれると少し返答に困りますけれど……そうですわね。如いて言うなら、貴方の様子を見に来たという所ですわ」

 

「私の様子、ですか?」

 

そんな仕草を見せた後、彼女の口から告げられた答えはアリサにとってちょっとばかり意外とも言えるモノ。

嫌な部分まで思い出してしまうとはいえ、彼女自体を否定するわけじゃない。むしろ、彼女も自分を助けようとしてくれた一人だとは理解してる。

とはいえ、それはあくまで『風紀委員』としての仕事だから。仕方なくとは思ってないだろうが、それでも仕事の内として助けただけ。

帰る家の無かった彼女の引き取り先を探したというのも、また同じ。だから、その後の事なんて気にしないという認識がアリサにはあった。

にも関わらず黒子は様子を見に来たと言う。しかも言い方からそのまま受け取れば仕事の一環としてではなく、あくまで個人的に。

仕事は仕事という認識しかないアリサが驚いてしまうのも無理は無く、鸚鵡のように聞き返しながら僅かに呆然とした表情を覗かせる。

だが、先ほどと違って今度はすぐに我へと返り、聞き返した後で思うのもアレだが玄関先で立ち話というのも難だと思い、家に上がるよう促す。

それに黒子も遠慮する事も無く小さく頷き、靴を脱いでアリサの後を付いていくようにしてリビングの方へと足を運べば。

 

「む……」

 

「――にゃ? あ、こんにちは~、黒子さん」

 

「こんにちはですの、なのはちゃん。最後に会ったときから少しご無沙汰気味でしたけれど、変わらずお元気そうで何よりですわ」

 

という二者多様な出迎えを見せられ、ちゃんと挨拶してきた後者の人物――なのはにのみ、黒子は笑顔で挨拶を返す。

反対に前者の人物――恭也に対しては無視こそしないが、そもそも翠屋で挨拶もしている故に視線を軽く合わせるだけ。

恭也もまた同日に二度も挨拶するのもアレかと考えたのか、彼女と同じく視線を合わせただけで挨拶の言葉を口にする事は無く。

そのままの流れで二人と少し距離を開けたソファーの横の部分へ腰掛け、そこで再度恭也へとジト目に近い視線を向けた。

 

「にしても貴方……翠屋の方に居ないかと思えば、こちらの方に居ましたのね。折角探し回ったというのにとんだ無駄手間でしたわ」

 

「探し回った? 俺に何か用事でもあったのか?」

 

「ええ。尤も、その用件というのも半分はすでに片付いたようなモノですけれど」

 

言いつつ台所に置き去り状態だったお茶(黒子の分も追加)を運んできたアリサへと僅かに視線を向ける。

彼女には気付かれない程の極僅かな動作ではあったが、恭也となのはの二人のみは視線を向ける先に気付き、言葉の意味を理解する。

とはいえ本人曰く、それはあくまで理由の半分。残る半分は一体何なのだろうかという疑問が続けて頭の中に浮上する。

しかしそれもアリサから受け取ったお茶を一口だけ口に含み、次いで語られた彼女の言葉によって容易に氷解する事となった。

 

「それでもう半分の用件ですけれども、翠屋からここに帰ってくるまでのどこかで貴方、お姉さまとお会いになりませんでしたか?」

 

「御坂と? まあ、会うには会ったが……」

 

「では貴方をお会いになった後、お姉さまがどこへ行ったかもご存じですわよね?」

 

「いや、さすがにそこまでは分からん。そもそも家に着くまで一緒に居たわけでもないしな」

 

「そうですの…………はぁ、お姉さまったら。携帯を取りに戻るだけで一体どこまで行ったのやら」

 

たまに美琴と会った際、黒子に対しての愚痴のようなモノを聞かされる事が恭也にはあるが、どうやらその反対も然りらしい。

やはり親しき仲でも不満の一つや二つくらい出るのだろう。まあ、ある意味ではその方が健全と言えば健全のような気もするが。

まあ何にしてもそのような愚痴を口にするという事は、恭也が知らないと言った時点で完全に手詰まりな状態になったからなのだろう。

そしてそれ故か、黒子は残っていたお茶を飲み干してから本当に困ったという感情丸出しな溜息を今一度ついた。

 

「あ、あの……」

 

だがその直後、いつの間にか恭也の隣(なのはとは逆位置の)に座っていたアリサがおずおずと手を上げながら呼び掛ける。

途端、皆の視線が彼女のほうへと一気に集中する。そのためか少しばかりたじろぎつつ、控え目な感じで口を開いた。

 

「えっと、今の話を聞いてる限りだと黒子さんはすぐにでも目的の御坂さんって人を見付けたいんですよね?」

 

「そうですけれど……何かお姉さまを見付ける良い方法があるんですの?」

 

「良い方法っていうか、その……携帯に連絡を入れてみたらいいんじゃないかなってだけなんですけど……」

 

「確かにそれが本来最も確実な手段ではありますですけど、残念ながらお姉さまは携帯を――」

 

「持ってるぞ?」

 

「――はい?」

 

「だから、御坂は携帯を持っていると言ってるんだ。大体にして俺が御坂と会ったのも携帯を届けるためだったわけだしな」

 

「な、ななな――何でそれを早く言わないんですのよ貴方は!?」

 

「いや、全く携帯で連絡を取るという行動をしないものだから、もう連絡したものだと思って言わなかったんだが……」

 

恭也としては黒子はすでに携帯で連絡を取ろうと試みたが繋がらなかった、という事を前提として話をしていた。

反対に黒子は携帯を取りに戻った美琴は途中で恭也と会い、その最中で何かがあって携帯回収を忘れて行方を眩ました、という事を前提としていた。

つまりは互いに盛大な勘違いをしていたという事。それに気付いた途端、黒子は即座に携帯を取り出して美琴へと連絡を試みる。

すると連絡はすぐに取れたらしく、電話越しに何やら話をすること約五分弱。通話を終えて携帯をポケットに仕舞いつつ小さな溜息をつく。

 

「たったこれだけで済むような事だったはずですのに……今までの時間は一体何だったんですのよ、全く」

 

「まあ、たまにはこういう事もあるという事だな」

 

「……半分は私の責任ですのであまり強くは言えませんけど、もう半分は貴方の責任でもあるという事をお忘れなき様に」

 

まるで他人事のように言ってのける恭也にそう言い返しつつ軽く睨むも、まるでどこ吹く風のように堪えた様子は無い。

尤も彼の性格上、本当に自分の失態を気にしていないという事はないだろうが、まだ付き合いの浅い黒子にそこが分かるわけも無く。

少しばかり睨むと諦めたように今一度溜息をつきつつ、今度は打って変わって笑みを浮かべ、アリサの方を向いて先の礼を告げる。

それに対して彼女は慌てたような戸惑ったような、そんな慌ただしい様子で気にしないでくださいという言葉を黒子へと返すのだが。

彼女のその様子が黒子には少しばかり可笑しかったのか笑みを更に深め、それを見たアリサは今度こそ正真正銘の戸惑いを見せてしまう。

それが今度は黒子だけでなく、恭也やなのはにまで笑みを齎す羽目となってしまい、ニコニコと笑う三人にアリサはただ戸惑い続けるばかりだった。

 

 

 

 

 

黒子がお暇の言葉を口にしたのは、それから僅かしての事。来訪してからの滞在時間としては非常に短いと言える。

そのためか恭也たちはもう少しゆっくりしていけばいいと言いはしたのだが、本人曰く寮の門限を破る訳にはいかないとの事。

特に先の電話で美琴より、『遅くなるから寮監への誤魔化し宜しく!』などと頼まれてしまったものだから、余計に遅れる訳にはいかず。

黒子自身は遅れる理由を聞いていないから分からないだろうが、その理由というのが何となく推測出来る恭也は正直呆れるしかない。

ともあれ、そういう事情があるなら仕方ないかと思い、彼らもそれ以上は引き留めようとする言葉を吐く事はなかった。

 

「それにしても……あの子、以前と違ってずいぶんと元気な様子ですわね」

 

「そう、だな。少なくとも、事件直後よりは笑顔を見せてくれるようにはなった」

 

片付けはするから見送りお願いとなのはとアリサの両名に頼まれ、黒子と共に玄関先までやってきた恭也。

そんな彼に靴を履いて玄関の扉へと手を掛けた段階で彼女は軽く振り向き、ここで初めて彼に対して笑みを見せた。

その笑みには彼や、彼の家族たちがあの少女にしてあげた事を讃えるような……そんな意図が感じられる。

対して彼はそこまでの事はしていないとでも言いたげな控え目な様子で彼女へとそんな言葉を返したのだが。

黒子はそんな事は無いと首を横に振り、未だ笑みを浮かべたまま、以前までと違う様子を見せていた彼女の姿を思い描く。

 

「正 直な話、あの子を引き取るという話が挙がったときは私も不安でしたの。家も無ければ家族もいない、そこにきてあんな酷い目にあったあの子の傷はきっと計り 知れないモノ。それを一個人の、しかも助けた形とはいえあの現場に立ち会った貴方が癒せるものなのか。最悪、あのときの事を思い返せて嫌な思いさせる事に なるんじゃないかって……」

 

「まあ、そう思われてしまうのも不思議ではないんだろうな。なまじ、あの現場に立ち会った君なら特に」

 

「え え。ですけど今日、直接会ってみて安心しましたわ。事件直後の様子からは想像も出来ないほどの自然な、それでいて子供らしい表情… …さすがに私がいる手前、笑顔は見せてくれませんでしたけれど。それでも、あの子は今に幸せを感じてる……そ れが今日、よく分かりました」

 

事件直後のアリサは本人が抱える事情もあり、『風紀委員』である黒子たちですらどうしたものかと悩む程に心を閉ざしていた。

まるでそれは誰も信じない、信じたくはないと言外に言っているようで。そんな子にマニュアル通りの慰めや励ましなんて効くとは思えず。

その数日後にたまたま会った恭也に事後報告という形で彼女の事を伝え、その彼の口から自分の家で引き取るという言葉が出た時も。

彼女自身が恭也の説得に応じて了承した事により、彼女への対処はそういう形となってしまったが、それで彼女の傷が癒えるとは到底思えなかった。

けれど引き取られてから数ヶ月が経った今日、久しぶりにあったアリサからは当時のような、心を閉ざしたような様子は一切窺えない。

どんな手を使ったのかなんて正直どうでもいい。どんな方法を用いたのだとしても、傷ついた彼女の心をここまで癒した彼らという事に変わりは無いのだ。

だからこそ黒子は彼らを称賛し、己の中の不安を拭い去った。血の繋がりはなくとも、彼らならば彼女の本当の家族になる事が出来るかもしれないと。

 

「これからも、あの子の事を大事にしてあげてくださいな。あの子が今と変わらず、笑顔で居られるように」

 

「ああ。尤も、そう改めて言われずとも大事にするだろうがな……うちの家族は皆、優しい人たちばかりだから」

 

その返事に黒子はより笑みを深める事で返しつつ、手を掛けていた扉を開いて高町家を後にした。

彼女が去っていくのを扉が閉まるまで見届けた恭也はそこで一息つくも、黒子の言葉を思い返して僅かばかりの笑みを浮かべる。

 

「自分がいるとアリサは笑わない、か……」

 

思い返したのはその一点のみ。そしてその一言に対して彼は、そんな事は無いだろうと思う。

確かに今日、アリサは黒子を前にして笑顔は浮かべなかった。代わりに浮かんでいたのは戸惑いという感情のみ。

けれどそれはあの一件を思い返しているからではない。恭也の主観ではあるが、きっとどう接していいのか分からなかっただけだろう。

当時、自分がどんな態度で彼女に接したのか、慰める言葉を掛けてくれた彼女に自分はどんな言葉を吐いたのか。

彼女はそれをしっかりと覚えている。だから、あの一件の事を引き摺っていなくとも、どんな顔して接したらいいのか分からない。

故に戸惑っていた彼女を見て黒子は当時の嫌な体験を思い出させてしまったと勘違いした……何ともまあ、見事なまでの擦れ違いである。

 

「また今度会ったときにでも、誤解を解いておくか」

 

笑みを浮かべたまま、誰も居なくなった玄関にてそう呟くと恭也は扉に背を向け、リビングの方へと戻る。

その延長線上で通った台所では、洗い終わったらしいコップを拭いているアリサと拭き終わったコップを棚へと戻すなのはの姿。

科学技術が非常に発展した学園都市なだけに一般家庭では食洗機などを使ったりするのが結構普通な光景なのだが。

この家ではそういう代物は特に使わず、手で洗う事が基本。桃子曰く、その方が食洗機を使うよりも綺麗に洗えるとの事らしい。

そんなものは洗う人の腕次第だとは思わなくもないが、恭也としても機械で洗うより手洗いの方が好ましいと思う部分があるので何も言わず。

ともあれ、そんな光景を目にしながら台所を通り過ぎ、再び先ほどまで座っていたソファーへと深々と腰掛ける。

するとそのすぐ後になってコップの片付けを全て終えたらしいアリサとなのはがトコトコと歩み寄り、恭也帰宅時と同じように自然な形で両隣へと腰掛ける。

 

「にゃ~、黒子さんが一人でうちに来るなんて珍しい事もあるんだね。美琴さんだったら一人で来る事も多いから珍しくないんだけど」

 

「そんなに来てるのか、御坂は?」

 

「結構来てるみたいね、なのは曰くだと。ただ決まってタイミングが悪いから私は未だ会った事が無いんだけどさ」

 

「あはは……確かに美琴さんや黒子さんが来るときはアリサちゃん、いつも居なかったよね。そのせいで黒子さん、アリサちゃんは自分を避けてるんじゃないかって思ってたみたい」

 

「……会うのが気まずいっていうのは認めるけど、私としては別に避けてる訳じゃないんだけどねぇ。そういうときに限って桃子さんからお手伝いをお願いされたり、買い物に行ってたりしてるだけで」

 

高町家に引き取られてから、なのはの通う学校への転入まで世話をしてもらった。もちろん、桃子ならば家族だから当然と言うだろうが。

それでもアリサとしてはそこまでしてもらって何もしないというのは気が引け、頼まれようが頼まれまいが自主的に手伝いなどをしている。

桃子も他の家族たちもそんなに気を遣わなくてもいいと言いはするのだが、それだけは本人も引かず、自分がしたいからしてると我を通している。

何にしても、やはりアリサは黒子と会う事自体を嫌がっているわけではないという恭也の推測は正しかったのだとこの会話で実証された。

尤も、だからといって今ここで何かするという訳でもない。単に誤解を解くという気持ちが多少強くなった程度で、この場で口を開く事は無かった。

 

「お買い物って――あ~! そういえば前にアリサちゃん、私に黙ってお兄ちゃんとお買い物行ったでしょ!?」

 

「前って言われても……一体いつの事を言ってるの?」

 

「そ、そんな風に言う程お兄ちゃんと出てるの!? なのはだってお兄ちゃんとお買い物とかお散歩とかしたいのに!」

 

「すればいいと思うけど? 別にいっつも私が恭也を独占してるわけじゃないし」

 

「……む~!」

 

正直な話、アリサとて恭也を独占したい気持ちはある。けれどそこを理性で抑え、あからさまな独占はしないようにしてる。

その上で彼女はそう言ったのだが、どうやら彼女と同じくらいブラコン気味のなのはとしては余裕めいた発言に見えてしまうらしい。

だからか、若干睨むような(傍から見れば可愛らしいとしか言いようがない)顔でアリサを見た後、すぐさま恭也の方へと向き。

どこか迫力のある雰囲気に珍しく気圧される彼を余所に約束を取り付けるため、また今度の日曜日にでもお出掛けしようとせがむ。

だが、次の日曜日と言えば彼にも別の用事があった。まあ正直大した用事ではないのだが、それでも後に回すと少し面倒になるのは事実。

しかしながらそれ故に断ろうにも、なのはは子ども精神全開でせがんでくる始末。これにはもうシスコン気味な恭也としてはタジタジとなるしかなく。

そんなどこにでもある仲良し家族の象徴のような光景をアリサはクスクスと笑いつつも眺めながら、一人幸せを感じていた。

 

 

 

 

 

――ようやく手に入れる事が出来た、今までの自分が霞んで見える程の幸福を。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

てなわけで今回、例の事件の被害者たる女の子が登場致しました。

【咲】 何ていうか、予想通りとしか言いようが無いわね。

まあ、オリジナルでもない限りはあんな境遇に会う子なんてアリサぐらいなモノだからなぁ。

【咲】 というか、アリサって年齢的にはどうなってんのよ?

ん? ああ、えっと、年齢的にはなのはの二つ上ってとこかな。

【咲】 と言う事は、小学五、六年生辺りって事ね。

そげそげ。ちなみにだが、なのははレベル0でアリサはレベル3の能力者だったりする。

【咲】 ……なのははなんとなく分かってたけど、アリサって結構レベル高いのね。

そうか? 同じような年齢の人でもレベル3とか4とか結構いるじゃん。

【咲】 そりゃまあ、そうだけど……まあ、いいわ。それで、能力は一体何なわけ?

それは当然秘密だ。

【咲】 あ、そう。でも妙ね……能力があったのなら、あの程度の暴漢ぐらい蹴散らせたんじゃないの?

いや、レベル3になったのはつい最近だからねぇ。あの当時のアリサはまだ不良を蹴散らす程のレベルでは無かったのだよ。

ただまあ、仮にそのくらいのレベルだったとしてもアリサがあの暴漢たちを蹴散らせたかは分からんが。

【咲】 ? 何でよ?

あのねぇ……美琴やら黒子やらみたいな女の子で感覚麻痺してるかもしれんが、あのくらいの年齢の女の子が暴漢相手に果敢に立ち向かえるとでも?

普通なら怯えたり、必死に逃げようとしたりするものだよ。能力があろうがなかろうが、そんな勇気があるのは本当に極一部だけだ。

【咲】 ふぅん……ま、そう言われればそうかもね。それで、前のあとがきによれば次回からようやく本編に入るって話よね?

おう――と言いたいが、予定変更だ。

【咲】 また余計な話を挟む気?

む、余計とは失礼な。必要な要素を揃えないと本編には入れんだろうが。

【咲】 はぁ、はいはい。それで次回はどんな話になるわけ?

ふむ、次回は簡単に言うと学園編かな。ここにきて一気にとらハ陣営が出てくる予定だ。

【咲】 というか、とらハの話的にはどの辺りの軸にあるの? やっぱりいつも通りALLエンド後だとか?

んにゃ、今回はとらハ陣営の面々と顔合わせした後、花見イベントを終えた数ヵ月後という時間軸だ。

無論誰のエンディングにも辿り着いては無い。まあ、原作の軸を考えるとイベント開始が遅れてる状態だがな。

【咲】 ふむふむ……という事は、とらハ側の問題にも当麻やら美琴やらのとある~陣営が介入する可能性もあるわけね。

そうだな。尤も、誰がどのイベントに参加するかはまだ未確定の状態だし、何より当麻の記憶喪失までは進めないといかんけどな。

【咲】 ま、そこまで進めとかないと後々面倒な事になるものね。

そういう事だ。そんなわけで今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では~ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感想は掲示板かメールにて。

 

 

 

 

 

 

 

 

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