ヤミと剣士と本の旅人
番外編1 恭也とリリスの暇な一日
図書館世界から数駅ほど通り過ぎた先にある街、アルカディア。
そこそこに大きな場所であるこの街。しかし反して通りに人が通る姿など見えない。
それもそのはず……アルカディアとは元々、図書館世界の管理者が滞在するためにある世界なのだ。
だからと言って別に他の者が用事もなく来てはいけなくもないし、することが全くないというわけでもない。
管理者が滞在すると同時にアルカディアでは自分の望む世界、この世界で言う『本』を作成することが出来る。
それ故に図書館世界を彷徨って自分の気に入る世界がない場合、ここで作るということも可能になる。
しかしまあ、そんなことをする輩は本当に稀であり、思ってもわざわざ世界の一番奥に位置するここに作りに来る者は少ない。
そのためこの世界は大概の場合、管理者のみが滞在しており、それ以外に気配はまるっきりない。
「…………」
だが、管理者のみしか本来いないはずのこの世界に最近では管理者以外の人間が一人滞在している。
管理者の家とされている日本風のちょっと大きめな建物。正直なところ周りと比べると違和感バリバリである。
そんな建物の縁側に位置する場所にて、管理者以外の人間とされる男性は腰を下ろしていた。
「……ふぅ」
縁側に腰を下ろすその男性は手に持つ湯飲みを傾け、中のお茶を一口啜る。
そして傾きを元に戻すと同時に小さな息をつき、何を見るでもなく庭方面へと目を向けていた。
その姿……見るものが見れば非常に枯れていると映るだろうが、この姿こそこの人であるとも言えることだった。
――タッタッタッ
そんな枯れていながらもマッタリとした空気を漂わす男性の耳に家の奥から足音が聞こえてくる。
足音的には少し駆け足気味にも聞こえるそれは徐々に彼の元へと近づき、数秒後にその姿を現した。
「あ、いたいた。恭也〜♪」
「っと……」
姿を現したのは腰下まで伸びるウエーブの掛かった金髪、白いシャツと黒い膝ほどのスカートという衣服の少女。
その少女は男性――恭也を見つけるや否や、どこか嬉しそうな笑みと共に飛び込んできた。
飛び込んできた少女に対して彼は瞬時に湯飲みを床に置き、その少女の成すがままに抱きつかれる。
実際面、恭也としては少女を避けることは簡単だった。だが、それを敢えてしなかったのは後が怖いからである。
一度反射的に避けたときなど、怖い目を向けながらたまたま通りかかった黄色いオカメインコを握り締めていた。
まあ、オカメインコについてはこの際どうでもいいのだが、少女の向ける怖い目というのは本当に怖い。
多くの死線を潜り抜けてきている恭也でさえも冷や汗がダラダラと流し、平謝りさせてしまうほどだったのだ。
そんなこともあって以後は避けないようにと心に誓い、現在も彼女がしたいようにさせているというわけだった。
「で、今日はどうしたんだ、リリス?」
「ん〜、なんとなくかな〜♪」
抱きつき、恭也の肩辺りに擦り寄る少女――リリスに事の次第を尋ねる。
しかし、彼女から返ってきた言葉は非常に適当なもの。というよりも、答えるのが面倒くさいと言っているようなものだ。
だが恭也はその返事に対してそうか……とだけ返し、再び湯飲みを手にとって何もなかったかのようにお茶を啜る。
「あ、恭也。私にもそれ、ちょうだい」
「わかった……用意してくるから少しまっ――」
「そうじゃなくて! 恭也の飲んでたのが欲しいの!」
腕を引っ張ることで立ち上がろうとした恭也を再び座らせ、頬を膨らませて告げる。
発せられた一言に恭也は何を言ってるんだというような目を向けるも、リリスの表情を見ると口には出せない。
今はまだ頬を膨らませるという可愛らしい怒りの表し方だが、今の言葉を口にすればどうなることか……想像するのも怖い。
そのため恭也は僅かに呆れたような溜息をつき、素直に湯飲みを彼女へと手渡した。
「ん、よろしい。それで〜、恭也が飲んでた場所ってどこ?」
「そんなことを聞いてどうする気だ?」
「決まってるじゃない。同じところで飲んで間接キス♪」
何となく予想はついていたが、実際に言われると恥ずかしいものがある。
それ故にからかっているのだとは思っていても頬が熱くなり、リリスから目を逸らすようにそっぽを向いてしまう。
まあ、本当のところはからかっているのではなく本気なのだが、恭也にそれを気づけというのが野暮だろう。
そのことはリリスとしても知っているため不満に思いつつも文句は出さない。だがその分、行動で示し続ける。
抱きついた腕にわざと胸を押し付けながら、口をつけた場所はどこかとしつこく尋ね続けるという行動で。
「ほらほら〜、恥ずかしがってないで素直に吐いちゃいなさ〜い♪」
「……知らん」
横を向いたまま素っ気無く告げる恭也に気をよくし、今度は抱きついた腕を揺すり始める。
こうすることで押し付けられる胸の感触をはっきりと伝える。それにより、恭也に更なるアプローチを決める。
今行っていることにはそういう意図があり、ある意味では非常に積極的な行動であると言えた。
しかし、現在の状態を考えるとその行動は危ないもの……それを現実に示すように、その事態は起きた。
「あっつ――!!」
僅かに大きな声を上げた後、顔を顰めながらゴトンとお茶の入った湯飲みを床に落す。
その際のお茶は地面にだけ溢れたのでよかったが、それより以前に被害はリリスを襲っていた。
というのも先ほどの腕を揺する行為にて、恭也から受け取った湯飲みからお茶がリリスの太ももに溢れたのだ。
まだ淹れたてということもあって熱いお茶……それを服越しとはいえ、太ももの上に溢してしまう。
そんなことになったのであれば今のリリスの状況にも頷け、恭也は再びそちらに向けた視線を呆れたものへと返る。
「まったく……そんなことをしてるからだ。ほら、見せてみろ」
「うぅ〜……」
痛いという顔をしながらも、リリスは恭也の指示に従って溢した太ももを隠す衣服を捲る。
状況が状況故に仕方のないことではあるが、臆面もなくそういった行動をするのは女性として如何なものかと恭也は思う。
しかし、思いながらも言ったところで無駄なために言わず、その奥を見ないように溢れた箇所を見る。
「ふむ……そんなに酷くはないな。これなら軽く冷やしておけば大丈夫だろう」
溢れた箇所を見て告げられた彼の言葉に頷き、リリスは立ち上がって台所へと向かう。
そしてそれから一分弱、水で濡らしたタオルを太ももに当てながら、彼女は元の場所へと帰ってきた。
「あ〜……ちょっと痛みが和らいだかも」
「そんなすぐに引くとは思えんがな……」
実際、火傷というのは処置してもすぐに痛みが引くということはない。
そのため、リリスの言っている痛みが和らぐというのはタオルの冷たさが際立つ故だと分かる。
だがそんな恭也の一言に何も返すことなく、リリスはその冷たさに気持ちよさそうな声を漏らすのみであった。
「あ、そうだ……ねえ、恭也」
「ん、なんだ?」
漏らしていた声を止め、ふと思い出したかのように顔を向けてくるリリス。
そんな彼女に短く返して同じく視線を合わせるように顔を向けると、彼女は悪戯っ子な笑みを浮かべていた。
こういった顔をするときは大概恭也をからかうとき……それ故、彼はからかいから逃げるために視線を逸らそうとする。
しかし、視線を逸らすよりも僅かに早く、リリスは予想通りの言葉を告げてきた。
「さっき火傷を見てたときなんだけど〜……見たでしょ?」
「……何をだ?」
「もう、誤魔化しちゃって♪ 下着よ、し・た・ぎ♪」
まあ正直なところ、火傷をしたのが太ももであるため、痕を見るときには僅かでもそれは見えてしまう。
しかしそれは本来ならば見られた側が恥ずかしそうに尋ねてくるか、恥ずかしいから聞かないかのどちらかだ。
なのにリリスはそのことに恥ずかしいという感情を見せず、見られたことを題にからかってくる始末。
不可抗力で見てしまったことに多少なりと罪悪感があるのに、その上からかわれては恭也としても堪ったものではなかった。
かといってどう抗えるわけでもなく、せめてもの抵抗ということでお茶を淹れなおしてくると言い、その場から逃げるように去っていった。
「ふふ、恥ずかしがっちゃって……ほんと、可愛いなぁ♪」
本人を前にして言えば憮然としそうな言葉を呟き、リリスは軽く伸びをして床に横たわる。
そして何を見るでもなく天井を見上げ、何となしに恭也と出会った日から今までのことを思う。
出会いは突拍子もなく訪れ、ページ集めの旅を続けるにつれて軽い気持ちだった想いが強いものへと変わった。
何かを考えるときの真剣な顔、時々見せる小さな笑顔、近しいものに見せる優しい一面。
全てがリリスの心に深く根付き、本気の想いへと変えさせるには十分すぎる要素だった。
「でも、いつかは帰っちゃうのよね……恭也も」
好きになってしまったからこそ思うこと。それはいつか訪れる彼との別れ。
図書館世界の管理者にして初めの人でもあるリリスと、本の中の住人でただの人間である恭也。
二人の立つ位置は永遠に共にあるということは出来ず、必ず別れがいつの日か訪れてしまう。
好きになってしまった……だから引き止めたい。しかし、自身の世界に対する想いが強い故に無理だと分かる。
なら嫌いになってしまえばいいんじゃないかとも考えた。だけどそれも無理……好きという感情は一度抱いたら止まらない。
――結局のところ、今の感情も未来の運命も変わらない。
そんなことは考えるよりも前に分かっていたことだ。しかし、理解は出来ても納得は出来ない。
自分と恭也は違うから共にいることが出来ないなんて嫌だ。好きなのに別れることが運命なんて嫌だ。
我侭だと言われても、自分勝手だと言われても……好きな人とはずっと一緒にいたい。
だからリリスは決して諦めない。抱いた恋心を成就させ、彼と共に過ごせる未来を切り開いてみせる。
そう再度心に誓い、彼女は天井から視線を外して起き上がり、自然と笑みを零していた。
「でもまずは……恭也に気づいてもらうのが先決かなぁ」
「俺が何に気づくんだ?」
ふと零した言葉に返事が返ってきたことに驚き、リリスはそちらへと視線を移した。
するとそこには湯飲みを両手に持った恭也の姿があり、その目は先ほどの言葉で不思議そうなものになっている。
それ故に聞かれた言葉に慌てて何でも無いと返して、首を傾げながら差し出された湯飲みを受け取る。
差し出した湯飲みをリリスが受け取った後、恭也は彼女の横に再び腰掛け、自身の湯飲みを傾ける。
そんな姿を横目で見ながらリリスもお茶を一口啜り、湯飲みを口から放して息を吐きつつ思う。
(やっぱり、告白は恭也からの先にのほうがいいわよね)
自分から先にではさすがのリリスでも恥ずかしい。加えて、相手から先に告白されたいという思いもある。
だから彼女はまだ自分の思いを明確に口には出さない。いつか、彼が自分のことを好きになってくれる日まで。
それが一体いつになるかは分からないが、きっと訪れると確信しているその日が来るまで――
「暇よね〜……」
「ああ……そうだな」
――もうしばらく、こんな関係が続くのだろう。
あとがき
蒼鳥さんのキリリクでした〜。
【咲】 遅いわ!!
ぶばっ!!
【咲】 まったく……リクエストされてからどのくらいたったと思ってるのよ。
し、仕方ないだろ。リアルが立て込んでて執筆すらほぼ出来ない状態だったんだから。
【咲】 それでも限度ってものがあるわよ。
うぅ……。
【咲】 はぁ……で、この話はヤミ剣の時間軸的にどんな位置なわけ?
ふむ、本の世界から帰ってきて、次の目ぼしいものが見つかるまでの間の話だな。
【咲】 というか、リリスの家っていうと四畳半じゃなかったかしら?
恭也の住みよい環境に改築したのですよ。そのぐらい彼女ならしますよ。
【咲】 まあ、リリスならするでしょうけどね……で、ずいぶん短いようだけど、そこの辺の弁解は?
いや〜、ネタを搾り出しても書けるのはここまでが限界ですわ〜。
【咲】 駄作者ねぇ……。
ぐ…………否定できないところが痛い。
【咲】 当然ね。では改めまして蒼鳥さん、キリ番ゲットおめでとうございます!!
そしてリクエストありがとうございます!! 他のキリリクは出来うる限り急ぎますので、もうしばしお待ちを。
【咲】 じゃ、バイバ〜イ♪
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