買い物から帰ってきたナギはマリアが言っていたとおり、なぜか機嫌が直っていた。
まあその機嫌が直った理由はマリアが言った、そんな顔してると恭也に嫌われる、という言葉によるものである。
だが、そんなこと露とも知らない恭也は首を傾げるも、終わりよければ良しということで気にしないことにしたようだった。
そしてそんなことがあった次の日……
「伊澄……遅いな」
ナギは広間にて本日来訪するはずである伊澄を待っていた。
その傍らにはいつものように執事服に身を包んだ恭也が紅茶の入ったポットを片手に立っている。
「お嬢様……おかわり、入れましょうか?」
「ん」
恭也の言葉にナギが頷くと、空になったカップに恭也は紅茶を静かに注ぐ。
「それにしてもお嬢様の言うとおり遅いですね、伊澄さん。 もしかして、またどこかで迷っているんでしょうか?」
「いや、伊澄一人なら確実にそうだろうけど、今回は咲も付いてるからそれはないと思う」
「あ、それなら確かに迷子にはならないですね……って、今日は咲夜さんも来るんですか?」
「ん? ああ、昨日の夜に電話があってそういうことになったらしい。 そういえば、恭也に伝えてなかったな」
紅茶を飲みながらナギはそう言い、カップを机に置くともう一度時計に目を向ける。
伊澄と咲夜が来ると言っていた時間が午後一時……今時計を見たときの時間が午後二時半。
咲夜が付いているから大丈夫と思うも、これは明らかに遅れすぎであった。
「う〜ん……でも、これは遅れすぎだなぁ。 やっぱり何かあったのかな?」
「さあ……俺にはわかりませんけど。 心配なら、俺が迎えに行ってきましょうか?」
「ん〜……そう、だな。 じゃあ恭也、二人の迎えをお願いできるか?」
「わかりました」
恭也はナギの言葉に頷きつつ返し、ポットをテーブルに置いて部屋を出て行く。
そして自身にあてがわれた部屋に戻り、クローゼットから黒いコートを取り出して身に纏う。
「さてと……では、行くか」
コートの襟を正しつつ恭也は部屋から出て、まっすぐに玄関へと向かっていくのだった。
キョウヤのごとく
第一話 迷子の迷子の二人組み
恭也が迎えのために屋敷を出た同時刻、町の一角にて二人の少女が迷子になっていた。
一人はショートの髪で若干ラフな格好の少女、もう一人はロングの髪で和服を着た少女。
そんな身なりの二人は自身が迷子であることを自覚しているのか一様に困り顔を浮かべていた。
「ああ、あかん……どないしよ。 伊澄さんだけならまだしも、ワシまで迷子になってまうなんて……」
「……なぜでしょう。 何か酷いことを言われた気がします」
「へ? あ、ああ〜……伊澄さんの気のせいやない?」
「そうですか?」
ショートの少女―咲夜がそれにコクコクと頷くと、ロングの少女―伊澄はそうですか、と返して納得する。
それに咲夜は伊澄に見えないように、しかしあからさまにほっとした表情を浮かべつつ、現状を思い出して再度困り顔をする。
だが、対する伊澄はまったく困ったような顔を浮かべてはおらず、見た感じだけだと状況を理解していないようにも見える。
さて、ここで疑問が出てくるのが、咲夜と伊澄はなぜ現在、迷子状態で町を彷徨う羽目になってしまっているのかということだ。
本来伊澄だけなら迷子になることほぼ確定なのだが、今回は別段迷子癖などない咲夜がついているということで迷子になるなどないはずだった。
ならばなぜこの二人が揃いも揃って迷子になってしまったのか……その理由は、至って簡単なものだった。
一緒に行くだけではなく、ちゃんと見てないと伊澄はいつの間にかいなくなるということを咲夜はすっかり忘れていたため、気づけばおらず、必死に探し回った挙句見つかりはしたが自分も現在の場所がどこなのかわからなくなった、というまあなんとも間抜けな理由である。
「ああ、ほんとどないしよ。 場所が正確にわからんのやから、下手に動かんほうがええんやろうけど」
「ずっとここにいても……辿り着けません」
「そうなんやよな〜……動かんなら動かんで、恭也あたりが迎えにきそうやし」
「この前もこれで迷惑を掛けましたから……今回もというのはさすがに、悪いです」
咲夜の言葉に対する返しの通り、伊澄に至っては先日も迷子になったところを恭也に保護されている。
なぜそんなに自信が持てるのかは分からないが、自分はしっかりしているから迷子にならないと言い張る伊澄。
しかし、伊澄が単独で出かけて迷子にならなかったことなど皆無であるため、誰も伊澄のこの発言に対しては信用しない。
だからこそ、お付きの者を連れて行こうとしない伊澄に対して、妥協案としてちょうどいた咲夜が一緒に同行するということになったのだ。
まあ、咲夜自身も暇ではあったし、ナギや恭也に会えるのだから断る理由はないから同行したのだが、それで迷っていては意味がないだろう。
「ん〜……じゃあ、どないしよ?」
「どう……しましょう?」
本当に困りきった表情の咲夜と、そもそも事態を理解しているのかわからない表情の伊澄。
その二人は互いに顔を見合わせながら同じようなことを言い、この状況の打開案を考え始める。
だが、動いたほうがいいが動くと更に迷う、動かないなら動かないで恭也に迷惑を掛ける。
それらの考えが二人の行動を大きく制限させるため、考えようにも案が考え付くことはなかった。
そんな何も考え付かず困り果てる中、一人の男性が二人へと向かって歩み寄り声を掛けてきた。
「何かお困りですか、お嬢さん方?」
「「へ(はい)?」」
それは、衣服をきちんと正した状態で着ている見た目まともそうな男性。
ここから見ると一般的なナンパ男とは違うように見えるが、所詮はナンパに見えないというだけ。
二人(伊澄は微妙だが)の目から見ても、男の目は何かしらの邪な考えを浮かべていることが一目瞭然。
まあ、それを見ると俗に言うところの、誘拐、というやつなのではないかと二人が思うのも当然といった男だった。
「あ〜、なんでもあらへんよ。 ただちょっと歩き続けで疲れたから休憩しとっただけや」
「ふむ……でしたら、私とそこの喫茶店にでも入りませんか? もちろん、御代は私がお支払いしますよ」
「却下や。 魂胆見え見えなんやから、そんな誘いに乗るわけないやろ」
「魂胆、とは人聞きが悪いですね。 ただ私は親切心から……」
「嘘つくなや。 思いっきり邪なこと考えてる顔しよってからに……そんなんで騙されるほどワシらもアホやないわ」
表情は笑っているがピクピクと眉が引くついていることから苛立っていることが分かるその男。
そして、そのことが分かっていながらも一歩も引かず、普通の人に対してなら失礼極まりない言葉を吐く咲夜。
そんな二人の言い合いを傍目から見ている伊澄は、どうしたらいいのかと目に見えてオロオロしていた。
そんなとき、オロオロしていた伊澄は男の後ろのほうから見知った一人の男性が近づいてきていたことに気づいた。
徐々に近づいてくる執事服の上に黒いコートを纏ったその男性は、同じく伊澄の視線に気づいて安心させるような微笑を返す。
目が合ったと同時に返された微笑に伊澄は少しだけ頬を染めつつも同じく微笑で返し、小さく挨拶するように小さく手を振る。
そのことにその男性は小さな苦笑を漏らし、歩む足を止めることなく近づいて咲夜と言い合う男の肩を掴んだ。
「すみませんが、そこまでにしていただけますか?」
「は?」
咲夜を言いくるめようとしていた男は、その言葉で心底うざったそうにそちらへと振り向く。
だが、振り向いて声を掛けてきた男の目を見た瞬間硬直し、顔を青褪めさせてそそくさと立ち去ってしまった。
その意外に呆気なく去っていった男に咲夜は少しだけ唖然としながらも、現れた目の前の男に表情を緩める。
「ほんま助かったわぁ、恭也。 いくら言うても全然諦めへんから、いい加減キレそうやったねん」
「まあ、結果的助けることになったのはよかったが……前も言っただろう、咲夜? 外で誰彼構わずああいう言い方をしては駄目だと」
「しゃあないやん。 断っても断ってもしつこく言うてくるんやから」
咲夜はそう言うが、実際は一度断った辺りからすでに言葉遣いは悪くなっていた。
しかしまあ、恭也とてそのときはまだこの場に来てはいなかったし、咲夜の拗ねた顔を見るとこれ以上言うこともできない。
故に、恭也は苦笑を漏らしつつ咲夜の頭に手を置き、ポンポンと軽く叩きながら口を開いた。
「だがまあ……二人とも無事でよかった。 俺はもちろんだが、お嬢様も到着が遅れてることを心配してたんだぞ?」
「あ〜、それに関しては言い訳もしようもないわぁ……」
「すみませんでした、恭也様……」
「いや、悪いと思っているのならいい。 じゃあお嬢様も待ってるから、そろそろ行くとしようか」
そう言いつつ、迷子になりやすい伊澄の手を取って握り、ゆっくりと歩き出す。
手を繋がれたことに伊澄は少しだけ恥ずかしそうに、だがそれ以上に嬉しそうに頬を染める。
そしてそのことに伊澄だけずるいというように、咲夜も歩き出した恭也の伊澄とは反対側の横へと駆け寄って腕を組む。
身長的に差があるため腕の下の部分に身を寄せながら咲夜は恭也の反応を見ようと見上げるが、恭也はそんな咲夜に苦笑するだけ。
そのことに、年齢的にも差があることから妹として見られ、意識されてないのだと分かり、咲夜は内心でちょっとだけ落ち込む。
しかし、その落ち込みはすぐに消え、意識されていないのならば意識してもらうように努力すればいいと同じく内心で気合を入れつつ、咲夜はナギの屋敷につくまでの間、抱きついた恭也の腕の温もりを堪能するのだった。
「……で?」
「で、と言われましても……」
二人を連れて屋敷に帰った恭也を待っていたのは、いたくお怒りなられたナギであった。
というのも、二人を発見して連れ帰りナギのところへ連れて行くまでの間も、二人は先ほどのままなのである。
伊澄は恭也の手を握ったまま離すことなく、咲夜に至っては一層恭也の腕に強く抱きついている始末。
そんな状況、恭也に告白されたと思っているナギから見たら許せるものあるはずがない。
「だから、どうして、恭也が、咲と、伊澄と、そんな状況になって聞いてるんだ!」
「はあ……成り行き、でしょうか?」
「なんで私に聞くんだ!? 私が聞いてるんだぞ! それに二人も、いつまでも恭也にくっ付いてないで離れろ!」
「ワシらがしたいことをしてるんやからナギには関係ないやろ? それに恭也も文句言ってこんのやから、ナギがそう言うのはお門違いや」
「ナギ……ごめんなさい」
ナギの怒涛の言葉に咲夜は自慢するように更に抱きつき、伊澄も謝ってはいるが繋いだ手を離す気はないようだった。
それにナギの怒りは更に跳ね上がり、その矛先は当然の如く何も文句を言わない恭也へと向けられる。
そして恭也はというと元来の鈍感さのせいか、なぜナギが怒っているのか分からず、ただ戸惑いを見せるだけである。
そんな中、この状況を打開する救世主となるべき人物―マリアが、見るに見かねたのか口を開いた。
「お嬢様、もうその辺にしておいたらどうですか? 恭也さんがことこういうことに関しては酷く鈍いことを、お嬢様だって知ってるでしょう?」
「むぅ……確かに恭也が鈍感朴念仁で、人の気持ちを無自覚に踏みにじる人でなしなのは知っているが……」
何気に酷いことを言うマリアに対して、あからさまに酷いことをいうナギ。
そんな二人に恭也は顔には出さず内心で酷く落ち込むが、二人はことこういうことで恭也をフォローしたりしない。
なにせ、恭也と出会って雇うことになってからの数ヶ月・・・無自覚に女性を堕として無自覚に泣かせるところを多く見ている。
しかも、その誰もが今だ恭也を諦めることなく、恭也に振り向いてもらうためにしつこく三千院家に来ることが多いのだ。
故に、落ち込む恭也をフォローしないのだが、これを理由に出されるとナギもどこか納得せざるを得なくなる。
「む〜……」
「あ、あの、お嬢様?」
納得はしたがやはり今も続く三人の状況には納得できず、ナギはジト目で恭也を睨む。
それに恭也はやはり戸惑いを見せ、怒涛の勢いが収まってからはマリアも口出しをせずにいた。
そしてそんな状況がしばらく続く中、ナギはどう言っても状況は変わらぬと悟ったのか、睨むのを止めて小さく溜め息をついた。
「まあ、いいか……相手が咲と伊澄だし」
「なんや、その言い方は聞き捨てならんなぁ……ワシらじゃ、恭也の相手にはならんと言われとるようで」
「ようでも何も……そう言ってるんだが? まあ、伊澄に関しては脅威とも見れるけど……咲はなぁ」
「なっ!? それはナギかて同じことやないか!」
いつもはナギの酷い言葉に対しても余裕のある咲夜ではあるが、こと恭也に関してはそうもいかないらしい。
ちなみに伊澄はというと、恭也の手の温もりを堪能しながらナギと伊澄のじゃれ合い(伊澄の目からはそう見える)を微笑ましそうに見ていた。
「恭也さんも大変ですね」
「そう思うなら助けてくださいよ……」
「ん〜、そうしたいのは山々なんですけど、さすがに私もあの二人を止める自信はありませんから」
というが、実際その気になればナギと咲夜のそれを止めることなどできるだろう。
だというのにそれをしないのは、これを気に恭也が三人の好意というものに気づいてくれればという配慮故だった。
しかしまあ、二人の言い合いを見ても、伊澄の様子を見ても、恭也は好意に気づくことなく、ただ困り顔を浮かべるのみ。
どうやら、他に恭也へと好意を抱いている者たちと同じで、この三人の好意に気づくのはまだまだ先のことになりあるのだった。
あとがき
firemanさんのキリリク、キョウヤのごとく第一話でした〜。
【咲】 ずいぶん遅れたわね〜。
まあねぇ……半分書けた段階からずいぶん詰まってたから。
【咲】 他にも違うSSにかまけてたから遅れたっていうのもあるでしょうけどね。
かまけてたとは失礼な……。
【咲】 でも事実でしょ?
まあ、そうだけど……。
【咲】 で、今回は咲夜と伊澄が出てきたわね。
ふむ、この二人は原作でも何かと出番のある二人だからね……やはり早々に出さねばと。
【咲】 でもさ、firemanさんの指定した対象はまったく違うわよね?
だねぇ……まあ、次回か、次々回かで学園編をやるから、そのときに出てくると思うよ。
【咲】 というか思ったんだけど、このSSに明確な終わりってあるの?
どうだろ……原作もまだ終わってない以上、終わりは今のところ未定かなぁ。
【咲】 下手すると短編連作、って感じにもなりかねないわね。
そうだな……では、今回はこの辺にて!!
【咲】 firemanさん、リクエストありがとうございました!!
では〜ノシ
感想は掲示板かメールにて。