施設内の簡易な案内とこの世界に関する最低限の知識を覚えるための講義等が行われたのは彼がこの世界にきて二日目。

前者はレンとレーヴェの二人で行われ、後者はいくつかの博士号を所持している事もあって一番得意そうなレン一人で行われた。

最低限というだけあって教えられたのはゼムリア大陸に存在する三つの大国の事やある程度世間に知れ渡っている組織の名。

そして一番重要とも言えるこの世界の生活水準。これらを至極簡潔に分かり易く教えられた事もあり、彼も特に苦も無く覚える事が出来た。

それから三日目へと突入した現在、恭也は完成したという知らせを受け、教授から受け取った戦術オーブメントといくつかのクオーツを前に部屋で睨めっこ。

本当なら一度誰かと戦わせて戦闘スタイルを確認した後、そのスタイルにあった形をしたオーブメントを製作するというのが一般的且つ常識。

だが、教授も実験とやらの事で忙しいらしく暇が無いため、比較的誰にでも合うような標準タイプのオーブメントを製作して彼に渡した。

アーツを専門とするにも、物理戦闘を専門とするにも若干物足りなくなってしまうが、どちらも整った万能型にする事が出来るという点を持つ形。

ただ、その分だけ種類の多いクオーツの中でどれを選び、嵌め込むかを悩んでしまう。オーブメント初心者ならば特にそういった傾向は強いだろう。

それ故、今日は用事があるためレーヴェが施設にいない事もあってレンのみと向かい合いながら現在、嵌め込むクオーツ選びに頭を悩ませていた。

 

「キョウヤって見た所、アーツを使うよりも身体能力を向上させて物理的戦闘をするタイプっぽいから、まず『攻撃3』と『行動力3』は欲しいところよね」

 

「ふむ……となると防御のクオーツは選択肢から除外した方がいいな」

 

「そうなるわね。でも、そうなると相手の攻撃に対する耐性が無い状態になるから、この『回避3』のクオーツも嵌め込んでおいたほうがいいわ」

 

オーブメントの扱い、クオーツの組み合わせ方に関してはレンが断然先輩なため、彼女の言う事は大きく参考にする。

それによって嵌め込むクオーツは三つほど確定したが、スロットは全部で七つ。残り四つのスロットに何を嵌めるかが目下の悩み所だった。

 

「ん~……『毒の刃』なんてどうかしら? 暗殺とかによく使われるクオーツなんだけど、通常の戦闘でもそこそこ役に立つクオーツよ?」

 

「『毒の刃』、か……それ系統で言うなら、俺は『石化の刃』か『封魔の刃』辺りが良いと思うんだが」

 

「それ、結構地味な感じがするから駄目。折角なんだから、もっと格好良くて目立つのじゃなきゃ」

 

「……『毒の刃』も中々に地味だろう」

 

「それはそれ、これはこれよ。まあ、毒がまどろっこしいと思うなら、『死の刃』っていうのもあるからそっちでもわよ? それならレンとお揃いって事になるから一石二鳥だし♪」

 

『死の刃』とは言うなれば『毒の刃』の上位版みたいなもの。ただ解毒が出来る毒とは違い、対象を確実に死に至らしめる。

しかし、その凶悪性により危険視され、今では生産も禁止されている。持っていたとしても、魔物以外に使えば即刻軍に捕まってしまう。

加えて確実に対象を殺してしまうから嵌め込むときも限られるため、非常に使い勝手は悪いクオーツだと言えるだろう。

ただ正確に言うならレンが嵌めてるクオーツは『死の刃』ではなく『死の理』。『死の刃』よりもより凶悪な『死の刃』の上位クオーツ。

ついでに言えば、別に彼が『死の刃』を嵌めてレンとお揃いになったからといって、彼女に利益があるわけじゃない。つまり、一石二鳥の使い方を間違っている。

だが、そこに恭也は突っ込む事はなく、だけど『死の刃』を嵌め込む事に頷きもしない。それ故、悩みは未だ悩みのままで続く事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Trajectory Draw Sword

 

第二話 恭也とレンの非常にシュールなアーツ講義

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、その後に時間近く悩んで決まったのは『封魔の刃』と『陰陽』、『妨害3』と『魔防3』の四つ。

前の三つと合わせてタイプ的に分類するならば、対アーツ使いといった感じの組み合わせだろう。

一緒に組み合わせ方を悩んでいたレンは『死の理』をセットしてはいるが、実際のところはアーツをメインとしてる傾向がある。

つまるところ恭也にいろいろと教えていた彼女とは対極する型。故にか、レンとしてはちょっとばかり不満であった。

しかしながら良く考えてみれば、直属になるという事は云わば相方。だから、アーツ使いと対アーツ使いの組み合わせは案外いいかもしれない。

そう思う事で不満ながらも無理矢理納得する事にしつつ、この組み合わせ方によって使えるようになるアーツの説明を簡潔に行った。

クオーツの組み合わせ方次第で使えるアーツが変わる。レンだってそれを考慮してクオーツを入れ替えたりする事もあるくらいだ。

恭也は対アーツ使いという事でアーツ自体ほとんど使わない戦い方になるだろうが、身体能力向上系のアーツは知っておいて損ではない。

だから簡潔ながらも初心者でも分かり易い言い方で説明をしていたのだが、そんな最中――――

 

 

 

――突然、部屋の扉がノックも無しに開かれ、一人の男が室内へ入ってきた。

 

 

 

オレンジ色の髪にサングラスを掛けたラフな格好の男。年齢からして恭也より、もしくはレーヴェよりも年上かもしれない男性。

この部屋に入ってくるのは基本、レーヴェかレンぐらいなもの。その一人は現在部屋にいるし、もう一人も外出中というのが現状。

それ以前に男性が部屋に入ってくる前から気配を察知していた恭也からすれば、その違いでレーヴェではないという事ぐらい分かっていた。

とはいえ、入ってきたその人物は明らかに結社の一般兵士とは思えない姿。それ故、別の意味で驚きを浮かべざるを得なかった。

 

「あら、ヴァルターじゃない。ノックも無しに部屋に入ってくるなんて、相変わらずの非常識ぶりね」

 

「テメエのその生意気ぶりもな……で、ソイツが話に聞いた異世界から来たっていうガキか?」

 

「ガキっていうほどヴァルターと歳も離れてないでしょうけど、それで間違いないわ。ちなみに今はレン直属の部下でもあるわね」

 

なぜか自慢するように胸を張るレンとは対照的に恭也は小さく会釈をする。だが、ヴァルターと呼ばれた男性はそれに返さない。

返すどころか恭也へ近づき、その顔をマジマジと眺めた後、小さく溜息をつくという少し失礼な事をする。

 

「なんつーか、優男ってだけでそんなに腕が立つようには見えねえな。異世界から来たっつうから、ちっとは期待したんだが」

 

「…………」

 

「人を見掛けだけで判断するのは武術家としてどうかと思うわよ、ヴァルター?」

 

「テメエにそれを言われると何か釈然としねえが……まあ、確かにその通りではある、なっ!!」

 

言い切ると同時に突然ローキックを放たれ、内心驚きながらも恭也は咄嗟に立ち上がると共に後ろへ下がって避ける。

ヴァルターから見て不意を突かれたにしては良い動きだったのか、ヒュ~と口笛を鳴らす事で感嘆を示した。

だが、次の瞬間には彼の顔からその表情が消える。自身の頬を何かが掠め、出来上がった切り傷から血が僅かに流れた事によって。

同時に後ろから聞こえてくる金属音。その二つこそが、恭也が彼の攻撃を回避すると同時に攻撃を仕掛けてきたのだという何よりの証拠。

しかし、攻撃し返されたというのに彼が浮かべるのは怒りではなく笑み。何かを喜ぶような、声を押し殺した笑いあった。

 

「くっくっくっ……見かけによらず、中々良い動きするじゃねえか。それに外したとはいえ、反撃までしてくるとは思わなかったぜ」

 

言動からして明らかに試されたと分かる。大体、もし本気だったなら蹴りを彼が避けた以降、動きを見せなかったのが可笑しい。

つまるところヴァルターがいきなり攻撃を仕掛けてきたのは、不意を突かれたときの動きを見たかったからだと容易に分かる。

もっとも彼が口にした通り、飛針による反撃は予想外。ついでに何となく分かった事だが、彼は戦う事を楽しむタイプの可能性が高い。

これらを考えた上で彼が笑った理由は、単純に恭也が予想以上に腕の立つ人間だと判明したからではないかと想像出来る。

とはいえ、蹴り自体は本気で放っていたようにも見えるため、彼も非難したりする事はなかったが、警戒を解く事もなかった。

 

「うんうん、キョウヤを直属の部下にしたレンの判断はやっぱり間違いじゃ無かったって事よね♪」

 

そんな中でまたも自慢げに胸を張り、空気を読んでるのか読んでないのか分からない発言をするレン。

姿や仕草は非常に子供っぽく、だけど発言は若干背伸びした感じが否めない。故にか、恭也も毒気を抜かれてしまう。

反対にヴァルターもそんな二人を見てか、今度は軽く声を上げて笑った後、恭也のほうへと改めて顔を向ける。

 

「お前もこれから大変なこったな。自分の上司が、こんなガキんちょになるんだからよ」

 

「は、はぁ……」

 

「む……それは聞き捨てならないわね。レンほどの出来た人が上に付くって言うのに、どうして大変になるのよ」

 

「知らぬは本人ばかり、ってな……ま、精々頑張れよ」

 

レンの問いにちゃんと答える事無く、恭也に短く言葉を投げかけると背を向け、ヴァルターは部屋から去っていった。

それを完全に無視されたとレンが判断したのは彼が部屋から去った直後。その途端、プクッと頬を膨らませて怒りを露わにする。

ただそれは正直怖いというより可愛いとしか言いようがなく、室内は気まずいどころか和やかな空気が広がってしまう。

 

「ほんっっっとに嫌なおっさん! いっつもいっつもレンを子供扱いして!!」

 

「……対応として間違ってはないと思うが

 

「何か言ったかしら、キョウヤ?」

 

「……いや、何も言ってないぞ?」

 

「ふぅ~ん……まあ、いいけど。そういえば何だかんだで紹介が遅れたけど、あの一見どこにでもいるようなおっさんな成りをしてるのが前に話したヴァルターって奴よ。レンと同じ『執行者』で、今度の実験に参加するメンバーの一人ね」

 

「やはりか……身のこなしからして只者ではないとは思っていたが」

 

「ん~、まあ『執行者』になるだけあって腕が立つのは確かね。もっとも、単に強いだけで性格はあんな感じだから、レンはあんまり好きじゃないけど」

 

性格というよりは子供扱いされるから嫌うのだろうとはさすがに言わない。言ったら、また怒りそうな予感がするから。

ただレンはそうでも恭也としてはあんな物事をはっきり言い、誰に対しても態度を変えそうにないあんな性格は正直嫌いじゃなかった。

とはいえ、一応上司という事になるレンがこの調子では会ってもまともに話などは出来ないだろうなと思えてしまうためか、小さく溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 

クオーツの組み合わせを決めた次にする事は身体能力が向上した身体に慣れ、尚且つアーツの使い方を学ぶという二点。

前者はいつもしている感じの訓練をしていればすぐにでも慣れるだろうが、後者はちょっとばかり講義が必要なである。

そのためやはりレンが指導に当たり、施設の訓練室は兵士たちが使っているだろうからと外の発着場へと二人で赴いた。

そこでレンがアーツの使い方に関しての知識を実演も交えて教え、彼はその指導の元、使い方自体はそんなに時間も掛けず覚える事が出来た。

しかし、そもそもクオーツの組み合わせ以前にアーツ使い向きではないのか、それ以上の能力向上はすんなりいく事はなかった。

今のままでは少なくとも、攻撃系のアーツは威力不足で意味を成さない。かといって能力向上系のアーツも発動が遅いため、使い勝手は悪い。

威力も使用速度もクオーツの組み合わせでどうにかなるにはなるが、その組み合わせをすると大概の場合、アーツ使い型の組み合わせになる。

ヴォルターと会ったときに僅かに垣間見た彼の動きからしてそれはあまり宜しくない。それ故、レンは数分間頭を捻り、とある策を考え出した。

 

「威力はともかく使用速度に関しては、キョウヤの頭が悪いから術式を覚え切れないのが原因だとレンは思うのよ」

 

「……そんな言い辛そうな事をずいぶんとまあ、はっきり言うものだな」

 

「事 実はちゃんと伝えておいた方がキョウヤのためだもの。とまあそういうわけで頭の悪いキョウヤは術式を複数も覚えられない、でも攻撃系は良いとしても能力向 上系のアーツは実戦レベルで使えるようにしておきたい……この都合の良い願望を早急に叶える事が出来る方法はただ一つ! それは無理に複数覚えようとしな いで、自分がよく使うかなって思えるアーツの術式だけ頭に叩き込むっていう手段しかないわ!」

 

「力を込めて言った割に、内容は結構安直だな……」

 

「お馬鹿さんにはその方がいいのよ。もちろん時間を掛けるなら他にも方法は思い浮かぶけど、実験も近い今の状況だとあんまりお勧めしたくないわね」

 

レンの部下となる事で教授から彼個人に直接指示が下る事はほぼ無いが、彼女が指示を受ければ自ずと恭也も出る羽目になる。

今度行われる実験とやらにも当然恭也も出る事になる上、それには自ずと妨害してくるであろう組織の姿が二つほどある。

一つ目の名は、『遊撃士協会(ブレイサーギルド)』。民間人の安全と地域の平和を守ることを第一の目的とし、魔獣退治や犯罪防止に従事する、言わばこの世界の警察のようなもの。

二つ目は、『七耀教会』。これは聖杯騎士団と呼ばれる回収部隊を用い、アーティファクトと呼ばれる代物の回収と保管を行う組織である。

前者にしても後者にしても、それなりの実力者が多数存在する組織。それ故、軍よりも一番に警戒すべきがこの二つというわけだ。

そしてこの二つの組織を相手に渡り合うなら武術等だけでなく、アーツも使える方がいい。だからこそ実験の時期が近い今、彼には早めに実戦レベルになって欲しいのだ。

そんなわけで数分で方法を決めたレンは即実行とばかりにどこからか紙とペンを取り出し、地面にしゃがみ込んでサラサラと何かを書き始めた。

 

「~~♪ んっ、こんなものかしらね……はい、キョウヤ。基本的な能力向上形のアーツの一覧を書いておいたから、この中から自分に必要そうなアーツをいくつか選んで」

 

「ふむ……」

 

『セイント』『クロックアップ』『シルフェンウイング』『フォルテ』『クレスト』。紙に書いてあったアーツはその僅か五つのみ。

恭也がオーブメントに嵌め込んだクオーツの組み合わせからしたら、現状で使えると言えるのは『セイント』を除いた残り四つ。

その中で更に絞り込み、自分が合ったら便利だなと思えるアーツの名前に受け取ったペンで○を書き、紙をレンへと返した。

 

「ふむふむ……『シルフェンウイング』と『クロックアップ』の二つね。この組み合わせを見る限り、恭也って速度を重視した戦い方なのね?」

 

「俺のというよりは、俺が修めている流派がそういう感じなんだ。まあ、なまじ速度を重視する分だけ一撃一撃の威力面で心許なくなる場合もあるから、出来たら攻撃の力を増幅させる『フォルテ』も欲しい所ではあるがな」

 

「ふ~ん……じゃあとりあえず、『シルフェンウイング』と『クロックアップ』の二つを覚える事を重視しつつ、時間が空けば『フォルテ』も覚えるって感じで行きましょ」

 

結論を出すとレンは再び地面にしゃがみ込み、○の付けられた二つのアーツ名の横に術式を書き綴る。

アーツの使用条件はクオーツの組み合わせ次第。だけど発動条件はそこまで簡易にはいかず、方法も二種類ある。

一つはクオーツを組み合わせによって頭に浮かび上がる詠唱を行う事。そうすれば勝手にオーブメントがアーツの術式を組んで発動してくれる。

だが、これは必ず詠唱を行わなければならないという欠点があるため、高威力もしくは広範囲のアーツを使用するときのみ主に使われる方法。

そして上記に属さない低威力もしくは身体向上系のアーツを使用する場合は二つ目となる、術式を頭に叩き込んで即座に組み上げ、詠唱無しで使用する方法が使われる。

こちらの方法の欠点を挙げるとするなら、術式を頭に叩き込む必要性があるためにどうしても高威力広範囲のアーツの使用が難しくなるという点。

だが、詠唱無しの即時発動を目的とするなら後者の方法が一番効果的。それ故、レンが現在恭也にやらせようとしてる事がまさにそれなのだ。

 

「――はい、出来た。これを……そうね、二つしかないから明日の朝までに暗記しておいて。ちなみにちゃんとテストもするから、怠けちゃ駄目だからね?」

 

「……これ、明日の朝までに覚えろというのは難しくないか?」

 

「どこがよ。これくらいならレンみたいな子供でも出来る事なんだから、全然難しくないわ」

 

「レンを基準にするのは、正直どうかと思うんだが……それに俺はこの世界に来たばかりだから、この世界の字というのは知らないんだぞ?」

 

「そこもこの後で私がちゃんと教えるわよ。いいから恭也は黙ってレンの教えの元、しっかりと暗記できるよう頑張ればいいの!」

 

この世界の文字と思われる字が『シルフェンウイング』は紙の端から端まで間隔で三行、『クロックアップ』が四行ほど書かれている。

それがそのアーツを文字化した際の術式だが、この世界の文字を知らぬ恭也からすれば明日の朝までになど無理だろうと言う他ない。

レンはこの世界の文字の知識も後で教えるというが、一日で覚えられるほど簡単ではないだろう。それ以前として、基準とする人が間違っている。

しかしまあ、一度言い出すと止まらない性格なのか、もしくは自分の言う事は基本正しいと疑わない性格なのか、レンは言動を撤回しなかった。

そして結局それを明日の朝までに覚えるという方面で話は進み、少しだけアーツの手本みたいなものを見せられた後、文字の勉強をすると二人は施設内へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

レンを教師とした文字の勉強は正直なところ意外にも分かり易く、なまじ頭が良いだけでなく物の教え方も上手いのだと認識が変わった。

だが、教え方は良いにしてもかなりスパルタな感じで行われたため、あまり勉強が得意じゃない恭也からしたら終わったときの疲労感は凄まじい。

しかも当然ながらその講義でマスターしたとは言い難く、マスターするまで一日五時間は勉強時間に当てると言われた故、げんなりしたのは言うまでも無い。

そして勉強時間を終えた後、夕食(食堂が一応あるらしい)を取ってからレンと別れ、自室として宛がわれた部屋のベッドに勉強の疲れから寝転がりつつ術式の暗記を開始した。

だが、慣れない環境だったという事も加わった故か彼はその約一時間後には眠りについてしまい、たった一時間しか暗記時間を取れず翌日の朝を迎えた。

 

「は~い、それじゃあ昨日行っておいた通り、術式がしっかり暗記出来てるかどうかのテストをしま~す♪」

 

朝っぱらから部屋にやってきた矢先、あれだけ頭を動かす事を昨日したというのに恭也と反して元気さを見せるレン。そこの辺りはさすがというべきかもしれない。

とはいえ、そのテンションについていくほど元気が無い恭也は特に喋る事も無かった。というか、若干覚えているのを忘れたくないので下手に喋れない。

そこを汲み取ったのか、単に恭也のテンションが低かったからか、レンもテンションそのままだが話を引き延ばす事は無く、一枚の紙とペンを恭也の前の机に置いた。

紙には『シルフェンウイング』と『クロックアップ』という二つの単語が書かれているのみ。その二つの間隔は少し大きく開けてある故、その間に上記の術式を書けという事だろう。

それを理解した恭也はペンを手に取り、レンの始めの合図と同時にペンを動かして書き始める。だが、最初こそ好調だったが徐々にペースが落ち始める。

たった一時間しか暗記時間を取れなかったせいというのが大きいのだろう。そして結局、ペンを置いた段階で確実に元の術式より一行くらい少ないものが完成してしまった。

 

「…………ねえ、キョウヤ。昨日の勉強の後、本当にこれ覚えようとしたの?」

 

「一応、な……疲れがあったから、約一時間程度しか出来なかったが」

 

「それでも、さすがにこれは酷過ぎると思うわ……どっちも、合ってるのは最初の一行だけじゃない」

 

「俺の暗記力で一時間程度しか時間が取れないとそこが限界というわけだな」

 

「胸を張って言えるような事じゃないと思うわ、それ。もう……折角この後は他の事を予定してたのに、こんな成績じゃそっちに進めないじゃない」

 

レンがこの後予定していた事というのは、覚えた術式を使ってアーツの使用テストを行う事。だが、これではさすがにそちらを行う事は出来ない。

だから少しばかりガッカリしたような顔を見せるが、すぐに気を持ち直してこれから三時間程度の暗記時間を取った後、再テストをすると宣言。

これには恭也も無表情を崩してあからさまに嫌そうな顔をするが、疲れがあったからとはいえ、しっかり時間を掛けて暗記出来なかった自分にも非がある。

故に嫌ではあるが頷くしか出来ず、レンと共に朝食を食堂にて取りに行った後、レンの監視の元にて長い長い暗記時間へと入っていった。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………ねえ」

 

「ん?」

 

「一つ思ったんだけど、もしかしてキョウヤって昨日の一時間の暗記時間でも淡々と眺めるだけしかしてないの?」

 

「そうだが?」

 

「……さすがにそれじゃ、覚えられる物も覚えられないと思うわ。折角長い時間を取ってるんだから、別の紙に書き取りするとかしなきゃ駄目よ」

 

ちなみに書き取りするものだと思って白紙の紙を先ほど手渡していたのだが、全くその気がなかった恭也は貰うだけで使わず。

というか、紙を渡された理由すら理解出来なかった。その証拠にレンがそう口にした途端、初めて気付いたとばかりに短く声を上げる始末。

それにレンが呆れる中、紙の意図にようやく気付いた恭也は言われた通り書き取りを開始。二つの長い術式を慣れない感じで淡々と書き取っていく。

そして何かに集中していると時間が経つのは早く感じてしまうのか、三時間という時間はあっという間に訪れ、早速再テストが行われた。

 

 

 

――そして今度は、特に問題も無く二つとも書き終える事が出来た。

 

 

 

再テストの前に書き取りを行っていたのだから普通なら簡単な事でもある。だが、何も見ずに書き終える事が出来た事自体に意味がある。

故にか、ちゃんと書き取れた事にレンは良く出来ましたと恭也の頭を撫で始める。傍目から見れば、非常にシュールにも見える光景である。

だが、数日間共にいた事でよく分かった事だが、レンは非常に背伸びしたがりな傾向が見られる。まあ、歳からしてそれは分からないでもない事。

だから恭也も微笑ましく思いながらも黙って撫でられる事にし、その約一分後にレンが満足して手を除けられた現在まで撫でられ続けた。

 

「まだ一時的な感じではあるけど、術式を覚えたのには変わりないから今日予定してた次の行程に移りましょ。ああ、ちなみに言っておくけど、少なくとも一、二ヶ月は早朝テストをするから努力を怠っちゃ駄目だからね?」

 

「……そんなにしなきゃならんのか」

 

「一度覚えただけじゃ数日で忘れちゃうんだから、このくらいは当然よ」

 

「むぅ……」

 

低級のアーツとはいえ一つに付きこれだけ長い術式なのだから、時間を掛けなければ完全に頭に入らないのは当然。

そのためレンの言う事はかなり正論なのだが、ここまでの事でも勘弁してくれと思い始めてる恭也からすれば拒否したくもなる。

しかし拒否した所で彼女がはいそうですかと諦めるわけも無い故、口にするだけ無駄と悟って仕方無しに頷くしかなかった。

 

「それじゃあ早速――――と言いたい所だけど、もうお昼だからお昼ご飯を食べてからにしたほうがいいわね。お昼を抜いて集中力が途切れちゃったら意味無いし、若い女の子なレンの美容にも宜しくないし」

 

「……美容を気にするような歳でも無いだろ、レンは」

 

「そういった油断が後々の悲劇を招くのよ。キョウヤは乙女心が分かってないわね」

 

歳にしてまだ十歳程度の女の子が言う言葉じゃ無い。そう考えた恭也の言動は正直なところ間違ってはいない。

だが、背伸びしたがりなお年頃でもあり、その傾向が強く見られるレンにはその定義は当てはまらず、逆に乙女心を理解してない男という烙印を押された。

若干不本意な押され方ではあるが、やはり反論が返ってきそうなので抗議はせず、小さく溜息をつくだけで留め、レンと共に食堂へと向かうために立ち上がる。

そして歩き出しつつ、なんか早くもレンとの付き合い方に慣れてきつつある自分がいる事に今度は心の中で溜息をつきながら部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

何人かという割には一人しか執行者を登場させられなかった……。

【咲】 未熟な証拠ね。レーヴェとの戦闘っていうのもなかったし、駄目駄目じゃない。

うぅ……ま、まあおそらく次回こそはそこまで行くと思われますので、今回はこれで勘弁を。

【咲】 はぁ……まあ、いいけど。にしても、メインヒロインなだけにレンの出演率は高いわね。

まあね。基本的にメインの人物は恭也とレンの二人だし、その分だけ二人の出演率は高いよ。

【咲】 そういった理由を除いても多く登場しそうだけどね。アンタ、空の軌跡の中ではレンが一番好きみたいだし。

可愛いからな、レンは。あのちょっと背伸びした言動とか、子猫みたいな態度とか、悪戯っ子な部分とか、凄くいいんだよね。

【咲】 3rdでは絶対にパーティの中にはレンを入れてたぐらいだから、相当好きなのね。

好きって言う事を抜かしてもキャラ的にレンは強いからな。もっとも、弱くても使ってただろうけど。

【咲】 強さとか関係なく好きという理由だけでそのキャラをパーティに入れる人って結構いるわよねぇ。

確かにな。まあ、それはともあれ、今回は執行者の中の一人、“痩せ狼”ヴァルターが登場いたしました。

【咲】 ヴァルターとレンってそんなに仲が良くないのかしら?

良いってわけじゃないだろうけど、悪くもないんじゃないか? 原作は会話自体そこまで多くなかったから何とも言えんが。

【咲】 まあ、それはそうだけどね。でも、レンを子供扱いしたくなるっていうのは分からないでもないわ。

実際子供だしね。恭也の世界でいうとなのはと同じ年頃だもん、レンって。

【咲】 まあね。ただ本人は背伸びしたいお年頃だから子供扱いされると怒っちゃうと。

そんなところも可愛くもあり、微笑ましくもあるんだがね。

【咲】 それは私も同意しておくわ。で、次回のお話は大まかな所でレーヴェとの戦闘でいいの?

たぶん、だけどな。他の部分に関してもまだ考えてる途中だから何とも言えんのが現状だ。

【咲】 プロットは立ててあるのよね?

一応立ててはあるんだけど、少し短くなり過ぎるから即興で考えんといかんくなったわけよ。

【咲】 そんなところでも駄目駄目さが発揮されてるわね。

うぅ、言い返す言葉も無いです。てなわけで、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では~ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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