食堂で昼食を食べ終えた後、恭也はレンに連れられて今日も外の発着場へと赴いた。

昨日も思った事だが、発着場なのだから飛んできた何かが発着する際、普通に考えたら人がいては邪魔になる。

故に訓練をするなら別の場所でしたほうがいいんじゃないかと着いてから聞いてみたが、彼女の返答はノー。

言うに寄ればここで訓練するのは確かに邪魔になるだろうが、ここ以外に訓練を行える場所が施設内には無いとの事。

他の施設ならちゃんと訓練する場所があったりするが、ここはあくまで仮に近い施設であるためか訓練場所まで設けてはいない。

かといって実験が近い今、この施設から離れるわけにもいかず、結局のところ邪魔になろうがなるまいが訓練するならここしかないとの事らしい。

 

「それじゃあ、早速アーツを使ってみましょう。今日は昨日よりハードなスケジュールを組んでるんだから、サクサク進めていかないとね♪」

 

にこやかに言うが、正直恭也からしたら頭の痛い事だった。そのハードスケジュールというのが、肉体鍛錬系なら全然問題はない。

彼とて普通の人が聞けば確実に驚き、呆れてしまうほどの鍛錬をしてきたのだから、ある程度ならハードな内容でも難なくこなせる。

だが、レンが言っているハードなスケジュールというのは肉体系ではなく頭脳系。アーツの術式暗記やこの世界ので一般知識、文字の読み書き等々。

お世辞にも勉強が好きとは言えない恭也としては、逃げ出したい物ばかり。それをハードに組んだというのだから、頭も痛くなるだろう。

ともあれ、そこを言ったところでレンがじゃあ止めようなんて言うわけが無いと断定出来る故、そこは諦めて恭也は言われた通り、アーツの行使を開始。

記憶を辿り、昼前に暗記したアーツの一つである『シルフェンウイング』の術式を一つ一つ思い浮かべ、慣れないながらも組み上げていく。

そして記憶の中にある全ての術式を組み上げた瞬間――――

 

 

 

“シルフェンウイング”」

 

――低い声で名称を呟き、アーツを発動した。

 

 

 

軽い風はヒュウッと恭也を中心として巻き上がる。それが身体能力向上系アーツ、『シルフェンウイング』が発動した証。

ただ昨日も一度使った時も思った事だが、動かなければ何が変わったのかも分からない辺りがこの系統のアーツの難点だろう。

とはいえ、何が変わった云々はともかくとしても発動が昨日より速くなったのは自分でも実感出来る所から暗記は無駄じゃなかったと分かる。

 

「……駄目ね。昨日よりは速くなってはいるけど、まだまだ実戦レベルには程遠いわ」

 

「む……」

 

「身体能力向上系のアーツは発動の速さが命なんだから、実戦で使いたかったら最低でも発動まで二秒。今のは発動までに六秒も掛かってるから、少なくとも後四秒は短縮しないとね」

 

「……参考までに聞くが、レンはどのくらいで発動出来るんだ?」

 

「レン? レンは、そうねぇ……数えた事ないから正確には分かんないけど、そのくらいの低級アーツならたぶん一秒も掛からないと思うわ」

 

恭也よりかなり年下な少女でも自他共に認めるアーツ使い。低級とはいえ、一秒も掛からないというのは素直に凄いと思える。

というか、少なくとも頭を動かすより身体を動かす方が好きである彼からすれば、そこまではさすがに到達出来ないだろうとか考えてしまう。

まあ、だからといって覚えておけば便利に違いないというのは事実なのだから、やめようとかいう考えは浮かんでこない。

そもそも、言った所でレンが許すわけもない。そこへ考えが至って初めて、恭也は何かレンの尻に敷かれてる感じだなとか思ったりするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Trajectory Draw Sword

 

第三話 子猫と鈴と幻惑の美女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何だかんだと言いつつも一応時間短縮は出来たという事でスケジュールは次、ゼムリア大陸に於いての一般知識へ。

過去から現在に至るまでの歴史や大陸に於いて地理、恭也ぐらいの年齢の人が習得してるであろう一般教養等々。

昨日までは簡単に説明されただけだったが、今日からは本格的に学ぼうという事で一日の半分以上を使って勉強は行われる。

もちろん講師役はレンとして行われるこの講義は恭也が外に出しても恥ずかしくない程度になるまで何日でも続けられる。

本当なら一日中でもしてさっさと覚えて欲しい所ではあるが、実験が近い現状だと一般知識よりもアーツの訓練が最優先される。

だけど一般知識も大事だという事から、半々で行おうという結論に達し、少し時間が過ぎてしまったが昼からは一般知識の講義へ移ろうというわけである。

これにかなりげんなりとした顔をするも、やはり中止になるわけもなく、自室へと引っ張られるように戻って移動させた机を挟み、レンの対面へ腰を下ろした。

 

「じゃあ、まずはゼムリア大陸の地理から行ってみましょう。まず、この前説明した事の復習も兼ねて聞くけど、レンたちがいるここがゼムリア大陸に於いて何て言われる場所って言ったか覚えてる?」

 

「むぅ……確か、リベール王国じゃなかったか?」

 

「正 解。まあ、もっと正確に言うとリベール王国から少し離れた場所にあるから、厳密には国内とは言い難いけどね。まあそれはともかく、このリベール王国という のは小国だけど、ゼムリア大陸に於いては結構有名な国ね。他にも有名どころで言えば、前も説明したエレボニア帝国とカルバート共和国の二つかしら。ただこ の二つや他の場所よりも今はリベールのほうが一番知っておく必要があるから、現状名前だけ覚えておいてくれたらいいわ」

 

「ふむ……」

 

「で、 勉強対象になるリベール王国っていうのはグランセル、ロレント、ボース、ルーアン、ツァイスの五つの地域に大きく分かれるわ。これらの地域の境界になる場 所には関所が設けられてて、それぞれの地域に於いて五大都市って呼ばれる地域の名前をそのまま持ってきた中心都市があるの。その各都市の詳しい所をこの授 業では学んでいくわけなんだけど、一度にやると時間が掛かるから上に今日は少しアーツの講義で時間を掛け過ぎちゃったから、今日のところはグランセルとロ レントだけを教える事にするわ」

 

それに恭也が頷き、それを確認したレンによって始まったグランセルの講義内容に関しては以下の通り。

正式名称、王都グランセル。地方としては国の中心にあるヴァレリア湖の南西に位置しており、同じく南西のツァイスと北東のロレントとは隣接している。

名前からも分かるようにリベールに於いての首都であり、地方全体が『アーネンベルク』と呼ばれる古代の城壁に囲まれた都市。

リベールの国王が住んでいる城があるのもこの首都である事から政治・文化の中心地点でもあり、尚且つリベールで一番人が集まる都市である。

続けて二つ目となるのは正式名称、地方都市ロレントと呼ばれる都市。位置的には先も挙げた通りグランセルの隣、ヴァレリア湖の北東に位置している。

農業や鉱業の第一次産業が産業の中心であり、比喩として言えば田舎。だけどリベールには欠かせない都市と言わしめる部分が当然ここにもある。

それは導力器に絶対不可欠な七耀石が産出出来る鉱山がここにあるから。だから導力器産業にとって重要中の重要な都市だと言われるのだ。

早すぎず遅すぎずのテンポでそこまでの説明を終えたレンは少しだけ間を空ける意味合いも込めて用意しておいたお茶を飲み、再び口を開いた。

 

「ここまでがグランセルとロレントっていう二つの都市の簡単な概要ね。キョウヤがアーツをちゃんと使えるようになったらちょっとした観光って形で外へ出るような機会も取れるかもだけど、今の感じからすると少し難しいかもしれないわね♪」

 

「それは、もしかしなくても馬鹿にしてるだろ?」

 

「ううん、馬鹿にしてるんじゃなくて発破を掛けてるのよ♪ レンくらいの子にこんな事言われたら、さすがの不真面目キョウヤでも死ぬ気で頑張る気になりそうだし」

 

「……俺が不真面目かどうかはともかく、普段は子供扱いされると怒るくせに変な所で子供である事を利用するな、レンは」

 

「利用できるものは何でも利用する、それが勝つための鉄則よ」

 

そんな事を言う辺り、かなり調子が良い性格だと分かる。だがまあ、発言的に効果が全く無いというはなかった。

ただこの場合、発破を掛けられてやる気が出たというよりは、手段はどうあれ相手を頑張らせようとする姿が少し微笑ましいから。

健気ではなく微笑ましいという点でやる気を出させるというのとは何か違う気がするが、少なくとも彼は頑張ろうかという気に少しなった。

何というか、歳が近い分だけ元の世界にいる妹に頑張ってと言われているような気がする。だから、ちょっと頑張ってみるかという気にはなった。

とはいえ、意地っ張りではないが気持ちを正直に言うほど素直でもないから何も言わず、だけどその代わりというようにレンの頭を撫でてみたり。

 

「え、ちょ――子供扱いしないでよ! あくまで見た目が子供だって事を利用しただけで、精神年齢的には大人なんだから!」

 

「ああ、そうだな……レンは子供じゃない。立派な大人だ、うん」

 

「ば、馬鹿にして――って、そ、そこは駄目!! そこを撫でられたらっ……ふにゃあぁぁ♪」

 

何となく頭を撫でてた手をスライドさせて猫にやるみたいに喉元を撫でてみれば、拒否も空しく分焼けた顔になる。

前々から少し思っていた事だが、これでそれが確信する。レンはどことなく、猫を思わせるような感じの雰囲気をしているのだ。

まだ一緒に行動するようになって数日だが、その数日間で垣間見た彼女の性格もたち振る舞いも、全てが子猫を連想させる。

喉元を撫でる事でそれを確信させるような反応を示してくれた彼女を見ると、元の世界でも猫や犬には結構懐かれてた事が思い出されたりする。

故にやはり懐かしい感じを覚えたためか撫でる手が止まらず、そのせいかレンも勉強とか忘れて完全に蕩けた顔になっていた。

 

 

 

――だが、そんな空気を壊すようにコンコンと控えめなノックが室内に響き渡った。

 

 

 

すぐに喉元を撫でるのを止めると途端にレンは机に突っ伏し、なぜか頬を赤らめて若干息遣い粗くしつつグッタリしていた。

だけどそこに構わず恭也がノックをした主にどうぞと入室を促せば、扉が音を立てて開かれ、チリンと鈴のような音と共に中へと入ってきた。

 

「失礼するわね――……あら」

 

入ってきたのは、女性。着物に近い部分のある若干露出度の高いドレスを纏い、緑色の長髪をポニーテールで束ねた妙齢の女性。

その女性は先日ここを訪れたヴァルターと違ってかなり礼儀正しかく入ってきたが、恭也とレンの様子を見た途端に頬に手を当てて首を擡げる。

そしてレンも未だ復活していないために僅かな沈黙が走り、自分が何か言った方がいいのかと考え始めた矢先。

 

「もしかして、お邪魔だったかしら?」

 

「……はい?」

 

恭也へと向き直り、そんな事を言い出してきた。その言葉の意味する事が分からず、恭也は若干呆然としてしまう。

だが、またも別方向へ向く女性の視線を辿ってみた先にあるもの――未だ頬を赤くしてグッタリ状態のレンが視界に入り、そこで言葉の意味を理解した。

理解したからこそ、違いますと全力否定。初めて会った人にまさか変な勘違いをされるのは恭也としても勘弁願いたかった。

それ故に全力で否定しつつ、見知らぬ女性に一生懸命事情説明。だけど必死さが裏目に出たのか、結局誤解が解けるまで十分もの時間が掛かる羽目となるのだった。

 

 

 

 

誤解も解け、レンも復活した(覚えてなさいよとジト目で睨まれたが)という事で部屋を訪ねてきた女性の紹介をレンのほうから。

それによると彼女もまた、先日訪れたヴァルターと同じで『執行者』の一人で名をルシオラというらしい。

結社から与えられた名は“幻惑の鈴”。その名を聞いて先ほど鈴の音が聞こえたのを思い出し、好奇心から恭也は聞いてみた。

だが笑顔で上手い事はぐらかされ、恭也もそれ以上は食い下がらずに諦めて自身の紹介を口にしつつ、ここを訪れた理由などを尋ねた。

 

「レンが入れ込んでる男の子がいるって話を聞いたから、というのが理由かしら。性格上、人懐っこいとは言えるけど一人の人にあまり入れ込んだりするような子じゃなかったから、どんな子なのかしらって」

 

「……そういう言い方されると、レンがキョウヤに惚れてるみたいに聞こえるんだけど?」

 

「あら、違うの? 私はてっきりそうなのだと思ったのだけれど」

 

「違うわよ!! キョウヤと一緒にいるのはあくまで教育をするためってだけなんだから!!」

 

「じゃあ、教育というのが終わったら一緒に行動する事も全く無くなるのかしら?」

 

「そ、それは……一応直属の部下って事にしたから、一緒にいる事はいるけど……で、でも、レンがキョウヤに惚れてるなんて事は無いの! 絶対ぜ~~ったい、無いの!!」

 

「フフ……そう。なら、そういう事にしておくわ」

 

彼女の中でレンのそれは照れ隠しと思っているのだろうか、全く認識を改めていない人が言う言葉で締め括る。

それにレンはむ~っと未だ真っ赤になって怒り、話の枠から外されていた恭也はレンと言葉で戦って勝つルシオラに感服の念を抱いたりしていた。

ただあしらい方が上手過ぎてレンがそれ以上突っかかってこなくなった事から、ルシオラは視線を彼女から恭也へと改めて向けた。

そして机に両肘をついて中央で合わせた手の上に顎を乗せ、何を聞くでもなく僅かな微笑を浮かべたまま、ジッと恭也のほうを見続ける。

最初こそ視線を交わらせていた恭也もあまりにジッと見られ過ぎてさすがに照れが出たのか目を逸らせば、途端にフフ……と笑みを零しつつ口を開いてきた。

 

「確か……キョウヤ、だったわね。アナタは今、お歳はいくつくらいなのかしら?」

 

「歳、ですか? 今年で二十一になりましたが……」

 

「そう……ずいぶんと雰囲気が落ち着いているからもう少し上かと思ったのだけれど、予想よりずいぶんと若いのね」

 

「は、はあ……」

 

話の内容は別段変な事ではなく、ただ歳を聞くだけというもの。それだけなのに恭也は未だ、彼女を直視出来ない。

確かに若干目のやり場に困る衣服を纏ってはいるが問題はそこじゃない。彼が彼女を直視出来ないのは、彼女の表情と雰囲気のせいだ。

さっきからずっと浮かべている妖美な笑み、纏っている妙な雰囲気。近づく者を魅了するような、そんな感じが彼女にはある。

それが自然体なのか、それとも故意で発しているのか。そこは分からないが、一応曲がりなりにも男なら少し耐え難いものがある。

故に何とか視線を合わせず、恭也は理性で保たせてる。そしてそれから無言が続く事、約一分……ルシオラは笑みは浮かべたままだが、ようやく視線を僅かに逸らした。

 

「フフ……面白い人。アナタみたいな人なら、確かにレンと釣り合うのかもしれないわね」

 

「は? それは、どういう――」

 

恭也が聞き返すのを遮るようにして彼女はゆっくりと立ち上がり、退室の旨を伝えつつレンの頭を撫でる。

撫でられた彼女はと言えばまだ若干拗ねているため、喜びを顔に出したりはしない。でも、払い退けない辺りは嫌じゃないのだと分かる。

恭也が撫でた時も場合が場合だったために散々文句は言っていたが、払い退けなかった。まあ、そのせいか調子に乗って喉元を撫でたりしてしまったのだが。

ともあれ、要するにレンは撫でられる事が好きな子。そしてそこを知っているからこそ、去り際に彼女の頭を撫でたりしたのだろう。

もちろん、好きな事でもそれだけで機嫌が直るほど彼女は(肉体的には子供だが)子供じゃない。だから、撫でても機嫌は当然直らない。

でも、拗ねた表情のままでも扉へ向かっていく彼女にやっと顔を向けた辺り、撫でた事は全く無意味な行動では無かったという事なのだろう。

 

「それじゃあね、お二人とも。私もしばらくはここにいるつもりだから会う事もあるとは思うけれど、そのときは気軽に声を掛けて頂戴ね」

 

「……気が向いたら、考えておくわ」

 

その一言にルシオラは苦笑を浮かべつつ扉を開き、訪問してから三十分と経たずして部屋を退室していった。

彼女がいなくなるまで視線だけで見送り、扉の閉まる音が響いた後、先の言葉に疑問は残りつつも恭也は小さく溜息をついた。

 

「昨日のヴァルターという人もそうだが……特に用事もないのにこんな所へ来る辺り、『執行者』というのは暇なのか?」

 

「……別にそういうわけじゃないわよ。ただ基本的に勝手気ままな変人さんばかりの集まりだから、こういった意味も無い可笑しな行動に出る事が多いだけ」

 

任務のあるなしに関わらず、昨日や今のような珍妙な行動に出る。大小様々だが、総じてマトモな人が執行者には少ないから。

ついでにレン曰く、ヴァルターやルシオラはまだ全然良い方らしく、実験の参加が決まっている残り二人の内一人はかなりの変人らしい。

しかしまあ、かなりの変人と言われるその人物も若干気になるが、恭也としてはそれを語るレンの若干刺々しい口調が少し気になった。

理由は分かる……おそらく、ルシオラが来る前の事をまだ怒っているのだろう。ついでにさっきの事もあってお怒りは少し大きくなっている。

だけど怒らせた一人であるルシオラは早々にいなくなってしまった故、怒りの矛先は全て恭也へ向き、そのせいで彼に対して刺々しい態度を取るのだ。

そのため、理由が分かるからこそ一応謝ってはみたが、別に怒ってないとか返しつつも表情は戻らず、未だに拗ねた状態のまま。

謝罪に対してそんな風に返されてはこれ以上対処のしようが無い。それ故、若干気まずい空気の中、レンの機嫌が直るまで彼はただ待つしかなかった。

 

 

 

結局、レンの機嫌が直るまで要した時間は約四時間。適当に課題を出して不貞寝し、起きたら直っていた。

ただ若干まだ根に持ってはいたが、不貞寝前よりは明らかに良くなった方。そのため、恭也も心の中で安著の息をついた。

更には不貞寝前に出した課題のテストで恭也がまあまあな点を取った事から、ちゃんと勉強していたというのが分かった故に機嫌は完全に元通り。

それどころか今日一番機嫌が良いと言えるほどの様子で教材を片付けるところを見ると、恭也の行動一つで結構機嫌が左右されるようにも見える。

とまあ、とにもかくにも鼻歌でも歌いそうな機嫌の良さを見せつつレンは教材を片付け終え、可愛らしく伸びをした後に時計を見て口を開いた。

 

「ちょうど夕食の時間だし、今日はこの辺りにしておきましょ。一応、予定してたスケジュールの三分の二くらいは終わってるしね」

 

「……いいのか? 折角組んだ予定を全部消化しないで」

 

「別にいいわよ。元々キョウヤが予定をこなし切れるとは思ってなかったし、レンも少しだけハードにスケジュールを組みすぎたかなって思ってたもの」

 

こなし切れないと分かっている予定を組むというのは如何なものかと思うが、それを言うと手痛い反論が来そうなので言わず。

差し障りの無い言い方でそうか……とだけ呟き、内心では溜息をつく。それに当然ながらレンは気づかず、対面から恭也の元へと移動。

そして食堂へ行こうと言いつつ恭也の手を取り、引っ張るように連れながら扉を開けて退室。手を繋いだまま廊下を歩き出した。

 

「……なあ、レン」

 

「ん? なぁに、キョウヤ?」

 

「どこかへ逃げるわけじゃないんだから、手を繋ぐ必要性はないと思うんだが……」

 

「別に必要性云々で繋いでるわけじゃないわよ。ただ、レンが何となく繋ぎたい気分だから繋いでるの」

 

そう返しつつ繋いだ手は外さないまま、未だ引っ張るように前を歩き続ける。その姿は非常に年相応に恭也には映った。

何でいきなり手を繋ぎたい気分になったのかは少し疑問にも思うが、そんな彼女の様子から気恥しいからと手を解くわけにもいかず。

結局些細な事として疑問は頭の隅に追いやり、気恥しさに関しても仕方なく我慢する事にして恭也もまた、レンに引かれるがままに歩き続ける。

手を繋ぎつつ歩き続けるという行動をしているせいか擦れ違う者に何か妙に生温かい目を向けられたりもしたが、とりあえず気にしない事に。

そして結局、繋がれた手は解かれる事無く食堂へ辿り着き、各々が食べる食事を取りに行くという事でようやくレンは手を解き、イの一番にカウンターへと駆けていった。

駆けていくレンの後ろを恭也もここに来るだけで少し疲れたとでも言うような溜息をつきつつ、彼女とは違って歩きでカウンターへと赴いた。

そこで自身の食べる物を頼み、数分の後に出来上がった食事の乗るトレイを受け取り、カウンターを離れて適当な席へと向かい合わせで腰掛けて食事を取り始めた。

 

「ここのお料理に文句を言うわけじゃないけど、たまにはここ以外で食べたいわよね」

 

「ふむ……俺はここに来てまだ日が浅いから、そうは思わんが」

 

「日 が浅いって言うんだったらレンだって似たようなものよ? キョウヤがここに来る前まではここに来るのなんて教授への報告ぐらいで、ご飯は基本的に外で食べ てたもの。ただぁ、レンは結構飽きっぽいから、一つの店を何度も通うっていうのが好きじゃないのよね。だから外で食べてた時も色々な店を転々と食べ歩きし てたわ」

 

「……ああ、なるほど。ここ以外で食べたいというのはつまり、ここで食べるのに飽きたという事か」

 

「そういう事ね。でも、別の場所で食べたいとか思っても今はキョウヤの教育があるから、外に出たりは出来ないよねぇ……」

 

言外に自分が勝手気ままに外へ出れないのは恭也のせいと言い、食事の手は止めないながらもジト目を向けてくる。

しかし恭也も好き好んでここに来たというわけじゃないため、恨めしそうに見られても弁解のしようがないために黙して食事を続ける。

レンとしても別に弁解とか謝罪とか本気で期待してるわけではないが、反論出来ずという状況に楽しさを覚えたのか言葉は続ける。

 

「大体、レンがここまで甲斐甲斐しく面倒見てるのにキョウヤったら、全然進歩がないんだもの。特にアーツとか勉学とかのほうは絶望的とまでは言わないけど、少なくとも教えてる側からしたら泣けてくるぐらいには酷いわよね」

 

「…………」

 

「歳とか身体つきとかが大人でも、やっぱり頭も多少良くないとちゃんとした大人とは言えないわよねぇ。そう考えると現状、やっぱりキョウヤよりもレンのほうが大人よね♪」

 

ここに来てまだ一週間も経ってはいないのにそこまで言うかと思いもするが、事実が交じっている分だけ反論がし難い。

それでもさすがにイライラとかはしないが、自覚があるのかないのか周りに聞こえるような声量で話しているのは正直キツイ。

周りに聞こえないような声量なら聞き流すだけで良いのだが、周りに聞こえてる分だけ向けられる視線が何気に痛い。

中にはクスクスと含んだ笑いも僅かに聞こえるから恥ずかしさも出てくる。だが、当の本人は全く以て気づいてはいない。

いや、もしかしたら気づいているのかもしれないが、そうだとしたら余計に性質が悪い。とはいえ、どちらにしても反論が出来ない故に我慢して黙すしかなかった。

 

「――結局のところ、キョウヤはレンがいないと駄目って事よね~。まあ、いくら駄目な子でも見捨てるって事は無いから、そこの辺は安心していいわよ♪」

 

「ずいぶんと大胆な事をするのね……こんな人が多い所で堂々と告白なんて」

 

「はい? ――げっ!?」

 

ようやく言葉が途切れを見せ、羞恥の状況が終わるかに思えた直後、聞こえてきたのは聞いた事のある声。

それも間違いでなければ、つい数時間前くらいに。その声が放ってきた言葉にレンはポカンとした顔をして振り向き、誰かを確認した途端に嫌そうな顔。

しかも女の子らしからぬ声を上げるおまけ付き。これに恭也も視線を向けてみれば予想通り、やはりそこにいたのはルシオラであった。

何でそこにいるのかは彼女が手に持つトレイを見れば明白。おそらくは彼女もまた、二人の部屋を訪ねた少し後に食事をしようとここへ来たのだろう。

彼女にしても恭也とレンにしても、これは予想外の偶然。だが、その偶然をどう思うかというのは三者三様であるという事は表情だけでも非常に分かり易かった。

特にレンは昼間の件があってとても露骨に顔に出ているのだが、ルシオラはそんな事全く気にせず一番近かった恭也の隣の椅子へと腰掛けた。

 

「何度も言うけど……レンはキョウヤの事をそんな風に思ってないんだから、変な勘違いしないでよね!」

 

「フフ……そういえばそうだったわね。御免なさいね、レン」

 

「……謝るなら、その妙に生温かい目で見るの止めなさいよ」

 

からかっているだけなのか、それとも本気なのか。どちらにしても、ルシオラの表情は昼間のときと似たような感じ。

何を言ってもそれは変わらないためか、レンも抗議をするのを諦め、機嫌が良かった先とは打って変わって若干お怒り気味に食事を再開した。

完全に聞き手に回っていた恭也もそれを合図に止めていた手を動かし、口論の片割れであるルシオラも楽しげにレンを見つつも食事を取り始めた。

しかし、しばし静かに食事を取っていたのだが、レンのお怒りがまた静まる様子を見せない故、恭也は手を止めてルシオラの耳元へと口を寄せた。

 

「あの……ちゃんと謝ったほうがいいんじゃないですか? このままだと昼間の事もありますから――」

 

「完 全に敵視されてしまう、かしら? 大丈夫よ……レンは賢い反面少し感情的になり易い所はあるけれど、こんな詰まらない事を根に持ち続ける子じゃないわ。う うん、その言い方は少し違うわね……もっと正確に言うなら、あの子は興味のない人が相手だとそういった態度を取り続けたりしないのよ」

 

「はあ……ですが、それは貴方には当てはまらないんじゃ……」

 

「そ んな事無いわよ。確かにレンと私は共に『執行者』である以上、真面目な事から下らない事まで様々な話をしたりするけれど、所詮はそこまで……私との間に あった嫌な事や楽しい事を覚えてはいても、一日経てば忘れたみたいに表には出さなくなる。それはつまり、あの子にとって私は結社の同僚というだけで興味の 範疇には入って無い証拠なのよ」

 

「…………」

 

「だからかしらね……貴方の事を初めて見た時は正直驚いたわ。私よりも一緒にいた期間は短いはずなのに、レーヴェやヨシュアと同じくらいあの子に好かれてるんだもの」

 

「あれは、好かれていると言うんでしょうか……」

 

「ええ、もちろん。それが異性に対する好意かどうかは分からないけれど、少なくとも一緒に居続けるくらいには好かれてるわ」

 

直属の部下にした事も、そのための教育をするというのも、最終的には一緒にいるための方法というように聞こえる。

ただどうしてそこまで好いている(というか懐いている)のかまでは分からない。でも、この方法を取っている時点でそうだという可能性はとても高い。

だから、ルシオラにとって恭也の存在は少しだけ羨ましくもある。強く望んでいるわけではなくも、自分に出来なかった事を成した彼が。

反対に恭也はいまいちルシオラの言う事が納得し切れなかった。確かにレンとは一緒にいる事がほとんどだが、好かれていると思える行動を取られた覚えが全くないから。

口を開けば教育だの勉強だの……そうでなくても、好いている対象というよりはからかう対象としか見られてないのではとしか思えない行動ばかり。

唯一そんな風に思えなくもない行動と言えば食堂に来る時の行動だが、それも気紛れやからかいと考えられなくもないから、やはり納得はしかねる。

しかしながら、それを語ったルシオラは表情こそ変わらずとも至って真面目な様子。だからか、何となく恭也は彼女から離れ、レンへと視線を向けてみる。

 

「…………」

 

「……ふんっ」

 

向けた視線が交われば、お怒りの対象の中になぜか恭也まで含まれているのか、レンは鼻を鳴らしてソッポを向いた。

これが好かれているからこその態度だと言われても信じられるわけもない。でも、だからといって本人に確認できるような内容でもない。

加えてルシオラに今一度なぜと聞いても明確な答えなんて返ってこないだろう。要するにこれは答えの出ない、考えるだけ無駄な事。

それ故、恭也はこれを深く考える事を止めて溜息をつきつつ、どうやってレンのご機嫌取りをするかと考えをシフトしながら食事へ再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

今回はルシオラを出してみたわけだが、性格がいまいち分からんかった……。

【咲】 アンタ、空の軌跡をプレイしててもレンの事ばっかり考えてるものね。

うむ……おぼろげに思い出しつつ何とか書いたが、正直違和感がありそうで不安だ。

【咲】 まあ、多少ある分には良いんじゃないの? 現状は日常編みたいな感じだし。

むぅ……そうかなぁ。

【咲】 たぶんね。でもまあ、許容できないほど違和感がありすぎたら読者の方が指摘してくれるでしょ。

ん~……なら、今はとりあえず諦めて、指摘があったら修正を掛けるという事にしとくか。

【咲】 そうしておきなさい。にしても、今回のレンは怒る事が多かったわね。

からかわれてばっかりだったからな。基本、彼女はからかうのは好きでもからかわれるのは嫌いな性質だろうし。

【咲】 恭也には猫扱いされてたし。

性格的に猫だからな、レンは。年齢だけに猫は猫でも子猫だが。

【咲】 というか、ルシオラは恭也がレンに好かれてるって思ってるけど、実際にそうなの?

少なくとも嫌ってはいないよ。レンは興味の無い対象には全くの無関心だしな。

反対に好かれているのかと言えば、正直今の所は何とも言えん。

【咲】 ふ~ん……まあ、これを見る限りだと好かれてると言うよりは懐かれてるってほうが正しい気がするけどね。

まあな。ともあれ、今回は“幻惑の鈴”ルシオラを交えたお話だったわけだ。

【咲】 今後もルシオラって出てくるの?

もちろん。ていうか、結社サイドである以上は『執行者』のほとんどが出演率高いよ。

【咲】 教授は?

あれは~……全く出ない事もないけど、『執行者』たちよりは出演率低いね。

【咲】 『蛇の使徒』なのに『執行者』に負けてるってどうなのかしらね。

あははは……まあ、そんなわけで今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では~ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

感想は掲示板かメールにて。

 

 

 

 

 

 

 

 

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