あの後、どうにかしてレンのご機嫌を取ろうとした恭也だったが、結局怒りを鎮める事は出来なかった。

というのも何度か機嫌が直りそうな状況には持って行けたのだが、その度になぜかルシオラが茶々を入れてくるのだ。

そのお陰でレンの機嫌は直るどころか、より一層怒りが深まってしまい、彼女のみさっさと食事を済ませて食堂から出ていってしまった。

これを慌てて恭也は追い掛け、今度はルシオラのいない状況下で怒りを鎮めようとするも、鎮まるどころか顔すらも合わせてもらえず。

結果、それ以降は最後までまともな会話すらも為される事は無く、お怒り状態のまま彼女は恭也を無視して部屋へと戻っていった。

 

 

 

――そしてそれが原因となり、翌日――現在の事態へと発展する羽目となる。

 

 

 

食堂へは行かずにレンが食事を持ち寄り、彼の部屋で二人して食事を取った後、そのまま勉強というのがいつもの朝。

確かにこの日も最初のほうはいつも通りだった。ただ、可笑しな点があったとすれば、レンの態度が昨日とまるで違うという部分。

怒りを収められぬまま別れた故、今朝は部屋に来ないか、来たとしても終始不機嫌ですと言わんばかりの顔をされるものだと思っていた。

けれど予想と反してレンはいつも通りの態度。若干いつもより笑顔に意味有りげな様子は窺えたが、言動も態度もほとんどはいつも通りだったのだ。

だから、愚かにも恭也はレンの怒りは鎮まったものと思ってしまった。だが朝食後、一息ついてから発せられた――――

 

 

 

「あ、そうそう。言い忘れてたけど、今日はいつものお勉強を中止にしてアーツ訓練を交えた模擬戦をする事にしたから。ちなみに相手はレンだから、手を抜いたりしたら命は無いと思ってね♪」

 

――この言葉により、自身の認識は誤りであったのだと気付かされる事となった。

 

 

 

アーツを習い始めてまだ数日しか経っていない状況で模擬戦は普通、行わない。理由はもちろん、危険だからだ。

ほとんどの攻撃系アーツには寸止めなど存在しないし、無理して使おうとすると失敗、暴発なんていうのも十分あり得る話。

そのためアーツ初心者が模擬戦をする場合、ある程度の教養と訓練を得てから。けれど恭也はその両方ともまだ不十分。

それを良く知っているはずなのにそんな事を言う辺り、相当怒っている。しかも、その怒りが恭也に向く事の理不尽さにも気付いていない様子。

しかしながら、言いながら浮かべる笑顔を前にすると文句の一つも言えない。というか、その笑顔が言外に拒否は許さないと語っていた。

それ故、朝っぱらから疲れたような心境になりつつも半ば強引にレンに引き連れられ、模擬戦会場となる発着場へと赴く事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Trajectory Draw Sword

 

第四話 名ばかりの模擬戦、漆黒の双剣士VS殲滅天使

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発着場へと赴くや否や、両者は対峙する距離に多少の間隔を空け、自身らの装備を確認する。

といってもレンは装備の確認などほとんど必要としないため、確認をしようと言い出したのは恭也のほうである。

強引に連れられる形となった事もあり、武装のチェックをしないままに部屋から出る羽目となってしまった。

だからこそ、本気で模擬戦をするのなら現状の武装確認は必要。そのため、少しの時間を貰って彼は確認を行う。

 

(サブは小刀と飛針抜きで鋼糸のみ、か……小太刀は基本的に常備するようにしていたから良かったものの、少し厳しいかもしれないな)

 

その結果がコレ。レンの実力というものが如何ほどか分からぬ故に何とも言えないが、少なくとも楽な戦いにはならないだろう。

彼女とて見た目は幼い少女だが、レーヴェやヴァルター、ルシオラたちと同じ『執行者』の一人。となれば戦闘能力は低くない事ぐらい予測出来る。

だが、本人から聞いた話では彼女の戦闘スタイルはアーツメイン。相手と一定の距離を維持しつつ、中・遠距離からアーツで殲滅するタイプとの事。

これを単純に解釈すれば、肉体戦闘は得意じゃないとも取れる。ある程度は当然出来るのだろうが、その手の熟練者と比べると劣るのではないかと。

ならば装備が完全に整っていない現状、そこを突くのが定石。そう考えを纏めつつ、恭也は準備完了の旨を対峙する彼女へと伝えるのだが――――

 

 

 

――その途端、彼女は頷くのと同時にどこからか自分の背丈ほどもある大鎌を取り出した。

 

 

 

まあ、実際は取り出したというよりは剣士が抜刀する感じに近いのだが、そこは正直どうでもいい。

問題なのは当然、どこからそんな物を出したのかだ。そんな大きなもの、どう考えても隠し持てる代物ではないのだから。

しかし、恭也がそこを問えば、レンは大鎌を持っていないほうの手の人差し指を口元に当てつつ、妖美な笑みと共に短く告げる。

 

「そこはもちろん、乙女の秘密よ♪」

 

その一言は、言外に教える気はないという事。そのため恭也もそれ以上無理に問い質す事が出来ず、結局疑問は疑問のまま残ってしまう。

ともあれ、答えを得る事が出来なかった疑問に関してはさて置いておくとしても、レンがそんな武器を取り出した事で若干考えが変わる。

大鎌という武器は肉体戦闘が苦手な者が扱える代物じゃない。というのも、一般的な武器と違って大鎌という代物は非常にクセが強いのだ。

数で押してくる場合に対しては非常に有効性が出てくるが、その反面として一対一の戦闘では手数で負ける事が多く、使い勝手が悪くなってしまう。

そんな武器を敢えて使うという事から、二つの可能性が浮かぶ。一つはアーツだけでなく、肉体戦闘面も秀でているのだと思い込ませるためのハッタリ。

そして二つ目はハッタリなどではなく、アーツメインではあるが実のところ、肉体戦闘も得意としているという可能性である。

 

(どちらにしても、油断はしないに越した事はないな……)

 

どちらが真実であるとしても、油断はしない方が良い。決め付けで動き、後ろからバッサリなんて目も当てられないのだから。

具体的な策というものは未だ浮かばないが、とりあえずそれだけは頭の中に留めつつ恭也は戦闘態勢を取り、今一度準備完了の旨を伝えた。

それにレンは小さく頷き、同じく戦闘態勢を取る。その直後――――

 

 

 

――恭也はレンとの距離を一気に詰め、腰に差した一刀目の小太刀を抜刀した。

 

 

 

戦闘開始の合図も一切無い。けれどレンはこれに対して何の文句を告げる事もなかった。

というのも恭也の行動は間違いではないとレンは分かっているのだ。模擬戦とはいえ、戦いに合図など無いのだと。

故に驚きを浮かべるどころか表情の変化すらも一切ないまま、彼の腕より振るわれた小太刀の刃を大鎌の柄で受け止める。

そして受け止めた途端、表情の変化はそこで訪れた。戦闘開始前から浮かべていた笑みから、驚きが入り混じった感嘆の表情へ。

 

「意外と強いのね、力。念の入れて開始前に『フォルテ』を掛けておいたのは正解だったわ」

 

その一言と共に表情を再び笑みへ変える。ただその笑みは先ほどのモノと違い、その事実を嬉しいと思っているかのような笑み。

直属として取った彼が予想以上に期待できそうな人だと身を以て判断出来たからか、それとも単純に彼との模擬戦は楽しめそうだと思ったからか。

どちらにしても、レンのやる気が先ほどまで以上に上がったのは間違いなく、それは同時により油断出来なくなったという事も表している。

 

「――ふっ!」

 

だからこそ、最初に誓ったように彼も一切油断も手加減もせず、力を込めて大鎌を弾き、即座にしゃがんで足払いを行う。

それで体勢が少しでも崩れれば、そこから手数で攻めて自身のペースへ持ち込む。それがこの時点での彼の考えだった。

けれどレンの行動は彼の考えの上手を行く。大鎌を弾かれた体勢のまま飛び上がった足払いを避け、同時に中でクルリと回転。

そこから回転した勢いのまま両手で構え直した大鎌で一閃。小柄故に軽い身体を利用したこの一撃は、足払いをした状態からでは受け切る事は難しい。

 

「っ――!」

 

それ故、地面に付いているもう片足で力一杯地を蹴り、後方へと転がるようにして回避した。

直後、ガキンッと地面と刃がぶつかる金属音。回避体勢から身を起して視線を向けてみれば、空振りした刃の先端が地面へ突き立てられていた。

しかも相当力一杯振るったのか、刃の先端が若干地面に刺さっている。その光景は正直、寸止めする気などまるで無いのではと思わせる。

そんな彼女の行動を目の当たりにした事で恭也は若干冷や汗が出そうになるのを感じつつも、すぐに置き上がって後ろへと下がった。

今の一連の流れで彼女が肉体戦闘の腕も十分にある事が分かった。だからこそ距離を置いて様子を窺いつつ、策を練る必要があった故の行動。

けれどレンはそんな彼の考えを見通してるかのように小さく笑い、右手のみで大鎌を持ちつつ上方へと掲げ、それを唱えた。

 

「“ファイアボルト改”

 

唱えた直後、陣を描くような紋様が彼女の足元へ浮かび上がるのとほぼ同時に複数の火球が顕現。

そして顕現した火球は上方へと掲げられた大鎌の先端が恭也へと向けられたのを合図として一つずつ、彼へと向かって飛来する。

 

「――くっ!」

 

飛来する速度は遅くもなければ速くもない。自身が投げる飛針や小刀のほうが断然速いだろうと断言できるくらいの速さ。

つまり、避けるのはそこまで難しくはないという事。しかしながら、速度は大した事なくとも彼女の次弾顕現が速い故に連射が可能というのが厄介。

避け続ける事は当然可能だが、そうすると様子見と策を練るための思考が若干疎かになる。おそらくは彼女もそれを狙っているのだろう。

加えて疲労させる事も出来れば重畳といった具合に。もちろん多少逃げ回った程度で疲れる彼ではないが、どの道厄介であるのには変わりない。

 

 

 

――かといって攻め入る事も出来ないというのが現状である。

 

 

 

確かに攻めればレンのアーツの連射は止まるだろう。けれど彼女とて馬鹿ではないのだから、そこも視野に入れているはず。

となれば当然、攻め入られた場合の策というのも用意しているだろう。確実性のある話ではないが、可能性で言えばそれが極めて高い。

だから攻め入るという選択は場合によってより不利な状況を齎すかもしれない。そのため恭也はその選択が取れず、今は逃げ回るしか手が取れなかった。

 

「う~ん……予想通りではあるんだけど、やっぱり全然当たらないのは腹が立つわねぇ。こんな低級のアーツより、もっと強いアーツでドカンッといったほうがいいのかしら?」

 

反してレンは火球を撃ち続けているといても余裕はまだ全然あるらしく、逃げ回る恭也を見ながらブツブツと独り言。

アーツをメインとした戦闘者という肩書きは伊達ではないという事なのだろうが、たまに不穏な発言が混じるのが冷や汗もの。

ただコレより強いアーツというのがどの程度かは彼も知らないが、さすがに甚大な被害が出るような事はしないと彼は思っていた。

いくら『執行者』というある程度の地位にある立場とはいえ、そんな事をして少しでも周りの建物などに被害を出せば罰の一つくらいあるだろうから。

けれど風に乗って聞こえてきた彼女の独り言からそう推測した彼の考えは――――

 

 

 

「うん、そうよね。当たらないなら意味が無いんだから、そうしましょう。じゃあ早速……それ♪ “ナパームブレス”♪」

 

――考えてから僅か数秒にして撤回させられる羽目となった。

 

 

 

自身の周りに顕現した複数の火球を連続で飛ばす先のアーツとは違い、こちらは地面に浮かび上がった紋から炎を噴出させるアーツ。

威力で言えば明らかにこちらの方が強く、対象の回避方向へ先回りして設置する事が出来る。要するに動き回る敵対策とも言えるアーツだ。

これを用いれば特定の場所へ相手を誘導する事も可能。ただ彼女からすれば、別に彼を一つの場所へ誘導させたいと思っているわけではない。

彼女がこのアーツへ切り替えた理由はただ一つ……先の言葉通り、当たらないのが悔しいだけ。その一つだけの理由によって切り替えただけに過ぎないのだ。

 

「ちっ――」

 

そしてレンのその考え通り、火球では当たらなくとも設置型のコレは彼にも効果的らしく、回避の動きに乱れが生じてきていた。

当たりこそしないが、設置された場所に予想外なものが多いのか時折、回避し切れずに若干炎が掠り、真っ黒な彼の服を少しばかり焦がす。

これだけで分かる通り、マトモに当たれば確実に致命傷。加えて今はまだ何とか回避出来ているが、このままずっと当たらずという保証はない。

 

(……仕方ない。少々危険な賭けだが、現状でコレしか手がないなら――)

 

故にか回避を続けながら何とか考えだした、けれどある程度の危険性を伴うために躊躇していた策を実行する事へ。

決めた直後からすぐさま恭也は動きを大きく変える。相手との距離を一定に保つものから、アーツを回避しつつ相手へ接近するものへと。

 

(接近戦に持ち込んで勝負に出る気かしら? でも、それにしては動きに妙なところが……)

 

普通に見ればアーツを回避しながら接近するだけの動き。けれどレンはその動きの中に可笑しな部分があると感じていた。

その可笑しな部分とは、模擬戦の最初に見せた速さを用いればアーツを避けながらでも早い段階で接近出来るのにソレをしないという所。

接近戦に持ち込もうとし、尚且つ一気に距離を詰める手段を持つならソレを使うはず。なのに彼はその手段を用いず、徐々にしか距離を詰めてこない。

ただ単純にアーツが邪魔をしているから一気に距離を詰める事が出来ないとも考えられるが、レンにはどうしてもその部分が引っ掛かってならなかった。

しかし、彼女が感じた疑問は抱いてから一分と経たずして解ける事となる。ある程度の距離へ到達した彼が腕を振るい、放ってきた物によって。

 

「――っ!」

 

咄嗟にアーツ行使を中断して大鎌で防ごうとする。けれど防ぐ事は成功したが、防いだソレは大鎌に絡みついてきた。

瞬時に把握した限り、ソレは銀色をした細い糸のようなもの。しかし糸にしては若干太く、また軽く引いても切れたりしない辺りはかなり丈夫。

腕から伸ばして放たれたソレ――鋼糸は大鎌の柄の先端部に巻き付いたまま離れず、それを利用して彼はかなり強く手前へと引いてきた。

瞬間、引っ張られる強さによってレンの体勢は大きく前へと崩れ、そのとき解けた鋼糸をリールで巻き取りつつ恭也は地面を蹴って一気に距離を詰めようとした。

 

「くっ――“アースガード”!!」

 

何とか右足を前に出して踏ん張り、前へと倒れる事は防ぐ。同時に彼が至近まで寄るより早く、防御のアーツを展開した。

地属性に属するこのアーツは術者の周囲を隆起した岩の壁で覆い、外部からの攻撃を遮るもの。それは物理的なものだろうがアーツだろうが関係ない。

難点として周囲を完全に覆うために術者も身動きが取れなくなるが、その防御力の高さから大概の場合、崩される事は無いと言ってもいいアーツ。

言ってしまえば鉄壁の楯といったところだ。レンもこのアーツの防御力は信用している故、これで体勢の立て直しと打開策を考える時間は稼げると思っていた。

 

 

 

――だからこそ、まさかそんな事が起こるとは思いもしなかった。

 

 

 

岩の防御壁が展開された直後に響いてきたガキンッという音。それは十中八九、彼が持ち前の武器で壁を攻撃した音。

起こった事態というのがその音だけなら、何の問題も無かった。けれど彼女を驚愕させる事態が起こったのは、その音がした直後。

一体何をすればそうなるのか、ピキピキという音と共に正面の壁の中心へ罅が入り、それが全体へと徐々に広がり始めたのだ。

普通に考えたら有り得ない事。でも、その有り得ないと思える事が現状、目の前で起こっている……そのせいか、彼女の思考は一時的に止まってしまう。

その間も罅は正面の石壁へと広がり続け、少しして何とか我に返ったレンが止まっていた頭をフル回転させて何か手がないかと考えるも――――

 

 

 

――頭が打開策を導き出すより早く石の防御壁は砕け、脆くも崩れ去ってしまった。

 

 

 

崩れた途端に見えるのは二本の剣を両手に持ち、目の前でクロスさせている恭也の姿。

一本しか持っていなかったのにどこからもう一本を出したのかとか、たかが二本の剣をクロスさせてぶつけただけでどうして壁が崩されたのかとか。

その他にもいくつかの疑問が瞬間的に浮かぶが、今はその答えを導き出している暇はない。何しろ、今の状況はレンにとって圧倒的に不利なのだから。

ここまで至近に近づかれては先ほどまで使っていたアーツは使えない。使えば確実に自分を巻き込んでしまうし、何より使う暇があるとは思えない。

確かにある程度強いアーツでもレンなら行使に大した時間を要しない。それが低級のアーツならば、一秒だって掛からない自信はある。

けれど距離的に至近過ぎるから、おそらく彼が攻撃してくるほうが圧倒的に速いだろう。となれば、アーツを使う事は得策と到底言えない。

そうなると現状、どうするのが一番良い対処かと考えれば答えは一つ。相手がこのまま近接に持ち込もうとするなら、近接で応じるしか手はない。

 

「っ――やぁ!!」

 

けれど考えた矢先にレンは掛け声と共に大鎌を水平へ振りし切るが、僅かに身を逸らされるだけでソレは避けられてしまう。

そこから大鎌を戻す合間に更に距離を詰められ、二刀による斬撃の嵐。コレを前にしてレンは二度目の攻撃へ転じる事が出来なかった。

なぜなら、ソレこそが大鎌を武器にする者の弱点なのだ。広い範囲の斬撃が出来る半面、大鎌というのはその大きさから剣などの武器とは相性が悪い。

リーチで勝っていても、大鎌という武器はほとんどの場合で一撃一撃が大振りになる。それ故、剣士の間合いへ持ち込まれたら反撃がし辛い。

武器戦闘技術というのがある程度あっても、武器の相性が悪ければ無意味。だからこそ、彼女は恭也の連撃を前にして防戦一方になるしかなかった。

 

「ちょ、攻撃が速すぎ! 子供相手に手加減無しだなんて大人げないと思わないの!?」

 

「手加減をするなと言ったのはレンのほうだと思うんだが、なっ!」

 

何とか大鎌の柄で全ての斬撃を防ぎつつも文句を言うが、その文句も御尤もな正論で返されてしまう。

故にレンもそれ以上言葉を繋げる事が出来ず、苦虫を噛み潰したかのような表情で彼の斬撃を受ける事にただ専念する。

しかし反撃は出来ないが、その分だけ繰り出される攻撃は全て防御出来ているにも関わらず、ある事態が彼女を襲う。

 

(ま、拙いかも……何か、少しずつ手に力が入らなくなってきてる。でも、一体何で……一撃一撃は大して重くもないはずなのに)

 

腕力向上のアーツである『フォルテ』はまだ持続している。にも関わらず、恭也の攻撃はなぜか受ける度に手を痺れさせる。

受け始めて一分程度が経った今では痺れのせいで握る力そのものが入らなくなりつつある状態。けど、それは正直有り得ない事態なのだ。

確かに『フォルテ』を掛けても恭也のほうが腕力は強い。それは最初のときでよく分かった故に長く続けばいずれこうなる事は分かってはいた。

でも、そうだとしてもこれはあまりにも早過ぎる。少なくとも、たかが一分程度の時間で力が入らなくなるなんて事ははっきり言って考えられない。

考えられないが、それが現実として表れているのも事実。しかし、だからといって現状を打開する手が思い浮かばないというのもこれまた事実なのだ。

 

「ふっ――!」

 

「っ!? きゃ――っ!」

 

そして考え続けても結局何の策も浮かばぬまま攻撃を受け続けた結果、遂にレンは振るわれる斬撃の威力に負け、大鎌を弾き飛ばされてしまう。

そこから続けて振り上げられるもう一刀の剣。ソレに対して対処出来ると言えばもうアーツしかないが、振るわれるまでに発動するのは不可能。

故にとうとう振るわれてしまった刃にレンは為す術も無く、感じた恐怖と来るであろう痛みから思わずキュッと目を閉じてしまう。

だが、目を閉じてしまってから数秒、一向に痛みも何も襲ってくる事はなく、恐る恐るといった感じでゆっくりと目を開ければ――――

 

 

 

――レンの首筋少し手前にて、振るわれた刃がそれ以上動かずに固定されていた。

 

 

 

それが表す所は二つ……一つは模擬戦の終了を意味するもの。そしてもう一つは、レンの敗北を意味するというもの。

人によっては止めを刺さずして負けなど認めないという者もいるだろうが、これは一応模擬戦。相手を殺す事が目的の戦いではない。

それにレンもそこに文句を言うほど子供ではない。それ故、相当悔しそうな顔をしつつも、小さな声で降参の意を示す言葉を口にするのだった。

 

 

 

 

 

「非常識よっ!!」

 

レンの口にした降参の言葉を以て模擬戦を終了させた後、開口一番に彼女が放ってきたのがソレ。

曰く、何をどうしたらただの剣でアーツによる防御壁を破壊できるのか。曰く、ただ斬撃を受けてるだけでどうしてあそこまで手が痺れるのか。

疑問を兼ね備えた文句を嵐の如く並べ立てつつ詰め寄れば、彼は一歩引きつつ困ったような顔で一応とばかりに問いに対して答えた。

 

「俺が会得している流派にそういう技術があるんだ。簡単に言ってしまえば、攻撃したモノの内部へ衝撃を通すという技術なんだが……」

 

「内部へ衝撃を通す~!? 何よソレ! 百歩譲ってそういう技術があるのはともかく、そんなモノ剣術でも何でもないじゃない!!」

 

「いや、そんな事を言われてもな……そもそも俺が編み出したモノというわけでもないのだし」

 

「キョウヤが編み出したものじゃなくても、そんなのを習得してる時点で剣士として非常識なのよ!!」

 

レンの言っている事は御神流を完全否定している事に他ならない。だが、恭也としてはそこに怒りを感じるという事もなかった。

そもそも非常識という部分に関しては多少なりと自身でも思っている事だし、それが原因で元の世界では人外なんて言われたりもしていたのだから。

ただ、かといって何の反論もしないと御神流という流派に対してマイナスイメージしか抱かせない羽目になる故、とりあえず彼は反論を試みてみる。

 

「そ うは言うがな、レン。確かに俺たちが使う流派は一般的に剣士という分類ではあるが、厳密には剣士ではないんだ。暗器も使えば、剣以外の武器も使う事だって ある。そして何を武器として使ったとしても、敵を確実に素早く倒せるようにする。何より最も重要なのはどのような時であっても護ると決めた者を必ず護れる ようにする……それが俺の使う流派――御神流の信念でもあるんだ」

 

「……だから、剣士として非常識になる技術でも、身に付けなきゃならなかったって事?」

 

「そういう事になるな」

 

「ふぅん……」

 

反論というより御神流に関しての簡単な説明となってしまったが、一応効果はあったようで少しばかり彼女も大人しくなった。

けれどやっぱりというか、どこか納得できてないような顔をしている。それほど自身が負けたという事実が悔しくてしょうがないのだろう。

しかも自身はアーツをばんばん使っていたのに対して恭也は一切使っていない。それが更に敗北の悔しさを大きくしているようにも見られる。

まあ、総じて戦闘スタイルの違いが大きいというのがレンの敗因なのだろうが、そこを言ったとしてもやっぱり彼女は納得しないだろう。

出会ってから数日が経った今なら分かるが、彼女は結構負けず嫌いだ。だから、アーツも大して使えない相手に負けた事実は納得できなくても仕方が無い。

しかしながら、やっぱりそのまま放置という事も恭也としては出来ないため、レンの前で若干屈みつつ頭へ手を置き、撫でながら諭すように告げる。

 

「まあ、今回俺が勝ったのは偶々運が重なっただけに過ぎんからな。もし次があるのなら、今回みたいにはいかんだろうさ」

 

「……当然よ。今回は少し油断しちゃったけど、今度戦ったら絶対にレンが勝つんだから!」

 

それは負けず嫌いな部分を若干煽るような感じの言葉。尚且つ、少しばかりレンが嫌う子供扱いな感じも窺わせる。

でも、何だかんだでやっぱり子供なのだろう。前者の意味合いだけを取り、宣戦布告のような言葉をレンは返してきた。

加えて表情も先ほどのような陰りは薄くなった。というか、模擬戦開始前に彼女の抱いていた昨日の件に関しての怒りも今では忘れている様子。

だがまあ、忘れているならそれに越した事はないし、何より折角今の言葉によってレンの表情に笑顔が戻ってきたのをまた怒りに変えるわけにもいかない。

それ故、それ以上に何も言わず、彼女の笑顔に釣られたかのように彼も少しばかりの笑みを口元に浮かべつつ、彼女の頭をしばしの間撫で続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

前回のお怒りから始まった模擬戦でしたが、何とか丸く収まりました。

【咲】 ていうか、これだけで収まる辺りは言うほど怒っても無かったんじゃないの?

まあ、それはあるかもな。結局レンは頭が極度に良いから、恭也のせいではないって事は理解してただろうし。

【咲】 それなのに模擬戦で鬱憤を晴らそうとする辺り、どうなのよって感じね。

ん~、確かにそうだが、恭也なら簡単にボコボコに出来ると思ったんでないか?

【咲】 要するに誰かをボコボコにして鬱憤を晴らしたかったって事ね……。

そういう事だ。

【咲】 にしても、今回の模擬戦はレンが負けちゃってるけど、アーツ無しでアーツ使いに勝つってどうなのよ?

そこは本文でも挙げたが、やっぱり相性の違いだろうさ。戦闘スタイルにしても、武器にしてもね。

【咲】 でもさ、仮にも『執行者』のレンが負けたら面目丸潰れじゃない?

そうでもないだろ。レン個人は多少なりと本気だっただろうが、場所が場所だけに使えるアーツにも制限があったからな。

何より、『パテル=マテル』を使わない時点で完全に本気というわけでもないだろうし。

【咲】 まあ、確かにねぇ。ていうか、レンってまだ『パテル=マテル』の事は恭也に話してないみたいだけど、いつ話すわけ?

それはもう少し先になるな。少なくとも、恭也のアーツ習得編(仮)が終わらないとね。

【咲】 ふ~ん……何時終わるのよ、そのアーツ習得編(仮)っていうのは?

そうだなぁ……少なくとも、後二、三話くらいは確実に掛かるかな。

【咲】 場合によってはそれ以上掛かる可能性もあると?

うむ。ま、出来る限り早めに終わらせたいとは思うけどね……じゃないと何時まで経っても原作の話に移れやしない。

【咲】 そう。で、次回はどんなお話にしようと思ってるわけ?

次回はだな……まあ、簡単に言っちゃえば、すでに登場した『執行者』と親睦を深める的なお話だな。

【咲】 すでに登場した『執行者』といえば、レンを抜かすとヴァルターとルシオラよね?

そうそう。ただまあ、その二人が多く出る分、次回の話はレンの出演率がかなり低くなってしまう。

【咲】 一応レンがヒロインって形で進めてるお話でソレはどうなのよ。

……ま、まあ、全く出ないというわけじゃないから、それで勘弁してくれ。

てなわけで今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では~ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感想は掲示板かメールにて。

 

 

 

 

 

 

 

 

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