先日ブルブランという『執行者』が訪れて以来、なぜかは知らないが彼もよく来訪するようになった。

最初にヴァルター、続いてルシオラ。そこに加えて彼までもとなれば、本当に『執行者』は暇なんだなと思わざるを得ず。

かといって邪険にも出来ないため恭也は毎度しっかりと対応するのだが、反対にレンは毎回不満そうな様子。

一体何がそこまで不満なのかまではよく分からないが、いつも本人を目の前に文句を並べる辺りはそれが事実。

それ故にいつもなら今日は誰が来るかと恭也の勉強を見つつ、警戒心のようなものを出しているのだが――――

 

 

 

――そうであるはずの彼女は現在、恭也の部屋のベッドで夢の中。

 

 

 

どうも昨日はいつもどこぞの学会に出している論文作成が長引いたらしく、寝たのが深夜二時だったとの事。

そのためか朝方も来るのが遅く、朝食を食べた後も何とか彼の勉強を見てはいたが常に眠そうな様子を窺わせていた。

それを見兼ねた恭也が寝る事を勧め、最初は難色を示していたのだが、結局睡魔に負けて現在に至っている。

 

「…………」

 

反対に恭也はと言えば、寝る前にレンが教材たる本の印をつけた箇所を覚えるため懸命に努力中。

今日の勉強はアーツの知識的な事に関してであるため、その教材はもちろんそれに関わる事が記載されている。

下位から上位に至るまでのアーツの名称と効果。そのアーツを使用するために必要なクオーツの組み合わせ等々。

そういった事ばかりが載っているこの教材、実のところは市販されているものではなく、完全にレンの手作りだったりする。

何でも論文を書いたりする片手間で作っていたらしいが、何にしてもそんなモノを作れる時点で彼女の才能が窺えてしまう。

ベッドの上でさながら猫のように丸まって眠るレンを横目に、勉強をしつつ恭也はそう考えて溜息をついた。

 

 

 

――するとまるでその溜息を合図としたかのように、部屋の外から小さくノックの音が響いてきた。

 

 

 

小さくではあるも確かに部屋の中へ響いたソレが、もしかしたらレンを起こすに至ってしまったかもしれない。

そんな考えを直後に抱いて応じる前に彼女の方を再び向くが、その音にも一切反応せず未だ眠ったまま。

それほど眠かったという事なのだろう。恭也は少しばかり安心したように息をつき、改めて来客へと返事を返した。

すると返ってきた返事にまたもや応じるかのように扉が開かれ、来客たる人物は部屋の中へと入ってきた。

 

「失礼する――――っと、勉強中だったのか。邪魔をしてしまったようだな」

 

「いえ、お気になさらずに。それで、今日はどういったご用件で?」

 

「いや、少しばかりレンに用事があってな。レンは……寝てるのか?」

 

「ええ。どうも論文の作成が手間取って寝るのが遅くなったらしくて」

 

「そうか……なら、出直すとしよう。そこまで急ぐような用でもないしな」

 

来訪してきた人物――レーヴェはそう言いつつ、部屋に入って早々退室しようと再び扉を開けようとする。

だが、その途中で開けようとしていた手が止まり、そのままの状態で何かを考えるような仕草を見せ始める。

それに勉強の手を止めたまま、まだ何か用があるのかと恭也が首を傾げれば、その途端にその仕草を止め――――

 

 

 

 

 

「勉強途中で申し訳ないが、少しいいか? 付き合ってもらいたい事があるのだが……」

 

――今一度振り返りつつ、そんな言葉を放ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Trajectory Draw Sword

 

第七話 激突する剣の才、剣帝と呼ばれる由縁 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

告げてきた言葉に一瞬の戸惑いを見せるも、多少なら構わないかと了承を口にすれば。

その返事に彼は静かに頷き、己の武装を持ってともう一言だけ残して早々に部屋の外へと出て行ってしまった。

故に付き合って欲しい事というのが何なのか明確に分からぬまま。ただ前提を聞く限り、何となくの予想は出来る。

そしてもしも予想通りならば、多少と思って了承したのとは裏腹に少しばかり時間が掛ってしまう事になる。

しかし、だからといって今更断る事も出来ず、何より予想程度で拒否するというのも気が引けてしまうわけで。

結局了承してしまった以上は仕方ないと考える事とし、言われた通り己の武装を早急に準備し始める。

次いで掛け布団すら掛けずに寝ているレンへと丁寧に布団を掛け、そのついでとばかりに彼女が起きたとき用に書置きを残す。

そうして全ての準備を整えた後、若干急ぐような動きでレーヴェの後を追うように扉を潜って部屋の外へと出る。

するとそのすぐ傍、扉の真横に位置する壁にて彼は背中を預けた状態で佇んでおり、恭也の姿を確認したと同時に無言で歩き出した。

それに恭也も少し慌てたような様子で彼の斜め後ろ辺りに駆け寄り、そこからは歩幅を合わせて距離を保ちつつ共に廊下を歩いて行った。

 

 

 

――そして部屋を出てから歩き出す事、約十分。

 

 

 

レーヴェに導かれるままに辿り着いた場所は、以前レンと模擬戦をした場所である発着場。

朝方だろうが昼時だろうが夜中だろうが、小型飛空挺やヘリなどが着陸する予定があるとき以外は人気が極端に無い場所。

そのため誰にも邪魔されずアーツの練習や戦闘訓練などが出来る。要するに訓練関係には打ってつけの場所という事。

だからこそここへ招かれた時点で恭也の中では予想が現実味を帯び、次いで振り向いた彼の口より語れらた言葉により、それは確証へと変わった。

 

「……もう分かっているとは思うが、付き合ってもらいたい事というのは他でもない。この俺と一対一で勝負をして欲しいというモノだ……もちろん、これでな」

 

以前のレンと同じくどこからか取り出した少し変わった形の剣を前へ突き出しつつ口にされたのは予想通り、勝負の申し出。

ただ元々予想していただけあってソレが確証へと変わる分とも驚きはなかったが、戸惑いという感情はやはり出てしまう。

レン曰く、彼の『執行者』としての二つ名は“剣帝”。その名からも分かる通り、剣を使った戦闘の腕は結社の中で随一であると言える。

加えて恭也が彼と戦った場合、身内贔屓抜きとしてもおそらくレーヴェに軍配が上がる。つまりはそこまで彼女に言わせるくらい、彼の実力は高い。

だからこそ、彼が恭也と戦いたがる理由が分からない。凄腕の剣士であればあるほど、実際に剣を交えなくてもどちらが勝つかなど分かるはずなのだ。

しかもこれもレン情報だが、彼は現状『執行者』の中で最も忙しい立場らしい。なのに貴重な時間を割いてまでどうして彼と戦おうなどと思ったか。

そこがどうしても分からず戸惑いが先だってすぐに返事は返せなかったのだが、どうもレーヴェはその沈黙を別の方向で捉えたらしく……。

 

「心配しなくてもいい。今回の勝負は単純に剣のみでのモノ……体術くらいは使うだろうが、さすがにアーツも使用可能などというハンデの大きい事は言わん」

 

などという少しズレた事を口にしてくるものだから若干ポカンとした顔を浮かべてしまう。だが、それもほんの数秒のみの事。

すぐに表情を苦笑へと変え、戸惑いの原因であった疑問もなぜかどうでも良くなり、先ほどまでとは違って自然な感じで了承を口に出来た。

反対にレーヴェも満足そうにその返答に対して頷いて返す。ただ笑われた理由が今一分かっていないらしく、若干首を傾げ気味ではあったが。

 

「… …では、一応この勝負に関しての簡単なルールを説明しておく。勝負の行動範囲はこの発着場全域、使用するモノは己の得物――まあ、この場合 は剣だな。これと己が身から繰り出す体術のみとする。勝敗条件はどちらかが参ったと口にするか、相手を戦闘不能状態にするかの二つだ」

 

「オーブメントに関してはどうするんですか? アーツは使用不可という事らしいですけど、これは持つだけでセットしたクオーツの身体能力向上の恩恵が受けられるはずですよね?」

 

「そ うだな。だが、今回の名目が剣術勝負である故、アーツさえ使用しなければ特別外す必要はない。とはいえ、俺の持つオーブメントとお前の持つオーブメントで は改造度の違いから自ずとセットできるクオーツの力が変わる。だからもし、それをハンデと見るのであれば抜きとしてもいいが… …どうする?」

 

確かに彼の言うとおり、オーブメントは改造度の違いによってセット出来るクオーツの強さが変わり、準じて能力の向上値が変わってくる。

その事実を提示した上で抜きとしてもいいと言う辺り、おそらくではあるがレンと同じように彼もまた改造を限界まで行っているのだろう。

反対に恭也のオーブメントは貰ってまだ日が浅いという事もあり、未だ初期状態。セット出来るクオーツは自ずと下位のモノばかりとなってしまう。

そうなると能力の上昇が結局は微々たるモノとはいえ、上位のクオーツを付けているであろう彼との差はやはり大きくなってくる。

だからこそ彼もそれを考慮して抜きでやるかどうかを聞いたのだが、対する恭也は少しばかり考える仕草を見せたのみですぐに首を横に振るった。

その無言の返答にレーヴェもまた短い返事で返しつつ納得を示し、その問答を切っ掛けとしてか二人の間には緊張の二文字が張り詰める。

 

「さて……時間も惜しいので始めたいと思うが、他に何か疑問に思った事はあるか?」

 

「……いえ、特には」

 

「そうか。なら、早速――――」

 

張り詰めた緊張の最中で言いつつ、レーヴェは己の剣を構えようとする。対し、恭也もまた腰に差した一方の刀へと手を掛ける。

だがその直後、そんな空気とはあまりにも不釣り合いな、それでいて何の遠慮もないような複数の声が若干離れた位置から聞こえてきた。

 

「お、今から始まる所か。こりゃ良いタイミングだったな、おい」

 

「フフフ、確かに。“剣帝”と“殲滅天使”の従者、その二人の貴重な一騎打ちともなれば……余す事無くこの目に焼き付けておきたいものだからね」

 

「でも、本当にレンは起さなくてよかったのかしら? あの子が一番、この二人の勝負を見たいと思うような気がするのだけど」

 

「はっ、教育係とかほざく癖に眠り扱けてるあのガキンチョが悪いんだよ」

 

声の数は全部で三つ。しかも会話内容の中でレンの事を呼び捨てやガキンチョなどと呼んでいる辺り、最早誰かは考えるまでもない。

対峙するレーヴェもまた目を向けずとも声の主が誰なのかに気付いたらしく、構えようとしていた剣をゆっくりと地面へ下ろす。

そしていつも通りの無表情ながらもどこか疲れたような空気を纏わせ、ある程度の距離で歩みを止めた三人組へと視線を移した。

 

「……『執行者』が揃いも揃って俺に何か用か?」

 

「いえ、貴方に特別用事があってというわけではないわ。ただキョウヤの部屋に行ったらこんな書置きがあったから、気になって来てみたというだけ」

 

ヒラヒラと自室を出る前に机の上に置いておいた書置きらしき紙を振りながら、笑顔で三人組の一人――ルシオラが返してくる。

残る二人――ヴァルターとブルブランも彼女に同意するかのような仕草を見せる辺り、どういう偶然か恭也の自室かその付近で鉢合わせ。

そしてその書置き(書かれている内容は短く『レオンハルトさんの用に付き合ってくる』という一言だけ)を頼りに場所を割り出して来たという所だろうが。

そもそもの疑問としてなぜレン宛に書き置いたはずの書置きを勝手に見た挙句、それをわざわざここに持ってきたのかが不可解でならない。

様子的にレーヴェもそこに疑問を持ったようだったが、彼は特にそこを問う事も無く、小さな溜息と共に肩を竦めるのみだった。

 

「つうかよ、んな事はどうでもいいからさっさと決闘でも何でも始めろよ。こうしてるだけでも時間を無駄にしてる気がしてならねえ」

 

「同感だね。それに下手に時間を掛け過ぎれば、起き抜けの子猫姫が邪魔しに来てしまうぞ?」

 

急かしてくるヴァルターとブルブランの言動には少しばかり突っ込みたい所もあるが、言い分は確かに頷ける所もある。

特にレンに関しての部分。折角置いておいた書置きを持ってきてしまってる時点で彼女は起きたらまず怒り出すだろう。

次いで怒り心頭なまま全力で施設内を捜索し始め、そして見付けた段階で…………この先は最早想像する事すら怖い。

故にか言いたい事はあれど全て飲み込み、唐突に出現した三人の傍観者の視線を一身に受けながら、二人は互いの得物を今一度構えた。

 

 

 

――だが二人の動きはそこで止まり、得物を構えたまま互いにしばし静止した。

 

 

 

視線は相手から外さず、けれど体を一切動きを見せず。潮風が吹く際の僅かな音と波が岸壁を打つ音のみが静かに響く。

一秒、二秒、三秒……十秒が経過しても二人はやはり動かない。しかし、それに周りも野次を飛ばしてきたりなどしなかった。

彼らは知っているのだ。剣士だろうが格闘家だろうが、その道を一定以上まで極めた者同士はほとんどの場合でこのようになると。

ある者は相手の隙や出方を窺い、またある者は相手の力量を構えから推し量る。意味合いは様々だが、やる事は一様に今の二人と同じ。

 

「「…………」」

 

この二人も意味合いは掴めないが例に漏れず、構えた状態から一歩どころか指一本すら動かす事もなく。

その状態を種類は違えど極みを目指すヴァルターは楽しげに見詰め、ルシオラやブルブランにしても興味深げに見守る。

そしてそんな状態のまま更に二十秒、三十秒……最早並みの者ならば痺れを切らしても可笑しくない時間まで達する。

けれど恭也もレーヴェも、未だ動きを見せぬまま。遂に二人が静止し始めてから時間にして、一分という時間が経過しようとしていた。

 

 

 

 

 

――直後、静止していた二人は全く同じタイミングで動き出す。

 

 

 

 

 

一分を通り過ぎる寸前に動き出し、同時に振るわれた二人の得物はけたたましい金属音と共に正面からぶつかり合う。

だが、そこで互いに攻めの手を止める事はなく。続けて二撃目、三撃目と息もつく暇ないほど連続で斬撃を繰り出し続ける。

かといって向かい合ったままそれを続けるかと言われればそうでもなく、所々で背面や側面へと回り込もうとするような動きを見せる。

そのたびに飛び退くように避けては再び攻め入ったり、はたまたそこから繰り出された斬撃を防御すると同時に蹴りを放ったり。

互いが互いにその都度動きが違い、見ている側は飽きない。むしろ、次はどんな手を見せてくれるのかと楽しみの感情すら抱かせる。

そしてそれは戦っている当人らも同じ。特にレーヴェは後者の感情が強いのか、凝らして見なければ分からない程ではあるも笑みを口元に浮かべていた。

 

(ヨシュアと同じ二刀使いだが、スピード型なアイツとは逆のパワー型。かといってスピードで大きく劣るというわけでもなく、技術面に於いても達人クラス。なるほど……レンの眼鏡に適っただけの事はある)

 

言動から多少いい加減な感じには映るが、レンはレンで他人の実力を推し量るという技術も当然持っている。

だが他の『執行者』にも言える事ではあるが、そんな技術を持つからこそ傍に置こうなどと思えるような人を見つける事が出来ないのだ。

大概の者たちは傍に置くほどの実力がない者ばかりだし、実力が際立ってある者はほとんどが『執行者』として名乗りを挙げている。

だからこそ、『執行者』が直属の部下を持つという前例がなかった。けれどキョウヤが現れた日、その異例をレンは起したのだ。

もちろんそこには様々な理由が存在するのだろうが、実力を見抜いたからという理由も少なからず彼女にはあったのだろう。

尤も、今現在のような周りも認めるお似合いのカップル(本人らはそう見られている事に気付いていないが)なんて関係になるとは想像もしていなかっただろうが。

何にしても彼女が直属として引き入れた時点で彼の実力の高さはお墨付き。その上、この場にいる『執行者』たちからの後押しすらある始末。

加えてレーヴェ自身も彼が来た初日、彼の実力を見抜いてはいた。しかし、見ただけの実力と実際に剣を交えて分かる実力はやはり違うもの。

故にこそ今回の剣術勝負を申し込むに至り、そして剣を交える事で自分が予想した以上の実力があると分かり、彼は嬉しさを抑えられなかった。

 

(ここへ更にレン直伝のアーツ技術が加われば……ふっ、一体どの程度まで化ける事やら)

 

今回はアーツを抜きとした勝負だが、アーツをメインとするレンが教えてる手前、いずれはアーツ込みで勝負出来るだろう。

そのとき、一体彼はどこまで強くなっているのか。その想像が更にレーヴェの嬉しさという感情に拍車を掛ける要因となっていた。

ただ内心はそれでも最初の笑み以降はそれを表に出す事は無く、表面上はいつも通りの無表情のまま剣を振るい続ける。

 

 

 

――だが次の瞬間、無表情だったその顔に僅かな驚きが浮かぶ羽目となる。

 

 

 

いつの間にかもう一方――未だ鞘に納められたままだった刀へと添えられていた右手は瞬時にソレを抜き放つ。

剣を弾いたき、半歩ほど後ろに下がった直後の体勢から抜き放たれた刀は同時に斬撃へと変わり、開いた距離など物ともせず襲い掛かる。

それは最早レーヴェ自身の失態と言う他なかった。目を見張るほどの実力を持つと知っていながら、意識を別の方へと向けていた自分の。

だとすれば、その斬撃は自分の失態に対するツケといった所だろう。けれど驚きはしたものの、易々とそれを受けるほど彼は潔くはない。

 

「っ――」

 

小太刀から放たれたとは思えないほどの驚異的な攻撃距離。その上、斬撃の速度も目を見張るものがあると言えよう。

もしも気付くのが後少し遅ければ、さすがの彼とて対処出来なかっただろう。実際、気付いた今も距離と速度からして避けるのは至難。

だが防御であれば何とか間に合う。瞬間的にそう頭で思い至ると彼は即座に動き、斬撃の進行上にて己の剣を立てる。

直後、恭也の手より放たれた抜刀からの斬撃は音を立ててレーヴェの剣にぶつかり、威力を完全に殺されて受け止められるに至った。

しかし彼の攻撃は当然ながらそこで止まるという事はなく、受け止められた瞬間にすぐさま刀を引くと同時に驚異的な速度の連続斬撃へと繋げてくる。

 

(ほう……)

 

抜刀からの一撃、そこから次いで繰り出される連撃。一連の動きは感嘆の念すら浮かぶほど流れるようなモノ。

あれだけでは終わらないだろうと予測はしていたものの、そんな動きを目の当たりにさせられてはそんな感情を抱かざるを得ない。

尤も先ほどの斬撃とは違って今度は予測していただけに意表を突かれたという意味合いの驚きはなく、速度はあれど対処は難なく出来た。

同時に受け身ばかりではなく斬撃の切れ目を狙っての反撃も行うが、それは恭也の方も予期していたのか紙一重で回避されてしまい。

回避の次の瞬間には先ほどの連撃とはまた描く軌道の異なる連撃が繰り出される。しかも、今度のは先ほどのよりも速度があった。

それ故か先ほどの連撃には回避しつつの反撃という手段を取っていたのに対し、今度のに関しては己の剣を使って捌くという手段も用いるのだが。

 

(…………?)

 

捌くたびに剣のみならず、自身の腕にまで直に衝撃が伝わるような感覚に襲われ、レーヴェは内心で首を傾げる。

けれどその間も続く斬撃を捌いている内に自身の中で答えが見つかり、またしても口元に僅かな笑みが浮かんでしまう。

 

(なるほど、“徹し”か。衝撃を表面ではなく内面に伝える技術……格闘術に於いてのモノだとばかり思っていたが、まさかソレを剣術に用いるとはな)

 

レンと勝負したときも彼女を散々苦しめた御神流三大極意の一つ。それは彼の思うように御神流のみに伝わる技術ではない。

御神流では『徹』と呼ぶが、格闘術を主とする様々な戦闘技法ではこれを『徹し』と呼び、習得困難な技の一つとして知られている。

ただその分、威力は絶大。防御無視というだけで性質が悪いのに、使用者の力が『徹し』の威力と比例する辺りもまた怖い所。

下手をすれば肉体はおろか、相手の武器を破壊する事だって可能。ただ今一度言うが、便利な分だけこれを習得するのは容易ではない。

そんな技術を恭也はその歳で習得しており、おまけに武器戦闘に於いてそれを発揮している。これにはレーヴェも素直に称賛を口にしたい気持ちだった。

 

 

 

――尤も称賛はしても、このまま受け続ける気は毛頭ないのだが。

 

 

 

これが『徹し』であるのならば、普通の斬撃を受け続けるよりも遥かに早い速度で限界というものが訪れる。

互いの実力を知るための手合わせとはいえ、勝負は勝負。“剣帝”の名を冠する者としても、一人の剣士としても負ける気は更々無い。

その意思を行動として示すかのようにレーヴェは連撃の極僅かな合間を縫い、恭也目掛けて剣を縦方向に振るう。

当然見切り易い振り方であるため何の苦もなく避けられるのだが、次の瞬間には避けた方向から彼の横腹に衝撃が襲い掛かる。

襲い掛かったその衝撃の正体は、レーヴェの放った蹴りによりモノ。縦振りした剣はあくまで意識をそちらへ向けるためだけのものだ。

そしてその一撃が齎した痛みと衝撃によって僅かにバランスを崩した恭也へと目掛け、今度はレーヴェの方が攻めへと転じる。

今までは様子見の意味合いもあって防戦に近い形を取っていた彼がここにきて見せる初めての攻めに次は恭也の方が防戦一方な状況へと陥る。

 

「くっ……」

 

レーヴェの得物は恭也の得物と比べると長く、また一刀持ちであるため手数では負ける。それが普通の人から見た場合の考え方。

けれど実際は違い、得物の違いなど感じさせないかの如く繰り出される斬撃の嵐。しかもそれ以上に驚異なのが、斬撃のパターンだ。

それなりの腕を持つ剣士でも剣を連続で振るう事に於いて規則性が生まれ、それを意識的に変えようとすると下手を打てば隙が出来てしまう。

故に大概の者は大きくは変えず、多少相手に合わせて修正する程度なのだが、レーヴェの放ってくる斬撃にはそれが全くないのだ。

いや、正確に言うならば全く無いというより、パターンを読み切れないというのが正しい。それくらい彼の斬撃には規則性が見当たらない。

読めたかと思えば次の瞬間にはパターンが変わり、再び読み直し。かといってそれを変える際に隙が生まれるという事も残念ながら無い。

意識的にではなく、あくまで無意識下に近いモノ。そんな事をやってのける時点で正直、それこそ異常だという風に見えてしまうかもしれないが。

 

 

 

――それもまた、“剣帝”と呼ばれる所以の一つでもあるのだ。

 

 

 

剣に於いては天才的な武才を見せる、一種の化け物。それが『執行者』No.Ⅱ、“剣帝”レオンハルトという男。

勝てると言えるどころか、そう思う事すら許さない。言葉ではなくとも彼の見せる動きそのものが、まさにそれを物語っていた。

ただ本人はそう思っていないかもしれないが、そんな彼を相手にしてここまで立ち回ってみせる恭也もまた凄まじいの一言に尽きる。

それは実際に剣を交えているレーヴェ本人だけならず、この戦いを目も離さず観戦している三人とて思う事であった。

 

「へぇ……“剣帝”を相手にしてここまで食らいつくか。やるじゃねえか、あの野郎」

 

「フフ、そうね。武器戦闘に於いての実力だけを見れば、間違いなく『執行者』クラス……アーツはまだ勉強中のようだけど、レンが教えてる時点で人並み以上の実力は持つ事になるでしょうね」

 

「そこそこのアーツ技術に“剣帝”を相手に出来るだけの戦闘能力。教授に報告すれば、『執行者』となる事を推薦されてしまうかもしれないね」

 

「そうなったらあの子はどんな反応を――――というのは正直、言うまでもないかもしれないわね」

 

「ハハハ、確かに。レンくんはどうも彼という存在自体を気に入ってる様子だからね……推薦されれば間違いなく蹴るだろう」

 

肉弾戦闘に秀でている者は彼とヴァルターを含めそこそこいる。その中でレーヴェはトップクラスに該当する実力の持ち主。

そんなこの条件で勝負してまともにやり合える恭也もまた、三人の目から見ても十分『執行者』クラスと言える実力を有している。

それはつまり何時『執行者』として名乗りを上げても可笑しくはないという事だが、これもまた満場一致で無いだろうなとは思っていた。

原因は一つ……彼の上司に当たる少女――レンが拒否するから。しかも高確率で話すら本人に通す事も無く突っぱねるだろう。

それほど最近の彼女は彼に執着しているように見える。そもそも、そうでなければ教育も任されているとはいえ四六時中一緒という事もないだろうが。

ともあれそういう理由もあって彼が『執行者』に名を連ねる事は無いと断言できるが、逆にそれを都合良しと思う人物もここに一人。

 

「ま、ガキンチョの意思はともかく俺としてもその方がいいがな。下手に『執行者』にでもなって任務でも与えられようもんなら、気軽に殺り合えねえし」

 

「あら、もうその気でいるの? 前から思っていたけれど、本当に血の気が盛んなのね」

 

「……そういうテメエだって何も思わねえわけじゃねえだろ? そうでなけりゃ珍しい一戦とはいえ、観戦なんてしねえだろうしな」

 

「そうね……確かに興味という意味では今のところ尽きる気配がないわ。尤も、貴方のように戦ってみたいとは思わないのだけれど」

 

元々恭也には戦う能力が大なり小なりあると初見のときに知ったヴァルターはいつか、一度戦ってみたいと思ってはいた。

それが今回のレーヴェとの戦闘を見る事で余計に拍車が掛かり、自制を欠けば乱入し兼ねない程にまで高ぶっている。

反対にルシオラは戦いという意味での興味は無い。だが別の意味――レンと共にあるときの恭也には多大な興味を持っていた。

レーヴェとヨシュア以外には深く懐かず、持ち前の過去と結社の『執行者』という立場故に子供らしさの多くを封印してしまった少女。

そんな以前までを打ち砕き、本来の姿であろう彼女を引き出した。それは誰よりも懐かれていたレーヴェですら出来なかった事。

一体彼の何がレンにそこまでの影響を与えたのか。レンは一体彼のどんな所に惹かれたのか。そんな興味がルシオラの中では渦巻いている。

それが正にいつもの無用なちょっかいに繋がっているわけだが、そこから発展するレンとの口論も今では彼女の楽しみの一つであった。

 

(フフフ……そう考えると彼という存在は案外、レンだけに影響を与えているというわけではないのかもしれないわね)

 

一部の例外を除き、ほとんどの者が他人に対して深い交流を持つ事はない。それは結社に於ける立場というものがそうさせていた。

地位が高くなればなるほど下の者と目線を合わせて話す事はないし、同等の位に立つ者に対しても無関心な様子を見せるのが大概。

上の者に関しては最早論外。つまりは他人に対して興味を示さないのは何もレンだけではなく、ほとんどがそうだというのが現実である。

けれど彼という存在はレンを筆頭として『執行者』という肩書をもつ者たちに多大な影響を及ぼし、その現実を徐々にではあるが覆している。

それは恭也自身が原因か、それとも恭也がいるという状況が原因か……何にしても彼が来た事により、この場にいるメンバーは変わった。

この変化を皆がどう思うかは分からないが、少なくともルシオラ自身は彼に対して興味と共に感謝にも近い感情を抱いているのは明らかだった。

 

「……あ?」

 

そんな考えに思考が持っていかれていた最中、ふとルシオラの隣に立つヴァルターから若干間の抜けた声が聞こえる。

そしてそれから少し遅れ、反対隣りにいるブルブランからも声が上がり、何事かとルシオラは二人が目を向ける先へと視線を戻した。

戻した先に見えたのは当然ながら、恭也とレーヴェの姿。だが遂先ほどまでの状況とは違い、両者の間には若干の距離があった。

それ故、ルシオラの頭の中でも不可解の文字が浮かぶ。なぜなら普通に考えるなら、先の応酬の最中で距離を開けようとは思わないからだ。

距離を開ければ追撃の危険性がある。仮に無くても、振り出しに戻るだけ……どちらが開けたにしろ、あまり利口な手段で無い事は明白。

そんな事は彼らとて分かっているはず。だというのに目先でそんな行動を起こされ、更にはそこを不思議に思い始めた矢先――――

 

 

 

――静かな動きで片方の刃を水平に構える恭也の姿が視界に映った。

 

 

 

それは剣に精通した者でなくとも分かる、明確な突きの構え。だからこそ三人の誰もが抱く思いをより強める羽目となる。

尤も開いた距離も詰めずその場でそんな構えを取るなんていう行動に出られれば、この三人でなくとも不可解に思うだろう。

ただ距離の事に加え、あれだけの実力を示した恭也が何の考えも無しにそんな行動に出るとはこの場の誰も思ってはいない。

だからこそ不可解に思えどそれだけではなく、次はどんな行動を見せてくれるのかと楽しみに思う感情すら抱かせていた。

 

「…………」

 

もちろんそれは彼ら三人のみならず、レーヴェとて同じ。いや、おそらくは彼ら以上に抱く感情は強いだろう。

実際、構えを取る恭也を前にして彼は笑みを浮かべていた。試合を始めてから何度か浮かべたモノと変わらず、小さいモノではあるが。

だが彼が戦いの最中で笑みを浮かべるという事自体、中々無い事。それこそ本当に心の底から楽しみや嬉しさという感情を抱かない限り。

それ故に彼がそんな感情をより強く抱いているという事が分かる。ただ反対に恭也の方はと言えば、そんな事を気にしている余裕もない様子。

かといって切羽詰まったような表情をしているわけでもなく、敢えて表面上だけを見て言うならば何の感情も浮かばぬ無の表情。

何を考えているのかをまるで悟らせず、ただ静かに構えるのみ。行動も相まって楽しみに思える反面、不気味とも思えてしまう。

そんな彼を前に同じくレーヴェも静かな動きで構えを取り、彼が動き出すのを待つ。そんな彼らの周囲は、応じて異様なほど静けさが増していた。

聞こえてくる音と言えば最初からある海風の音か、波が岸壁にぶつかる音のみ。それはまるで試合開始前に戻ったかのような錯覚さえ覚える。

そんな静けさが周りを支配し始める事、時間にして早一分。レーヴェに対し、無表情のままで構えていた彼はそこでようやく動きを見せた。

といってもただ突きの構えを取ったまま、真っ直ぐに突撃してきただけ。正直、そこまでならば予想するまでもない単純な動きと言わざるを得ない。

だが、次いで見せた動きは数多くの予想を立てていたレーヴェにも、同じくらいの予想を持って興味深く観戦していた三人組にも、揃って驚愕を齎した。

 

 

 

 

 

 

 

――走り出して間もなく目に焼きついた、彼の姿が消えるという光景によって。

 

 

 

 

あとがき

 

 

今回はちょいと長めに前後編の二つに分けてみました。

【咲】 まあ、一本で書くと中々に長くなりそうな話だものね。

うむ。というかぶっちゃけ、久々に戦闘シーンを欠くという事で舞い上がってたというのもあるけどね。

【咲】 そういえば最近、その手のシーンは全然書いてなかったものね。

ま、話的には少し前に恭也VSレンを書きはしたんだけどね。

【咲】 それを書いてからもう何か月も経つしね。しかも他のSSでも戦闘シーンまでは漕ぎ付けられてないし。

これだけ多くの長編SSを書いてるって言うのにねぇ……。

【咲】 アンタの場合、正直書き過ぎなんだけどね。おまけに止まってるもの数知れずだし。

あ、あははは……おほんっ。ともあれ、今回は恭也VSレーヴェの前編をお送りいたしました!!

【咲】 実力的には恭也もいいとこいってるみたいだけど、やっぱりレーヴェの方が上手ね。

“剣帝”の名を持つくらいだからねぇ。いくら恭也でも容易に敵う相手ではないだろうさ。

【咲】 ていうかさ、今回のこれって見た感じ、レーヴェ視点に見えるわよね?

見た感じも何も、表記はしてないがレーヴェ視点に近い感じで書いたからね。

ちなみに次回はその逆、恭也視点に近い感じで書こうと思ってたり。

【咲】 ふ~ん……あ、それともう一つ聞きたいんだけど、最後のってもしかしなくても神速よね?

もちろん。ちなみにこちらの世界に来ての使用は今回が初めてだったりする。

【咲】 レンのときも使わなかったしね。けど、これを使ったからといって勝てる相手というわけでもないでしょ?

さあね……今の俺が言えるのは、次回をお楽しみにとしか。

【咲】 はぁ……ま、今更そこに関して討論しても仕方ないし、いいとしとくわ。

それが無難だね。では、そんなわけで今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

でわ~ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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