ふかふかベッドの上で気持ちいいくらいの陽気が差し込めば、眠気が増長してしまうのも当然。

特に彼女――レンは前日にレポート作成で夜更かししているため、余計に眠気を振り払う事が出来ない。

だからこそ本来恭也の勉強を見ないといけないという立場に反し、彼のベッドで寝ていたのだが。

 

 

 

――ふと目が覚めた時、そんな強い眠気さえ余裕で振り払ってしまう光景が目に入ってしまった。

 

 

 

眠る前は頭がぼんやりしていたせいか、彼とした会話の内容をほとんど覚えていない。

けれど自習をしてるから眠ってていいと彼が言った事。眠いながらも、教材の中で勉強の要点を纏めた事。

そしてレンが眠っているからといって怠けたりしないと約束した事。その三つぐらいはおぼろげながら覚えていた。

故に何の心配もなく安心してぐっすり眠っていたというのに、起きてみれば教材が広げられた状態のまま彼の姿だけ見えず。

部屋の隅々まで視線を巡らせていても、やはり見つからない。それはつまり、室内外に彼が出ているという事に他ならない。

ただそれだけなら普通トイレだの何だのと色々浮かぶものなのだが、まだ頭がしっかり働いてない彼女には思い浮かぶわけもなく。

恭也が約束を破り、勉強を疎かにして遊びに出たと完全に思いこんでしまい、途端に怒りがレンの中でふつふつと湧き上がった。

 

「フフ……ウフフフ……レンとの約束を破るなんて、本当に良い度胸。これは少しキツイ目のお仕置きをする必要がありそうね」

 

笑ってはいるも若干ドスの聞いた声で呟き、即座にレンは部屋の外へと掛け出していった。

ただ、そのまま闇雲に探した所で見付けるまでに時間が掛かる。そこは当然、怒りを抱きながらも彼女の頭にはあった。

だからか部屋を出てからは歩調を少しばかり緩め、若干歩いた先にてちょうど見付けた兵士服の三人組に声を掛ける。

 

「そこの貴方達。ちょっと聞きたいんだけど、キョウヤがどこに行ったかを知ってたりしないかしら?」

 

「え――――こ、これはレン様!」

 

「敬礼はいいから、早く質問に答えなさい。見たの? それとも見てないの?」

 

「す、少し前にレオンハルト様と歩かれている所を見掛けました。ただ申し訳ありませんが、どこへ行かれたかまでは……」

 

「そう……ありがと。引き止めて悪かったわね」

 

「い、いえ! それでは失礼致します!」

 

この施設にいる以上、『執行者』という存在は何度も目にする。しかし目にするのと実際に話すのとでは訳が違う。

それくらい彼らと『執行者』では地位が離れ過ぎているのだ。そのため、如何に子供なレン相手でも今のような緊張は仕方ない事。

レンもそれが当然であると認識している故、今一度敬礼をしてそそくさと去っていく彼らに不快感を持つなどという事は無い。

むしろそんな彼らの事など一瞬にして頭から消え去り、先ほど彼らが齎した情報のみがレンの頭を大きく支配していた。

 

(レーヴェも一緒? という事はキョウヤのサボりはレーヴェもグルってわけなのかしら……だとしたら、いくらレーヴェでもタダじゃ済まさないんだからっ)

 

純粋な実力で言えば、レンはレーヴェに敵わない。というより、レーヴェに敵う実力を持つ『執行者』はそういないのだ。

だからタダじゃ済まさないと言っても喧嘩を売って勝てるわけでもない。けれど現状のレンではそんな事を冷静に考える余裕も無い。

尤も少しでも冷静さがあったのなら、そもそも行動自体変わっていただろう。それでなくてもレンには人一倍状況を理解し、受け入れる力があるのだから。

けれどそんな力を持つにも関わらず、こんな行動に出た。それは全てを理解し、受け入れて尚気持ちはサボりだと強く思ってしまっているから。

こういう自身の思い込みから癇癪を起してしまうなんて事がレンには稀にある。ただまあ、今回のこれは癇癪というモノとはまた違うのだが。

何にしても恭也はレーヴェとグルになって勉強をサボったと思い込んでいる手前、持ち前の力を持ってしても修正される事は無く。

より強い怒りを抱いたまま、早期発見にはもっと情報が必要だとばかりに先とは別の兵を探すべく、廊下を掛け足気味で歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Trajectory Draw Sword

 

第七話 激突する剣の才、剣帝と呼ばれる由縁 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相対したとき、自身の持つ実力では彼に及ばないと理解していた。それほど彼――レーヴェの放つ剣気は凄まじいモノ。

そこにいるだけで圧倒されてしまいそうなほどの威圧感。殺意こそ無いが、気を抜けば殺されるとさえ思えてしまう。

“剣帝”……それが『執行者』としてのレーヴェの名だが、純粋な剣士として見てもその名は相応しいモノと言えるだろう。

そんな彼とこうして試合える事、それは同じ剣士としての幸運。ただ、仮にこれが敵同士としてであってもおそらくは同じ。

つまりは至高の剣士と対する事自体が喜びに繋がるという事。場合によっては不謹慎だが、そう思ってしまうのだから仕方がない。

 

(尤も、だからといってタダで負けてやるつもりはないがな)

 

勝てないと分かっているのなら、それに応じた戦い方がある。中には勝てずとも負けないようにする方法も。

けれど敢えて彼はその戦い方を選ばない。それはこの場合、それを選ぶ事が相手に対して失礼に値するから。

故に彼が選んだ戦い方は、単純に己の全力を出し切るという一点。勝てなくても手傷の一つや二つ、負わせてみせるというモノ。

とはいえ、今現在取っている構えは突き。だが反して彼が得意とする技は刺突系ではなく、抜刀系に分類される技。

全力を出し切るにはあまりにも合わない技と言わざるを得ないが、そんな事は重々承知した上で彼はこの技を選んだ。

手傷を負わせる方法があるとすれば、この技――――この手段以外、おそらくは無いであろうと彼自身確信しているが故に。

 

「…………」

 

そんな思いを持ち、構えを取る彼とは対照的にレーヴェは剣を下げた状態のまま立っているのみ。

見方次第では油断しているようにも、舐めているようにも見える。でも、おそらく今のレーヴェはそのどちらにも当て嵌まらない。

実際、彼はこの戦いの中で一度として構えらしい構えを取ってはおらず、剣を振るっているとき以外は大概その状態。

となれば考え付く可能性としては、それが彼の構えだというモノ。そしてもしその考えが当たりなら、何とも読み難い構えだと言える。

隙が多いようで限りなく隙が無く、どこからでも斬り掛かれそうだがどこからでも対処されそうな……そんな相手を惑わせるような構え方。

当然、これを前にして恭也も何度となく苦汁をなめさせられた。だからこそ、この手段を以てしても勝てると口には出来ないのだ。

しかし、それでも考え付くモノは最早これしかない。これで駄目ならば、やはり今の自分では彼の足元にも及ばなかったという事だろう。

若干ネカティブな考え方と言えるだろうが、要するにこれ以上考えるだけ無駄という事。故に恭也はそこで思考を完全に遮断する。

そして一度だけ静かに深呼吸をした後、刀を握る手に一際力を込め――――

 

 

 

 

 

――地を蹴り、一直線にレーヴェへと向けて駆け出す。

 

 

 

 

 

接近してくる彼に対し、レーヴェはやはり動かない。今の構えを維持しつつ恭也の動きを観察するような、そんな様子のまま。

けれど彼の行動を一々気にしていたら何も出来ない。そんな事はこの試合が始まってから数分程度で容易に理解出来た。

だからこそ恭也は駆ける足を減速させる事もなく、むしろ速度をより一層増して走り続ける。

 

(――ここだ!)

 

数秒も立たずレーヴェとの距離が三分の二ほど縮まったが、依然として彼は動き出す気配を見せない。

だが、それは同時に未だ出方を窺っている状態であるという事。油断はしてないだろうが、恭也にとって好機に違いない。

 

 

――御神流 奥義之歩法 神速

 

 

発動の瞬間、自身以外の全てがモノクロへ。それに合わせて走る動きもまた、ゼリーの中を動くかの如くゆっくりとなる。

しかし、そのモノクロの世界を走る自分を除く全ては何の反応も示さない。距離を着々と縮めているにも関わらずだ。

これをもっと正確に言うなれば、示さないのではなく示せない。恭也の今の動きをこの場の誰一人、視認出来ていないのだ。

ほんの数秒間とはいえ、目にも止まらぬ速さで動く事を可能にする技。それが御神流を最速の流派と云わしめた歩法術、神速である。

例えレーヴェであっても、初見でこれに対応する事は困難。だからこそ、決めるとしたらこの瞬間だけが最後のチャンスだと言える。

そのチャンスを逃す事のないよう限界まで神速を使用し、己が繰り出そうとしている技の射程内まで来た段階でようやく領域を抜ける。

 

「――っ!?」

 

対するレーヴェからしたら、消えた瞬間に自身のすぐ前まで来たように見えたのだろう。今まで以上の驚きが広がっていた。

それはつまり意表を突く事に成功した証でもある。それ故、そこからの恭也は何の迷いも無く己が策を実行へと移した。

 

 

――御神流・裏 奥義之参 射抜

 

 

神速の領域を抜けた直後からの最速の刺突奥義。並大抵の者が相手であったなら、これで勝負は決まったかもしれない。

だが、今回の相手はそれには該当しない。それを現実として表すかの如く、驚きあれど彼は即座に恭也の一撃に対して対応してきた。

避けるでもなく飛び退くでもなく、素早い動きで剣を振るう事によって突きを薙ぎ払うという単純極まりない対処ではあるが。

あの一瞬でそれを行う技量があるだけでも普通は驚き。しかし、彼がそのくらいする事も、突きが払われるのも予測済みであった。

そもそも射抜の真骨頂は初撃の刺突ではなく、そこからの派生。組み合わせ次第でこの奥義は様々な顔を見せるのだ。

 

 

――御神流 奥義之陸 薙旋

 

 

その中で恭也が選んだのは射抜を囮としてコレを叩き込む事。いくつかある抜刀系の中で最も彼が得意とするこの奥義を。

納刀状態からではないため威力は半減するし、速度も多少は落ちる。だが、相手が初見であれば十分通用する派生技。

まず一撃目にて即時対応しようとするレーヴェの剣の軌道を逸らし、それによって威力を落とした剣を二撃目で薙ぎ払う。

そして剣を薙ぎ払われた事で多少なりと体勢を崩した瞬間を狙い、摺り足の容量で滑るように彼の側面へと移動。

そこから三撃目と四撃目の斬撃をほぼ同時に二刀の小太刀で繰り出す。もちろん、その斬撃に対して彼は体勢を崩した状態のまま。

タイミング、斬撃の速度、相手の状態……その全てがこの斬撃を避けられぬモノと断定するのに十分過ぎる要素を持たせていた。

 

「くっ――」

 

しかし驚きと焦りの感情は浮かべど、彼は崩された体勢を上手く利用して振り向き様に三撃目の斬撃を払うという動きを取った。

普通に考えれば、それはあり得ない動き。斬撃の速度に対して似たような速度で振り向き、同時に剣を振るったというのだから。

判断力や反応速度、それに合わせられるだけの身体能力。常人を遥かに凌ぐそれらを兼ね備えなければ出来る芸当ではない。

 

(――だが!)

 

常識離れした動きに驚き、硬直しかけた体に叱咤を掛け、残る四撃目の斬撃に渾身の力を込めて振るう。

すると如何にレーヴェでも四撃目の斬撃を払う事は困難極まったのか、斬撃の軌道を読んで回避行動へと出た。

たださすがに軌道を読んでも斬撃の速度に回避が間に合わず、四撃目のソレはレーヴェの頬を僅かに掠めた。

その時点で一撃を入れるという目的は達成出来た事になる。だが、当然そこで負けを認めるほど恭也も諦めは良くない。

 

「オオオオォォォ――――!!!」

 

「――っ!」

 

四連続の斬撃の全てを撃ち終えた次の瞬間、レーヴェへと向けて再び小太刀を振るおうとする。

対するレーヴェもまた頬から流れる一筋の血に気を回す事もなく、己が持つ刃で応じるべく剣を振り上げる。

そして恭也とレーヴェ――――両者の剣がほぼ同時に振るわれ、対する相手へと向けて刃は迫ろうとしていた。

 

 

 

 

 

――だが、そのどちらの刃も相手へと到達する事は無く、別方向から飛来した何かによって弾かれる羽目となる。

 

 

 

 

 

二人の剣を弾いて尚、ヒュンヒュンと音を立ててブーメランのように上空を折り返していく謎の物体。

突如として飛来してきたソレに対して恭也とレーヴェだけでなく、観戦している三人も含めて呆気に取られる。

ただ誰もの視線だけは一様に飛来している物体に注がれており、その動きに合わせて視線を動いていた。

そうしてその場の全員の視線が注がれる中、勢い衰えず飛ぶ物体は一定方向へと飛び続け。

けれどもいつの間にか居たその進行上にて立つ人物により、いとも簡単に受け止められ、その実体を表した。

 

「ウフフフ……見~つけた♪」

 

飛来していたモノの正体、それは一際大きな鎌。そしてそれを手の持つは、大鎌と同じくらいの背丈をした少女。

最早言うまでも無くレンであると分かるだろうが、この場にいる一同は誰もそれが彼女であると一瞬認識出来なかった。

それほどまでに今のレンは怖い。顔は笑っているし声もいつも通りに近いが、纏う空気がどこか禍々しく感じさせる。

この場の全員が腕の立つ者ばかりであるため、さすがに怖いと思う事はないが……されど積極的に関わりたいとは思わない。

そんな雰囲気を身に纏わせた彼女が受け止めた大鎌を片手に歩む先にいるのは、当然ながら彼女を怒らせた張本人たちである。

 

「……凄まじい殺気だな。あれは本当にレンなのか?」

 

「十中八九間違いないでしょうね。ただ俺も、あそこまで怒っているのは初めて見ますが……」

 

自身も標的にされているとは露とも知らず、暢気に観察などするレーヴェに対して恭也はすでに逃げの体勢。

今まで鬼気迫る様子で剣を交えていたのが嘘のように感じるが、要するにそれくらい被害に合う比率が高い証拠でもある。

まあ、そうなるのは基本的に恭也本人にも原因があるのだが、彼自身がそこをあまり自覚してないのだから仕方ない。

 

「レンの出した課題も投げ出して、こんなところで遊んでるなんて……いくら温厚なレンでも許せる事じゃないわ」

 

一体どこをどう見て温厚だと言っているのかは分からないが、レンが怒っている理由はその一言で確信へと至った。

ただまあ、確信したからといって言い訳も出来ない。というより言い分はあれど、言い訳した所で今の彼女は聞く耳持たないだろう。

故にレンが近づいてくるのに対して口も開く事無いまま恭也は徐々に後退り、反対にレーヴェはその様子に疑問符を浮かべていた。

けれどそんな彼の疑問に答える余裕は無く、彼女が大鎌をチャキッと音を立てて構えるのを合図として恭也は後ろへと駆け出した。

直後、レンもまた地面を蹴って襲い掛かる。けれど襲い掛かったのは逃げた恭也ではなく、その場で止まっていたレーヴェである。

 

「む――何をするんだ、レン」

 

「何をするんだ、じゃないわよ! 勉強をサボられただけでも腹立たしいのに、まさかレーヴェまでグルになるなんて!」

 

「グル? いや、ちょっと待ってくれ……俺は別にそんなつもりは――」

 

「言い訳は後で! 今はとにかく恭也とレーヴェをブッ飛ばさない限りレンの気が収まらないのよ!」

 

後でも何も、ブッ飛ばされたら言い訳出来ないのではないだろうか。そう思えど、実際に口に出す事は無い。

そもそもにしてレーヴェとしては濡れ衣な上になぜこんな本気で斬り掛かられなければならないのかと疑問と不満で一杯である。

しかしながらそれもまたレンの様子を見ると口に出して聞く事が出来ず、だからといって斬り掛かられるのに対して反撃も出来ない。

実際は力で捻じ伏せ、大人しくさせるのは簡単なのだ。前も言ったが、この両者の武器戦闘に於いてはそのくらいの隔たりがある。

にも関わらずそれが出来ないのは、相手がレンだから。事実は違うが、レーヴェにとってレンという存在は妹にも近いモノがあるのだ。

初めて会ったときからそんなに経っているわけではないが、とある一件で助けたという経緯もあって彼とヨシュアには非常に懐いた少女。

今でこそ恭也にも中々に懐き、自分にひっ付いている事が少なくなったが、それでも懐かれた当初から持つ彼女に対しての感情は変わらない。

だからこそ剣を振るって黙らせるのも憚られ、攻撃を避け続けながら考えに考えた結果、先に逃げた恭也の後を追う事に決定する。

 

「あ、こら、逃げるな! 待ちなさ~い!!」

 

襲い掛かられた直後、後方へと駆け出した恭也はレーヴェを囮としてそのまま大きく回り、施設内へと逃げた。

それはレンの相手をしてる最中でも見ていたため、逃走する事を決定した瞬間には自身もそちらへと向かう。

尤もそれをレンがみすみす逃がすわけも無く、恭也の後を追うレーヴェを追うようにして大鎌両手に駆け出す。

そして早いモノでほんの数秒後にはどちらの姿もその場から無くなり、嵐の後の如く途端に発着場は静けさに包まれるのだった。

 

 

 

 

 

そもそも恭也とレーヴェの試合を観戦するために居た手前、彼らが居なくなればここに留まる意味はほぼ無い。

しかし、だからといって急いで施設内に入らなければならないという事も無く、静けさの中で三人組はただ佇み。

何の会話も無いままその状態が数秒続いたとき、内の一人であるヴァルターが静かな動きで胸ポケットから煙草を取り出す。

そして取り出した一本を口に咥え、それに火を付けてから一度だけ煙を大きく吸い、フーッと一気に吐き出した。

 

「たくっ……折角良い勝負だったってのに、ほんとに空気の読めねえガキンチョだな」

 

「あの怒り様だと例え空気を読んでたとしても意味は無かったと思うけれどね。にしても、あの二人にはちょっと悪い事しちゃったかしら」

 

「ハハハハ、そうかもしれないね。我々が持ってきてしまった書置きさえ部屋にあったままなら、レンくんがあそこまで怒る事もなかったかもしれないのだから」

 

「特に“剣帝”の野郎に関しては災難としか言い様がねえな。完全に濡れ衣なんだからよ」

 

とか言いつつ笑いを堪えてる辺り、同情の念はないらしい。尤も、ヴァルターが誰かに同情する姿など想像もつかないのだが。

同じくブルブランも様子的に同情的な感情は持っていないらしいが、ただ唯一ルシオラだけは少しばかりそういった感情を持っていた。

元々最初に恭也の部屋を訪れたのは彼女であり、書置きを持ってきてしまったのも他ならぬ彼女自身の判断によるモノ。

その判断というのも、そうしたら面白い事になりそうという悪戯的なモノ。それがまさかここまで彼女を怒らせるとは思っていなかったのだ。

だからこそ本当に悪い事をしたという念を抱き、また会ったときにでも誤解を解いておこうという思いを巡らせていた。

 

「それにしても……最後のアレはマジで驚いたぜ。あんな動き、アーツ無しで使うなんて普通はあり得ねえ」

 

「え――あ、ええ、そうね。確かにあの速度は人の出せる範疇を大きく超えていたわね」

 

「だが、そんな動きを彼は実際にやってのけた。こうなるといよいよ、彼の素性というものが気になってくるというものだが……」

 

「素性も何も、あの野郎が住んでた場所自体がこの世界とは違うんだろ?」

 

「ええ。レンから少しだけ聞いた事があるけれど、話に出てきた全てが聞いた事のないモノだったわ」

 

「ってことはよ、素性もあの動きに関しても本人に聞く以外じゃ知る術もねえって事だろうよ。ま、後者はともかく前者に関しては別に知りてえとも思わねえがな」

 

どんな素性をしていようとヴァルターが興味を持つのは強さのみ。強ければ素性がどうであろうと気にしない性質なのだ。

そんな彼の性格を知っている故か、苦笑するだけに留めるルシオラとブルブラン。ただ実際の所はこの二人とて素性は気にしていないのが事実。

素性が気になってくると口に出して言いこそしたが、どんな素性をしていたとしても興味深い対象である事に変わりはないのだから。

 

「さて、と……見るもんも無くなったし、部屋にでも戻って飯まで惰眠でも貪るとするかね」

 

「武術家がそんな自堕落な事していたら、腕が鈍ってしまうのではないかしら?」

 

「半端者じゃあるまいし、その程度で鈍ってたまるかよ」

 

からかうような言葉に対して背を向けて手を振りつつそう返し、ヴァルターは施設内へと去っていった。

そして彼に続くようにして自身も部屋に戻ると告げてルシオラも歩み出し、反対にブルブランは少しばかり風に当たると言ってその場に留まる。

そんな彼へとルシオラは最後まで視線を向ける事は無く、歩み出した足を止める事ないままヴァルターを追うような形でその場を後にしていった。

 

 

 

 

 

発着場にてお怒りモードのレンと遭遇してから約一時間。ふとした油断によって結局捕まってしまった恭也。

一度捕まったら噛みついたスッポンの如く離さなかったため逃げる事も出来ず、部屋へと連行されて現在は正座&説教のコンボの最中。

加えて追ってきていたはずなのに途中から見当たらなくなり、気になって部屋を覗きに来てしまったレーヴェもまた捕獲されてしまい。

同じく逃げる事も許されず部屋へと引き摺り込まれ、恭也の隣に正座させられて濡れ衣にも関わらず説教をされる羽目となっていた。

 

「大体、キョウヤが今までやってきた事を全部覚えてたならレンもここまで勉強勉強って煩く言わないの。でもアーツに関しては多少なりと身に付いてきてるみたいだけど、他の事に関しては全然覚えてないでしょう?」

 

「い、いや、そんな事はないぞ? そもそもあれだけの時間を掛けて勉強したのだから、忘れるわけが――」

 

「だったら昨日やった事――確か『遊撃手』っていうのがどんな職業なのかって事についてだったわね。それについての学んだ事、全部言ってみなさいよ」

 

「………あ~………」

 

「ほら、覚えてないじゃない。たくさんの時間を掛けてやった所で一度っきりじゃキョウヤには意味無いのよ。そんなお馬鹿さんのために何度も何度も同じ個所を覚えるまで付き合ってあげてるのに――――」

 

十歳近くも歳が離れた女の子に説教される。それは傍から見れば、非常にシュールな光景だと言わざるを得ないだろう。

けれど決して逆らう事は出来ない。大体にして説教程度で済むまでになったのも、恭也があの手この手で何とか宥めたからだ。

それが無ければ今頃、恭也の身体には更に傷跡が増えていた事だろう。そう考えると本当に怒ったときのレンは怖いと言える。

ともあれ、説教の矛先が恭也に向いているからといって油断は出来ない。少しでも意識を逸らせようものなら……。

 

「――聞いてるの、レーヴェ?」

 

「む――ああ、ちゃんと聞いてるぞ」

 

「そう……だったらいいけど。今回の件に関してはレーヴェだって同罪なんだから、ちゃんと聞いてないとお仕置きしちゃうんだからね?」

 

「……心得た」

 

こんな風に目敏く釘を刺される始末。しかも声色はいつも通りな様で若干ドスの効いた部分が入り混じるモノ。

それはつまり怒りが未だ冷め切っていない事の表れであるため、如何にレーヴェといえど迂闊な言動も行動も出来ず。

ただそれは怒っているレンが怖いからという理由ではなく、彼女がこういう態度を取る事に慣れていない故。

自身の傍にいるときも拗ねたり膨れたりする事はあったが、基本的には笑っている事のほうが多かった少女。

けれどその笑みのほとんどは心からのモノではなかった。上辺だけ……というと少し語弊があるが、大概がそれに近い感じだったのだ。

レンと出会った経緯もあって他よりもレーヴェに懐いてはいたが、それでも心に鍵を掛けてしまったかのように彼には見えた。

笑みだけでもそうなのだから、感情を露わにして怒るなんて以ての外。そのため、今のレンはどう扱っていいのかが分からなかった。

 

(とはいえ……こういうレンが見れた事自体、悪い気がしないのはなぜなんだろうな)

 

だからこそ戸惑うしかなかったわけなのだが、反して明確に怒りを出している姿を見られた事にはそう思ってしまう。

なぜそう思ってしまうのかまでは分からない。けれど戸惑いを浮かべる最中でソレを微笑ましく思っている自分が確かにいた。

だとすれば、こんな風に怒られるというのも悪くはないのかもしれない。傍目から見れば、子供に大人が怒られるという情けない光景であったとしても。

 

「……レーヴェ……」

 

と、そんな事をしみじみと思い耽っていた矢先、先ほど以上にドスの効いたレーヴェを名指しする声が室内全体に響き渡る。

同時にチャキッと何かを構える不穏な音もセットで。その二つにレーヴェは我に返り、意識をそちらに向け直してみれば案の定。

いつも思うにどこに仕舞っていたのかも分からない大鎌をいつの間にか取り出しており、挙句には気付かぬ内に刃を首の裏側に当てられていた。

物思いに耽っていたとはいえ、迂闊と言わざるを得ない。これがもしも戦場であったならば、今頃自分の命はなかっただろう。

今のこの状況でそんな空気の読めないズレた事を思うレーヴェだが、そんな心の内までは読めないのか構わずレンは淡々と告げる。

 

「レン、言ったわよね? ちゃんと聞いてないとお仕置きするって……」

 

「ん? あ、ああ、確かに言ってたな」

 

「ウフフ、そう言うって事は覚えてはいたのね。なのに人の話を無視して考え事なんてするって事は、お仕置きされたいって事でいいのかしらねぇ?」

 

「そんなつもりはなかったんだが……その、済まなかった」

 

今のレンに下手な反論はすべきではないと即座に判断し謝罪を口にすれば、ほんの少しの間だけの沈黙が訪れ。

その後に小さく溜息をついて次は無いと脅しにも近い言葉を告げ、大鎌を納めてから再び愚痴交じりの説教を始めた。

反対に再度始まった説教とは裏腹にレーヴェは内心でホッと安著した後、今度はレンに気付かれない程度に視線を恭也の方へと動かす。

 

「そもそもにして『執行者』っていうのは比較的自由性の効いた地位のはずなのに、ここ最近レンは全然自由がないのよね。これ、何でだか分かるかしら?」

 

「……俺の勉強に時間を費やしているから、か?」

 

「そ のとおりよ。分かってるなら、もっとちゃんとして欲しいわ……レンだってね、年頃の女の子なのよ? 街へショッピングに行っ たり、美味しいモノを食べたりとかしたいのよ。それを我慢に我慢して勉強を見てあげてるのに、当の恭也はやる気なし。一度くらい殺してもいいんじゃない かって思っても不思議じゃないわよね、これだと」

 

「一度くらいも何も、殺したらそこで終わり――――いや、何でもない」

 

レンの説教(最早大半が愚痴になりつつある)の矛先に晒され、何とか反論を返そうとするも睨まれて口を噤む恭也。

本来ならレンの睨み程度、彼ならば受け流す事も出来たかもしれない。だが今回のレンはまず纏っている空気からして尋常ではない。

きっぱりとした反論して一度でもすれば、即座に斬り掛かってきかねない。おそらくはそう考え、彼も大人しく説教されているのだろう。

横目で見た恭也の様子からそんな風な事を察するのだが、だからといって何かすれば自分に矛先が向いてしまうのは先ほどまでで明白。

別にそれを恐れるというわけではないが、避けるに越した事は無い。それ故、見て見ぬ振りを決め込んで説教の終焉が来るまでの間、静かに佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

結局、レンの説教が終わったのはそれから更に二時間後。昼食の時間をとっくに過ぎた時間となってしまっていた。

しかもレーヴェは説教だけで済まされたが恭也はそうもいかず、遅れた昼食でさえ取ってはいけないとレンからのお達し。

挙句には空腹のままでサボった分の勉強をさせられる羽目となってしまった辺り、最早哀れとしか言い様がないというのがレーヴェの素直な感想。

とはいえ何度も言うようにそこに関して口出しをすると火の子が自身にも振り掛かるという理由から、やはり手を差し伸べると言う事は無く。

自身が誘ってしまった事でこうなったという事実に心の中で短く謝罪を告げ、そそくさと勉強地獄に陥った恭也を背に部屋を後にした。

ちなみにこの日、見回りの兵の話によれば深夜に至るまでの間、恭也の部屋の扉から漏れる明かりが消えると言う事は無かったそうな……。

 

 

 

 

あとがき

 

 

レンの介入により、決着はつかず。

【咲】 まあ、想像できた結末ではあったけどね……あ、ところでさ。

ん?

【咲】 もし仮にあそこでレンが介入してなかったら、一体どちらが勝ってたのかしら?

十中八九、レーヴェだろうね。確かに神速と奥義の連携には彼も焦りはしたが、あれで負けるような玉じゃないですよ。

【咲】 ふぅん……でもまあ、あの“剣帝”に焦りを浮かべさせただけでも凄いというべきなんでしょうね。

だろうね。まあ、初見だったからというのもあるから、二度同じ事をしても今度は通じないだろうけどね。

【咲】 普通の人なら二度目でも見切れないでしょうけど……そこはさすが“剣帝”ってところね。

うむ。さてさて、ちょいと早いが次回についてだが、次回はなんと新たな人物が登場いたします。

【咲】 それは未登場の執行者が出るって事かしら?

いや、今度の登場人物はそっちではなく、とらハ3陣営からのキャラですな。

【咲】 とらハ3からって……それってつまり、そういう事でいいのよね?

そういう事っていうのが何を指してるのか分からんが、たぶん想像であってると思うよ。

【咲】 ふぅん……でも、だとすると今度は誰が来るのかしらね。

さてはて、誰でしょうね。一応ヒントを出しておくと、高町家の住人であるという事だな。

【咲】 そうなるとかなり絞られてくるわね……。

まあ、とにもかくにも次回をお楽しみに!! では、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回会いましょうね♪

では~ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感想は掲示板かメールにて。

 

 

 

 

 

 

 

 

戻る。