その知らせが恭也とレンの耳に届いたのは、レーヴェと恭也が試合をした日からおよそ一週間後。

試合の翌日から早々にリベールの方へとまたも出掛けたレーヴェより、出掛けて数日後にその知らせは入ったとの事。

そこから二人の耳に届くまで時間が掛かったのはまあ、それについて先んじて色々と調べる必要があったかららしい。

ちなみにその場になぜレンもいたらいけなかったのかと本人は若干ご立腹ではあったが、なんとか宥めて事無きを得ていた。

ともあれ、前提がどうであれ知らせが二人の元に伝えられたという事はつまり、それを現在所持している教授の元へと来いという事。

その意味を汲み取り、恭也とレンは今日の予定としていた勉強を中断し、二人揃って教授のいる場所へと赴いていた。

 

「……確かにレーヴェや教授の言う通り、あのときのモノとそっくりね」

 

「そっくりなどというレベルではない。形状も、僅かに感じられる力の流れも……最早全てに於いてあのときの物と全くの同一としか言い様がないのだよ」

 

「ふぅん……でも、あのときの物はレンの目の前で砕けた。その事実がある上でこうしてまた発見されたって事はつまり、コレは複数存在したって事になるのかしら?」

 

「そうなるのだろう。私も手持ちの文献を調べてみたのだが、複数存在するという事を表す記述は確かに記載されていたからね」

 

教授――ワイスマンの手持ち文献というのは要するに『結社』に所属する前にいた『七耀教会』から持ち出した代物。

その中には『古代遺物』について多く記載されている物もあり、おそらく今現在レンの手に渡っている――――

 

 

 

――小さな鈴型の『古代遺物』についても、多少なりと記述されていたのだろう。

 

 

 

『七耀教会』は事実を元にこれを記載するわけなのだから、記述についての信憑性は比較的高い物だと言える。

だからこそ砕けたはずのソレが再び発見された事に対し、同じものが複数存在しているのが事実だと彼も断言できる。

同じくレンもまた彼の持つ文献が『七耀教会』の物だと知っている故、彼の発言に対して納得するように頷いて見せる。

けれど複数存在するという事については納得できても、それ以外の事ではやはり疑問に思う部分も多い。

そもそもにして文献を読んだなら多少知り得ているはずなのに、恭也はともかくレンもその『古代遺物』の名称すら聞いていないのだ。

そのためか、ちょうどいい機会だとばかりに鈴から目を離し、レンはワイスマンに対してそこについてを尋ねてみた。

すると彼は教えられないとは言わず、それどころか特に言い淀む様子さえ見せないまま至極自然な感じでその疑問に答えた。

 

「そういえば伝えていなかったか。その鈴は名を『賢心の鈴(グロッケンシュピール)』と言うらしくてね……さすがに『七の至宝(セプト・テリオン)』ほどとはいかないが、そこそこに力のある『古代遺物』らしい」

 

「らしい、ね……教授にしてはずいぶんと曖昧な言い方するのね」

 

「こればかりは仕方ないのだよ。私も文献で読んだだけな上、そこにもそれほど詳しくは記述されていなかったからね」

 

『七耀教会』は『古代遺物』の解析等も行っているため、名前だけでなくどんな能力を持ち、どれほどの力があるのかも基本は知り得ている。

ただそれも全てがそうであるというわけではなく中には解析困難とされる物品もあり、その中の一つとして『賢心の鈴』が挙がるというわけだ。

しかしながら、そういう理由から多くが推測に近い形ではあるが、文献には鈴の持つ力の概要も一応は記述されてはいたらしい。

最も推測である分だけ『七耀教会』の文献と言えど信憑性は低いと言わざるを得ないが、それでも知っておくに越した事は無いというのがレンの弁。

故にか一応とばかりに恭也にも視線が確認を求め、それでいいという意味合い込めた頷きを彼が見せたのを期とし、ワイスマンは文献の内容を語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Trajectory Draw Sword

 

第九話 二度目の音色が迎えし者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワイスマンの元へと赴いてから約一時間後。部屋を後にした恭也とレンは揃って自室へと戻るべく廊下を歩いていた。

普段と比べれば若干ゆっくりにも見える歩調で歩む最中、先ほどワイスマンから説明を受けた話題の鈴がレンの手の中で静かに音を鳴らす。

何でそれを彼らが持っているかと言えば、理由は以前と同じ。単純にワイスマンがまだ別の作業で手が取れないため、倉庫に入れておいてくれと言ったが故だ。

最も恭也を召喚したという前科があるレンにこれを持たせるのは危ないと本来なら思うだろう。しかし、そこに関してはすでに実験して大丈夫だと立証済み。

ただ、いくらなんでも一応貴重な代物である物をレン共々、無事で済む保証もなく鳴らさせてみるというのは如何なモノかと恭也は思ったのだが。

レンはいともあっさり頷いてしまったし、現実に何も起こらなかったのだから、複雑な思いを抱えつつも恭也は特に口は出さず。

そんなわけで現在も恭也の隣を歩くレンは最早何の遠慮もなく鈴をチリンチリン鳴らしながら、先ほどワイスマンから語られた内容について考えていた。

 

「――にしても、こんな物があと六つもあるなんて。昔の人間は一体何を思ってそんなに作ったのかしらね」

 

「単純に自分たちの願いを叶えたかったからじゃないのか? 聞いた限り、その『賢心の鈴』とやらの持つ能力もそういう類のモノのようだし」

 

「ん~、まあ普通に考えればそうよね。でもレンが思うに、これは元々そういう意味で作られたモノではないんじゃないかしら」

 

「……どうしてそう思うんだ?」

 

「だって自らの願いを叶えるためって考えてこんなモノ作るなんて、とても非効率だもの。それにそもそもにして――っと、これはまだ話しちゃ駄目だったわね」

 

「……そんな風に言われると逆に気になるんだが」

 

「ん~、レンとしては別に話しても問題ないんだけど……聞いちゃうと最悪、教授から記憶を――」

 

「わかった、聞かなかった事にしておこう」

 

「それが無難ね。とりあえず、これに関してはあれこれ考えたって無駄だと思うわ。知ろうにも作った本人たちはもう死んじゃってるし、教授が持ってる資料にもそこまでは書いてないみたいだし」

 

「真相は闇の中、という事か」

 

「そゆこと」

 

論議をした所で遠い過去の事であるが故に答えなど出るわけもない。レンの言葉は一言で言えば、つまりそういう事。

そこを読み取った恭也はそれ以上その事について問う事もなく、レンも特に興味があったわけでもないのか彼の言葉に同意して話を打ち切る。

そしてその話が打ち切られた事で特別話す事もなくなったためか、部屋に辿りつくまでの間に二人の間で会話が為される事は無く。

興味ありげにレンが鳴らす鈴の音だけ響かせながら、二人は揃って自室(恭也の、ではあるが)へと戻るに至ったのだが。

部屋に戻ってもレンの興味は常に鈴へと注がれ、恭也から話す事も特にない故にやはり二人の間で響くのは鈴の音のみ。

しかし、何もしないままそんな状況が十分以上続くとさすがの恭也も居心地が悪くなったのか、そこにきてようやく閉じていた口を開いた。

 

「……なあ、レン」

 

「――ん? なぁに、キョウヤ?」

 

「さっきからずいぶんとその鈴にご執心のようだが、そんなに気に入ったのか?」

 

「ええ、とっても。正直、倉庫になんて持って行かずにこのままレンの物にしちゃいたいくらいには気に入ってるわ」

 

「……さすがにそれは拙いだろう。聞く限り、ずいぶんと貴重な物のようだし」

 

「どうせ教授は実験で忙しくて倉庫なんて見もしないから、これ一つくらい盗ったってきっとバレないわよ」

 

「…………」

 

「ふふふ、な~んてね♪ 冗談よ。いくらレンでも気に入ってるってだけでそんなリスクの高い事しないわよ、さすがに」

 

クスクスといつものように笑いながら冗談だと口にするが、恭也としては今までのレンを見てる分だけ完全には信用できない。

というのも大概の場合でレンは喜怒哀楽の感情表現が非常に豊かなのだが、時折ではあるが今のように誤魔化すような態度を取るのだ。

しかも無意識なのかわざとなのかは定かではないが、そういう態度を取る時は決まって年相応ではない妖艶な笑みを浮かべる。

よって今の発言も実は本気なんじゃないかと疑わしくもなる。かといって追及した所で十中八九、意味深な言葉を並べてはぐらかしてくる。

つまりは追及しても疑惑が膨らむだけ。故に恭也もこの話題に関してはそれ以上言葉を重ねる事は無く、一応納得したように頷いた。

 

「ところで話は変わるんだが……今日はもう勉強はしないという事でいいのか?」

 

「――ふえ? そんなの良くないに決まってるじゃない。なに当たり前な事を聞いてるのよ」

 

「いや、さっきから全然再開する様子を見せないから……てっきり今日はもうしないのかと、な」

 

「…………」

 

「……もしかして、俺が言うまで忘れてたのか?」

 

「――っ! そ、そんなわけないじゃない! や~ね、キョウヤったら!」

 

妖艶さを纏った笑みから一転、引き攣ったように笑いながらレンは鈴を鳴らすのを止めて机に置き、立ち上がる。

そしてそんな様子のまま部屋を退室。直後、物凄い勢いで部屋の前から走り去ったかのような足音が聞えた。

その音が徐々に遠ざかっていく中、一人残された恭也は呆れの感情が混じった溜息を一つ。

するとまるでそのタイミングを図ったかのように部屋の扉をノックする音が響き、続けて彼が返事する前に扉が開き。

見慣れた銀髪の青年――レーヴェが内部ではなく、なぜか廊下の先を眺めるように首を横へ向けながら部屋へと入ってきた。

 

「失礼する――――……ふむ、今日も勉強か。いつもの事ながら、精が出るな」

 

「ええ、まあ。少しでも怠るとレンに何をされるか分かったモノじゃありませんし」

 

「ふっ、尤もだな。だが、それにしては当の本人が先ほど猛ダッシュで部屋を出ていったようだが……また喧嘩でもしたのか?」

 

礼儀正しいはずの彼が少し無作法な様子で部屋に入ってきたのはやはりというべきか、先ほどのレンの様子が原因らしい。

ただ予想通りとはいえ、少し可笑しく思ってしまった恭也だったが、笑うのは失礼という考えがあるためか何とか堪え、彼の疑問の答えを口にする。

 

「い、いえ、たぶん勉強道具を部屋に取りに行ったんじゃないかと。自分も直接聞いたわけじゃないので、あくまで予想ですが」

 

「勉強道具を? しかし見た限り、道具一式はここにあるようだが」

 

「慌ててたみたいですから、持ってきてた事を忘れてたんじゃないですか? もしくは自分の部屋で勉強をしていたと勘違いした、とか」

 

「ふむ……どちらにしても、あの子にしては珍しい――――ん?」

 

言葉を言い切る前に勉強道具の置かれている机の一角にあるモノ――鈴型のアーティファクトの存在にレーヴェは気付き。

鈴に備わる細い鎖を指で摘み上げ、その存在を確認する事でレンの行動の理由に気付いたのか、先ほど恭也が吐いたような溜息を吐く。

 

「なるほどな。要するにこのアーティファクトの存在に感け、自分がしていた事をすっかり忘れてしまっていたわけか」

 

「そうだと思います。自分が勉強はもうしないのかと聞いたら、途端に慌てた様子で部屋から出て行きましたから」

 

「はぁ……それにしても、一体これのどこがそんなに良いのだろうな。俺には正直、ただの鈴にしか見えんのだが」

 

言いながらレーヴェはもう一、二度ほど鈴を鳴らし、二度目の溜息をつくと元あった机の上に置こうとする。

しかし置こうとした手が机へと向かい、鈴の底が机の上へと軽く触れた瞬間――――

 

 

――リン

 

 

一際大きな鈴の音色が鳴り、レーヴェはピタリと手を止め、咄嗟に自身の手にある鈴へと視線を向ける。

机に触れただけで鳴ったにしてはあまりにも大きな、それこそ大げさに振らなければ鳴らないような音色。

けれど向けた視線の先に映る鈴は何の変化も起こっておらず、一瞬さっきの音は空耳だったのかと思いもするが。

次いで視界に映った恭也の怪訝そうな顔に浮かんだ考えは否定され、レーヴェは改めて手の中の鈴へと目を向ける。

 

 

 

――そのとき、最初に鈴が音色を鳴らした際に思い描いた事象が現実のものとして映った。

 

 

 

僅かに発する白い光を音色と共に強めながら、小さな鈴はあのときのような震えを起こし始める。

瞬間、レーヴェは以前と同じように鈴を窓のある方へと投げ、同時に距離を置くべく後ろへと後退する。

同じく恭也もまた鈴の放つ異常な力の流れを感じ取ったのか、意図せずレーヴェの隣へと飛び退いた。

 

「……まさかとは思いますが、もしかしてこれが?」

 

「おそらく、な。しかし、今度は一体何が発動の切っ掛けに――――」

 

あまりにも突然過ぎる鈴の能力解放に鳴らした本人さえも驚きを隠せず、同時に今回の起動の原因は何だと考える。

だが、それを考えようとした矢先に鈴は光を急激に増し、これまた以前と同じように震えを強くしながら宙へと浮き始め。

先ほどまで鎮座していた地面に独特の文字が刻まれた紋章を浮かび上がらせ、そして――――

 

 

 

――より一層眩い光を放った直後、小さな音を立てて砕け散った。

 

 

 

光が強くなった途端に腕で視界を覆ってしまった恭也とは違い、二度目故かレーヴェは光を遮断しながらも辛うじて鈴が砕ける瞬間を見た。

その様子はまるでガラス細工の陶器が割れるような砕け方。一瞬にして全体に罅を広げ、割れ落ちる最中で粉々に砕け散っていた。

けれど驚くべきは鈴の砕け方ではなく、砕けた直後に起きた現象。それは最早、本当に現実かと疑ってもいいくらいの事であった。

 

「――っ」

 

砕けた瞬間に鈴から生成されたであろう光が収束して人らしき形を形成したかと思えば、僅かに聞こえた小さな呻き声。

その声を合図としたかのように光は完全に晴れ、そこでようやく光を遮断するために目元を覆っていた腕を退ければ案の定。

そこには眩い光の中で微かに見えた通り、召喚されたであろう人間の姿。ただ今回は恭也のような青年ではなく、見た目からして完全に子供。

年の頃はおそらくレンと同じか少し下くらい。淡い栗色の髪を頭の両側で束ね、パッと見た感じレンと似たような衣服を着た少女だった。

 

「にゃ……?」

 

光に晒されて眩しかったせいだろうか、少女は目元を軽く擦りながら猫の鳴き声のような声を上げてゆっくりと瞼を開ける。

そして完全に瞳を開け切ったかと思えば、二、三度パチクリと瞬きをして周りをキョロキョロと見渡し、次いで再び彼――恭也の方へと顔を向けた。

 

「「……お兄ちゃん(なの、は)?」」

 

視線を向けた少女が放つ言葉に恭也が呆然と呟く言葉が見事に被り、その二つの発言を聞いてレーヴェの表情に驚きが浮かぶ。

今の二人の言葉をそのまま受け取れば、この小さな来訪者もまた恭也と同じ世界の出身者。更には彼を兄と呼んだ事から家族、もしくはそれに近い存在。

普段から恭也以上に無表情である彼が驚きを露わにしても可笑しくはない。それほどまでに今の状況は、偶然にしては出来過ぎていた。

 

「――ちょっと、キョウヤ!! 勉強道具を持ってきてたなら何でレンが出ていく前に言ってくれなかったのよ!! おかげで無意味に部屋に戻る……羽目、に?」

 

そんな三者三様に驚きを浮かべ、且つ無言が室内を包み込む最中、まるでその空気をぶち壊すかの如く帰還したレン。

しかもその口からは、完全に自分の失態を恥ずかしさからか恭也の責任にしようと言わんばかりの言葉。だが、それも最後まで告げられる事はなく。

自分のいない数分の間に出来上がっていた不可思議な状況に言葉を失い、一度壊された空気が再び生み出される羽目となった。

 

 

 

 

 

小さな来訪者と帰ってきたレンを含めた四人が完全に状況を把握したのは、それから十分という時間が経った後。

話を纏めると簡単に言えば今回呼び出される羽目となったのが彼女――高町なのはであり、呼び出したのは状況から考えてレーヴェだろう。

無意識とはいえ呼び出したのが彼というのも十分な驚きではある。だがそれ以上に驚きなのは、呼び出された彼女と恭也の関係性。

相互の話を聞く限りでは二人は実の兄妹であるとの事。仮に同じ世界の住人でもこれが他人ならそこまで驚くべきことではない。

しかし呼び出されたのは彼の身内の中の身内。今回はどんな願いに反応したのか定かではないが、正直偶然にしては出来過ぎだと誰もが思う所だ。

ただまあ、『賢心の鈴』が齎す具体的な事象が分からぬ現状では偶然だと片づける以外なく、とりあえずそこは頭の片隅へと追いやる事に。

 

「それにしても……キョウヤの妹、ねぇ。はっきり言って全然似てないわね」

 

「えっと……そうなの、かな?」

 

「まあ、内面はともかく見た目は完全に母親似だからな。似てないと言われても不思議ではないが」

 

言いながら頭を撫でればくすぐったそうに、けれど嬉しそうに目を細める。それを見てかレンはどこか面白くなさそうな顔をする。

だが、兄妹であるという事を聞いている故に顔をするだけで言葉にする事はなく、コホンと軽く咳払いをして和やかになりつつあった場の空気を元へと戻す。

 

「とりあえず、これはまた教授に報告しなきゃいけないわね。鈴がまた無くなった事もそうだけど、なのはの処遇に関しても話さなきゃだし」

 

「……一応聞くが、まさかその子も自分の部下にする気か?」

 

「ええ、その方が一番波風立たなさそうだもの。それとも何? レーヴェが代わりに面倒見るの? レンは別にそれでもいいけど」

 

「いや、さすがにそれは……」

 

「だったらそれで決まりね。それじゃ、さっそく教授に言ってこなきゃ!」

 

言うやいなや即断即決即実行が信条だと言わんばかりに部屋を飛び出るレン。その勢いにはさすがのレーヴェも止める事叶わず。

勢いのままに飛び出ていったせいか開きっ放しとなった扉を呆れ混じりの溜息と共に閉め、恭也となのはの方へと向き直る。

 

「……っ!」

 

直後、なのはは驚きの中に僅かばかりの怯えを交えた反応を見せる。同時に隣にいる恭也の袖を掴んでいるのも目に入った。

当然ながら袖を掴まれている本人も妹の示した反応に気づいていたらしく、少し申し訳なさそうな顔を彼へと向けた。

 

「すみません……普段はあまり人見知りなんてする子ではないんですが」

 

「気にしなくていい。いきなりこんな状況の中に放り込まれたんだ……むしろそれが自然な反応だろう」

 

実際のところ、元の世界でもなのはは人見知りなんてほとんどしなかった。だがレーヴェの言うとおり今回ばかりの話が別。

いきなり知らない世界に放り込まれ、兄を除けば身内どころか知り合い一人いない。そんな状況になれば、怯えや戸惑いは必ず出てくる。

先ほどまではレンが怒涛の如く質問を連発していたからそんな気持ちが出る余裕も無かったが、彼女がいなくなって改めて状況を理解して怖くなったのだろう。

それが当然だと理解しているからこそレーヴェは不快に思う事なく、むしろ苦手ながらも出来るだけ柔らかい表情で彼女に語りかける。

 

「俺たちは君に危害を加えたりはしない。初対面故に信用できないかもしれないが、それだけは信じてくれ」

 

「……あ……」

 

言いながらそっと手を伸ばし、なのはの頭を撫でる。時折レンにそうしているように、出来る限り優しい手付きで。

最初こそ伸ばされた手に僅かな怯えを走らせてはいたが、撫でられる毎にこの人は大丈夫だと思えてきたのか、その感情は薄れていき。

撫でる手が離れた頃には怯えという感情はほぼ無くなり、不安から掴んでいた恭也の袖からも手を離していた。

 

「えっと……あの」

 

「ん?」

 

「その……何も知らないのに怖がったりして、ごめんなさい」

 

「先ほども言ったが、気にしなくていい。君くらいの年頃の子であれば、仕方のない事だろうからな」

 

表情は元の無表情に近いものへと戻ってはいたが、さっきと同じ柔らかな声でそう言われ、なのはも笑顔で頷いた。

その一連の流れを黙って見ていた恭也はと言えば、若干驚きを浮かべてはいたがすぐに納得したような様子を見せる。

 

(俺が来る前からレンと一緒にいる事が多かったらしいし、意外と子供の扱いに慣れているのかもしれないな)

 

所々でレンの扱いに慣れたような様子を見せていたが、なのは相手でもこうだとそう考える方がしっくりくる。

彼がそんな事を考えているとは知る由もなく、当の本人もまた笑顔を向けてきたなのはに対して小さな笑みを零していた。

 

 

 

 

 

場の空気が柔らかなモノへと変わってから約二十分弱。部屋を飛び出していった子猫ことレンは変わらぬ勢いで戻ってきた。

その際、部屋を出た時と帰った今でなのはの様子がどこか違う事に首を傾げたが、興味もさしてないのか事情を聞くこともなく。

教授から許可を貰ってきたとなぜか自慢げに胸を反らして報告してきた。ちなみにその報告の中に――――

 

「また鈴が砕けてなのはが現れたって言ったら何か頭痛そうにしてたけど、まあレンたちが気にするような事じゃないわね」

 

そんな言葉が付け加えられていたのだが、少し同情したくなる心境にはなるも確かに気にしない方がいいのかもしれない。

そういうより、一番気にしないといけない目の前の少女がこんな様子なのだから、何を言ったところで正直無意味だろう。

というわけでその一言は記憶の片隅へと追いやり、未だテンションが上がったままのレンの言葉に耳を傾ける。

 

「――そんなわけで、今日から貴方もレンの部下よ! よろしく、なのは♪」

 

「あ、うん。よろしくね、レンちゃん……あ、この場合敬語の方がいいの、かな?」

 

「そこは別に気にしなくていいわ。敬われるのはレンの柄じゃないし、そもそも部下一号のキョウヤなんか子供扱いしてくるし」

 

「……実際子供だろう

 

「何か言ったかしら、キョウヤ?」

 

「いや、何も。とりあえず、なのはも俺と同じ立場になったというのは分かったが……さすがに俺にするような期待は」

 

「してないわよ、そんなの。レンだって相手の実力を測るくらいは出来るわ。その上で言わせてもらえば、なのはの戦闘力って限りなくゼロに近いでしょ?」

 

「ああ。なのはは俺がやってるような事には一切関わらず、あくまで平和に生きてきたからな」

 

「なるほどな。だが、事情はどうあれレンの部下という立ち位置になってしまった以上、多少なりとも戦う力を身に付ける必要があるぞ?」

 

「……なのはの分まで俺が働く、というのは無理でしょうか?」

 

「難しいだろうな。レンの――“執行者”の部下という事だからどうするかもその“執行者”の自由ではあるが、役に立たないと見なされれば……」

 

「直接的に何かをしてくる事はないでしょうけど、間接的に何かしてくる可能性は十分にあるわ。ま、俗に言う嫌がらせってやつね」

 

「むぅ……」

 

もしこの場で恭也がどうしてもと言えば、レンもそれを受け入れるだろう。あくまで“執行者”の部下に対する権限は“執行者”本人にあるのだから。

それはたとえ“蛇の使徒”と言えども強制させることはできない。そういう立場であることもまた“執行者”だと言われる要因の一つだ。

だが、“執行者”としての権限で部下を一切戦わせずなんて事にすれば、周りからしたら良く映らないというのもまた事実。

それ故にレーヴェとレンの言う事ははっきり言って正論であると言える。だが、それでも妹を危険な目に合わせたくないのか恭也も渋りがちだったが――

 

 

 

「あの……なのはみたいな子でも、戦ったりする事って出来るんですか?」

 

――そんな彼の考えとは裏腹に、話題の本人はそんな事を口にした。

 

 

 

その言葉が放たれた直後、恭也だけならずレーヴェやレンもほんの少し驚いた様子で一斉になのはの方を向く。

全ての視線が一気に集まった事に一瞬ビクッとするが、なのははそれ以上言葉を紡がず、逸らすことなく視線を重ね続けた。

それにいち早く我に返ったレンは少し可笑しそうに笑みを零しつつ、視線を合わせたまま彼女へと近づいた。

 

「クスクス……ひ弱そうに見えたけど、案外見込みはありそうね。質問に対する答えだけど……当然あるわ」

 

「おい、レン――」

 

「キョウヤもこの際、腹を括ったほうがいいと思うわよ? もっとも、説得して諦めさせるというのなら話は別だけど」

 

そんな風に言うという事は、言っても聞かないだろうと確信しているのだろう。そしてそれは正直な話、当たっていると言える。

変なところで似てしまったのか、なのははここぞというときに強情なのだ。そしてこうなった場合、説得したところで無意味だろう。

だからか、レンの言葉にしばし悩み、なのはの決意が固そうなのを瞳から伺った直後、諦めた言わんばかりににため息をついた。

 

「戦うという事ははっきり言って甘いことじゃない。怪我では済まなくなる事だって有りうるし、それ以外にも色々覚悟しなければならない……それでも気持ちは変わらないか?」

 

「う、うん!」

 

「そうか……なら、俺からはもう何も言うまい」

 

その一言を恭也からの了承と受け取ったのか、笑顔で今一度頷くとレンの方へと向き直り、先ほどの話の続きをし始めた。

そんな二人を見つつ、レーヴェは先の恭也の答えに疑問を抱く。その疑問というのは、彼があまりにもあっさり了承してしまったことに関して。

確かに自分から見ても彼女は自分の意思を簡単に曲げるようには見えなかった。だが、説得しようと思えば出来たのではないだろうか。

そうでなくても彼自身が意見を曲げなければ別の結果になったのではないだろうか。そう考えると少しばかり納得が出来ず。

表情から何を考えているのか窺おうと思ったのか隣にいる彼に視線を向ければ、ちょうど視線がぶつかると同時に僅かばかりの笑みを浮かべてきた。

 

(!……なるほど。そういう事か)

 

何となくではあるが、その表情から彼の考えが読み取れた。要するに彼は、彼女が戦う力を身につけてもやる事を変える気がないのだ。

力があろうがなかろうが、戦おうが戦うまいが、結局は妹を全力で守る。それさえ自分に誓っていれば、後は彼女が納得するように……という事だろう。

 

(その信念をどこまで貫く事ができるか……見物だな)

 

この結社という組織でその選択をするのは、ただ命令に従うよりも断然困難な道。だからこそ、レーヴェにとっては興味深くもあった。

その上でやってみろと言わんばかりの挑発するような視線を送るが、それを受けても恭也は浮かべた笑みを崩すことはなく。

そして交わっていた視線を数秒後にどちらともなく外され、未だ話し続けている二人の少女へと再び向けられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

よ、ようやく書き上がった。

【咲】 はっきり言って遅すぎね。

あ、あははは……まあ、色々と忙しかったという事で許してくれ。

【咲】 はぁ……それで、今回はとらハから新たにキャラが追加されたわね。

うむ、なのはだな。もっとも、とらハキャラはこれ以上出ない予定なんだが。

【咲】 出たら出たで収集がつかなくなりそうね……というか、元々は恭也だけって感じじゃなかったかしら?

まあ、一番最初のプロットではな。ただ書き直してる内にもう一人だそうという事になってな。

【咲】 それが何でなのはになったわけ? リリカルの方じゃなかったら、なのはって戦闘向きじゃないでしょ?

ふむ、理由は色々あるが、今ここではさすがに言えんな。後々に響くし。

【咲】 いつもどおりって事ね……で、今回なのはが登場したって事で次回はやっぱりなのはを含めた訓練になるの?

半分はね。もう半分は……まあ、次回を期待ってことで。

【咲】 そこもいつもどおりなわけね。まあ、それじゃあ今回はこの辺にしときましょう。

また次回お会いしましょう!!

【咲】 それじゃあね~ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感想は掲示板かメールにて。

 

 

 

 

 

 

 

 

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