――新大陸エレンシア・霧の樹海――

 

 

ルクの村の東側出入り口から出たその先は村に向かう際も通った、全く前が見えないほどの霧が広がる樹海。

この樹海を越えればその先にあるのは『世界の果て』。とはいえ、霧が広がる今の状況では歩き出しても迷うだけ。

しかし今の彼らには村長からお礼にと貰った『霧除けの実』がある。これはどれだけ深い霧でさえも掻き消す優れ物の貴重な実だ。

迷いの名所と名高い『霧の樹海』の霧といえど打ち消せる。それは西側を通った際、レムが実践してくれたので確かな事。

だが、そういった意味では問題がないのだが、それ以外の事で四人の間にいきなり問題が発生していた。

 

「だからぁ……私たちみたいな女の子があんな事するのは結構抵抗があるの! その点、ジャスティンや恭也は男の子なんだから恥なんてないだろうし、適任だと思うのよ」

 

「男に恥じらいが無いというのはかなり偏見だと思うが……女がするには抵抗があるというのは確かだろうな。というわけで……任せたぞ、ジャスティン」

 

「何で俺なんだよ!? そっちのほうが肺活量ありそうなんだから、恭也がやるべきだろ!」

 

「やりたいのは山々なんだが、俺も歳だからな……」

 

「……歳だっていうほど高齢でもないじゃない。兄さん、今年で確か二十四でしょ?」

 

「そうだな。確かそのくらいだったはずだ」

 

「って、高齢どころか全然若いじゃんか!!」

 

「若いとか言うな……照れてしまうだろうが」

 

「そういう事が言いたいんじゃねえ!! 俺が言いたいのは、そのくらいなら全然これやっても問題ないだろって事だよ!!」

 

若干漫才風味になってる辺り、仲が良くなっている証拠。だけど、それ故に問題が一向に解決へと進まない。

だからか、しばしして見兼ねたフィーナがジャンケンで決めようと提案。肺活量とかも考えて、スーを抜かした三人でだ。

スーはフィーナも女の子なんだから二人だけでと提案はしてきたが、さすがにそれも悪いという事で彼女も含めたというわけである。

ともかくそういうわけで三人は向き合って右手を握りながら睨み合い、何を出すかという思考を頭の中で巡らせる。

そして最初はグーで始まり――――

 

 

 

「「「ジャンケン、ポン!!」」」

 

――続けて同時に放ったその言葉と同時に三人は右手を前に突き出した。

 

 

 

出された手の形は恭也とフィーナがチョキで、ジャスティンがパー。その結果により、ジャスティンの敗北が決定した。

これに彼はガックリ項垂れるも、負けたからには仕方ないと『霧除けの実』と水筒を受け取って一、二歩ほど前に出る。

それから『霧除けの実』を口に入れて噛み砕き、水筒の中の水を口に含んでレムが行ったように正面方向へと噴き出した。

彼がそうする事によってレムがやったときと同様、深い霧が瞬く間に晴れていく。そんな光景を目にしながら恭也は一人、ほくそ笑んでいた。

というのも実は、本当にやりたくなかったためか彼はジャンケンの際、神速を使うという卑怯な手段を用いていたのだ。

御神流に於いて神速は基本、歩法術として使うのだが、彼はその際に展開されるスローの世界で二人がどんな手を出すのかを見た。

そして妹にやらせるのもアレだからとジャスティンが負けるように仕組んだ。それがジャンケンに於いて彼が負けるに至った詳細である。

ともあれ、神速の事はフィーナも含めた三人とも知らず、当然気付く訳もない。そして彼もそれを告げる事は無く、当然自身の胸の中に仕舞い込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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第十二話 霧に包まれた迷いの樹海 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『霧除けの実』によってかなり薄くなったが、それでも僅かに霧の残っている森の中を彼らは進む。

若干視界は悪いが、霧が深かった先ほどに比べれば十分に見えるほう。だからそれよりも問題なのは、入り組んだ森の構造だろう。

地図はないから頼りは磁石と記憶だけ。分かれ道に遭遇したら、分かれる寸での位置に木の実を置き、戻ったときの目印とする。

魔物との戦闘になれば出来るだけ道を逸れぬよう動きは最小限に。これらを行いながら少しずつ、彼らは霧の中を歩んでいった。

 

「……こういった場所だとやはり、遭難して死んでしまった人もいるのだろうな」

 

「まあ、それは確かにいるでしょうけど……それがどうかしたの、兄さん?」

 

「いや、昔の知人が言っていたのだが、そういった場所は自然と残念――要するに幽霊といったものが留まり易い環境になるらしくてな」

 

「ゆゆ、幽霊って……そんなものがこの世の中に存在するわけないじゃない! ば、馬鹿馬鹿しい!!」

 

本人はそう言っているが、実際はかなり動揺している。しかも、心なしか表情も若干青褪めていた。

彼女自身は認めないのだが、実は昔からかなりの怖がり。十五歳となった今でも、怪談話をしたりすれば彼の布団の中に潜り込んできたりする事もあるくらい。

そのような行動をしても未だ怖がりじゃない、幽霊なんているわけないと言い張るのだから、相当な意地っ張りという事になる。

そんな彼女の性質を知っているからこそ、彼はわざとそんな話をしたのだ。理由は当然、意地っ張りな彼女を見て楽しむため。

樹海に入って中々に暇だったのだろうが、暇潰しにしては結構悪質。だが、彼本人はそんな事まるで気にもせず、尚も話を続ける。

 

「ま あ聞け……何でもその知人が言うには残念の魂は怪奇な現象等で人に迷惑を掛けたりするどころか、最悪の場合は取り憑いて死に追いやる事もあるそうだ。中で もこれはかなり宜しくない事例に入る話なのだが、それなりな広さのとある廃屋敷に肝試しで入った四人の男女が屋敷の厨房に差し掛かったとき、内一人の女が その厨房にいた霊に取り憑かれ――――」

 

「や、止めてよ、兄さん!! そんな話、今する必要なんてないでしょ!?」

 

「……そうは言うが、残りの二人はフィーナとは別意見のようだぞ?」

 

「え……?」

 

驚愕に染まる表情のまま振り向けば、同じく恭也の話をすごく興味津々な様子で聞いていたのであろう二人の姿。

それを見ると彼女も話を止めさせるのが憚られてしまい、結局聞きたくないながらも黙って聞くしか手はなかった。

 

「話 を再開するぞ。厨房に差し掛かったときに内一人の女が霊に取り憑かれてしまってな……完全に身体を乗っ取られた女はフラフラと厨房を徘徊し始め、とある棚 の前で止まるとそこから徐に一本の包丁を手に取ったんだ。残りの男女三人はまさか彼女が霊に取り憑かれているなんて思いもよらず、自分たちを怖がらせるた めの突発的な演出だとそのときは思ってたようで笑うだけだった。だが、包丁を片手にフラフラと戻ってくるにつれて本当に様子が可笑しい事に気づき始めたん だろうな……ある程度の距離まで近づかれたとき、ようやく恐怖に苛まれ始めた三人は背を向けて逃げようとした。だが……」

 

「「だが……?」」

 

「ううぅ……」

 

「逃 げ出した内の一人の男が、足を縺れさせて転んでしまったんだ。二人はすぐに起こそうとしたんだが、それより早く近づいてきていた女が彼へ馬乗りに乗って起 き上がれないようにした挙句、振り上げた包丁を心臓へ向けて振り下ろした。あくまでこれは生き残ったその二人による証言だから、ここで悲鳴を上げながら逃 げ出したためにこの後の事は一つを除いて何も分からなかったらしい。屋敷を出るまで、逃げ出した二人の耳に何度も何度も人体へ包丁を突き刺す生々しい音が 聞こえていたという、ただ一つの事を除いてな」

 

「そ、それで……その取り憑かれた女の人は、どうなったの?」

 

「話 の寄れば、翌日に屋敷を捜索された際に遺体で発見されたらしい。滅多刺しにされた男から少し離れた位置の壁に背を凭れさせて乾いた血の付着する包丁を片手 に持ち、もう片手にそれ以上の量の血を付着させてた状態でな。女の方の死因は衰弱死という普通に考えたら不可解なものだったらしいが、それ以上に男のほう の遺体には不可解な点があった」

 

「不可解な、点……一体、何が不可解だったんだ?」

 

「……何でも、男の遺体を解剖した結果、刺し傷のある場所に存在していたはずの臓器――心臓が無くなってたらしいんだ」

 

「っっ!?!?」

 

「再度現場を捜索してそれらしいものを探したとの事だが、結局厨房だけでなく屋敷中を探しても見つかる事はなかった。だがその後日、女の方を解剖した結果、それは見つかる事となった……彼女の、胃の中でな」

 

「うぇぇ……それって、その人が食べちゃってたって事?」

 

「そういう事らしいな。もっとも知人に寄れば、すでにその女に取り憑いた霊は成仏してしまっていたらしく、何で男を殺したのかとか、何で心臓を食べたのかとか、それらの理由が一切分からぬままにこの一件は幕を閉じてしまったみたいだがな」

 

そこで恭也の話は終わり、聞き入っていたジャスティンもスーも途端に大きく息をついた。

怖い話として聞けば今一なのだろうが、彼の語り方が嫌なほど現実のように聞こえた分、ちょっとだけ怖く感じる。

というか、実際にこれは恭也がいた世界で実際に起こった事件なのだが、別世界から彼が来たと知らぬ二人が気付くわけもない。

 

「は~……何ていうか、怖いというより気味の悪い話だよなぁ。なあ、フィー……ナ?」

 

「…………」

 

同意を求めて視線を向けた途端、顔を真っ青にさせて半分魂が抜けているような様子のフィーナの姿が目に入る。

何度かジャスティンとスーが声を掛けるが全く反応せず、終いにはピンと背筋を伸ばしたまま後ろへ倒れてしまう始末。

慌てて二人が抱き起こし、呼び掛ける最中で恭也は一人思うのだった。少し、やり過ぎたかもしれない……と。

 

 

 

 

 

気絶したフィーナを一番責任がある恭也が背負い、その間の戦闘はジャスティンとスーに任せて一同は先へ進む。

正直なところ、フィーナを背負った状態でも戦えるには戦えるが、下手をするとフィーナが怪我をする場合もある。

そういった理由から二人も自分だけで戦うという事を了承したのだが、後々になってこの二人だけというのがどれほど危ないかと知る羽目となった。

スーは遠距離から弓を放つだけなので別段悪くは無いのだが、後援を守りながら戦わなければならない立場のジャスティンにかなり問題があった。

というのも彼、一応そういった事を頭に於いて戦っているようには見えるのだが、時折以前教えた付与魔法を用いて突っ込んでいく事がある。

恭也が教えた通り、付与魔法の使用に必要なのはイメージの構築速度と維持力。この二つが一番重要なものであり、使用する上での最低条件。

これに基づいて分析すれば、ジャスティンの構築速度は約九秒、維持力は発動時だけ安定している程度。とても実戦で使えるような代物ではない。

だからこれを教えたとき、技術に磨きが掛かるまでは実戦で使うなと言っておいたのだが、彼は言われたにも関わらず先ほどから何度も使用している。

それは自身だけでなく一緒に戦ってる者さえも危険に晒す行為なのに。だから恭也はこれを危ないと判断し、何度目かの戦闘が終わった時点で二人を呼び止めた。

 

「前も言ったがな、ジャスティン。付与魔法は構築速度が五秒以内且つ、動きながらでもある程度維持が出来るようになるまで使用は止めておけ。正直、一緒に戦ってる人に対して迷惑にしかならんのだからな」

 

「え~……でも、使ってみたいじゃん。折角覚えたんだからさ」

 

「まあ、そう思う気持ちは分からんでも無いが、危険である事には変わりないんだ。最低でもあと一ヶ月程度は訓練を重ねればギリギリ実戦レベルにはなると思う……だからそれまで、付与魔法を使う事は許可できん」

 

キッパリとそう言い切ると彼も渋々な様子ではあったが、頷いて返しつつ付与魔法は実戦レベルになるまで封印する事を約束した。

ただ口には出して無いが実のところ、ジャスティンの成長速度は目を見張るものがあるというのもまた事実であった。

本来教えてすぐに使えるほど簡単ではない付与魔法を発生だけとはいえやって退けた上、たった二日程度で若干の構築時間短縮を見せた。

属性一つの簡易付与とはいえ、凄いの一言に尽きる。とはいえ、それを口にすると絶対図に乗るので彼は敢えて言わなかったというわけだ。

 

「ねえねえ、恭也。付与魔法がどうので思ったんだけど、私も使えないのかな、それ」

 

「ふむ……使えない事はないだろうが、スーの武器ではジャスティンやフィーナが使うよりもかなり難しいかもしれんな」

 

「そうなの?」

 

「あ あ。弓矢というのは命中精度を高めるために多大な集中力を必要とするからな……その上に付与魔法を使うための集中力と想像力を上乗せするとなれば、当然な がら容易な事じゃない。それでも使いたいというなら、そうだな……ジャスティンの三倍くらいの期間は訓練してもらわんとな」

 

彼の三倍と言えば、およそ三ヶ月。そんなに長い期間の訓練が必要と聞いたためか、スーは顔を顰めて即断念。

元々興味本位の面が強かったのだろう。簡単に断念した事には彼も特に勧めるわけでもなく、それがいいだろうなと言うだけ。

そもそも先ほど恭也が口にした必要訓練期間はあくまで本人の能力を抜いた見解。そこを加味すると場合によっては短くて済む場合もある。

だが反対に三ヶ月という期間より大幅に増えてしまう事もあるため、それをスーのような小さな子に要求するのは酷というものだ。

無理にそんな事をして難しい技を身に付けるより、別の方面へ能力を伸ばした方が良い。だからこそ、彼も勧めはしなかったというわけである。

ただ、その説明過程で一つの疑問が浮上したのか、スーが話している間は黙っていたジャスティンが話を終わると同時に再び口を開いた。

 

「付与魔法の習得にはそれなりに長い時間が掛かるっていうのは何となく分かったけどさ……その話で行くと、やっぱりフィーナも習得には時間が掛かったのか?」

 

「あ あ。といってもコレの場合はそれなりに才能もあったから、訓練を始めて一ヶ月半か二ヶ月くらいで物にはしたな。それから構成時間の短縮とイメージの持続の 二点を念頭に置き、ずっと訓練し続けて今ぐらいになった。まあ、最近ではまた別の付与魔法を訓練してるみたいだがな……本人はバレてないと思ってるようだ が」

 

「はぁ~……やっぱりどんな人でも努力を重ねなきゃ力は付かないって事なのねぇ。そういった部分はジャスティンも見習わなきゃダメよね♪」

 

「う、煩いな! 言われなくても分かってるっつうの! 大体、俺だって最近はちゃんと付与魔法が使えるように努力してるだろ!」

 

「最近は、でしょ? 前までのジャスティンときたら、行き当たりばったりで何とかするみたいな感じばっかりだったから、私がどれだけフォローしてきたか……」

 

そんな風にスーは言うのだが、実際のところはフォローなどほとんどしていない。むしろ、事態を煽る事さえあった。

だが、そんな事を知らぬ上に今までのジャスティンを見てきたためか、スーの言う事に恭也は納得したように頷いてしまう。

しかしジャスティンもそのまま流すわけもなく、いろいろと反論を試みた結果、毎度のように口喧嘩へと発展していくのだった。

 

 

 

 

 

二人の口喧嘩のせいもあってか、気絶していたフィーナが目覚め、そこから今度は恭也とフィーナの喧嘩へと発展。

だけどいつものようにフィーナが体よくあしらわれるという結果となってから旅の友とも言える磁石を頼りに『霧の樹海』を進むこと数時間後。

木々も少ない若干広い場所に一同は辿り着き、日が若干傾きかけているという事もあって今日のところはそこでテントを張る事に決定。

男組である恭也とジャスティンの二人がテントを張る作業を行い、その間で女組であるフィーナとスーが今日の夕食を作る作業を行う。

ただテントを張り終えても当然ながら夕食が出来ているわけもなく、二人は自身らの作業が終わると続けて夕食の手伝いへと入った。

しかし夕食を作るに当たって不慣れなジャスティンが邪魔扱いされ(主に恭也から)、渋々といった形で近場にて予備の薪集めを行い始める。

少し哀れと思わなくもないが、下手な事をされて大惨事になるよりはマシであるためか、フィーナもスー(+プーイ)も何も言わず夕食の準備を進めていった。

そしてそれからおよそ三十分後、空が夕焼けへ変わったのとほぼ同時に夕食が出来上がり、皆は鍋の掛かる焚き火を囲んで合掌し、夕食を取り始めた。

 

「ん~、やっぱり恭也とフィーナが作った料理って美味いよなぁ。昼に食べたのが干し肉と水だけだった分、一段と美味しく感じるよ」

 

「……そこで何で私の名前を出さないのよ。私だってお手伝いしたんだからね!」

 

「手伝ったって……野菜切ったり鍋を掻き回したりしてただけじゃん。それで一丁前に手伝ったって言われてもなぁ……」

 

「そんな事言う物じゃないわよ、ジャスティン。どんなに些細な事でも、手伝った事には変わりなんだから」

 

「そ~よそ~よ! 大体ジャスティンこそ手伝うどころか邪魔扱いされてるくせに偉そうにし過ぎなのよ、べ~!」

 

「ぐっ……」

 

あっちをフォローすれば図に乗り、こっちをフォローすれば図に乗る。正直、この二人は精神年齢が一緒なのではと思ってしまう。

とはいえそれを口にする事はさすがに出来ず、呆れ故にかもうフォローする気も失ったフィーナはそのまま放置して食事に戻る。

だが、そのときに食事の手が止まっている恭也へと目が行き、とりあえず二人に喧嘩を止めるよう言って彼へと声を掛けた。

 

「どうしたの、兄さん? 手が止まってるみたいだけど……」

 

「――ん? ああ……いや、ちょっと食料に関しての心配をな」

 

「食料の? でも、ルクの村ではずいぶん買い込んだから、下手に長引かない限り大丈夫だと思うけど?」

 

「うんうん。フィーナの言うとおりよ、恭也。ちゃんと長持ちする食材を選んでるから腐る心配も無いし、あれだけの量が簡単に無くなるなんて無いわよ。どこかの誰かが変に大食らいでもしない限り……」

 

「……ちょっと待て、スー。どこかの大食らいって、まさか俺の事じゃないだろうな?」

 

「さあ? 私は別に名指ししたわけじゃないし、ジャスティンがそう思うんならそうなんじゃないの?」

 

再び喧嘩に発展しそうな状況へと陥るが、そこはフィーナが口を挟む事で収まりを見せる。

そんな三人の様子をどこか懐かしい物を見るように恭也は苦笑を浮かべつつ、先の話の続きを口にした。

 

「食料が切れる事や腐食する事に関しても僅かに心配はしてるんだが、それよりも今俺が心配してるのは食料の安全に関してだ」

 

「安全って……ああ、そういう事ね。つまり、私たちが寝てる間にどうやって食料を魔物から守るかって事を心配してるわけね?」

 

「ああ。一番簡単な手段としては食料を詰めたカバンをテントの中に入れ、定期的に交代で見張りをするというのがあるが……さすがにお前たちに任せるのはいろいろと心配だからなぁ」

 

「ジャスティンやスーはともかく、私は全然大丈夫よ! そのくらいの事、兄さんに心配されなくてもちゃんと出来るんだから!」

 

「昼間にあれほど盛大に気絶したくせによく言うな……」

 

「う……あれは、兄さんがあんな話をするからであって……あ、だからといって幽霊が怖いってわけでもないし、信じてるわけでもないんだけど……えっと、だから、その……」

 

弁解する中でも自分は幽霊を信じてないし怖くも無いと主張してる辺り、本当に頑固だと言わざるを得ない。

ただ彼女のそんな一面は知り得ている故、恭也は素でスルーする。反対にジャスティンとスーは別の事で頭が一杯。

というのも、先ほどフィーナが口にした『ジャスティンやスーはともかく――』の部分に関してにとても引っ掛かりを見せているのだ。

子供であると自覚はしているが、冒険者という事には変わりなく、何よりジャスティンからすればフィーナと一つしか歳に違いが無い。

そんなわけでかなり文句を言いたくもあるのだが、確実に言い返させるのがオチな上、言える雰囲気でもないので胸に留めて黙る事にしていた。

ともかくそんなわけで若干の静まりを見せていたが、フィーナがこういった面で折れない事も熟知しているためか、恭也のほうが折れて小さく溜息をつく羽目となる。

 

「自信があるのなら、やらせるのも吝かではない。ただその場合、自分では対処出来ないと判断したらちゃんと助けを求めるという一点のみはしっかり約束してもらうぞ?」

 

「え、ええ、それはもちろん――――」

 

「言っておくが、変に無理をするというのも無しだ。交代のときに少しでもそんな傾向が見えたら、いつも程度の説教では済まさんからな?」

 

「わ、分かってるわよ。あの頃のままってわけじゃないんだから、いい加減子供扱いは止めてよ、もう……」

 

「あの頃のままじゃない、なぁ……まあ、約束がしっかり守れるなら俺からはもう何も言わんさ」

 

「「あのぉ……俺(私)たちに関しては……?」」

 

「お前たちは普通に寝ろ。というか、まだ未熟な上に子供なお前たちにはそれ以外絶対に認めん」

 

「「え~……」」

 

ジャスティンは一人前として見られない事、スーは子供に見られた事。仕方ないとはいえ、どちらもそれが不服でならない。

とはいえ、こちらに関しても下手に反論する事が出来ぬため、不服そうな声を上げるだけで納得せざるを得ないのだった。

 

 

 

 

 

夕食の最中で後々見張りに関して話された決め事は一つ。それはどちらが最初の見張りに立つかという事。

就寝に付く時間をとりあえず十時頃、起床は朝七時と定めたとして、見張りに費やす時間は大体九時間。

二人分に分割したとしても一人頭四時間半という時間。そのため、どちらが最初に行うとしても疲れる事には変わりない。

だが、どちらが一番辛くなるかと言えば、やはり後に回されるほう。それ故、恭也がそちらを担当するという事でフィーナも納得し、早々に決まった。

そして見張りの件が決まると共に夕食を食べ終えた一同は片付けを終え、多少談笑して時間を費やした後にジャスティンとスーが早くも就寝についた。

時間にして九時半前後。定めていた時間よりも三十分ほど早かったためか、二人は見張りの時間になるまで焚火を囲む事になった。

 

「ねえ、兄さん……ルクに軍が来たときの事で聞きたい事があるんだけど、良い?」

 

「……リーンの事に関してか?」

 

「……うん。姉さんはただ軍の偉い人に勧誘されて入隊したとしか、あのときは教えてくれなかった。でも、ルクの山で会った時の姉さんの口ぶりからしたら、それだけじゃないように私は思えるの」

 

「…………」

 

「そ れに姉さんは、私や兄さんには軍に関わって欲しくないとも言ってた。だから、これはそこを踏まえた上での私の推測でしかないんだけど……姉さんが軍に行っ てしまったのは、そこが一番の原因になってるんじゃない? 私や兄さんを人質に取られて軍に入る事を迫られて、それで仕方なく……」

 

「……仮にお前の言うとおりだったとしよう。だが、俺たちを人質にとってまで、軍がリーンという一人の少女をなぜ欲しがる? お前が一番良く知っているだろうが、アレはお前と同じくただ人間なんだぞ?」

 

「で、でも……それ以外、姉さんが私たちを捨ててまで軍に行く理由なんて……」

 

フィーナがそう思ってしまうのも、正直無理はない。恭也もそうだが、リーンはそれ以上に妹を大事にする子なのだから。

恭也と出会う以前からずっと可愛がってきた、何よりも大事で愛おしい妹。それを捨ててまで軍に入るなど、信じられるわけがない。

それは彼女がいなくなった当時から今までずっと思い続けていた事。そしてその本人と会ってしまったから、抱いていた不安が強くなってしまった。

軍の偉い人に勧誘されたからじゃない。もっと別の、選択肢を奪ってしまうほどの理由がある。今、フィーナが口にしたような事があったはずなのだ。

そうでなければ信じられるわけが無い。むしろ、そう思わなければ心が折れてしまう。だからこそ、唯一身近で事情を知っているであろう彼に答えて欲しかった。

別に軍から脅されたからでも良い、別の何かが理由であっても良い。ただ、彼女が軍に行ったのには止むを得ない事情があったからだと言って欲しかった。

でも、彼はフィーナの望む言葉を口にする事は無く、しばらく無言の時間を続け、そろそろ見張り開始の時間だとだけ言って立ち上がり、歩き出してしまう。

答えてくれなかった事がショックだったのか、彼女はそれを止める事も出来ず、パチパチと弾ける焚火を前にして俯くだけしか出来なかった。

だけどゆっくりと歩き出した彼がフィーナの横を通過する寸前、少しだけ足を止めて静かに口にされた言葉が、俯いた顔を上げさせる事になった。

 

 

「……アイツを追い込んでしまったのは、全て俺のせいだ。あの日、あの場所に俺さえいなかったのなら、リーンは軍へ渡る事もなかったんだからな……」

 

 

それは確かにフィーナが欲しかった言葉。だけど、到底信じる事なんて出来るわけもない言葉。

だから思わず上げた顔を恭也へと向けようとするが、向けた先にはすでに彼の姿はなく、後方からテントの入口が開かれる音のみが響くだけ。

リーンが自分たちを捨てる訳が無い。だから事情はどうであれ、自分が思っていた通りなのだと確信出来る言葉が欲しかったのは事実。

でも、提示された言葉は同時に信頼する兄が原因だという物。そんなもの、リーンの事とは別としても信じたくなんてないし、信じられるわけもない。

リーンがフィーナを大事にするように、恭也はリーンとフィーナの二人を大事にしていた。あの頃を思い出せば思い出すほど、そこだけは確信出来る。

故に彼の言葉の本当の意味を知りたいと思うようになってしまう。あの日、リーンがいなくなったあの日、二人の間に一体何があったのかと。

きっと簡単には教えてくれないだろうけど、それでも彼女はきっと諦めないだろう。なぜなら彼女だって姉や兄に負けないくらい――――

 

 

 

 

 

――昔も今も、二人の事が大好きなのだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

リーンが軍へと行った原因は自分にあると言うが、恭也もそれ以上の事は言わず。

【咲】 そこを教えるのは確かに躊躇われるわよね。自分の事にしても、リーンの事にしても。

まあね。ただどんな事実であれ、それを知りたいというフィーナの気持ちは強いものに変わりはないから、このまま諦める事はないだろうね。

【咲】 唯一の実妹とずっと一緒にいてくれた義兄の事だものねぇ。

とまあ、そんなわけでそこの辺は今後にご期待という事で、今回は『霧の樹海』突入初日だったわけだが。

【咲】 フィーナって幽霊とか弱そうよね。幽霊船でも冷静そうに見えて結構ムキになって否定してたし。

それは俺も同感だな。ああいうタイプは大抵の場合、極度の怖がりだと思うよ。

【咲】 ま、幽霊船のときと違って今回あからさまに怖がってたのは、恭也がフィーナの怖がり度を知ってたのが原因でしょうね。

伊達に長い事一緒に過ごしてないってね。ただまあ、さすがに恭也でも気絶するとは思って無かっただろうけど。

【咲】 意地悪な所はあるけど度を超えた意地悪はしない派だものね、恭也って。

うん。だから気絶してしまった後はちゃんと自分で担いでるし、責任というものはちゃんと取る人なわけですよ。

【咲】 そこの辺は昔も今も変わらないわよねぇ。ところでさ、思ったんだけど恭也から見てジャスティンって凄い部類に入るの?

凄いというか彼自身、自分より才能は上じゃないかと思ってるね。武器戦闘に関しても、魔法戦闘に関しても。

【咲】 でも、恭也だって凄い部類なんじゃないの? 短いのかどうかは分かんないけど、五年であそこまで魔法を極めたんだから。

極めたと言っても上級魔法をいくつか使えるくらいだけどね。

【咲】 それでも十分凄いっていう部類に入るでしょうに……なのになんで自分よりとか思ってるのよ?

至極簡単な事なんだが……恭也でも半月か一ヶ月掛けた付与魔法を発動時間短縮を多少とはいえ、たった一日二日でやってのけたからだよ。

今回の話でも言っていたが、それなりに才能があると思ってたフィーナでさえあれなんだから、際立つのは当然と言えば当然なんだね。

【咲】 そう説明されると、確かにそうかもしれないわね……。

だろ? まあ、そんなわけで物語の展開に加えてジャスティンの成長していく様もまた期待しててくれ。

【咲】 はいはい。それじゃ、今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう!!

【咲】 それじゃあね、バイバ~イ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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