見張りを立てはしたものの恭也が心配したような事は特に無く、日が昇って一夜が明ける。

ルクの村長の話によれば『霧除けの実』には三、四日ほどは持続するらしく未だ霧は昨日と同じ状態。だが、それでも霧の中の朝は中々に薄暗い。

加えて見張りの役を買って出たフィーナはジャスティンやスーよりも睡眠時間が少ないため、若干眠そうな様子。

それでもしっかり寝ているのに寝坊してしまったジャスティンと比べれば、ちゃんと決めた時間に目を覚ましただけマシなほうだろう。

ただ眠そうな感じを抜かしても僅かに元気が無いように見え、時折恭也のほうを見たりしている事から今朝は妙に様子が可笑しかった。

とはいえフィーナに聞いても何でもないと返してくるわ、恭也に聞いてみてもさあな……と返してくるわで本当に何があったのか全く分からない。

しかも朝食を終えてテントを畳み、出発の準備が整った段階にはその可笑しいと思っていた感じはなぜか消えていた。

その程度の悩みだったのか、それとも自分たちに心配かけまいと胸に仕舞い込んだのか。理由は分からないが、結局そのせいで聞く事も出来なくなる。

それ故、とりあえずはその疑問を頭の中へ追いやる事にしたジャスティンとスーは昨日と同じく恭也とフィーナに並び、その場から出発した。

 

「それにしても……東の方向へ進めば良いとは言われたが、これだけ草木が生い茂っていると方向などすぐに見失いそうだな。磁石があるからまだ良いが、無かったらどうなってた事やら……」

 

「そうよねぇ……あ、じゃあここで遭難しちゃった人ってもしかして、全員が磁石を持ってなかったからっていうのが原因だったりして」

 

「それも原因ではあるでしょうけど、たぶん一番の原因は『霧除けの実』が無かったって事じゃないかしら? 『霧除けの実』が無いときは前も見えないほどの霧の濃さだったから、いくら磁石があっても迷っちゃうと思うわ」

 

「てことは、俺達ってすげえ運が良いって事なのかな? 冒険者として磁石を持ってるのは当然としても、ルクでもそんな希少な物を貰ったわけだしさ」

 

「かもしれんな。もっとも、運が良いという反面、これだけ恵まれた状況で迷いでもしたら目も当てられんがな……」

 

『霧除けの実』の持続期間内に『世界の果て』へ辿り着けなければ、磁石があろうとも高確率で迷う。

スーの頭に乗っかっているプーイが森を見渡せるくらい高く飛べたら大丈夫だったのだろうが、生憎と低空しか飛べない。

そのため恭也が危惧したその点を言葉から読み取った三人は一様に頷き、急ぎはするも慎重に磁石を頼りとして森を進み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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第十三話 霧に包まれた迷いの樹海 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再出発してから昼を過ぎた辺りへと時間が差し掛かったが、未だゴールが見えてくる事は無く。

それ以前に昨日進んだ距離を含めてどれだけ近づいたのかすら分からず、本当に近づいてるのかどうかさえ怪しく思える。

だがまあ、そこを疑い始めると切りが無いため、とりあえず考えない事にして昨日と同じく簡易な昼食を食べつつ、森を進む。

そしてそれから更に約二時間もの間歩き続け、ようやくと言うべきか、一同は『霧の樹海』に入って二度目の木々が生い茂っていない場所へ辿り着いた。

ただ昨日とは違ってテントが張れるような場所ではなく、見た感じ若干小さめの湖のようにも見えてしまうほどの大きな水溜りが存在する場所。

右の方面へと視線を辿ってみれば水が一本線となって森の奥から流れてきている。そこを考えるとある意味、湖や池という表現でも当てはまるかもしれない。

ともかくそんな場所へ出たわけなのだが、右から流れて左へ抜けてものだから当然溜りは浅く、浸かっても靴の半分程度なもの。

故に進む上で別に迂回する必要は無いと判断し、パシャ、パシャと音を立てながら一同は水溜りの上を進んでいく。

 

「うぅ~……水が靴の中に入ってきて、何か凄くイヤ……」

 

「スーはちっちゃいからなぁ。俺たちでも半分は浸かるくらいだから、ある意味当然と言えば当然かもな」

 

「まあ、湖じゃなくて水溜りな分、その程度で済んでいるのだから幸運と考えておくしかないな。何なら、俺が担いでもいいが?」

 

「背負うじゃなくて担ぐって言ってる時点でイヤなんだけど……いいもん、我慢して歩くから」

 

「そうそう。一人だけ楽しようなんて考えたら、一端の冒険者にはなれな――――どわっ!?」

 

調子に乗って三人よりも若干前をズンズンと進んでいたジャスティンの身体がバシャッと音を立てて突如消える。

と思いきや、足を止めて僅かに視線を下へずらしてみれば、身体半分程度まで水溜りに浸かった状態で発見出来た。

見た感じどうやらこの水溜り、元々はここまで広いものではなく人の身体半分ほどまで浸かる程度の溝を流れていたものなのだろう。

それが流れる先のほうで一時的に若干の詰まり、周りの薄く広がって大きな水溜りが出来上がった段階で詰まりが無くなり今に至ると推測出来る。

そんな風に恭也がただ一人冷静に分析していた最中、あまりに突然の事で呆然としていた二人が再起動。直後に彼の救出を行った。

だがすでに溝に落ちた時点で身体半分はずぶ濡れであるため、急いで救出しようがゆっくり救出しようが結局は全く変わりない状態であった。

 

「もう……変に調子に乗るからそういう事になるのよ? 一人前を目指すならどんな時でも周りに注意しながら進まなきゃ駄目よ」

 

「そんな事言ったって、これは明らかに不意打ち過ぎるだろ……ていうか、もしかしなくても恭也は気付いてただろ!? 何で注意してくれなかったんだよ!?」

 

「ん? ああ……いや、俺も確信が無かったからな。間違っても、調子に乗ってる奴は一度痛い目を見た方がいいなとか考えてたわけじゃないぞ?」

 

「それ、絶対後者のほうが本音だろ!?」

 

服の絞れる部分を絞ってなるべく水分を抜きながら喚くが、全く気にした風も無く恭也は彼の文句を全て流していた。

ともあれ一人の犠牲を払った事により水溜りに極端な深みがある事が明らかとなり、残る三人は濡れる事無く通過する事が出来た。

予期せず犠牲の対象となってしまったジャスティンとしてはかなり不満な様子だったがそこは皆気にせず、水溜りを後にして先へと進んでいった。

 

 

 

 

 

通過した大きな水溜り以降は特に目新しい物は無く、再び草木の生い茂る場所を歩き続ける一同。

しかし水溜りを過ぎて数時間という時を歩き続ける中、空が夕焼けへ染まりつつあるのを確認した段階でテントを張る事に決定。

昨日と同じく分担してテント張りと料理を行い、ちょうど辺りが暗くなり始めたのと同時に出来上がった食事を焚火を囲む形で食べる。

そして食べ終わってから少しだけ談笑した後、今日からは自分が見張りをするという事でフィーナも含めた三人をテントへと入らせる。

フィーナは自分もすると何度も主張していたが、翌朝に眠たそうな顔で歩かれるより休んでもらった方がマシだと言い切られ、渋々納得させられた。

そんなわけで三人がいなくなった後、静寂の中で恭也は適度に焚き火へ薪を放り込みながら、それ以外何をするでもなく片膝を立てて座っていた。

 

「…………」

 

昼間の騒がしさから打って変わった静けさのせいか、少しだけ時間の経ちが遅くも感じてしまう。

だけど彼自身、それは別に嫌いではない。下手に騒がしいよりも、静かな方が落ち着けるし疲れも取れる感じがある。

でも、それはあくまで嫌いではないだけ。どちらが好きかと聞かれればやはり、昼間のような騒がしさを彼は選ぶ。

彼が元いた世界でも、日常にはそんな騒がしさがあった。だから、それを思い出せる分、余計に騒がしい方が好きと言えるかもしれない。

 

(五年、か……長いようで、案外短いものだな)

 

今まで過剰に元の世界を恋しく思う事が無かったのは、確実にこの世界で出会った人たちのお陰なのだろう。

昔は自分を助けてくれた小さな二人の少女のお陰、今は大きくなった少女の一人と二人の冒険者見習いのお陰。

口にはしないが、感謝してもし足りないほどの恩を感じている。でも、恩がある分だけ二人の少女――リーンとフィーナへの負い目が強くもある。

こちらの世界で救ってくれた二人に自分は恩を返すどころか、望まぬ別れをさせる切っ掛けを作ってしまったのだから。

過去を悔んでも仕方が無いの一言で済ませる事じゃない。だから、自分が引き起こしてしまった事を清算する事で恩を返す。

それがあの日から彼がずっと思い続けているただ一つの事。今の三人と旅に出る事は予想外だったが、今でもそれは変わってなかった。

 

(――――ん?)

 

そんな風に物思いに耽る中、背を向けているテントの方からパサッと入口が静かに開かれる音が聞こえた。

後に近づいてくる足音も加え、テントから誰かが出てきたのだと容易に分かる。もちろん、気配と足音で誰かも何となく分かる。

だから別段驚く事も振り向く事もなく、薪を焚火へ放り込む。その仕草とほぼ同時に頭へ浮かんだ通りの人物が恭也から見て焚火の右辺りへ腰掛けた。

 

「……眠れないのか?」

 

「いや、別にそういうわけじゃないよ。ただふっと目が覚めたから、何となく外に出たってだけ」

 

「そんな理由ならさっさと戻って寝ろ。それでなくてもお前は誰かが起こすまで起きない寝坊助なんだからな」

 

「そっかぁ? 自分ではそこまで酷いとは思わないんだけどなぁ……」

 

頬を掻きながらそう返してくる辺り、その人物――ジャスティンには言う事を聞く気が無いように見えた。

反対に恭也もすんなり戻るとは思っていなかったのかそれ以上は何も言わず、再び薪を一本焚火の中へと放り込んだ。

それ以降ジャスティンも言葉を発する事無く黙り込み、パチパチと焚火から舞い上がる火の粉が弾ける音のみは静寂の中で響いた。

そしてそんな静寂がおよそ五分程度続いた時、無言の空間に耐えられなくなったのか、ジャスティンのほうから口を開いた。

 

「前からなんとな~く思ってたんだけどさ……フィーナって、結構怖がりだよな。幽霊船のときは半分意地になって幽霊否定してたし、昨日は気絶までしたし」

 

「そうだな。昔からアレはその手の類がかなり苦手だった……未だ俺にも隠し通せてると本人は思ってるだろうがな」

 

「あ、やっぱりそうなのか。となると本当に強情なんだな、フィーナってさ」

 

「本人の性格がそうさせるんだろうな、おそらくは。まあ、分かっていて見る分には微笑ましくもあるが」

 

「まあ、それは確かにそうなんだけどな……」

 

本人が聞けば何を言ってくるか分からない事で盛り上がりを見せたかに思ったが、それもすぐにまた静寂へ戻る。

正直なのところ、恭也とジャスティンでは共通する話題が乏しく、第三者がいなければ僅かに盛り上がっても保つ事が難しいのだ。

それは本人も分かっているはずなのに何でテントに戻らないんだと普通は思うだろうが、恭也からすれば何となく理由が分かっていた。

というより、苦手な無言空間で話題が無いのに佇む理由など大してなく、何より妙にソワソワした感じを見せる物だから分かり易過ぎるのだ。

ただ、分かっていたとしても恭也から話を振る事は無い。少し冷たいが、本人が聞いてこないのに話を振る理由も必要性も彼にはないのだから。

ジャスティンはそういった考えで彼が何も聞いてこないと知っているのか知らないのか、未だその話へ移るか移るまいか悩み、ソワソワしていた。

だが、どちらも口を開かずには進展がないとようやく分かったのか、若干落ち着きは無いながらも意を決して聞きたい事があるんだけど……と彼は切り出した。

 

「恭也がフィーナと、あのリーンっていう奴と一緒に住んでたのって、確か五年くらい前からなんだよな?」

 

「そうだが……それがどうかしたか?」

 

「い や、フィーナに少しだけ聞いた事があるんだけど、恭也とあの二人が出会う切っ掛けになったのって山脈で大怪我を負って倒れてた恭也を助けた事なんだろ?  それを聞いてからずっと疑問に思ってたんだけどさ……あんなに強いのに何で、行き倒れるほどの大怪我なんて負ったんだ?」

 

フィーナにもそこは聞いたのだが知らないと言われ、ならば恭也に聞けばいいかと思いもしたが機会が無くて聞けなかった。

そんなわけでようやく出来た機会という事で彼は尋ねたのだが、反対に恭也としては表面上は出さずとも内心ではそれなりに困っていた。

言う事は簡単だ。本来の妹(こちらも義妹だが)と叔母を守るために爆弾の脅威に晒されたのだというだけ告げれば十分に分かるのだから。

でも、それを言えば自分が別世界の住人なのではと疑われ、最悪の場合は知られる恐れがある。一応仲間内とはいえ、これは下手に知られて良い事じゃない。

ジャスティンもスーも軍へ漏らすなどするような者じゃないと信用してはいるが、故意に漏らさずとも口を滑らせてというのは十分考えられる。

故にこの場は真実を話さず収めるのが賢明なのだが、適当な事を教えて誤魔化すにしても、変に適当過ぎると嘘とバレてしまう可能性がある。

だから慎重に言葉を選び、頭の中で選んだ言葉を可笑しな部分が極力少なくなるよう組み合わせ、これならと思った段階でそれを口にした。

 

「特 に珍しくもない話なんだが……旅をしていた過程であの山脈に足を踏み入れたんだが、少し歩いた所で土砂崩れが起きてな。下敷きになりつつも死なずに自力脱 出は出来たんだが……それで負った怪我が原因で意識が保てなくなり、結果としてそこから少し歩いた地点で行き倒れてしまったんだ」

 

「……それって死なずに済んだのが本当に奇跡だよな。ていうか、その話で行くと恭也も元は冒険者だったって事なのか?」

 

「冒険者というほど大したものではないが、旅をしていたという点では確かにそう言えるかもしれんな。ともあれ、そういう理由で俺は大怪我を負い、リーンとフィーナの二人に助けられたというわけだ……納得したか?」

 

実際のところ、恭也が話した内容の中には二点ほど真実が含まれている。それは土砂崩れが起きた事と怪我人が出た事。

ただ時期が違う上、怪我をしたのは恭也ではなくニューパームの住人。彼も人伝に聞いただけだが、本当に死んでも可笑しくない怪我だったとの事。

つまり、咄嗟に記憶の中にあったこれを自分に置き換えて話したというわけだ。半分が事実故、土砂崩れが起きた跡も山脈にはあるから信憑性は十分にある。

だけど半分とは言え嘘には変わりなく、それを知らぬジャスティンは問いに対して笑顔で頷いた。正直そんな風に頷かれると嘘をついた側としては後ろめたくも感じる。

しかし実は嘘ですなど言えるわけも無く、いつもの無表情のまま、そうか……と頷き返して満足したジャスティンがテントへ戻るのを見送った。

 

(とりあえずは何とかなったか……もっとも、いつまでも隠し通せるわけでもはないんだろうがな)

 

今はそれで誤魔化せていても、旅が続くに連れてきっといつかバレてしまう可能性は非常に高いと言える。

だけど危惧されるのはそれだけでなく、そこから派生してフィーナさえも知らぬリーンが軍へ行く切っ掛けとなった一件も知れる可能性がある。

でも、永遠に隠し通せるものではないのだから、バレても仕方ないとしか言えない。それが原因でフィーナがどんな目で自分を見ようとも、自業自得としか言えない。

全てに於いて自分に責任があるという事実に変わりはないのだから。だから、いずれバレるだろうという事は頭の中に入れておかなければならない。

今がどれだけ居心地の良い状況であったとしても、消えない罪が清算されるその日までは抱き続け、決して忘れる事を許してはいけない。

ジャスティンと話した事でそれを再確認しつつ、火の粉が舞い上がる焚き火を見詰めながら彼は更けていく夜の中、静かに佇むのだった。

 

 

 

 

 

翌朝、予想通り寝坊したジャスティンの叩き起こし、皆が揃ったところで朝食を食べてテントを畳み、準備をして出発する。

『霧除けの実』の効果が僅かに薄れてきているのか、昨日と比べてみて辺りを包む霧は心なしか濃いようにも感じる。

オマケに昨日まで少なかった魔物の気配も少しばかり増していた。それから察するに、どうやら魔物は霧があるときに活動するのだろうと分かる。

特に一番活動が頻繁になってきているのが木人とガスクラウドという魔物。前者は木に擬態した魔物で、後者はガスで構成された魔物である。

どちらも霧が多い状況下では周りの風景に溶け込み易い魔物であるため、非常に危険度が高いと言えるだろう。

 

「だああもう! 朝っぱらからこんなワラワラと出てきやがって……少しは遠慮しろっての!!」

 

「叫んでないで手を動かしてよ! そうでなくても数が――って、何でジャスティン素通りでこっち来るのよ~!!」

 

「同じく若いといえどやはり襲うなら女という事なのだろうな……魔物と言えど、やはり男という事か」

 

「オスかメスなんてどうでもいいわよ! そんな事言ってる暇があったらその分手を――っ!!」

 

そんなわけで現在、その危険度の高い二種の魔物の群れに襲われている一同は一人を除き、かなり必死であった。

木人はともかく、ガスクラウドはガス状の魔物。それ故に『霧の樹海』西側のときに恭也が言った通り、物理的な攻撃が意味を成さない。

せめてもの救いが木人に比べてガスクラウドの数は少ないという点。だがまあ、それでも十分過ぎると言えてしまうほどの数。

要するに救いが救いとして作用しているかは微妙という事。ただ、この魔物たちを一気に殲滅する手段が無いというわけじゃない。

ガスクラウドは魔法に対する耐性が極端に低く、木人に関しても火の魔法には非常に弱い。そのため、中か上に位置する火属性魔法で簡易殲滅出来る。

とはいえ、火属性魔法を習得しているジャスティンとフィーナでは上級はおろか、中級に位置するものですら行使する事は出来ないのだ。

唯一この中で行使できる物がいるとしたら恭也なのだが、面倒臭がって手を抜いている彼が頼んで素直に聞くとは到底思えない。

 

火の精霊の名の元に顕現せよ! 燃えさかる炎よ!!

 

そのため、下級であっても現状で使える魔法で何とかするしかないと判断し、フィーナは即実行する。

行使されたその魔法は中級は中級でも火の魔法の中で中の下に位置する、中級の中では比較的弱いほうである魔法『ヴァンフレイム』。

威力は上級よりもやはり落ちるが、その分中の下というだけあって短い詠唱で行使できるのが唯一の特徴。

効果範囲もまあまあ広いため、使い勝手は中々良い。だが、それでもやはり範囲も威力も足りず、殲滅するまでには届かない。

だけど一応はこれによって数もそれなりに減り、何より火の魔法行使によって敵も慄いた為、好機とも言える隙が生まれる。

これを逃す手は無く、ジャスティンもスーも、もちろんフィーナもここぞとばかりに猛攻を仕掛け、殲滅へと持ち込もうとした。

 

 

 

――だが、猛攻を始めた次の瞬間、木人とガスクライドの両方に増援が現れ、実質最初の数へと戻ってしまった。

 

 

 

実力と連携で戦う彼らとは違い、数に物を言わせてるのが魔物の戦い方なのだから当然と言われればそれまで。

だが、そんなので納得できるわけもなく、苛立ちが募りつつもジャスティンらは武器を振い、魔物たちを次々と倒していく。

しかしながらやはり数が多く、武器での殲滅は難しい。かといって先と同じ魔法を使っても、また多く増援が寄ってくるのがオチかもしれない。

結局のところ半分以上が根競べな状況。この後も『霧の樹海』を進まなければならないと考えると正直、キツイの一言に尽きる。

 

「はぁ……少しは年寄りを労わって欲しいものだな」

 

そんな中でただ一人、溜息と愚痴を漏らすほど余裕がある人物がいる。それは誰かと言えば、当然ながら恭也だ。

以前と違ってちゃんと戦いに参加してはいる。一体一体の殲滅速度もジャスティンたちに勝らずとも劣ってはいない。

だけどそれが彼の本気ではないと誰もが知っている。何より戦う姿はともかく、態度が明らかに不真面目感バリバリな様子であるから分かり易い。

忙しくなければ戦ってくれてるだけマシだと思えたかもしれないが、悲しい事に状況は不真面目な戦い方を許さぬほど切実。

それ故か、いい加減イライラが頂点に達し掛けていた一同を代表して妹であるフィーナが戦いながら、文句を大声で口にした。

 

「手抜きしないでちゃんと戦ってよ、兄さん!! ただでさえ数が多いんだから!!」

 

「む、失礼な……俺は俺でちゃんと全力で戦っているぞ?」

 

「どこがよ!? 明らかに手を抜いてるのが見え見えじゃない!! ふざけていられる状況じゃないって事が分からないの!?」

 

「ちょっとした茶目っ気にそこまで真剣に怒られてもなぁ……まあ、確かにあまり宜しくない状況なのは分かるが」

 

「分かるんだったら何かしら対処なりしてよ!! 兄さんみたいにこれだけの数を永遠と相手にしていられるほど体力馬鹿じゃないんだからね、私たちは!!」

 

かなり酷い言われようだが、言い返すための反論材料もないためか、仕方ないか……と恭也は呟いて頷き返す。

そして全員に対して敵の動きを抑制しつつ自分を中心に集まるよう指示を飛ばし、同時に近場の魔物を斬り倒して魔法の詠唱を開始する。

 

風を纏いて猛威を振るうは雷の化身。咆哮は天へと響き、紫電の炎は大地を焼き払う

 

展開した魔法陣は紫色。火、風、水、地の四属性のどれにも当て嵌まらない色をした魔法陣。

ジャスティンとスーの二人にはまだ分からないかもしれないが、フィーナにだけはその色が示す属性が分かった。

基礎となる四属性の中で最高の攻撃力を誇る火属性を超えた攻撃力を持つ属性。その正体は火と風の複合属性『稲妻』。

複合属性を含めた全属性の中で一番の攻撃力を持つが故に制御が難しく、複合属性の中では極めて危険視される属性。

そんなものを使おうというのだから、本来は止めるのが普通。だが、正直そんな暇はないし、何より今のところは驚く事に魔力の流れは正常である。

 

(制御、出来てる……?)

 

流れの乱れは必ず暴発、もしくは暴走を招く前兆となり得る。そのため流れが正常だという事実が物語るのは、制御能力の高さ。

二種の魔力を収束し、それを混ぜ合わせるという行為を魔法構成しながら行うというのはかなり困難な事なのにも関わらず、彼は上手く制御している。

これは正直、フィーナにとっても嫉妬より驚きのほうが上回った。自分も複合付与魔法は使うが、彼の使おうとしている物はそれを上回る位の魔法。

漠然と凄いとしか言いようが無く、意識がそちらに固定されそうになる。だが、寸でで踏み止まり、目の前へと意識を戻して鞭を振いながら後退する。

同様にジャスティンとスーの二人も敵の動きを出来るだけ牽制しつつ、恭也が飛ばした指示通り、彼を中心とした周りへと下がった。

 

精霊よ、闇をも切り裂く雷鳴を以て哀れな愚者に救いと裁きを与えたまえ

 

三人が指定された場所まで後退した直後、術式は完成。その次の瞬間には集束した魔力が解放され、広範囲へ雷が放たれる。

凄まじい轟音と衝撃、そして眩い光のせいか三人は一瞬のみ腕で目元を隠して身構え、ゆっくりと腕を下ろした先で半ば恐ろしい物を見た。

後退していた三人を追うように迫っていた魔物たちが雷の範囲から逃れる事叶わず、一瞬の後に身体を燃やされ、塵と化してしまう姿。

知識だけでなら知っているそれはおそらく複合属性『稲妻』の中級魔法『ライデン』。指定した場所を中心として展開される半球体状の雷で敵を破壊する魔法。

全ての魔法は精霊の力を以て行使されるため、術者及び術者が敵と判断していない対象へ被害は及ばないと分かっているが、それでもゾッとしてしまう。

ただ、この魔法を行使した甲斐があってか大半の魔物は殲滅され、残った魔物も先ほど以上に恐れ慄き、次々と逃げ去っていった。

だが、逃げ去っていく魔物たちなどには誰も目が行かない。三人が一様に注目するのは、そんな魔法を行使した恭也へと向かっていた。

 

「ふぅ……やはり中級とはいえ、長い詠唱は肩が凝っていかん」

 

「肩が凝るって、それだけ!? あんな魔法を使った後の一言がたったそれだけなの!?」

 

「それだけだが……一体何をそんなに驚いてるんだ、お前たちは?」

 

フィーナの使った魔法『ヴァンフレイム』も中級ではあったが、彼の使った魔法『ライデン』は中級の中でも上位に位置する魔法。

つまりもっとも上級魔法に近い中級魔法という事。それ故、行使するための魔力も精神力も生半可なものではない。

それを彼は肩が凝るの一言だけで済ませたのだから、驚きに更なる驚きが重なってしまうのも別段不思議な事ではない。

しかし彼にはそこの辺の自覚がないのか、肩を軽く揉み解しながら何で驚いているのかと問うてくる始末。

これによってか、もう驚きを通り越して呆れるまでに達してしまったため、それ以上は何も追及する事が出来ず、三人が三人とも小さく溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 

予期せずとも『ライデン』の脅威は広範囲に届いたのか、それ以降は魔物たちも襲ってくる気配を見せなかった。

彼自身そこも想定して行使したかどうかは定かではないが、それが当然とばかりに特別警戒もせずに歩いていた。

それにはもう呆れるのさえも馬鹿らしくなり、残る三人も同じく警戒をする事無く、磁石を頼りに霧が覆う森の中を突き進んでいった。

周りの木々と比較すると『世界の果て』は果てしなく高い壁である故、見上げれば先の方に簡単に見える物ではある。

だが、あまりに大きいから近づいているのかどうかも分かり辛く、嫌な考え方をすれば壁の方から逃げているようにも見えてしまう。

故にか割と根気があるほうの恭也とフィーナはともかく、ジャスティンとスーの二人に関しては一昨日からの歩き詰めでいい加減萎え気味であった。

とはいえ、ここまで来たら諦めるわけにもいかないというのがあるのか、弱音は吐いても歩みを止める事は無く、森を進み続ける。

そしてそれからおよそ三時間後。諦めず、歩みを止めずに進み続けた事へ応えるかのように――――

 

 

 

――草木が全く生えていない、地面が石で出来た一体へと四人は差し掛かった。

 

 

 

今まで歩んできていた事による疲れも忘れ、途端に走り出すジャスティンとスー。

それに苦笑を浮かべるフィーナとやれやれといった顔をする恭也もまた、逸れぬように二人の後を追った。

それから間も無くして二人へと追い付き、足を止めたすぐ目の前にあったのは、地面と同じ色をした巨大な壁。

壁画などが彫られている事から明らかに人工物と想定できるその壁は紛れもなく、一同が目指していた『世界の果て』であった。

 

「やっと……やっと辿り着いたぞおおぉぉ!!」

 

あまりの喜びに上げたジャスティンの声は反響して辺りに響く。もちろん、近場にいた者からすれば煩い事この上ない。

しかしスーにしてもフィーナにしても、それさえ気にならないほど喜びが勝っていた。なぜなら、そこは冒険の目的とも言える場所だから。

ドム遺跡で会った『リエーテ』という女性が告げていた言葉。世界に果てなど存在しないという言葉を確かめるために目指した場所なのだから。

 

「……これを登るとなると、想像した以上にしんどそうだな」

 

ただ唯一、恭也だけは喜び以上に面倒だという気持ちが勝っていた。だが、ある意味彼の言う事も分からないではない。

『世界の果て』はこの世界で最も高い建造物とされ、近くから見ても遠くから見ても頂上が雲に隠れて見えないほど巨大なのだ。

恭也がいた世界で頂上が雲に覆われる山というのはあったが、それでもここまで大きくは無い。それ故、これを登るだけでも熾烈を極める。

とはいえ、ここまで来たのだから登らず帰るなどという選択肢は無く、彼の呟きを聞いたフィーナが心境に同意しつつも登るしか無いと返す。

もちろん恭也としても旅に付き合う事を決めたから、ここにいる。だからこそ、登る事を放棄する気はなく、彼女の言葉に分かっていると小さく頷いた。

 

「それにしても……これはどこから登ればいいんだ? まさか、これほど巨大な壁を淡々とロッククライミングするのか?」

 

「いや、さすがにそれは無いわよ。たぶん、どこかに登るための石段か何かが……あ、あれがそうじゃない?」

 

「お、確かにそれっぽいな! よ~し、善は急げ! 早速登るぞ~!!」

 

「お~!!」

 

「あ、ちょっとジャスティン、スー! 何があるか分からないんだから、勝手に突っ走っちゃ――――……もう……」

 

「……お子様組は元気な事だな。年寄りの俺はあの二人のテンションには正直ついていけんよ」

 

テンション高めのまま入口と思われる場所に突撃していくジャスティンとスー。その二人の後を恭也とフィーナは呆れながらも追い掛ける。

世界を終わりに立つとされる『世界の果て』。だけど、世界に果てなど存在しないというリエーテの言葉を信じ、その先にある何かに期待と不安を抱きながら。

 

 

 

 

 

――立ちはだかる巨大な壁を登るための最初の一歩を、踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

ようやくお話は次回から世界の果て編へと突入します。

【咲】 ここまで長いのか短いのか分からない感じはあるわよね。

まあね。ともあれ、次回からは世界の果てに突入するわけだけど、基本的に景色とか変わらないんだよね、あそこ。

【咲】 ずっと同じ壁画っぽいのが描かれた壁ばっかりだものね。ところどころでトラップがあったりはするけど。

構成的には二、三話くらいで描こうとは思うけど、実際はどうなるかは分からん部分はあるな。

【咲】 でも、キャンプの回数とかは一応原作通りな感じにするのよね。

それはまあ、ね。キャンプの数が少ないと二日そこらで登ったように見えてしまうし。

【咲】 二日掛かりで登るのでも結構骨だけどね。そこらの山より巨大って事なわけだもの。

確かにな。まあ、そんなわけで次回から推定二、三話ぐらいまでは世界の果て編という事になるんでよろしく~。

【咲】 じゃあ、今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう!!

【咲】 それじゃあね、バイバ~イ♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感想は掲示板かメールにて

 

 

 

 

 

 

 

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