――新大陸エレンシア・世界の果て――

 

 

石段を上がって行けば、最初に辿り着いたのは広くも狭くも無い石で出来た通路。

それは明らかに人工物であると断言できる舗装具合。だが、年期があるために描かれている壁画は少し欠けている。

ただ一同の目的は別に壁画を調べる事ではないため、特に気にする事もなく一本道の通路を多少注意しながらゆっくり進んでいった。

 

「ところで思ったんだけどさ……やっぱり、こういう場所でも魔物っていたりするのかな?」

 

「いるにはいるんじゃないかしら? もっとも、地上と離れている分だけ生息できる魔物の種類は限られてくると思うけど」

 

「ふ~ん……ま、結局のところ魔物がいるにしてもいないにしても、会ったら会ったで戦って倒せばいいだけの話なんだけどな」

 

「一概にそうとも言えんだろ。フィーナが言ったようにこの位置でも地上からある程度は離れているのだから、地に足を付けなければならない俺たちでは戦い辛い魔物が多いだろうしな」

 

「ん~……それって例えば、空を飛べる魔物と会っちゃった場合、空を飛べない私たちじゃ太刀打ち出来なくなるって事かしら?」

 

「全く太刀打ち出来なくなるわけじゃないだろうが……まあ、要するに用心するに越した事は――――ん?」

 

言葉を言い切る前に止め、正面を訝しげに見つつ足を止める恭也。それに彼の前を歩く三人も何かと思って足を止める。

そして彼の視線を辿って自分たちの進路上正面へと視線を戻せば、そこにあったのは通路を遮るようにそそり立つ壁。

その前には壁の形状と同質の大きさをした大きな窪み。壁は地面とくっ付いている節が無いため、普通に見れば手前に倒す事で通れるように見える。

しかし、窪みの手前まで歩み寄って壁に取っ掛かりがないかと窺ってみるが、全く見当たらないためにロープか何かを掛けて引っ張る事は難しいと判断。

となれば、如何にして目の前の壁を手前に倒すかを一同は揃って考え始める最中、不用心にもジャスティンは窪みの中へ飛び降りて壁まで近寄った。

 

「ちょ――何やってるのよ、ジャスティン! 危ないわよ!?」

 

「危ないって……別に倒れてくるわけでもないんだから、別に危なくなんて――――」

 

笑いながら言葉を言い切ろうとした直後、ガコンと何かが嵌る音が聞こえる。そしてその途端、あろう事か壁がゆっくりと倒れてきた。

遠目から見ただけでもかなり重量がありそうな壁。そんなものに圧し掛かられたら、人間の一人程度は軽く押し潰してしまうだろう。

そこに考えが至ったのかどうかはともかく、危機的な状況だと一瞬で悟ったジャスティンはすぐさま地面を蹴って引き返してくる。

だが、彼が窪みの外まで出るのと壁が倒れるのとでは明らかに後者のほうが速い。それ故、このままでは押し潰されるという現実は避けられない。

 

「チッ――」

 

さすがにそれを黙って見過ごせるような者はこの場にはいないが、どうにか出来る手立てを持つ者は実質一人しかいない。

だから、その一人である恭也は舌打ちと同時に自身の持つ手立て――神速を行使する事により、モノクロの世界へと突入する。

そして全てがゆっくりと進行する最中で駆け出し、窪みの中へと降りてジャスティンの元まで駆け寄ると一旦神速を解く。

色が戻った世界で突如現れた彼に驚きを浮かべるジャスティンを即座に持ち上げ、勢い良くスーとフィーナのいる窪みの上へと放った。

幸い、多少なりと逃げようとしてくれたお陰で力一杯投げただけでも安全圏に到達するには十分だったため、彼の身体は恭也の予定した位置まで到達した。

その直後に再び神速を行使してモノクロの世界へと再突入。来た道を戻って窪みの外へと向かい、到達と同時に神速を解除した。

 

 

 

――その数秒後、ゆっくりと倒れてきていた壁は窪みへと完全に埋まり、一つの道を成した。

 

 

 

どういった原理で常にゆっくり倒れてきていたかは知らないが、ここではそれが功を奏したもう一つの理由として挙げられる。

とはいえ、神速を二度連続で使用した恭也の疲労はそれなりのものとなり、珍しく肩で息をしつつ若干荒めに呼吸を繰り返していた。

神速の存在を知らない三人からすれば何が起こったのかと思える事態だが、それ以上にジャスティンが助かったという安著の気持ちのほうが強かった。

それ故、そこに小さく息をつき、スーとフィーナの二人はジャスティンをかなりのお怒り具合で注意した後、恭也のほうに心配そうな声を掛ける。

その二人の言葉に恭也は大丈夫だと答えるも、普通に見て大丈夫そうには見えず、仕方なく登り始めて早々の休憩タイムを取る羽目となるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GRANDIADifferentWorld Guardians

 

 

第十四話 果てを越えた先にあるもの 前編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの少しの休憩を終えた後、再び歩みを再開した一同を待っていたのは先ほどの物と大差無いほど危険なトラップ。

石段がいきなり波を打って怪我をしそうになったり、床が突然消えて落ちそうになったり、不自然な壁の窪みに入れば落石があったり。

休む暇など与えないと言わんばかりのトラップの数々。正直、これでは慎重に進んでいったとしてもいずれ大怪我では済まない事になりかねない。

とはいえ、進む事を止めるわけにもいかず、せめて事前にトラップだと分かるよう慎重に慎重を重ねながら一同は上へ上へと登っていった。

そしてまたもどういう原理で動くのかは知らないが、エレベーターのように浮いていく床にて上へと上がり、床が止まった地点にて再び頭を悩ませる光景が広がった。

 

「……分かれ道、か。おそらくどちらかは上へ向かう道に繋がっているんだろうが、ここからでは判断がつかんな」

 

「ん~……じゃあ二手に分かれて――って、そしたら引き返せない状況になった場合に打つ手がなくなるから駄目か」

 

「多少は学習してきたみたいだな……お前の言う通り、二手に分かれるのは得策じゃ無い。となれば固まって一つの道を選ぶしか手段はないわけだが……さて、どうしたものか」

 

今の位置からでは道の先は両方とも見えはしない。だけど、何があるかも分からない状態では確かめに行くのも危険。

そうなると先が見えない現在の位置からどちらへ進むかを決める必要があるが、一つ間違えばトラップに掛かって全滅というのもあり得る。

故に中々進むべき道を決める事が出来ず、足を止めたまま思案。だが、それからある程度の時間が経ったとき、溜息をつきつつ恭也が口を開いた。

 

「仕方ない……先に俺がどちらかの道を進んで、罠かどうかを調べてこよう」

 

「え……で、でも、二手に分かれるのは得策じゃないって」

 

「確かにそういったが、この場合はどうしようもないだろ。確かにあまり宜しくない手だが、かといって他の手を思い付かぬまま考え続けていたら正直時間の無駄になるしな」

 

「それは、確かにそうかもしれないけどさ……でも、だからってキョウヤが一人で行くってのはいくらなんでも」

 

「俺一人だけだからこそいいんだ。俺だけなら大概の事にはある程度の対処は出来るが……下手に誰かが付いてきたらもしもの場合、対処出来なくなってしまうからな」

 

少なくとも、この中で一番罠関係に長けているのは恭也。フィーナも長けてはいるが、総合的な能力も考えて彼のほうが適任に当たる。

とはいえ、やはり危険には変わりないのも確か故に三人とも渋るような顔をするが、結局他に何かを思い付くわけでもないので渋々ながらも頷くしかなかった。

そして方針が決まると恭也は右と左を交互に見た後、右のほうを選んで前へと進んでいき、気を張り巡らしながら右の石段を登っていった。

だが、石段そのものには何の罠もなかったのかすんなりと登り切り、登り切った後に見えてきた先のほうを見ても別段変ったところは見受けられなかった。

しかし変わったところは無いが進むべき道さえもそこには無く、外れかと思いつつ後ろへ顔を向けてみれば、左の道にもそれ以上進める道が存在しなかった。

 

(上へ行ける道がどちらにも存在しない、か。しかし、ここに来るまでの道は確か一本道だったはずだから、道を間違えたという事はないはずだが……)

 

ある程度入念に調べながら進みはしたが、罠以外に隠された道なんてものはここに来るまで見つかりはしなかった。

それはつまり、ここまでの道程が完全に一本道だったという事。そして一本道ならば間違えようがないため、来た道は正しいはず。

となると恭也が現在いる右の道か左の道、どちらかが先に繋がって無くてはならないのだが、その道が見た限りでは窺えない。

それ故一度戻ろうかとも考えたが、もう少し注意深く周りを調べてみるかと考えを改めつつ、ゆっくりと前へ歩を進め始める。

 

 

 

――だがその判断は間違いだったのか、僅か数歩ほど歩いた直後にその異変は起こった。

 

 

 

正方形の石で出来たブロックが壁から生えているような足場。一見すれば簡単に崩れてしまいそうにも見える。

だけど当然ではあるが、そう見えるのは外見だけで今まで一切崩れるどころか揺れる事さえなかった。

しかし、ここにきて突然彼が足を付けるブロックがグラグラと揺れ始めた。しかもその揺れは少しずつ、少しずつ大きくなってきている。

さすがの彼も表情に僅かな焦りを出してしまう。もし、そのままブロックが落ちようものなら彼とて持ちうる身体能力を駆使して対処のしようがある。

ただ万が一、これが誰かが乗った途端に砕けたりするようなトラップなら、いくら恭也でも地面に真っ逆さまという事態は免れない。

それ故にどちらにしても危険性が伴うため、恭也は後ろへと振り返って来た道を戻ろうとしたが――――

 

 

 

――決断を出すまでに時間を掛け過ぎてしまった事が仇となり、事態は更なる変化を起こした。

 

 

 

グラグラと揺れていた地面は続けてガコンを音を立て、彼が石段へと戻るより速く上へとスライドしていく。

そしてそれはそのまま徐々に上へと移動していき、最終的には上の方にあった道らしき場所の前にて音を鳴らして止まった。

 

「…………はぁ……」

 

止まってから僅かして恭也も思わず溜息。まあ、崩れ落ちると想定して焦っていた側からすれば、これには溜息一つも付きたくなる。

とはいえ、そんな最悪な事態にならなくて済んだのは幸いとも考えられるため、とりあえず意識を切り替えて再び歩を進める。

ブロックが止まった場所の先にある石段を登り、登り切った地点で一度足を止め、再度周りを注意深く見渡した後にまた歩きを再開する。

 

「…………ふむ」

 

だが、これまた先ほどと同じく歩を進めた先は行き止まりに到達するまで全くと言っていいほど何もなかった。

先へと進むための仕掛けはもちろん、罠の一つもない。正直、滅多に見せない焦りまで見せてここまで来たのは何のためだったのかと思ってしまう。

だけどどう思ってもその場に何も無いという事実が変わる事は無いため、恭也はまた一つ溜息をつきつつ石段を下っていく。

そして下りていった先にある先ほど彼がここに来る際に(予期せず)使用した昇降機の働きをするブロックに乗れば、ブロックは今度は下へと降りていった。

下り始めたブロックが元あった地点に到達するとガコンと音を立てて停止。それから恭也は更に歩を進めて来た道を戻り、ジャスティンたちを合流を果たした。

 

「だ、大丈夫だった、兄さん? 何か、結構奥の方まで進んでいったみたいだったけど……」

 

「大丈夫には大丈夫だったが、正直拍子抜けだったな。ブロックが突然動き出すやらであれだけ焦らせたくせに何もなかったんだからな」

 

「あ~、確かにアレはこっから見てる側としても少し驚いたかな。でもまあ、右の道は外れだって事が無事確認出来たんだからいいんじゃないか?」

 

ジャスティンの言い分にスーも同意するようにうんうんと頷く。つまりは、何があろうとも結果良ければ全て良しという事である。

ただ実際に体験したものからすれば、そんな一言で済ませて欲しくは無いのだが、言ったところで意味があるわけでもないのも事実。

故に恭也は何度ついたかも分からない溜息を今一度つき、安心して歩き始めるジャスティンとスーの後ろをフィーナになぜか励まされつつ付いていくのだった。

 

 

 

進んだ先にはまたも分かれ道が存在したが、そこはさっきと違ってある程度先が見えるような作りだった。

片方は完全に行き止まり、もう片方はまだ先があるような感じ。それ故、四人は迷う事無く後者の道を選んだ。

だけど道を選んで石段を登り切ってみればその先は行き止まりだったため、もう片方が昇降機にでもなっているのかと考える。

そして来た道を戻ろうかと石段へ足を掛けるのだが、足を掛けた瞬間に突如――――

 

 

 

「――どわっ!?」

 

――下を向いていた石段は上向きへと変わった。

 

 

 

調子に乗って注意も怠り、誰よりも前を歩いていたためかトラップに掛かったのはジャスティンのみ。

他の面々は石段に足を掛ける一歩手前のところにいたためかトラップに掛かるのを免れつつ、彼が転げそうになるところを慌てて支えた。

 

「びっくりしたぁ……な、何なんだよ、この石段は!? 人が乗った瞬間に向きが変わるとか危なすぎるだろ!?」

 

「……まあ、危ないという点では否定しないが、今までのトラップに比べたら可愛いものだろ」

 

「そうよねぇ……それにちゃんと周りを見てたら、こうなるだろうなって事は何となく予想できたんじゃないかしら」

 

「というより、ここにいる人で分からなかったのってジャスティンぐらいよね。それ以外は引っ掛かって無いんだし」

 

「ぐっ……」

 

三人の言うとおり、石段だけを見てたら確かに分からないトラップだが、注意深く周りを見れば上に石段の切れ目があるのが分かる。

そこからもしかしたら自分らの登ってきた石段が何かしらの事を鍵として動き、上の石段と繋がるのではという事ぐらいの予測は出来る。

だけどそこを考えずに進む辺り調子が良いのは相変わらずと言うべきか、分かれ道のときに言った多少は学習してきたという言葉を撤回すべきかは悩み所。

本人も三人の正論一斉攻撃に為す術もないのか若干たじろいだ後、素直に謝ってきた。まあ、こういったときに素直な謝罪が出来るのは彼の良い所でもあるだろう。

大概こういった性格の人は言い訳をタラタラと言う人が多いから。ただ素直すぎるというのも若干難点と言えばそうだが、調子に乗る所も含めてそれが彼の味。

だから注意はするが過剰には咎めず、もう少し慎重にねと最後に告げて向きの変わった石段を登り、その先にあった昇降機を使って上へと辿り着くが。

 

「……?」

 

「……どうかしたか、フィーナ?」

 

辿り着いたまたも分かれ道の中間点にて、フィーナが首を傾げつつ右の道へ顔を向けたまま固まる。

それにどうしたんだろうと思った一同を代表して恭也が聞くが、彼女は珍しく答えを口にせず、突然右の道へ走り出した。

普段なら人に迷惑を掛ける事を嫌い、勝手に独断行動を取らない。だから、その突然の行動は若干驚きに値するものだった。

しかしながら放置しておくわけにもいかず、少しばかり遅れて後を追えば、彼女は右の道の行き止まりで足を止め、そこでしゃがみ込んで何かを手に取った。

何を見てるのかと思って後ろから窺うように覗き見てみれば、彼女が手に取ったのは刃が薄く緑掛かっている一本のナイフだった。

 

「……それは、そこに落ちてたナイフか?」

 

「うん……でも、ここを挑戦した他の冒険者の落し物、とかじゃないみたい。錆びてない刀身と全く傷んでない柄を見る限りは極最近のものだし……何より、こんなニューパームでもお目に掛かった事が無いような業物を落とすなんて普通は有り得ないわ」

 

「えっと……なら何で、こんな場所にそんな物が落ちてるのかしら?」

 

「それは分からないわ……だけど折角拾ったんだから、貰っておきましょう。こんな所に置いて駄目にしてしまうなんて惜しい代物だしね」

 

言いつつフィーナは自分の道具袋に拾ったナイフを仕舞う中、それはともかくとばかりに恭也は一応の注意をする。

本当に珍しい独断行動故、以後同じ事を何度も繰り返すとは思えないが、ジャスティンにも似たような注意をした手前がある。

そのために注意をすれば彼女も自分に非があると分かっているらしく彼と同じで同じく素直に謝り、改めて一同は正解であろう左の道へと進む。

するとその先には本日何度目かの昇降機があり、四人が揃って上の乗ったのと同時に動き出したブロックに揺られつつ、一同は更に上へと進んでいった。

 

 

 

昇降機が止まり、その先にあった石段を上った先は一際広い場所。これまでの事で何かトラップがあるかと若干警戒。

しかし結局探してみてもトラップらしきものが見当たらず、魔物の気配も今までと比べると薄いという事で今日はここで一夜を明かす事にした。

それでなくとも『霧の樹海』の途中から『世界の果て』のここまで来たのだから、日はまだ高くもそれなりに疲れは溜まってきている。

故にジャスティン辺りがまだ大丈夫だのと煩かったが、無理をして途中脱落を避けるためだという恭也の言葉に二人は頷き、彼も渋々ながら納得した。

そんなわけでいつも通り、女組のフィーナとスーが少し早いが夕食作りを担当し、その間で男組の恭也とジャスティンがテント張りを行うのだが。

 

「……なあ。ここって、テントなんか張れるのか? 明らかに杭なんか打てるように見えないんだけど……」

 

「確かに難しいとは思うが、張って張れない事は無い。足りない部分は気合で補って頑張れ」

 

「気合でどうにかなる問題かなぁ、これ……」

 

材質は確かに土っぽい物があるが、ブロックという形状である以上は人の手で杭が打ち込めるほど軟いはずがない。

ただそこを指摘しつつテントを張るのは無理じゃないかと言えば、恭也は気合で張れとかなり理不尽な事を返してくる始末。

そのため無理だろとか思いながらもジャスティンは杭を数本ほど手に持ち、恭也とはテントを挟んで反対側にて腰を下ろす。

そしてテントの紐をピンッと張るように持ち、紐の先端の輪に杭を通して地面へと突き立て、勢いよくハンマーを下ろした。

しかしながら彼が予想した通り、それなりに力強く打っても杭は本当に先っちょの部分までしか入らず、以後何度打ってもそれ以上進みもしなかった。

 

「っ――だああもう!! やっぱりここ固すぎ!! 人の力で打ち込むなんて絶対無理!!」

 

「何だ、まだ終わって無かったのか? 案外根性が無いな、お前は」

 

「いや、だってさ――って、は? まだ終わって無かったのかって……もしかして、キョウヤはもう終わったのか?」

 

「俺の担当分はな。まあ、確かに固いには固かったが、やってやれない事はなかったぞ?」

 

あっけらかんと告げてくる恭也は若干呆然となりつつも、すぐに我へ返ったジャスティンは恭也が担当した二か所を確認する。

すると驚く事にそのどちらも杭は三分の二近くも地面に刺さっていたため、地面の固さを嫌というほど実感した彼は正直、奴は人間かと疑ってしまう。

対して恭也はまるでさも当然の事をしたとでも言うような態度でジャスティンを根性無し呼ばわりするが、はっきり言って根性云々でどうにかなる問題ではない。

だが、彼の中ではもう根性無しという称号が決定となってしまったのか、仕方ないとばかりにジャスティンの分――というかテント張りは自分がやると告げる。

続けてジャスティンにはフィーナとスーの手伝いでもして来いと言い、彼は釈然としないながらも恭也の元から離れ、彼女らの所へと駆け寄った。

 

「――というわけでこっちに来たんだけど、何か手伝う事ってある?」

 

「ん~、それじゃあ、そこの野菜を形は適当でいいから切っておいてくれる?」

 

「おし、任せとけ!」

 

「それにしても、キョウヤも無茶な事言うわよね~。確かにジャスティンは根性無いけど、こんな場所に杭を打ち込める人なんて普通はいないわよ」

 

「何か少し引っ掛かるところはあるけど、やっぱり普通はそう思うよなぁ。そんな場所にしっかり打ちこんでる辺り、むしろキョウヤのほうが本当に人間かって疑うだろ」

 

「あ、あははは……まあ、兄さんが若干人間離れしてるのは今に始まった事じゃないから気にしない方がいいわ、疲れるだけだから」

 

義妹からも散々な事を言われてる本人はと言えば三人の声も聞こえていないのか、ただ杭を打ち続けていた。

ただジャスティンも自分の事に一生懸命で気づかなかったが、杭を打つ音が自分が打つ時よりも倍近く大きい。

だけど見た目は普通に打ってるだけに見える辺りが不思議。とはいえ、確かにフィーナの言うとおり、気にしたら疲れるだけ。

故にそんな光景など見慣れてるフィーナはもちろん、ジャスティンとスーの二人も彼女が忠告通り気にしない事とし、夕食作りへと集中していった。

 

 

 

テントを張り終え、出来上がった夕食を食べ終えた頃にはすでに日が傾いて暗くなり始めていた。

それからしばし空になった鍋を囲んで『世界の果て』を登り始めての感想の言い合いや他愛もない談笑をする。

すると時間が経つのは早いもので辺りは完全に暗くなり、疲れから眠くなってきたと言ってジャスティンとスーはテント内へ引っ込んだ。

そして残された一人であるフィーナはもう一人の方、恭也へと近寄って左隣へと腰掛け、疲れを表すように軽く伸びをする。

 

「ん~~~……さすがに今日は、ちょっと疲れたわね。まさか冒険者最大の試練とも言われる『世界の果て』が、こんなにトラップだらけの場所だなんて思わなかったし」

 

「確かにな。もっとも、疲れの半分以上は調子に乗って突っ走る誰かさんのせいだと俺は思うが」

 

「あはは……でもまあ、一杯ハラハラはしたけどこういう冒険も悪くはないわ。ううん、むしろ今までと比べると断然こっちのほうが好き♪」

 

「……そうか」

 

暗くて見えないが、素っ気なく言いつつも彼は笑みを浮かべている。何となく雰囲気からフィーナはそう思った。

だから彼女自身も少しだけの微笑を浮かべつつ、楽しげに話し続ける。そのせいか、いつの間にか恭也は完全に聞き役へ回っていた。

でも、それは彼としても嫌じゃなかった。義妹がここまで楽しそうに冒険の話をするのは、今までにない事だったから。

今まで冒険を続けてきた彼女が詰まらなそうだったとは言わない。冒険自体は好きな子であるため、今までだって楽しげに話していた事はあった。

だけど夜目が聞くから恭也は見えるが、実際に暗くて見えなくても今みたいに声色だけで笑顔だと分かるほど楽しそうに話した事は無い。

つまり、彼女にとってそれほど今が楽しいという事。そこに大きく影響しているのは間違いなく、ジャスティンとスーの二人の存在なのだろう。

冒険者教会を脱退して旅をするようになってから思い続けてはいたが、今のフィーナの様子を見て恭也はそこを改めて再確認した。

 

「――……兄さん? ちゃんと聞いてるの?」

 

「ん? ああ、ちゃんと聞いてるぞ?」

 

「なら、いいけど……あ、そういえば今日拾ったナイフの事なんだけど」

 

今思い出したかのようにフィーナは言いつつ、自身の道具袋から今日拾ったナイフを取り出した。

暗闇の中でも僅かに映えるくらい綺麗な極めて薄い緑の刀身。消耗品のナイフとは違い、明らかな違いを見せ付ける。

それを取り出したフィーナは僅かでも力強く輝き続ける刀身を見ながら再び口を開いた。

 

「何となくなんだけど……これ、少し普通のナイフとは違う気がするのよね」

 

「……まあ、それほどの業物だしな。普通とは違って見えても不思議はないと思うが?」

 

「そういう事じゃなくて! えっと、何て言ったらいいのか分からないけど……とにかく、どこかが違う気がするの!」

 

「はぁ……全く意味が分からん」

 

呆れ交じりでそう言えば、フィーナはナイフを突然渡してくる。持ってみれば分かるからと言って強引に。

一体何なんだとか思いつつも押し切られ、彼女から手渡されたナイフを持ってみれば、持ち具合も結構しっくりくる良いナイフだった。

ただ、それだけではないというフィーナの言い分が、彼女の言うとおり実際に持ってみる事で何となく分かった。

切れ味が良さそうだとか、投げ易そうだとかみたいな使い勝手の良し悪しじゃない。確かに何かそれ以外の力が宿っている感じ。

しかし普通に見てるだけでは分からぬ故、恭也はナイフを左手から右手へ持ち替え、軽く何度か振るってみた。

 

 

 

――すると鋭い風切り音とは別に、ヒュオッという風が吹くような音がした。

 

 

 

それなりに高い位置に現在いるとはいえ、今夜はそこまで目立つほど風など吹いてはいない。

そうなると何がそんな音を立てたのかと言えば、十中八九今しがた恭也が振るったナイフからであろう。

加えてそんな音がした時点でフィーナは上手く聞き取れなかったのか首を傾げていたが、聞き取った恭也は普通との違いを何となく理解した。

 

「なるほどな……確かに普通とは違うと感じてしまうわけだ。このナイフ、刀身に風の魔力を宿している」

 

「風の、魔力? それってつまり、風の付与魔法がしてあるのと同じ状態って事?」

 

「そういう事だ。ついでに付け加えるなら、普通に付与魔法を使うのと比べると力強さの部分で劣るが、常時備えてるという点ではかなり希少価値の高い代物のようだな」

 

「……んっと……そんな凄い物が、何であんな場所に落ちてたのかしら?」

 

「さあな……まあ、こうして俺たちが見つけ、拾ったのも何かの縁だ。大事に使ってやれよ、フィーナ?」

 

「う、うん……」

 

思わぬ拾い物が自分で考えた異常に貴重な物と知り、ちょっと手付きビクビクでナイフを受け取る。

それを取り出したとき以上に丁寧な感じで仕舞い、一度だけ溜息をついて気を取り直した後、別の話へと転換していく。

そしてどれくらいかの時間を他愛もない話で潰し、夜が更けてきたのを確認してフィーナも眠気からテントの中へと引っ込んでいった。

見張り役として一応残った恭也も彼女が引っ込んでから少しして、とりあえず気は張り巡らしつつも首を擡げ、目を閉じて眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

世界の果て、第一日目が終了いたしました!!

【咲】 毎回思うんだけど、恭也ってテント張るとき常に見張りで外にいるわよね?

そうだね。ああいうときでも魔物が襲ってくる危険はあるから、警戒はしておくっていうのが彼だからね。

【咲】 でもさ、そんなんで疲れが取れるの? 普通に見たら取れてるようには見えないんだけど。

一応寝てはいるから完全にではなくも取れてはいるだろうさ。

それに疲れが残って駄目になっちゃうような休み方をするほど彼は馬鹿じゃない。

【咲】 ふ~ん……まあ、それならそうでいいんだけどね。ところで、途中で拾ったナイフって原作にもあった物なの?

あったね。『突風のナイフ』っていう名前で。まあ、話で大きく挙げてはいるが、原作では普通に風属性ってだけのナイフなんだけどね。

【咲】 という事は、今後似たような武器がある場所でも同じような反応を示したりするのかしら?

絶対に無いとは言い切れんが、まあ今のところは秘密って事で。

【咲】 はいはい。にしても、ゲーム中でもそうだけど『世界の果て』ってトラップがそこそこ多いわよね。

まあね。何も無かったらホイホイ登られて、世界に果ては存在しなかったのが確認されまくりになっちゃうし。

【咲】 それはまあ、ねぇ。で、さすがの恭也もこれだけトラップが多いと疲れもすると。

トラップの多さもあるが、話の中でも言ったように原因の半分くらいはお調子乗りの彼によるものなんだけどね。

【咲】 ほとんどジャスティンのフォロー役に回ってたものね、恭也。

まあ、今後彼が成長すればそんな苦労も無くなるんだろうけどねぇ。

【咲】 確かにね。じゃあ、今回はこの辺でね♪

また次回会いましょう!!

【咲】 それじゃあね、バイバ~イ♪

 

 

 

 

 

 

 

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