『世界の果て』を登り始めてから最初の夜が明け、目覚めた一同はキャンプ道具を片付け始める。

その中でテントを張るための杭が抜けなかったりするというトラブルもあったが、片付けは差して時間も掛からず概ね終わり。

片付け終わった荷物を背負い終え、朝日が差し込む中で一同は簡易な朝食代わりのパンを齧りながら歩み始めた。

 

「はむ……ん……つうか思ったんだけど。森の中とかならともかく、ここだと夜中まで警戒する必要ってなくないか?」

 

「ふむ……そう思う理由は?」

 

「い や、ここに来るまでで魔物とほとんど遭遇しなかったからさ……ソレってつまり、魔物がいたんだとしても比較的数が少ないって 事だろ? だったら魔物の数が多そうな森とかなら警戒も必要だろうけど、数が少ないこんな場所でまで過度に警戒する必要もないんじゃないかなって」

 

「なるほど……だが、仮にお前の言うとおりにして夜の見張りを無くしたとしよう。そんなとき、その数が少ないであろう魔物が群れを為して襲ってきたとしたら……どうする?」

 

「……えっと……」

 

「要するに個体数が少ないのだとしても、想定外の形で襲われる可能性も考えられるから警戒は怠らない方が良い――って兄さんは言いたいのよ、ジャスティン」

 

真面目に対処法を考え始めたジャスティンを見兼ね、苦笑しながらフィーナが恭也の問い掛けの意味を教えた。

これによって彼も納得したように頷いたのを見つつ、恭也はトラップの有無を確認しながら先頭をゆっくりとした歩調で進む。

だが、キャンプを張った位置から進み続ける事、およそ一時間。トラップと名の付く代物は影も形も現れる事は無かった。

ここに来るまででは正直それなりな数のトラップがあったにも関わらずコレなのだから、はっきり言って拍子抜けも良い所。

ただまあ、トラップが無いという事は安全に進めるという事でもあるため、注意は怠らないがコレはコレでいいかと思いながら進み続けた。

しかしながらそうして進み続ける事、更に一時間が経ったとき……一同は足を止めざるを得ない状況に遭遇してしまった。

 

「なあ……あれって、何なんだ?」

 

「さあ、何だろうな……見た限りだけで言えば、ただ石で造られただけの人形という風にしか見えんのだが」

 

「というか、たぶんソレで合ってると思うわ。それ以外でアレが何なのかなんて考えようがないもの」

 

「確かになぁ……でも正直、そんなものをあんな通路のど真ん中に作るなんて嫌がらせ以外の何物でもないだろ」

 

その遭遇した状況とは会話の通り、四人の立つ通路の少し先の方にて石で造られた人形らしき物体が道を塞いでいるというもの。

高さ的には四人の中で一番身長の高い恭也の二倍程度。そして横幅は、通路の四分の三近くを埋めてしまうほど。

全てを埋められているわけではないから壁を沿るように進めば通れるが、完全に塞がない辺りは嫌がらせとしか思えない。

ともあれ、何のためにそんな嫌がらせをするのかと溜息をつきながらも、一同は再び歩を進めて真っ直ぐに岩人形の方へと近づいていく。

だが、四人の足が岩人形まで残り十数メートルの地点まで達したとき――――

 

 

 

 

 

――驚く事にただ大きいだけの岩人形の目が光り、突如として動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

GRANDIADifferentWorld Guardians

 

 

第十四話 果てを越えた先にあるもの 中編1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見た目で簡単に判断してはいけないと言うが、さすがに目先の岩人形が動き出すという事態は恭也でさえも想定外。

確かに魔物の中には石で身体を構成したモノも存在する故、それだけを考えるならばソレが動き出すのも不思議ではない。

けれど遠目からではあったが、恭也から見ても目先の岩人形からは魔物特有の生きているという感じが一切無かったのだ。

それは動き出した今でさえも、全く感じられない。まるで決められた指示を忠実に守り、その通りに動くだけのロボットのように。

だからといって真っ正直にアレがロボットだとも断言出来ない。そもそも本当にそうなら、永久稼働し続けるモノでなければならないのだ。

そうでなければ障害として置いてもいずれ動かなくなり、本当の意味でただの障害物に成り果ててしまうのだから。

 

(とはいえ、この世界では永久的に稼働を続けるロボットを作る技術なんてないはずだからなぁ……)

 

列車はともかく、車や飛行機ですら軍用でしか存在しない。そんな自分が住んでいた世界よりも発達していない技術力の世界。

ただあくまで彼としてもこの大陸しか知らないから断定は出来ないのだが、おおよそその認識は間違っていないと確信は持てる。

となれば、今まさに近づいてきている岩人形は何なのか。一体どんな技術を用いて作られ、今現在稼働していると言うのか。

考えれば考えるだけ、疑問しか浮かばない物体。それ故、早々に考える事を止めた恭也は警戒しつつ、皆に後ろへ下がるよう指示する。

それに頷きつつ後ずさっていく一同に恭也は目を向ける事もなく、いつでも対処が出来るような体勢を取りながら同じく後ずさる。

 

「…………」

 

相手がすぐにでも襲い掛かってくるようなら迎撃すればいい。だが、岩人形の歩調は極めて遅く、襲い掛かってくる気配は未だ見えない。

つまりは何が目的で迫ってくるのかが分からない状況であるため、迂闊に行動を起こす事も出来ず、岩人形に合わせて後ずさるのみ。

そしてそんな状況が一体どれほど続いただろうか……ずっと後ずさっていたせいか、遂に後ろの面々の足が登ってきた石段へと達してしまう。

おそらくではあるが、大きさからしてその石段を下れば岩人形も追ってはこないだろう。だが、それでは根本的な解決にはならない。

そうなると取れる手段はただ一つ。何が目的で近づいてきているのか分からずとも、強行突破するという手段しか残されてはいない。

だから、恭也は後ろの面々に一応武器を用意しておくように言おうとした直後――――

 

 

 

――どこからか、ガラガラガラッという騒々しい音が聞こえてきた。

 

 

 

見る限り、どう考えても岩人形が放っている音じゃない。むしろ、それよりもっと大きいものが揺れているような音。

だが、目の前には岩人形が近づいてきているという事以外、変わった事は無い。それ故、一体どこからの音かが一瞬分からなかった。

しかし音が響き始めてから一分と経たず、一同はその音の発生源に気付く。その発生源とは、自身らが通過した通路の途中の上方。

そこにある通路を形成しているのと同じ材質、同じ大きさの立方体の岩。それがまさに落ちる寸前の如く、音を立てて揺れているのだ。

加えてその揺れ方は次第に大きくなっており、ゆっくりと歩み寄ってくる岩人形がその揺れている岩の下へと足を踏み入れたとき――――

 

 

 

――遂にとばかりに立方体の岩は落下し、岩人形とぶつかって共に砕け散った。

 

 

 

砕け散った破片の大概はその勢いのまま通路外へと弾き出され、遥か下へと落下していった。

そして後に残ったのは岩人形か、もしくは落下した立方体の岩を形成していたであろう細々とした欠片たちのみ。

その欠片たちが一陣の風と共に転がるという光景を目にしながら、一同は若干呆然とした様子で立ち尽くす。

 

「えっと…………これってさ、とりあえずあの人形に感謝しとくほうがいいのかな?」

 

「……そうだな。過程はどうであれ、少なくともアレのお陰で俺たちは危機を免れたわけなのだし」

 

「まあ……何がしたかったのかは正直分からないけど、そうでもしないとさすがにアレが哀れだものね」

 

岩人形が犠牲にならなければ、潰されていたのは四人の方。だからか、ジャスティンの言い分に恭也とフィーナが揃って言いつつ頷いた。

ちなみにスーなどはあまりの驚き故に、未だ呆然としている。それほど今の一連の流れは驚きしかないのだ。

そんなわけで言った事を実行するべく一同は岩人形と立方体の岩が衝突した場所へ赴き、落ちていった方に向かって黙祷。

正直なところ岩人形が潰されたのは自業自得と考える方が普通な上、犠牲となった岩人形に黙祷を捧げるという状況事態が意味不明。

だがまあ、岩人形のお陰という意識が強い故か考えはそこへ至らず、結果としておよそ一分程度、四人は黙祷を続けるのだった。

 

 

 

 

 

その後、少し進んだ先にて再び岩人形と遭遇したが、こちらでは少し歩いただけで崩れるというまた哀れな事になった。

本当に一体何がしたいのだろうと思わなくもないが、先ほどの事も含めて一同は岩人形に対して哀れとしか思えない。

それ故か、崩れて通路に倒れている岩人形の残骸の横を通り過ぎる際、なぜかお辞儀をしていくという奇妙な行動を取ったり。

ともあれそんなこんなで一同は順調に歩みを進める事、更に一時間。これまた最初の岩人形のときと同じような理由で一同は足を止める羽目となった。

 

「……今度は鳥型かよ。てか、何か形的にどっかで見た事があるような感じだなぁ」

 

「あ、それは私も思った。な~んか前にアレと同じようなものを見た気がするんだけど……えっと、どこだったかしら?」

 

などと三度目故に警戒心の欠片も無い様子のジャスティンとスー。加えて話に参加こそしていないが、フィーナも大した警戒はせず。

だが、その中で恭也のみが違う反応を示していた。三度目にも関わらず強めの警戒心を窺わせ、すでにいつでも戦闘が行える臨戦態勢の状態。

見た所、鳥型というだけで岩人形と差して変わりがあるようには見えないというのにそんな様子だから、正直意味が分からない。

そのためか首を傾げながらもジャスティンらがその行動の意味を問おうとした瞬間――――

 

 

 

――まるで本当に生きている鳥の如く鳥型の岩人形は動き出し、翼を羽ばたかせて宙へと飛び去っていった。

 

 

 

それを呆然と見送る最中で恭也は小さく息をつき、警戒はしつつも臨戦態勢を解くに至った。

反対に数秒ほど呆然としていたジャスティンらは我に返った途端に恭也のほうへと向き、なぜか恐る恐るという感じで聞いた。

 

「あのさ……アレがさっきまでのと違って生きてるって事、キョウヤは気付いてたのか?」

 

「ん? ああ……まあ、一応な。今回も遠目からではあったが、さっきまでの岩人形と違って魔物特有の感覚があったから、もしかしたらとは思っていた」

 

「んっと、それってつまり……アレは人形とかそんなのじゃなくて本物の魔物だったって事なの、兄さん?」

 

「そういう事になるんだろうな。そうでなければただ動くだけならともかく、あんな本物の鳥のように羽ばたくなんて有り得ないだろう?」

 

そもそもにして先ほどまでの岩人形が動いた事にしても、恭也としては信じられない事だという風に捉えている。

だというのに鳥型だからといって本物の如く翼を羽ばたかせ、飛び去っていくというのはいくらなんでも人形だと片付ける事は出来ない。

となれば考え付く可能性としてはアレが魔物だというのが一番濃厚。確定ではないが、限りなく確信に近い可能性だ。

だから恭也はその線で行動をしていたのだが、実際に鳥型岩人形が羽ばたき飛び去った事でそれは間違いではなかったと証明したわけである。

反対にジャスティンらからすれば遠目だから確実性は無かったとはいえ、魔物特有の感覚というものを読み取った恭也には呆れるしかないのだが。

その中で同様に呆れを浮かべながらも、先ほどの岩鳥が飛び去った方角を眺めていたジャスティンが突然、おおっと声を上げつつポンッと手を叩いた。

 

「思い出した思い出した。どっかで見た事があると思ったら、そういやサルト遺跡でも同じようなのと戦ったんだよな」

 

「あ~、そっか。言われてみると確かにアレ、あのときの魔物とソックリよね……まあ、サルト遺跡であったやつのほうがアレより少し大きかったけど」

 

「ほう……二人はあれと同種の魔物と戦って倒した事があるのか」

 

「まあな! ただ大きいくせに妙に素早かったから、倒すのに苦労したけど」

 

本人らは苦労したと言うが、先ほどのより大きい同種の魔物をまだ子供な二人が倒せたと言う事そのものが恭也としては感心物。

あの手の魔物は基本、常に空を飛んでいて攻撃を仕掛けるときだけ降下してくる。その上、攻撃を加えたらまた空へ飛び上がってしまう。

空を飛べる魔物は大体がそうだが、そういったものに限ってそういう攻撃手段なものだから、はっきり言って倒すのはそれなりに大変。

少なくとも恭也でも、倒せはするが多少時間が掛かる。そんな魔物を相手に彼だけで倒せたというのが事実なら、感心してしまうのも当然だろう。

それ故、先の話で二人に対する認識を少しばかり変えつつ、魔物に襲い掛かられる事も無く済んで再び歩みを再開した一同は前へと進むのだが。

 

「ん~……行き止まり、かぁ。下であったみたいに床が動くわけでもないし、見た限りだとどこかに階段が隠されてるってなさそうだなぁ」

 

「そうねぇ。唯一あるものと言えば、さっき魔物がいた場所にポツンとあるスイッチらしきものぐらいだけど……」

 

「ここまであからさまにしてあると正直、罠としか言いようがないな。かといってコレ以外何もないようだから、押さないわけにはいかんのだろうが」

 

「でも、それだと一体誰があれを押す役をするのよ? 言っておくけど、私は絶対に嫌だからね?」

 

率先してスイッチを押す役を拒否するスー。だが、拒否しなくとも誰も彼女にやらせようとは思わないだろう。

いくら共に冒険している仲間とはいえ、彼女はまだ実年齢八歳の少女。本人は認めないが子供としか言い様がない子。

そんな子にこんな危険な事をさせようとは誰も思わない。というか、仮に本人がやると言ったら全力で止めるくらいだ。

とはいえ、他の面々に関してもトラップ以外の何物にも見えないソレを押しに行くという任務など率先してしたいとは思わず。

どうしようかと目先のスイッチを眺めながら悩み始めるのだが、そんな中でただ一人――恭也だけは溜息をつきつつも前へと歩み出る。

 

「仕方ない……スイッチを押す役は俺が引き受けよう。代わりにお前たちは、空を飛んでいる魔物を警戒しててくれ」

 

「……いいの?」

 

「いいのも何も、誰かが動かなければ何時まで経っても進めんだろう?」

 

「それはまあ、そうだけど……」

 

「はぁ……お前は、いざ俺が動くとなるとそんな心配そうな顔をするな。そんなに兄が信用できないのか?」

 

言葉では返さず、首を横に振る事でフィーナは返答を返す。けれどその顔から不安という感情が消える事は無い。

フィーナにとって兄という存在は非常に頼りになる人という位置付け。だが、それ以上に傷ついて欲しくない人でもあるのだ。

実姉であるリーンが軍に行くという形で別れる形となってから、フィーナの中では特に彼を失いたくないという気持ちが強くなった。

唯一傍にいてくれる、血の繋がりが無くても家族と言える人。だからこそ、信用はしていても不安感は拭えないのだろう。

しかしこればかりは言葉でいくら言ってもどうにもならず、苦笑を刻みながら恭也はフィーナの頭を心配するなとばかりに軽く叩き。

それと同時にジャスティンとスーへと頼んだぞと言いたげな視線を僅かに向け、二人が頷いたのを見届けるとスイッチへと向かって歩き出した。

 

「…………」

 

上空を飛んでいる魔物を刺激しないよう気配を消し、足音さえも極力立てないようにしながら歩を進めれば。

そのお陰か魔物は恭也の存在はもちろんジャスティンたちにも襲い掛かる事は無く、スイッチの真上を旋回し続ける。

故にこれ幸いとばかりに恭也は歩調を僅かに速めて進み、程なくしてスイッチの前へと辿り着いた。

そして気付かれる前にという考えが頭にあるためか、辿り着くや否やすぐにスイッチへと足を付け、グッと力を込める。

 

 

 

――直後、スイッチはガコンッと音を立てて地面へと押し込まれた。

 

 

 

押した瞬間、スイッチのある位置から斜め右後ろ――行き止まりとなっていた場所の床が不自然に振れ始める。

そのため床が崩れるトラップかと皆は警戒し、即座に恭也が戻ってきたのを合図として即逃走出来るよう退避の姿勢を作ろうとするのだが。

予想に反して床は更にガコンッと音を立て、ゆっくりとした速度で上へと上がり始め、皆は突然のソレに呆然とするしかなく。

けれど一秒と経たずして我へと返ると慌てて動き、率先してジャスティンとフィーナが飛び乗り、少し遅れてスーを抱えた恭也が乗り込む。

ほんの少しでも判断が遅れれば床は無人のまま上へと昇ってしまった所だが、何とかそんな阿呆な事にならずに済んで皆もホッと一息ついた。

 

「は~……危なかったぁ。つうかあんだけあからさまに設置しておいて罠じゃないって、どんだけ思わせぶりなんだよ」

 

「ほんとほんと。上に上がるためのスイッチならそうだって書いときなさいって感じよね」

 

「書いてあったら書いてあったで余計不審に思っちゃうだけだと思うんだけど……まあ、何にしても乗り過ごさなくて良かったわ」

 

着々と上へ昇っていく最中で文句を口にするジャスティンとスー(未だ恭也に抱えられたまま)。それに突っ込みつつも安著を見せるフィーナ。

だがその中で一人――恭也だけはそのどれにも属さず、スーを小脇に抱えた状態のまま顎に手を当て、何か思案するような顔を浮かべる。

揃って安心し切っていた三人組も少しして恭也のそれに気付いたのか、だけど何を考え込んでいるのか分からず揃って首を傾げる。

 

「……どうかしたの、兄さん?」

 

「ん? ああ……いや、ちょっと拙い事になったと思ってな」

 

「拙い事? 急いで乗り込み過ぎて下に忘れ物でもしたとか?」

 

「その程度の事だったらまだ良かったんだが……残念ながら、悩んでる内容はもっと深刻な事だ」

 

「……そう聞くと何か、嫌な予感しかしないよな」

 

「実際お前の言うその嫌な予感というのは当たってると思うがな。まあ、とりあえず下の方を見てみるといい……そうすれば今がどんな状況か嫌でも分かる」

 

そんな風に言われると心境としては非常に見たくない気持ちに駆られるのだが、状況を理解しておくのは絶対的に必要な事で。

正直嫌々ながらもジャスティンとフィーナは床の端へと寄っていき、その二人に次ぐようにしてスーも抱えられた状態を脱して端へ寄る。

 

 

 

――その途端、目に飛び込んできた光景に三人は最早驚きを通り越し、言葉も出なかった。

 

 

 

もう大分離れた先ほどまで経っていた階層。移動していく床から眺めればその間だけでも相当な高さになっている。

仮に飛び降りるなんて行為にでも出た場合、まず無事に着地する事は難しいだろう。だが、三人が驚くのは当然その部分ではない。

三人が最も驚いているのは、下から自分たちを追い掛けるように近づいてくる床と同色の大きい物体に対して。

更に正確に言うのであれば、その物体と言うのは先ほどまでスイッチの直上を旋回していた石造りで鳥型の魔物である。

最初こそ四人の存在を気にもせずスイッチの直上を飛び回っていたその魔物だったが、おそらく動く床にて上へ昇る最中で視界に入ったのだろう。

元々魔物のほとんどは本能のみで動く傾向がある。それは捕食本能であったり闘争本能であったりと一概に本能といっても様々ではあるが。

何にしても本能を重視して動く魔物は他の魔物のみならず、人間を襲うケースは極めて多い。実際、恭也やフィーナの住居付近でもそういう事はあった。

つまり彼らを視界に捉え、魔物の本能から追い掛けてくる事自体は可笑しな事ではない。可笑しな事ではないが、正直非常に拙い状況ではある。

彼らが今現在居る場所はご存じの通り面積の小さい動く床の上。その広さは四人もの人間が乗っている現状ではもう余り動くスペースが無いくらいだ。

そんな場所で襲い掛かられでもすれば対処は難しい。下手をすれば為す術もないまま、現在立っているその場所から落とされてしまう。

ようやく我を取り戻した三人はまず考えがそこへと行きつき、途端に焦りを浮かべると同時にその焦りからわたわたと慌て始めた。

 

「ど、どどどどう、どうしよう!? どうすればいいんだ、スー!?」

 

「な、何でアタシに聞くのよ! いっつも自分がリーダーですみたいな顔してるんだから、まずジャスティンが考えるべきでしょ!?」

 

「俺だってこんな絶望的な状況でどうしたらいいかなんて思い浮かばねえよ!! つうか、それ以前にリーダーですなんて顔もしてねえ!!」

 

「してるわよ!! 毎回毎回無計画に前をズンズン進んで、何でも勝手に自分で決めて勝手に首突っ込んで――これをリーダー面じゃないって言うなら何だって言うのよ!!」

 

「ふ、二人とも落ち着いて! こんなときに喧嘩なんてしたって何も解決しないでしょ!!」

 

三人の中では一番冷静さを保てているフィーナが一喝するも、喧嘩こそ収まりはしたが焦りの色は表情に大きく出たまま。

だが、こんな状況ではそれも仕方のない事だろう。実際、数多くの修羅場を潜りぬけてきたフィーナとてこんな状況は初めて。

しかも上を見上げれば到着地点がすでに見え始めてはいるものの、距離と速度を考えると到着までまだ少し時間が掛かる。

けれど到着するまでの間に魔物がこちらへ辿り着かないかと聞かれれば、到着前に辿り着くのはほぼ確実と言っていいほど。

つまりはどうにかして接近してきている魔物を退けなければ、ここに居る四人は全員遥か下へと真っ逆さまに落ちる羽目となるだろう。

とはいえ、そうなると分かっていても策を考える事が出来ない。いや、もっと正確に言えば策を考えるには時間が足りなさすぎる。

いくら多くの修羅場を潜り抜け、数多くの対処法を見に付けてはいても、時間が無ければ対処法を考えるなんて出来るわけもない。

 

(ここに無事に切り抜けるには、何とかしてあの魔物を退けないと……でも、この悪条件な中で一体どうすれば)

 

それでもフィーナは諦める事なく、どうにかこの状況を脱するための策を考えようとする。だが、現実とは無情なものである。

どれだけ必死になろうが、どれだけ懇願しようが状況は決して好転しない。それどころかこのままでは確実に最悪の結末を招く羽目となる。

それを理解しているからか彼女の中で焦りは余計に強くなり、おそらく無意識であろうがすぐ傍の恭也の方へと視線を向ける。

 

「……兄さん?」

 

瞬間、目に飛び込んできたのは直下から迫ってくる魔物を視線に捉えたまま、その場でしゃがみ込む彼の姿。

一体何をしているのかと問うように呼んでみるも、それにも彼は言葉を返す事なく無言でただ眺め続ける。

だがそんな状態が続いたのもほんの数秒程度。次なる行動とばかりに彼はその状態のまま、懐へと手を差し入れ始めた。

そしてすぐに懐から抜いた手に握られていたのは、彼が愛用する暗器の一つである小刀。飛針よりも大きく、それのみで振るって戦う事も出来る武器。

遅れて恭也のソレに気付いたジャスティンとスーの二人も含め、そんなものを取り出して一体どうするのかと三人は疑問符を浮かべる。

反対にそんな三人の様子に恭也は一切気付く事は無く、取り出して小刀を今正に投げような構えを取り始めた。

 

「…………ふっ!」

 

直後、小刀の刃の部分にて魔法によるものであろう紫電を発生させ、それを軽く息を吐くと同時に下へ投げる。

飛来させた紫電を纏う小刀は重力の力も僅かに加わって速度を増しつつ、一直線に追ってきている魔物へ迫る。

魔物の方としても回避行動を取ろうとするが、獲物がいきなり攻撃してきた事に加えて攻撃の速度が予想外だったのか避け切れず。

右の羽へとその攻撃を受ける羽目となり、姿に違わぬ鳥の様な鳴き声で悲鳴を上げ、一時的に動きがそこで止まってしまう。

それでも止まっていた動きは十数秒程度で再開し、攻撃された事で怒りを抱いたらしく怒声のような鳴き声を上げつつ迫ってくる。

しかしほんの十数秒とはいえ、止まっていたのは魔物にとって致命的。事実、その間でも動き続けた皆を乗せる床は最早当着寸前の状態。

結果あの絶望的な状況を脱し、一同は無事上の階層へと到着を果たす。そしてそれから少し遅れ、魔物が皆の目の前へと姿を現した。

 

「……策があるなら先に言っておいてよ」

 

「だよな……何も言わないから俺なんか、思わず死を覚悟したぜ」

 

「ふむ、それは済まなかったな。あれで確実に切り抜けられる保証も無かったし、説明してる時間も惜しかったから敢えて何も言わなかったんだが」

 

一応謝罪こそされはしたが、説明がなかった理由が理由だけに一同揃って溜息をつくしかない。

ただそんな一転して安心し切った様子が魔物にとっては気に食わなかったのか、一同へと向けて翼を広げ突進してくる。

しかし先ほどまでとは違い、現在の場所はそれなりの広さがあるためか容易いとでも言うかのように楽々回避する。

そして回避したと共に各々武器を取り出し、バラバラな回避行動を取ったお陰か魔物を囲む形で武器を構え対峙する。

 

「さっきまでならともかく、こんだけ広い場所ならこの程度の奴になんて負けないっての!」

 

「そうやって油断してると足元救われるわよ、ジャスティン?」

 

「言っても無駄よ、フィーナ。口で言った程度で調子乗りが直るくらいならアタシだって苦労してないもの」

 

「ぐっ――でも事実だろ!? 前だってコレと似た奴を倒した事があるだし、こっちが四人なのに対してあっちは一匹だけなんだからさ!」

 

「同種の魔物と実戦経験があるという点では納得できる部分もあるが、残念ながら後者に関してはそうでもないみたいだぞ?」

 

「……へ?」

 

しれっと言った恭也に一言が一瞬頭に入らず間の抜けた声を上げるも、続けて聞こえた音によって現実へと引き戻される。

その音とは鳥が翼をはためかせたときにする音を酷似しており、尚且つその音は一つではなく複数聞こえてきていた。

これによってジャスティンだけでなく、スーやフィーナさえも嫌な予感を感じざるを得ず、恐る恐る音のする方へ一斉に目を向ければ。

 

 

 

――その視界に入ってきたのは、感じた予感を現実のものへとする光景。

 

 

 

バッサバッサと音を立てて翼を動かし、上空から皆の目の前にいる魔物の傍へと降りてくる複数の影。

一匹、また一匹と姿を現していくそれは当然ながら魔物。そしてこれまた当然ながら、先ほどからいたモノと同種の魔物である。

次々と舞い降りてくるその魔物たちは最初の一匹も含め、最終的には合計で六匹という数にまで増える羽目となった。

 

「あ、あははは……もしかして俺が馬鹿にしたから、怒って仲間を呼んだ、とか?」

 

「もしくはさっきの鳴き声を聞いて仲間のピンチとばかりに駆けつけてきたか……まあ集まってきた理由はどうであれ、面倒臭い事には変わりないがな」

 

「確かに、ね。一匹程度ならジャスティンが言ってた通り苦も無く倒せたかもだけど、さすがにこれだけの数になると……」

 

一匹なら苦も無く倒せるとはいえ、最初から居たソレとて図体の大きさは人間の大人二人分以上もある。

それが六匹ともなれば最早圧巻。先ほどよりはまだマシだろうが、それでも少しばかり拙い状況と考えても可笑しくは無いだろう。

とはいえ、逃げの手を打つには道が限定され過ぎているため、相手が空を飛べる事を加味すると逃げ切れるとは思えない。

そうなるともう数が多かろうが戦って退けるという方法以外に手はない。故に一同は今一度、手の中の武器を構え直すのだが――――

 

 

 

――その動きが合図のなったのか突如、魔物たちは一斉に襲い掛かってきた。

 

 

 

武器こそ構え直しはしたが、気構え自体は出来ていなかったらしく魔物たちの突然の行動に一同は若干慌て気味。

けれどその中で唯一慌てていなかった人物――恭也のみは即対応とばかりに飛針を数本取り出し、一気に投げ放つ。

放たれた飛針はどれも別々の方向へと飛んでいき、ジャスティンたちへと襲い掛かろうとしていた魔物の内、二体へと命中。

更にはそんなフォローをしながらも自身へと向かってきた魔物へと対処もしっかりしてる辺り、彼の凄さを改めて窺わせる。

まあ何にしても彼のその援護があったお蔭で一同は難を逃れ、何とか態勢を立て直す事が出来た。

 

「こっちの三体は俺一人で相手する! 残りの奴の対処はお前たちだけでいけるか!?」

 

「! 当然よ!! 伊達に冒険者をやってるわけじゃないって所、見せてあげるわ!」

 

「ふっ、なら任せたぞ! さすがに現状でこの手の魔物を三体同時に相手する上、フォローまでするのは少々キツイからな!」

 

言いながら襲いくる三体の魔物たちへと対処する恭也から視線を移し、三人は自身らの目の前にいる魔物を見据える。

恭也に襲い掛かっている奴らとは違い、まるで隙を窺うかの様に地面擦れ擦れを飛んだ状態のまま停止していた。

見る者が見れば対峙する彼らを馬鹿にしてるようにも見える。そしてそれは彼らにしても例外ではない。

けれどもフィーナやスーはもちろん、それに一番憤慨しそうなジャスティンさえも魔物を見据える姿は驚くほど冷静だった。

 

「――いくわよ、ジャスティン! スー!」

 

「「おう(りょ~かい)!!」」

 

そんな膠着状態が続くこと僅か一秒足らず。掛け声と共に走り出したフィーナに続き、ジャスティンとスーは動き出す。

各々の手に持つ得物を握り締め、立ちはだかる障害を打ち崩すため。目先の魔物たちへと向けて駆け出す。

対して魔物たちもまた三人が動き出したのに釣られるかの如く、翼をはためかせて一斉に突撃してくる。

そして動き出した両者は大した間も無く激突し合い、正にそれを合図とするかの様に戦いの火蓋は切って落とされる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

世界の果て編、もうちょっと続きます。

【咲】 そんなのこれ見れば誰でも分かるわよ。

そりゃまあ、そうだが……でもとりあえず礼儀としてはだな。

【咲】 あ~、はいはい。そんな事より、この流れでいくと次回は戦闘になるのかしら?

ん、まあね。尤も次の話全部がそうなるってわけではないが。

【咲】 ふ~ん……なら、戦闘以外にどんな事が織り込まれるわけ?

それは~……今の時点では控えさせてもらおう。

【咲】 何でよ?

まだ手直ししてないし、その上で未確定な部分が多いんだよ次話は。

【咲】 そこまで複雑な話なの?

というわけでもないんだが……まあ、それも含めて今は内緒って事で。

ただ次回の話はハニワ鳥との戦闘というのが筆頭になるのは間違いないとだけ言っとく。

【咲】 はぁ……はいはい、分かったわよ。今はそれで納得しとくわ。

ほっ……とまあそんなわけでかなり短いが、予告紛いの事もした所で今回はこの辺で!

【咲】 確かに短すぎると思うけど、まあいいわ。それじゃ、また次回会いましょうね♪

でわ~ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

感想は掲示板かメールにて。

 

 

 

 

 

 

 

 

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