列車を追いかけ始めてから三十分以上が経ったとき、ようやく飛び回っていた戦闘機の内の一機が列車の後部へと横付けされた。

そこから降りてくるのは軍の基地にジャスティンらを連行した張本人たるサキ、ナナ、ミオの三中尉。

負けん気が強く、特に自分らを馬鹿にしたジャスティンに腹を立てた三人は、部下を差し置いて自ら侵入したのだ。

しかしその三人は当然知らない事だが、それはジャスティンの予想した通りの結果であった。

息を忍ばせて先頭車両の次に繋がる客車へ隠れ、思惑が半分成功したのを通り過ぎて行った三人の姿にて確認し、無言でガッツポーズ。

その後に三人の姿が先頭車両へと消えていったのを合図として即行動。先頭車両と客車を繋ぐ連結部を切断してしまう。

その途端にどちらの車両も大きく揺れ、この揺れによって先頭車両へ向かった三人はようやく、ジャスティンらの意図に気付いた。

だけど、客車から去りゆく先頭車両を見つつ馬鹿にするような表情を見せるジャスティンに対して、三人組は例外なく余裕な表情だった。

 

「おーっほっほっほ! 所詮は猿の浅知恵ですわね!!」

 

「そうそう。こんなもん、ブレーキを掛けちゃえばいいだけだっつうの!」

 

「そうですわ。このブレーキレバーをグイッと――きゃあ!?」

 

列車のブレーキがある地点に向かい、ブレーキレバーを引いたのであろうミオより僅かな悲鳴が上げられる。

ジャスティンたちからでは何が起こったのかの詳細は見えないが、自分たちが仕掛けた罠であるためか予想は簡単に出来る。

その罠とは一言で言ってしまえば――――

 

 

 

――ブレーキレバーを壊しておいたというもの。

 

 

 

正確にどんな事をしたのかと言えば、レバーを根元から切断して引きたくても引けない状態にしたという感じだ。

しかし、それでレバーを放置しておいてはすぐに気付かれるため、切断したレバーの上は自分たちが持っておこうかという案もあった。

だけどそれでは面白くないという恭也の言い分&提案により、レバーは先頭車両に放置。だが、ただ放置したわけではない。

ここからが恭也の提案の内容だったのだが、切断したレバーは折れやすい形で元の状態へと戻した。方法を言えば、鋼糸による特殊な結び方で。

多少の力が加えられれば折れる……つまり、レバーを引けば折れるという状態。断面は合わせれば分かりにくいし、鋼糸も不自然じゃないように布を上から巻いた。

それでも若干目立つ故に賭けの要素は多少あるも、それは結局持っていても同じ。だから、より面白い恭也の案が採用されたというわけだ。

そして結果は、大成功。レバーが折られているとも知らずに力一杯引いたミオはその勢いのまま尻餅をつき、僅かな悲鳴を上げる始末。

加えてナナとサキも折れたという現実に慌てた故か、本当の原因にも気付かず思いっきりミオに対して文句やらを言いまくっていた。

そうして三人は結局口喧嘩勃発によって折れた理由に気付く事もなく、オマケで石炭が大量にくべられていた故、どんどん加速して離れていき、最終的には見えなくなった。

他の戦闘機も先頭車両にまさか三中尉が乗っているとは思わないのか、脱走者が逃げたと考えてそのまま先頭車両を追って行ってしまった。

 

「よっしゃ、大成功!! いや~、あの三人組が馬鹿で良かったな」

 

「そうね。あの三人組が来てくれてほんとに助かったわ♪ これがまた別の軍人さんなら違う結果だったかもしれないし」

 

口々に先頭車両と共に去っていった三人組に対する悪口を言い合うジャスティンとスー。

これに対してフィーナはあの人たちに悪いわよとフォローを入れるも、本人も上手くいきすぎた事に笑いを堪えている様子。

恭也に至っては、あんな三人が中尉で軍は本当に大丈夫なのかなどと非常に失礼な、だけどかなり的を得た心配をしたりしていた。

そして興奮も冷めやらぬまま一同の乗る客車は減速していき、ちょうど霧に包まれた森に差し掛かった辺りでその動きを停止するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GRANDIADifferentWorld Guardians

 

 

第八話 霧に包まれし樹海の中の隠れ里

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――新大陸エレンシア・霧の樹海――

 

 

 

「パームも霧は多かったけど……ここと比べると霞んで見えるよなぁ」

 

「というか、本当に霧のせいで霞んで見えるわよね……近くだってあんまり見えないもん」

 

パームというのジャスティンとスーが生まれ育った街。その街から、彼らの冒険が始まったと言っても過言ではない。

そんな彼らの故郷も霧が多く発生するとの事だが、ここはそれよりも更に上。まさに『霧の樹海』と言う名に相応しい森であった。

霧の素となるのは水分。それがここまで多いともはやしっとり濡らすどころではなく、雨の日の外を歩いたかの如くびしょびしょ状態になってしまう。

挙句それが常時続くのだから、長い事この中にいたら風邪にでもなりかねない。それ故、早くレムの言うルクの村へと行こうという話になった。

しかし、水分が身体を濡らしてしまうのも問題だが、村に向かう上でも問題がある。それは、霧が多すぎて前が見えず、どう向かっていいのか分からない事。

松明でも灯せば多少なりと前が見えるようにもなるが、灯そうにも魔法で点けた火ですら長続きせず、すぐに弱くなって最後には消えてしまう。

 

「これじゃ進めないわね……ねえ、レム。貴方はこの森を抜けて外に来たのよね?」

 

「うん、そうだよ」

 

「じゃあ貴方はそのとき、この霧の中をどうやって抜けたの?」

 

「霧除けの実っていうのを使ったんだよ。これがあれば、こんな霧はほとんど晴れちゃうからね!」

 

笑いながら見せてくる一つの実。それは軍の基地でジャスティンに渡したものとは似たようで、若干異なる物。

これを使う事で霧は晴れると言い、レムは一つだけフィーナへと渡してくる。だが、フィーナにはそれの使い方が分からなかった。

それ故にジャスティンらと共に考えるもやはり答えは出ず、結局レムにその霧除けの実の使い方を聞く形になった。

使い方を聞かれたレムは笑顔と共にお手本を見せると言い、フィーナから実を受け取って口に入れ、噛み砕いた。

それからすぐに自前の携帯用の水筒を取り出して水を含み、口内で実と水を混ぜてからそれを目の前の霧へと向けて吹きかける。

 

 

 

――するとその途端、森を覆っていた霧はゆっくりと晴れていった。

 

 

 

まさか本当に木の実一つで霧が晴れるとは思わなかったのか、誰も驚きの表情を浮かべるしかなかった。

対してレムはどんなもんだいと得意げに胸を張る。まあ、正確にはレムの力ではなく実の力なのだが、それは些細な違いだろう。

ともあれ森の霧が晴れたため、目の前がしっかり見えるようになる。それ故、一同は早速村へ向かおうと第一歩を踏み出そうとした。

だが、ここで一つ不可解な事に気づく。それは先ほどから、この場にいないといけない人物が約一名ほどいないという事実。

これに気付いた一同はしばし顔を見合わせ、誰が足りないのかに気付くと自分たちが出てきた客車へと戻っていった。

 

「ん? どうしたんだ、お前たち? ルクの村とやらに行ったのではなかったのか?」

 

「「「…………」」」

 

客車に戻ってみれば、その中央辺りの席にて目的の人物を発見。しかも、本人は自分が原因とは思っていない様子。

挙句の果てには座席に寝転がって寛ぎモード。原因だという自覚がない以前に、確信犯なのではないかと思えるくらいである。

そんな様子を目の当たりにした故か、ジャスティンやスー、レムの三人はともかく、フィーナは怒りに拳を震わせ始める。

だけどここで拳を振るったところでどうせ避けられる。故にそういった暴力では訴えず、すぐさま歩み寄って彼――恭也の襟首を掴んだ。

 

「むっ、何をする――って、どわっ!?」

 

男性一人の重さというのは結構重たいもの。だがそれをいとも簡単に襟首を持って引くだけで動かし、そのまま席から引きずり落とす。

驚きの声と共に一応受け身を取って難を逃れるが、体勢が不十分な状態であるため彼女の手が解けず、そのまま引きずられていく。

それに続けて三人も彼らの後に続いて歩き出し、そのまま列車の外へと恭也を連行したところで彼女は襟首から手を離した。

 

「これから向かおうってときに……何一人だけ列車の中で寛いでるのよ、兄さんは」

 

「……まさか、俺まで一緒に冒険させる気か?」

 

「当たり前でしょ。ここまで来て一体何言ってるのよ……ほら、早く立って」

 

「待て待て、愚妹。俺は前から常々言ってきたはずだぞ? 冒険者になってどこに行こうともお前の自由だが、俺は頼まれても絶対に一緒にはいかないと」

 

「言ってたわね。でも、こんな状況下になったらそうするしか手がないじゃない。まさか兄さんだけここに残していくわけにもいかないんだから」

 

「心配せずとも俺自身、ここに留まる気はない。お前たちが出発するのを見送ってからちゃんと家に帰る予定だからな」

 

「ここからあそこまでって……相当な距離だぞ?」

 

「まあ、時間は掛かるだろうが、無理ではない。だから俺の事は気にせず、頑張ってルクの村とやらに向かうといい」

 

完全に一緒に行く気無しな発言。ここまで頑なだと、ジャスティンらもどうしたらいいのか悩んでしまう。

恭也の事だから残していけば本当に家に歩いて帰る気なのだろうが、普通ならそこまでする位なら一緒に来たほうがいい。

だけどそこまで頑なに拒むという事は本当に一緒に冒険したくないという思いの表れと取れる。だから彼らは、無理に来いという事が出来なかった。

しかしそんな中で一人だけ、フィーナだけは悩むというような顔は見せず、僅かに俯いて本当に小さな声でポツリと言葉を放つ。

 

「兄さんは……私と冒険するのが、そんなに嫌なの?」

 

「いや、そういうわけでは――――」

 

ない、と続くはずだった言葉は突然途切れる。それは俯く故に僅かにしか見えない彼女の目に見えた、小さな雫故。

今まで一緒に冒険に行こうと言われた事は数えきれないほどある。だが、そのどれも断り、彼女もあっさり諦めていた。

なのに今回に至っては彼女も頑なで、挙句の果てには涙を流す始末。どうして今回に限ってそこまでなのか、彼は分からなかった。

だが、その答えはすぐに浮かぶ。霧の樹海を抜ければそこにあるのは『世界の果て』……彼らの冒険の目的は、その先にある。

言い伝えでは『世界の果て』に先などないという事だが、恭也自身は言い伝えがそうでも世界に果てなどあるわけがないと思っている。

そしてドム遺跡から帰った後のフィーナがジャスティンらと霧の樹海に行くと言い出した時、彼女も『世界の果て』に対する認識を改めたと判断した。

だからこそ分かる……彼女が泣いている理由が。きっと彼女は、『世界の果て』を超える事で兄と会えなくなってしまうのが嫌なのだろうと。

今までだって長い期間冒険に出て、会えない日々というのはあった。だけど本当に世界に果てがないのなら、会えない期間はその比ではない。

リーンが軍に行ってから、兄に甘えるという事がほとんどなくなったフィーナ。だが、それは我慢していただけなのだとここでようやく確信した。

彼女はずっと甘えたかったのだと。昔みたいに……リーンがまだいた頃のように、兄と慕う彼へと妹として甘えたかったのだと。

そんな確信を彼女の浮かべた涙から抱いてしまった彼は少しの間を置いて溜息をつくも、ゆっくりと立ち上がって歩み寄り、彼女の頭へと手を置いた。

 

「全く……仕方のない妹だ」

 

たったそれだけ呟き、彼は彼女の頭に置いた手をゆっくりと動かして優しく撫でる。

それは昔、まだフィーナが小さな少女だったときにしたように優しく、優しく撫で続ける。

それに彼女が涙の跡を作りながらもゆっくりと顔を上げると、彼は撫でる手と同じ程の優しげな笑みを向けていた。

そして微笑を浮かべたまま、恭也は先ほどの言葉を覆し、自分も彼らの冒険に同行すると言葉にして告げた。

 

「いいの……兄さん?」

 

「ああ……兄として、妹を泣かせるのは本望ではないからな」

 

頭から手を除けて腕を組みつつそう言われ、フィーナは途端に泣いていた自分が恥ずかしくなり、顔を赤くする。

そんな彼女に恭也は苦笑しつつ彼女の頭をポンポンと叩き、その後に蚊帳の外気味になっていたジャスティンらへと向き、よろしくなと告げる。

いきなりであるためか二人とも呆然とするも、すぐに若干慌てた様子で各々返事を返した。

そうして、フィーナの兄である恭也が正式に冒険のメンバーへと加わる事となり、それから少し間を開けた後、改めて一同は霧の樹海へと歩き出していった。

 

 

 

 

 

霧は晴れたもののさすが樹海と言うだけあり、道は凄まじく入り組んでいた。

加えて魔物の数も多く、そのどれもが風景と同化するかのような姿。木に扮した魔物やら、身体をガスで構成した魔物やらばかり。

よって基本的に不意を突かれる事が多いため、意図的に避けて目的地に向かうという事が出来ずにいた。

だが、どの魔物も姿は分かりにくいがそこまで強くない。それ故に倒すのは苦労しないが、やはり数だけはネックだった。

しかし皆が必死に戦う中、恭也のみがなぜか戦わず、ジャスティンらの戦いぶりを呑気に傍観するという行動に出ていた。

 

「ふむ……筋は中々だが、まだまだ発展途上だな」

 

「ぶつくさ言ってないで兄さんも戦ってよ! そうでなくても数が多――――っ!?」

 

そう叫ぶフィーナはさっき泣いていたとはとても思えない。だけど恭也に意識を向けた隙をつかれ、ガスで身体を構成した魔物が彼女へと襲い掛かる。

だけどそれで捉えられるほど彼女は弱くなく、軽々と魔物の攻撃を避け、それと同時に得物である鞭を振るう。

でも相手の身体を構成しているのは先も言ったとおり、ガス。それ故に振われた鞭は魔物を捉えるも、空振りしたかのように素通りしてしまう。

 

「ああもう! この煙みたいな奴がうっとおしいっつうの!!」

 

「うう……木人はまだ数が多いだけだからいいけど、このままは切りがないわよぉ」

 

ジャスティンは剣、スーは子供サイズの弓矢で魔物に応戦するも、どちらも物理的な攻撃故に倒せるのは木の魔物――木人のみ。

煙のようなガスの魔物に対してはどちらの攻撃も当たらず、一匹も倒せない。そしてそれを倒そうとする間にまた木人が増えていく。

フィーナも戦ってはいるものの、ガスの魔物を倒す方法を思いつくまでに頭が回らない。それはレムを守るという事も含めて動いている故。

だから必ずしも一緒に戦えとは言わないが、せめてレムの護衛くらいはして欲しい。そういう考えの元に怠けている彼に叫んだのだ。

それに恭也はフィーナがレムを守りつつ戦っているのを僅かに視線に捉えた後、仕方ないなと言うかのように溜息をつき、動きだした。

 

「多少頭を回せば、対処法くらい浮かぶだろうに……」

 

愚痴のような呟きの後にメインの得物ではなく、サブである鋼糸を袖から引き出して投げ、同時に赤色の魔法陣を展開。

それは四属性ある魔法の中で一番の攻撃力を持つ火の魔法陣。それを展開した恭也は発生した炎を投げた鋼糸へと纏わせる。

炎を纏った鋼糸は二体並ぶガスの魔物へと飛び、横から一気に切り裂く。そこまでなら、魔物はすぐに元の形状へと再生するだろう。

それをさせないために纏わせたのが魔法の炎。切り裂かれた魔物は断面から燃え上がり、最終的には身体全てを燃やし尽くされた。

この結果に全ての魔物たちは動揺したかのように動きを止め、必死に戦っていたジャスティンたちも同じく動きを止めて呆然とした。

 

「す、すげえ……」

 

呆然としたままそう呟いたのは、ジャスティン。彼とて、火の魔法は僅かながら使えはする。

というのも、そもそもこの世界の魔法というのはマナエッグというマナの塊を触媒として、身体の内に陣を刻みこむのが一般的。

そしてこのマナエッグという代物さえ持っていれば、街にある魔法屋で簡単に手に入る。もっとも、このマナエッグという物自体が入手困難なのだが。

つまりそういうわけでジャスティンもいくつかのマナエッグを入手した事で魔法を覚えてはいる。だけど、手に入れたどの種類もまだ発展途上。

火も水も、地も風も、どれも頻繁に使っているわけではないから成長しない。だから、高位の魔法だけならず、武器に纏わせるなど彼には出来ない。

それを恭也は目の前でいとも簡単にやってのけた……これがジャスティンに驚きを与え、それと同時に強い尊敬の念を抱かせるのだ。

そしてこれはジャスティンだけならず、スーやフィーナにとっても同じ事。ただこの二人で違う部分があるとすれば、驚いている部分についてだ。

スーはジャスティンと大半は同じだが、一番は魔法にそんな使い方があるんだという驚き。フィーナに関しては、兄がそんな事を出来るという驚き。

そもそも恭也はフィーナの前で戦う姿を見せた事がほとんどなく、あっても剣や鋼糸や飛針などの近接物理系の戦いのみしか見せてはいない。

魔法を覚えているというのは知っているが、使ったところなど見た事がない。だから、覚えているだけで使わず、ただ持ち腐れているだけなのだと思っていた。

しかし、彼は目の前で使って見せた……ただ放つのではなく、武器に纏わせるという高位魔法とは別の意味で習得困難な使い方で。

故に驚きのまま呆然としてしまう一同。魔物に至ってはようやく動きを見せたかと思えば、警戒したように後ずさりして一斉に逃げ去っていってしまった。

それらを一瞥する事もなく、ジャスティンらとも視線を合わさずに恭也は袖にあるリールを巻いて鋼糸を元へと戻した。

 

「あの手の魔物は実体がない故に物理的な攻撃は無意味。ならばどうすればああいった魔物を倒す事が出来るのかと言えば、魔法を使う以外に答えはない……ちょっと考えれば簡単に――――って、どうした? いきなり黙り込んで?」

 

ようやくそこで一同の様子に気づき、視線を向けて首を傾げる恭也。その声でやっと我に返るジャスティンたち。

そして我に返ると同時にジャスティンとスーの両名は彼へと歩みより、興奮冷めやらぬ様子で眩しいほどの視線を向けてきた。

 

「やっぱりすげえな、キョウヤは! オレ、あんな風に魔法を使ったやつ初めて見たよ!」

 

「初めてじゃないわよ、ジャスティン。フィーナだって前に使ってたじゃない」

 

「あ、そういえばそっか。だとしたらやっぱり、フィーナのあれもキョウヤが教えたのか?」

 

「一応、そうだが……」

 

怒涛のような言葉と好奇心に満ちたような視線を前にたじろぎつつ、恭也は彼の質問に対して同意した。

すると二人の勢いがさらに増し、質問攻めにでもするかのように口々に喋り出す。

元々自分に頼りすぎるなと説教しようとしていたのに腰を折られたどころか、そんな状況になっては彼としても困るしかない。

それにはフィーナも放ってはおけず彼らの間に割って入り、このまま留まるとまた魔物に襲われるからと先に進む事を勧めつつ二人を落ち着かせた。

これにより二人とも一旦は落ち着きを見せ、後でまた詳しく教えてくれという言葉に彼が同意したのに満足するような顔を見せた。

そして二人がなぜか上機嫌でレムを案内として先頭を歩きだし、それを合図に恭也も後を追うように歩き出すとその隣にフィーナが並んで歩き、少し小さめの声で口を開いた。

 

「兄さんも使えたのね……武器に属性を付与する魔法」

 

「当たり前だろ。お前に教えたのは俺なんだから、教えた本人が使えなければ論外だ」

 

「でも、教えてくれてたときには一度も使って見せた事なかったじゃない。使えるなら手本として見せてくれても良かったんじゃないの?」

 

「手本を見せれば簡単に覚えられるというわけじゃないだろう? それにあの時は俺自身もまだ使いこなせなかったからな……口で教える事は出来ても、手本としては見せられなかったんだ」

 

フィーナが使えるのは鞭に電気を纏う技。これは魔法の属性で言うならば、炎と風の複合属性。

対して恭也が先ほど使ったのは炎という一つの属性を纏わせるもの。技術的に言えば、フィーナのほうが上に見える。

しかしフィーナとしてはそれで勝ち誇る事など出来なかった。技術的には上に見えても、よく見れば自分のほうが劣っているのが分かるから。

彼女がもしその技を使おうとすれば、ある程度時間を要してしまう。属性を混ぜ合わせる時間、それを武器に付与する時間。

その他諸々のものを合わせ、万全な状態という事を考慮すると合計、行使まで五秒前後。考慮しなければ、長くて十秒は掛かる。

もちろんそれを悟らせないための技術は彼女にもあり、困るという事は現状ではない。だが、強敵を相手にするとどうしてもそれはネックとなる。

だから日々、時間短縮のための修練は怠らない。対して恭也は複合ではないにしろ、発動時間は一秒から二秒……それは彼女より断然早い時間。

自分がこれだけ努力して未だ出来ていない事をあっさりとやってのける。これが彼女にはどうしても納得いかず、ムッとしてしまう理由だった。

それがどうして教えてくれてたときに見せてくれなかったという問いに変わり、少し不機嫌気味な様子を彼へと見せてしまう事になっている。

 

「あんなに速く属性付与が使えるって事は、絶対高位のほうに位置する魔法もいくつか使えるでしょ」

 

「まあ、使えない事はないな……使おうとは思わんが」

 

「どうして? 相手が魔物でも数が多かったら高位魔法を使ったほうが楽じゃ――ああ、そういう事。つまり、兄さんは私に遠慮してるんだ……妹が使えない魔法を自分が使うとどうせ拗ねるって」

 

「……なるほどな。つまりお前は、俺に嫉妬してるわけか。自分に出来ない事を、俺が出来ると言ったから」

 

「ち、違うわよ! 私はただそう思ったから言ってるだけで、別に嫉妬なんか――!」

 

声を上げてしまった故か、前方を歩く三人から顔を向けられる。その三人にフィーナはあっと声を上げた後、笑顔で何でもないと告げる。

これに三人とも頭に疑問符を浮かべるも、そっかとだけ返して再び先頭を歩きだす。それに続いて歩みを再開しながら、恭也は苦笑しつつ彼女の頭に手を置いた。

 

「お前より速くあの魔法が使えても、高位の魔法が使えても、俺からしたらお前のほうが凄いと思うぞ?」

 

「どこがよ……魔法技術も戦闘技術も、料理技術だって私のほうが兄さんより劣ってる。これのどこが兄さんより私のほうが凄いって事になるの?」

 

「あ のな……俺はそれらを身に付けるのに一体どれだけの時間を費やしたと思ってるんだ? 戦闘技術に関しては初めて会ったときのフィーナよりももっと小さいと きから……料理技術に関しても同じようなもの。更に魔法に関してもここに来て初めてその存在を知ってから、今に至るまでの五年間ずっと修練を続けてやっと このくらいなんだ。それに対してお前は、俺より劣っていても全てにおいて俺と近しい腕を習得した……それも学び始めてからたった四年で、俺がほとんど基礎 しか教えていないにも関わらずだ。これでは逆に俺がお前の才能に嫉妬しても可笑しくないんだぞ?」

 

「そ、それは才能なんかじゃなくて……ただ、必死に修練を重ねたから――」

 

「それでも、少なくとも俺よりはある。加えて直向きに頑張れるのも言ってしまえば才能の一つ……もっと自分に自信を持て、フィーナ。今は俺より劣っていても、いつか……お前は俺なんか追い抜いていくよ」

 

言い終えた後、ちょっと強めに彼女の頭をクシャクシャと撫でる。それに彼女は恥ずかしそうに手を振り払い、乱れた髪を整える。

そんな彼女に再度苦笑を浮かべつつ、恭也は前方に視線を戻す。だけど戻された視線は道ではなく、前を歩く一人の少年に向けられていた。

 

(まあ、才能云々で言えばフィーナには悪いが……アイツのほうがあるがな。全く、末の恐ろしいのを見つけてきたものだ)

 

そう思いながら向けられる視線の先にいる少年、それはジャスティンの事。彼から見れば、正直フィーナよりも彼のほうが才能がある。

さっき戦ってるところを見るだけなら、まだまだ発展途上の未熟な子供と思える。だが、未熟ながらも彼には光るものが確かにあった。

技術云々は大げさに褒めるほど大してあるわけじゃない。ほとんど彼は直感で戦っている……これこそ、末が恐ろしいと思える理由。

技術に縛られず、その場その場の直感で戦い抜ける者。型破りな戦い方だからこそ、相手にとって予測不可能な動きが出来る。

そんな彼がもしこのまま成長し続け、才能を開花させたとしたら想像するだけでも恐ろしい。そしてだからこそ、恭也としては面白いと思えた。

 

(こんな奴を連れ帰り、俺まで冒険に駆り出される羽目となった……もしかしたら、これが俺の運命だったのかもしれないな)

 

運命などという青臭い言葉を思い浮かべた故か、内心少し気恥ずかしくなる。だが、そう言うほうが納得が言ってしまうのも事実。

この世界に訪れ、フィーナやリーンに拾われたのも運命。リーンがあのときの事を負い目に感じて、軍に行ったのも運命。

そしてきっとこうやって冒険に駆り出され、共に歩むようになった事も……そう思えるから彼は後悔を抱かず、面白いなどと思えてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

ようやく完成した第八話。今回は霧の樹海でのお話でした。

【咲】 でも正確に言ってしまうと、霧の樹海は今回のここで最期じゃないのよね。

その通り。ルクの村から『世界の果て』に向かう過程でまた霧の樹海を通らないといけない。しかも、来たときよりも長い距離をな。

【咲】 もっとも、それよりも前に語るのはルクの村での一件、よね?

うむ。ルクの村である一つの事件……内容はグランディア未プレイの人がいるのも兼ねてここでは言わんが、これはストーリーで少し重要だ。

【咲】 あくまで少し、だけどね。

まあ、ね。ともあれ、やっとここまで来たって感じだな。

【咲】 ここまでっていうほど進んでないけどね。『世界の果て』にすらまだ到達してないんだから。

まあ、『世界の果て』がゲームで言うところグランディアのディスク1の折り返し地点だからね。

【咲】 アンタの目標とするリエーテとの接触まではまだまだ先よね。

だなぁ……早く出したいんだけどね、彼女。

【咲】 アンタってキャラの中でリエーテが一番好きなのよね?

その通りだ。フィーナもいいが、リエーテの真面目ぶりとボケぶりがピンポイントでぐさっときたね。

【咲】 ……人の趣味をとやかく言うつもりはないから、敢えてノーコメント。

む、ノリの悪い奴め。

【咲】 アンタにノらせると性質が悪いもの。

つまんないの……ということで、次回はルクの村でのお話です。

【咲】 事件まで進むわけ?

いや、事件まではまだいかんかな。たぶんそれは次々回か次々々回になると思う。

【咲】 ふ~ん……。

てなわけで、今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回も見てくださいね♪

では~ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感想は掲示板かメールにて。

 

 

 

 

 

 

 

 

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