霧の晴れた樹海を歩く事、一時間。恭也が参戦したとき以降、魔物が襲い掛かってくる事はほとんどなかった。

魔物とて姿形はどうであれ、動物の一種と言っても過言ではない。だからこそ、野生の本能というもので悟ってしまったのだろう。

あの人間は危険だと、手を出せば命はないと。感受性に優れてしまっているからこそこの事を悟り、手を出せなかったのだろう。

だからといって魔物と遭遇する事が全くゼロというわけではなかったが、恭也が参戦せずともジャスティンたちで事足りていた。

数に関してもそうだが、一番は先ほどの彼の一言があった故。物理的な攻撃が効かないなら、魔法で攻撃すればいい。

恭也やフィーナのように魔法を付与した物理攻撃は出来ずとも、魔法自体は使える。それ故、彼らだけでも十分に対抗出来ていた。

そうして僅かでも魔物と遭遇しつつも、彼らは更に三十分近く樹海を歩き続けると、ようやく目的となる場所が目先に見えてきた。

 

「あれだよ! あれがオイラの住んでる村だ!」

 

やっと帰ってこれた事が嬉しかったのか村が見えてくるや否や、レムは皆から放れて村へと駆けていった。

そんな子供らしい様子で駆けていくレムを恭也とフィーナは苦笑しつつ見送るも、反対にジャスティンとスーは好奇心に満ちた目で村を見ていた。

彼らの故郷であるパームは田舎というわけではないが、大陸そのものが小さなもの。それ故、旅で見るもの全てが二人にとって新鮮なもの。

だからこそ目的云々はともかく、好奇心というものは隠せず、目の前に見える村に対しても彼らにとっては好奇心を抱くのに十分だった。

 

「本当に霧の樹海に村があるとは……なるほど、隠れ里と言われるわけだな」

 

「なんだよ、キョウヤ。もしかして、レムの言う事を信じてなかったのか?」

 

「全く信じていなかったというわけじゃない。だが、霧の樹海というのはそもそも人が住めるような環境じゃないと聞いている……如何に亜人とはいえ、外見や言葉以外はほとんど人間と変わらないのだから、疑念を持っても可笑しくはないと思うがな」

 

「……そんなもんか?」

 

「そんなもんだ」

 

片やレムの言う事を全面的に信じ、村があるのだと確信していた。片やレムの言う事に疑念を抱き、村があると俄かには信じられなかった。

純粋だから人を疑わずに信じてしまう、深く考えすぎてしまうから何でも疑ってかかってしまう。これが恭也とジャスティンの違いなのだろう。

だけどこれらはどっちにとっても良い所であり、悪い所でもあると言える部分。それがあからさまに今の会話で出たため、スーもフィーナもクスクスと笑ってしまう。

それに恭也とジャスティンは気付くも、何で笑われているのかが分からず、揃って首を傾げる。それがあまりにも同じだったから、二人は笑いが止まらなかった。

そうして男性組が疑問符を浮かべ、女性組が笑ってしまうという状況が僅かに続いた後、一同はゆっくりとレムの後を追って、村へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GRANDIADifferentWorld Guardians

 

 

第九話 閉ざされた村を護る神像

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村に入ってまず目の辺りにしたのが、中央に集まる亜人の集団。レムのような子供や若い者もいれば、老人も中には混じっている。

彼らは中央に集まって何をしているのか、それは簡単に言えばレムの出迎え。しかし、実際は出迎えというほど穏やかな感じではない。

レムの親なのだろう男性と女性に本人は叱られ、かなりしょげている様子。だが、その内容を聞くと怒られても仕方ないかとも思えた。

何でもレムが一同に渡した二種類の実……あれは村にとっても貴重なものであるらしく、それをレムが家出の際に無断で持ち出してしまったらしい。

しかもそんな貴重な実を盛大に使ってしまった。如何に子供とはいえ、叱られずに済むような事ではないという事だろう。

しかし、叱られる理由はそれだけではない。村にとって他所者は警戒すべきなのに、レムはその他所者を招き入れた……これが叱られるもう一つの理由。

だから叱られたレムが親に連れて行かれた後、一同へ向けられた視線はお世辞にも良いものではない。むしろ、かなりの警戒が表れていた。

 

「村の子であるレムを助け、ここまで送り届けていただいた事……感謝いたしますぞ、旅の方々」

 

「いえ、大した事ではありませんのお気になさらず。ところで失礼ですが、貴方は?」

 

「これは失礼。ワシはアドルフ……このルクの村の長老を務めておる」

 

中央の人垣を掻き分けて現れ、レムの件に関して礼を述べたのはこの村の長老であるアドルフという名の老人。

長老というだけあって威厳のありそうな言動、そして仕草。下手な者ならそれだけで威圧されてしまいそうなものではある。

だが、それで小さくなってしまうなどという事は彼らにはなく、いつもと変わらぬ普通の態度で話を進め、長老の勧めで彼の家に招かれた。

そしてその家の床に座らされ、向かい合うように彼は一同と向き合って座った途端、第一声にこう告げてきた。

 

「今日はもう遅い故、村に留まるのも已む無いが……明日の朝には村を出ていただきたい。無論、ワシらが責任以てお主らを森の外側まで送り届ける事は約束しよう」

 

歓迎してくれているとは思っていなかったが、まさか明日にでも村を出て行けと言われるとは恭也ですら想像しなかった。

それ故に一人の例外もなく唖然としてしまう。だが、我に返ると黙ってはいられず、ジャスティンとスーが口々に抗議の言葉を放った。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! ここまで来て、いきなり帰れってのはあんまりだろ!!」

 

「そうよそうよ! 別に悪い事をしにきてるわけじゃないんだから、少しくらいここにいてもいいじゃない!」

 

「そういうわけにもいかぬ。他所者は決して村に入れてはならぬ……これは村の掟なのだ。今回はレムの恩人であるため、例外中の例外としてお主らを村に入れた。だが、滞在するとなると話は別……分かってくだされ、旅の方々」

 

「嫌だっつうの!! 俺らは『世界の果て』を目指してんだ……なのにここまで来てまた振り出しなんて、納得できるわけないだろ!!」

 

『世界の果て』という単語が出た瞬間、アドルフの眼には若干の驚きという感情が浮かんだ。

だけどそれも一瞬。すぐに元へと戻ると先ほどと変わらず、それが村の掟なのだと言い続けるだけであった。

これには二人も納得するどころか苛立ちが先立ち、抗議を続けようとする。しかし、それは突如恭也に頭を掴まれ、後ろに下がらされた事で止められた。

スーに関してもフィーナが落ち着かせ、二人に代わって恭也とフィーナが前に出る。そして二人とは違って落ち着いた口調で問いかけた。

 

「掟を守らなければならないというのも分かります……ですが、自分たちとしてもここで後戻りをするわけにはいかないんです。勝手なのは承知していますが、何とかなりませんか?」

 

「……村の掟は絶対なのだ。たとえワシがお主らの滞在を認めたとしても、ルクの守り神がお許しにならない限りは……」

 

「守り神? この村は、何かを奉ってるの?」

 

「う む。遥か昔、翼を捥いでまでワシらを闇から助け、この地で生きていけるようにしてくださった光の翼を持つ者がおっての……今は光神様となって、村を守って くださっておる。ワシらは祖先からその事を語り継ぐため、裏山の山頂にある石碑に歴史を刻み、これを光神様として奉っておるのだよ」

 

自分の事のように誇る彼を見ると、本当にその光神というのが大事なのだという事がよく分かる。

だけどその光神が許さないからと言われ、ジャスティンほどではないがはいそうですかと頷けるほど二人は人間が出来ていない。

しかし同じ事を同じように聞いても掟だからと返されるのがオチ。それ故、二人はしばし口を噤んでどうしたものかと考える。

これをアドルフはもう反論なしなのだと思い、立ち上がって家を出ようとする。これに二人は思考を中断、彼を止めようと口を開こうとした。

だが、そもそも止めたところで案がなければ意味がなく、開いた口から言葉が出ない。故にか、アドルフもそのまま歩き去ろうとする。

 

「だったらさ……その光神様っていうのが許してくれたら、この村にいてもいいのか?」

 

そんなとき、突如としてそんな質問をぶつけたのはジャスティン。これにはアドルフも足を止め、彼へと振り向いた。

そして何を言うかと思えばと言いたげな視線を向けてくる。でも、それに一歩も引く事なく、ジャスティンは彼を見返した。

本当に真っ直ぐで、真剣な目で……だからか、途端に彼の視線も若干変わり、仕方がないと溜息をつきつつ、それを告げた。

 

「先も言った裏山の山頂、そこにある光神様の石碑の前には光神様に供えられた酒が置かれておる。これをお主ら自身で取りに行き、ワシのところまで持ち帰ってくだされ……それが出来たのなら、光神様に認めていただける方法をお教えいたそう」

 

それだけ告げると再び歩み出し、今度こそ家を出て行った。

そして彼が家を出るのを見送るとスーとフィーナはジャスティンの近くに寄り、口々に良くやったと彼を褒めた。

ああ聞けば必ず上手くいくと思っていたわけではない。だが、結果的はあの言葉を引き出せ、褒められた事に彼も素直に喜んだ。

 

「盛り上がってないでさっさと行くぞ……今日中にそれを取ってこれなくては話にならんからな。それにああ言うという事は少なくとも簡単には取ってこられないという事だから、くれぐれも油断はするなよ?」

 

「わ、分かってるって! 心配なんかしなくても、油断なんか絶対しないよ!」

 

「だといいがな……」

 

恭也だけは彼を褒める事なく、ちょっとキツめな事を言って彼の返答に溜息をつきつつ家を出た。

彼の言葉に褒められた喜びも一気に冷め、ちょっとは褒めてくれてもいいだろうと不満げな視線で彼が出るのを見送ったジャスティン。

そんな彼にフィーナは苦笑しつつ、フォローを入れた。兄は良い事をしてもほとんど褒めず、いつもあんな感じなのだと。

だけど決して認めてないわけじゃない。ジャスティンの今の功績に至っても、しっかりと認め、内心ではちゃんと褒めているのだと。

それが真実だと証明する術はない。彼が内心で思っている事など、義妹のフィーナでも分かるはずがないのだから。

でも、長く付き合ってきてるからこそ、内心が分からずともフィーナの言葉には自信が満ちていた。絶対そうだと、確信にも似た自信が。

それ故にか、ジャスティンも不思議とそれが信用できるように思え、視線を今一度恭也が出て行った方面に向けた。

 

「素直じゃないんだな、キョウヤって」

 

「そうね。兄さんは全然素直じゃないわ……誰に対しても、自分に対しても」

 

苦笑しながらそう返し、ジャスティンも釣られて笑みを浮かべた。

そんな二人に若干退け者気味にされていたスーは頬を膨らませつつ、置いて行かれるわよと二人に告げる。

その一言で二人はスーの様子に気づき、謝罪をしつつも置いて行かれるわけにはいかないからと三人揃って彼を追っていった。

 

 

 

 

 

裏山と言っても、この村に来たばかりの四人ではどこが裏山に続く道なのか分からない。

それ故に村の人に聞こうとするも全員が全員、彼らの姿を見るや否や声を掛ける前に逃げるように去ってしまう。

これでは聞きようがなく、仕方なしに一同は村を歩き回って探す事にし、それから約十分後にようやくそれらしき場所を見つけた。

そこには村の子供が不用意に入らないようにするためか柵がしてあり、その横にある小さな看板に『光神様の山』と書かれていた。

その看板によってその先が裏山などだと確信した一同は柵を越え、そこから続く道を進んでいき、木々の生い茂る場所へと出た。

 

「なるほど……こんな条件を出すわけだ。そこら中から魔物の気配がプンプンする」

 

「つまり、私たちは試されてるって事?」

 

「だろうな。まあ、気配だけで見たところ大して強い魔物がいるようには感じないから、そんなに苦労もしないだろうさ」

 

言葉だけ聞けば楽観視のようにも思えるが、恭也が軽はずみにそんな事を言うとは誰も思っていない。

だから彼がそう言うならそうなのだろうと思いつつ、だけど彼に言われた油断はするなという言葉に従って警戒しながら彼に続いて歩き出した。

そこからしばらく歩き続け、木々の生い茂る森から山道へと差し掛かった所でジャスティンはいきなり声を上げ、前を進む彼に走り寄った。

 

「なあなあ、キョウヤ。ルクに着く前にしてた話の続きなんだけどさ……」

 

「ルクに着く前? ……ああ、魔法を武器に付与する技術についての話か」

 

「そうそれ! あれってフィーナが使えたのもキョウヤが教えたからなんだろ? だったら、オレにも教えてくれよ!」

 

「……フィーナに教えたからといって、なぜお前にまで教えなければならん。大体、あれを教えてほしいならフィーナに頼めば――」

 

「私は無理よ、兄さん。あれって結構感覚的な部分が多いから説明しにくいし、私はまだ人に教えるほど腕がないもの」

 

言い切る前にいつの間にか近場に移動していたフィーナからそう否定され、言葉を飲み込む羽目となる恭也。

それを機に霧の樹海のとき同様に教えてくれよ、頼むと畳み掛けるかの如く詰め寄ってくるジャスティン。

駄目だと言っても聞かず、何度も頼み込んでくる彼に、これでは魔物たちに対する気配察知に集中できないと困り始める。

それ故か、溜息をつくと共に彼も折れ、気配察知で忙しいためか一度しか教えないのを条件として彼へと提示した。

これにジャスティンは一言返事で分かったと告げ、それに今一度溜息をつくと飛針を一本だけ取り出し、歩みを止めずに説明を始めた。

 

「魔法を武器に付与するためにまず一番必要なのは、想像力だ。この飛針を纏う得物として考える場合、火属性なら炎がこれに纏わりつくイメージを。風属性なら飛針を台風の目として風が渦巻くイメージを、という風にな。ここまでで分からないところはあるか?」

 

「ん~……特にないかな。要するに俺の場合で言うなら、属性に応じてこの剣に魔法が纏ってる様子を頭に浮かべればいいんだよな?」

 

「その通りだ。そしてイメージが頭に浮かんだら、普通に魔法を使えばいい。魔法の基本も同じく想像力だから、頭にそういったイメージを浮かべて魔法を発動する事により、魔法は武器に纏った状態で発生する事が出来る」

 

「なんだ……結構簡単なんだな、魔法を武器に付与するのって」

 

「説明だけ聞けばな。だが、これが実際やってみると難しいものなんだ……試しに、ちょっとやってみろ」

 

恭也の指示にジャスティンは頷き、背中にある剣を抜いて前に掲げるように持つと彼に言われたとおりにする。

まずはイメージ……彼が思い描く最も力強い魔法の属性である炎が剣の刀身に纏わり、燃え盛るイメージ。

それを頭に浮かべると彼はすぐに魔法を発動。すると発動してから少しの時間を置いたとき、イメージした通りの光景が目の前に展開された。

小さな炎が刀身に纏わりつき、次第にその力強さを増すかの如く燃え盛る光景。そこまで凄まじい炎を発生させても、柄を持つ手が熱くないのも彼にとっては驚き。

だけどそんな驚き以上にそれが出来た事に嬉しさがこみ上げ、よっしゃあと大声を上げてその嬉しさを表現した。

だがその途端、剣に纏っていた炎が一気に弱まって最後には消えてしまい、喜びの表情から一転して驚きの表情を浮かべた。

 

「発 動するだけならそこまで難しい事じゃないが、問題なのは発動の速さと維持に関する部分だ。今、お前が発動までに要した時間は約七秒……戦闘時にこれを行う となれば、更に増して十秒以上になるだろうな。次に維持に関してはお前もいきなり炎が消えた事で驚いただろうが、言ってしまえばそれが当然の結果だ。浮か べたイメージを途切れさせれば、魔法は形を維持できない……普通に魔法を使うに当たって使用者が使用中はそれ以外何も出来ず無防備になってしまうように な。先ほど、お前は付与が出来た事により頭の中が喜びで一杯になってしまった……これがイメージの明確さを損わせ、結果として消えてしまうという状況に 陥ったんだ」

 

「えっと……つまり、どういう事なんだ?」

 

「付与魔法を実戦で使うにはイメージを素早く構築して発動する事と使用中はイメージを途絶えさせずに振るう事……この二つが絶対条件になってくるって事よ、ジャスティン」

 

「ん~……まあ、簡単に言っちゃえば、お子様なジャスティンじゃまだまだ使いこなせないって事ね♪」

 

「お子様じゃねえっつうの! ていうか、オレよりスーのほうがお子様じゃないか!!」

 

「そうやってすぐムキになる所がお子様って証拠なのよ。あっかんべーーっだ!」

 

実際のところ、どっちもどっちだろう。すぐムキになるジャスティンも、子供感バリバリな挑発をするスーも。

これにフィーナはいつもの事である故に苦笑を浮かべ、恭也は教えてる途中でこれだから呆れるしかなかった。

 

「こ ほん……つまりだ、お子様だと言うわけじゃないが、概ねはスーの言う通りだ。付与魔法は実戦で使うまでに多くの修練による慣れが必要になる。だから今教え た事は発動までの時間が遅くとも五秒以内、使用中は必ずイメージを途絶えさせないという二点の条件が満たされるまで実戦では使うな……いいな?」

 

彼の言った事にジャスティンは不満そうな声を上げる。どうやら、早速実戦で使おうなどと思っていたようだ。

恭也としても彼がそう思うだろうからと釘を刺したのだ。中途半端に使える技は、中途半端な威力しか生まないから。

魔物とて決して倒されるためにいるわけじゃない。襲い掛かってくる以上、相手に対して殺意のようなものがあるのは当然だ。

そんな相手に中途半端な技で対抗しても、下手をすればこちらが怪我を負うだけ。だからこそ、条件が整うまで使うなと彼は言ったのだ。

それをジャスティンが理解したのかはよく分からないが、不満そうな顔をしながらも恭也の言葉に対して頷いて分かったと返した。

 

 

 

 

 

あの指導の後、山頂へと赴くまででジャスティンはほとんどずっとと言っていいほど付与の練習をし続け、今度は恭也だけならず全員を呆れさせた。

しかも魔物が襲い掛かってきても本人だけ熱中しているから気付くのが遅く、呆れを通り越して全員に迷惑まで掛けていた。

それ故に恭也のお叱りの拳骨が彼の頭に落ち、歩きながら練習するの禁止というお達しを受け、ようやく大人しくなるに至った。

そうして一同はそれなりな数の魔物と戦いながらも山頂へと歩き続け、やっとの事でそこに続く一本道へと到達した。

 

「お、あれじゃないか? 長老の言ってた光神の石碑って」

 

「そう、ね……他にそれらしい物もないし、たぶんあれで間違いないと思うわ」

 

一本道を歩き続け、見え始めてきた頂上にあった大きな黒い石。ただ黒いだけではなく、中心にある緑色の点から血管のように線を散りばめている。

周りを見ても他に石碑と呼べるような目立つ物はないためか、ジャスティンの問いに対してフィーナはあれがそうだろうという答えを述べる。

恭也やスーにも意見を求めたところ、二人と同じとの事。それ故、少し早足になったジャスティンを先頭として一同は石碑に歩み寄った。

そして石碑らしきそれの根元を見た矢先、目的の酒の入った徳利を発見。それを手に取り、ジャスティンは戻ろうと言って来た道を歩き始めた。

それに続いてスー、フィーナと歩き出し、ゆっくりと石碑から遠ざかっていく。だが、そんな中で一人、恭也だけは動き出さず、視線を石碑に固定させたままだった。

 

「これは……もしかして……」

 

石碑から……いや、正確には石碑の中央にある緑色の光を放つ代物から目を離さず、呆然と呟く恭也。

それに少し進んだ地点にて恭也がついてきていない事に気づき、代表で呼びにきたフィーナが声を掛けても、返答はなかった。

故にフィーナも少し様子がおかしいと思い、もう一度声を掛けようとする。だが、それよりも先に呆然としたまま彼は再び口を開いた。

 

「光の翼を持つ者、か……もしやとは思っていたが、まさか本当だとはな」

 

「……兄、さん?」

 

独り言のように呟く言葉、それの示す意味がフィーナには分からない。だけど、声の質がいつもと違うように感じた。

いつも自分たちに向けるような静かで厳しくて、だけど穏やかさを感じさせる声とは違い、どこか怯えを感じさせるような声。

初めて出会ってから五年、一度も彼のそんな声を聞いた事はない。だからこそ、より心配になり、今一度彼を呼んだ。

だけどそれでも彼は返事を返さず、ゆっくりと石碑に歩み寄る。そして尚も声を掛けてくるフィーナに応じぬまま、右手で石碑に触れた。

 

 

 

 

 

《チカラヲモトメヨ……》

 

――その途端、酷い頭痛と共に彼の脳内に声が響いてきた。

 

 

 

 

 

なぜ声が聞こえるのか、その声の主は一体誰なのか。その全ては、恭也自身も知っていた。

もっともそれは知りたくなくても、知らざるを得なかったのだ。忘れたくても、忘れる事が出来なかったのだ。

元の世界に帰りたいと思いながらもフィーナやリーンと会ってからの日々に見出した幸せを壊した元凶。

挙句、リーンを軍に向かわせる羽目となった『あのとき』の一件を引き起こし、フィーナに悲しみを抱かせた元凶。

 

《クラエ……コロセ……ホロボセ……》

 

(黙れ!! 俺は貴様とは違う……俺は力も何も、望んではいない!!)

 

響く声に対して必死に抗う彼。実際に声に出して言うのではなく、頭の中で自分に言い聞かせるように叫びながら。

『あのとき』のような事を繰り返すのはもう嫌だから。これ以上、兄と慕ってくれた少女たちを悲しませたくなどないから。

石碑から手を放してどんどん増していく頭痛に額を抑えつつ耐え、頭痛に比例して明確になる声に抗う行為を必死に彼は続けた。

だけど声は響き続ける。心の内でいくら拒んでもしつこく声は同じ言葉を繰り返す。それは次第に彼の抵抗を上回り、内から黒に染めていく。

やめろ、来るな……そう叫び続けても止まらず、まるで脳内から記憶を消し去るように黒に染め上げ続け――――

 

 

 

「――――兄さんっ!!」

 

――全てが黒一色に染め上げられる直前、その声はようやく彼に届いた。

 

 

 

声が届いた事で一気に内を染める黒が晴れ、あの声も聞こえなくなって意識が現実へと引き戻された。

と同時に彼は気付く……自分を呼んだ彼女――フィーナが自身のすぐ近くまで寄り、額を抱えていないほうの手を握って見上げてきている事に。

恭也が正気を取り戻し、視線を合わせてもそれを止めない。どれどころか本当に心配するような瞳で見上げながら、手を握る力を若干強くしていた。

 

「どうしたの、兄さん……? ここに来てから少し様子が変だけど……どこか、具合でも悪いの?」

 

「あ、ああ……ちょっと頭痛がしてな。久々にこれだけ動いたから、疲れが出たのかもしれん」

 

「そ、そう……なら、ちょっとここで休む? 頭痛がするほど疲れが出てるなら、下手に動かないほうがいいし……」

 

「そういうわけにもいかんだろ。酒を早く長老のところに持っていかなければならんのだし、そもそも魔物が出るこんな所じゃ休むに休めん」

 

もう日が沈み掛けている現状で長老のところに酒を持っていくとしたら、早めに下山したほうがいい。

こんな魔物が出没する場所で休むわけにもいかないのだから、休む事が必要なら尚の事である。

でも、それは分かっていてもフィーナは心配を拭えない。それほど、先ほどの彼の様子はいつもと違い過ぎていたから。

だから、そんな彼女の心配を汲み取った故か恭也は極力いつも通りを装い、小さな笑みを浮かべつつ額を抑えていた手で彼女の頭を撫でる。

そして安心させるように大丈夫だと告げた。その一言でも表情から心配の色は消えなかったが、それでも彼女は小さく頷いて手を放して離れた。

 

「二人とも~、早く行きましょうよ~! ぼんやりしてると夜になっちゃうわよ~!」

 

そんな彼らに少し遠くから早く下山しようと声を掛けてくるスー。見たところ、恭也の様子がおかしかったのには気付いていない模様。

それは隣にいるジャスティンも同様。おそらく、背中を向ける格好だったから動かなかった彼にどうしたのだろうとは思えても、具体的な様子までは見えなかったのだろう。

だけどその事は彼としても好都合だった。自分よりもずっと下の子供たちに心配など掛けさせたくない……それは本来、フィーナも同じ。

でも、フィーナには見られてしまった。だからこちらには体調が悪いと誤魔化しを入れ、様子が見えなかった二人には詳しく語る事もない。

フィーナが先ほど自身から聞いた事を二人のも話すだろうが、所詮はそれまで。そこから先は知られる事はないし、知らせる気も一切ない。

 

「いくぞ、フィーナ。早くしないとアイツらの言うとおり、下山するまでに夜になってしまうからな」

 

「う、うん……」

 

頭痛の名残もなくなったためか、いつも通りの様子に戻り、下山しようと告げて二人の元に歩きだす恭也。

そんな彼に心配と戸惑いを抱いたまま、置いて行かれるわけにもいかぬ故、フィーナも彼の隣りに並んで歩きだした。

そこから程なくしてジャスティンとスーの二人と合流し、村へと向けて山を下り始める中でも、フィーナは時折彼の様子を横目で窺う。

でも、何度見ても彼はもう先ほどのような様子を窺わせる事はない。それ故か自然と彼女も、本当に疲れていただけなんだと思うようになった。

そうして心配も若干薄れ、歩き続ける彼らは山を下って来た道を進み、ルクの村へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

ルクの村へと辿り着くも、他所者を受け入れない村人にはやはり警戒されっぱなし。

【咲】 挙句、長老から明日には出て行ってくれと言われる始末だしね。

それで粘りに粘って光神の酒を取ってこいという条件を引き出し、取ってくる。ここまではほぼ原作通りだわな。

【咲】 でもさ、ここを書くのに一つだけ悩む部分がアンタにはあったのよね?

うむ。ゲームでは光神の酒を取ってこいという条件を出されるけど、小説版ではそれがないんだよね。

というわけでどっちで進めるかを悩みに悩んだ末、ゲーム版のほうで進めようという形に納まった。

【咲】 元々、これを書き始めた当初はゲーム版を軸でって考えてたものね。

そうだね。ともあれ、ゲーム版か小説版を知っている人ならば、この後何が起こるのかが分かるわな。

【咲】 でしょうね。にしても、光神の石碑に触れて恭也の様子が若干おかしくなったけど、あれって……あれよね?

君のあれがどのあれを示すのかは分りかねるが、おそらく君が想像してるので間違いないと思うよ。

【咲】 ふ~ん……だとするとさ、アレは恭也にとって爆弾みたいなものなのかしら?

というわけでもない。直接触れるか、あれの力を受けない限りは何の害もない。今回のような事が起こる事もない。

【咲】 つまり、今回は恭也の注意不足だったってわけね。

そういうことになるね。でもまあ、知ってはいてもアレを見るのも触れるのも初めてだから、仕方ない事なんだけどな。

【咲】 そうそうある物じゃないしね。

うむ……と、こんなところで次回に関してだが、次回はルクの村で夜に至るまでのちょっとした風景。

それとルクの村での重要な部分である事件の発生までをお送りいたします。

【咲】 次回で解決はしないのね。

次回はね。ていうか、解決っていうけど原作では実質的に解決したとは言い難いけどな。

【咲】 それはまあ、ね。

では、次回の軽い予告もしたところで今回はこの辺にて!!

【咲】 また次回も見てくださいね♪

ではでは~ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感想は掲示板かメールにて。

 

 

 

 

 


 

 

 

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