ヤミと剣士と本の旅人

 

プロローグ 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、恭也はまだ信じられないという思いを抱きながらもリリスの説明を聞いた。

この図書館の存在する世界がどういうものかということ、この世界において恭也のような存在がどういうものかということ。

そして、恭也の世界を納めた本のページが数枚引き千切られていることで、現状では帰る事ができないということを。

説明を聞き終えた後、恭也はやはり信じきることは出来なかった。

自分の住んでいた場所が、共にあった家族が、すべて……すべて、壊れてしまったということを。

しかし、世界などのことを語っていたリリスの顔を見る限り、嘘などついているようには見えず、事実として受け入れるしか道はなかった。

 

「あの……」

 

「ん? 何かしら?」

 

「元の世界が壊れたということは分かりましたが、直す方法はあるんでしょうか?」

 

事実としてそれらを受け入れた今、恭也はそれが一番気がかりだった。

もしこれで、ないと言われれば自分はこれからどうしたらいいのか。

帰る場所を、護るものを失った自分は、これから一体何を支えに生きていけばいいのか。

そんなことを考えながらも僅かな期待を胸に、恭也はリリスの顔を真剣に見ながら聞いた。

それにリリスはなぜか頬を赤く染めたり、うっとりしたような表情をするが、すぐに咳払いをして質問に対する答えを口にした。

 

「あるわよ」

 

実に呆気なく、まるで当然のことかのように口にされた答え。

それに恭也は少しだけ呆然とするも、すぐに返された答えを認識して安著の溜め息をつく。

 

「じゃあ、その方法というのを教えてもらえませんか?」

 

「いいけど……教えたところであなたにはどうしようもないわよ?」

 

「そうだとしても……僅かにでも希望があるなら」

 

「希望、かぁ……ないと思うけど、まあいいわ。 教えてあげる……あなたの世界を、元に戻す方法」

 

リリスはそう言うと、再び恭也の住んでいた世界の本を手に取る。

 

「方法っていうのは至って簡単。 損失したページをすべて探し出して、この本へと戻すことよ」

 

「それだけ、ですか?」

 

「まあ、言葉にすればそれだけね。 でもね、そのページを探すというのは簡単なことじゃないのよ」

 

疲れたようにそう言うリリスの言葉に、恭也はどういうことかわからず首を傾げる。

まあ、それも当然だろう……破れたページを探して元に戻すだけと言われれば誰でも簡単そうに聞こえてしまう。

だが実際はページを探すこと自体、雲を掴むような話ということが、この後に語られたリリスの説明でわかることとなった。

 

「ここにある本っていうのはね、仮にも一冊で一つの世界なの。 だから、本のページ自体にも、世界を構成する力がある。 言わば、ページの一枚一枚が世界の欠片と言ってもいいわね」

 

「はぁ……それで、それが先ほどのとどう結びつくんですか?」

 

「ん〜、まあめんどくさいから結論を言うけど、この本から破かれたページはたぶん、他の世界に迷い込んでる可能性が高いのよ」

 

「他の世界に、迷い込む?」

 

「そ。 だから、ページを探すって事は、ここにある本の中からページの迷い込んだ世界を探すってことなのよ」

 

リリスの説明が終わると同時に、恭也はリリスが言った簡単ではないという言葉を理解した。

この図書館に納められている蔵書は、そこから見える限りでも果てしなく感じてしまうほどの量。

しかも、納められている一冊一冊が一つの世界を構成しているため、迷い込んだとなれば各世界に入って探さなければならない。

つまり、この中から闇雲に探したところで、自身がその生涯を終えるまでに一枚でも探し当てれるかどうかすら怪しいということだ。

 

「わかったでしょ? こんな多くの世界の中から、ピンポイントでページの迷い込んだ世界を探し当てるのは実質不可能なのよ」

 

「……」

 

「酷だとは思うけど、悪いことは言わないから……諦めなさい。 自分の住んでいた世界が壊れたても、他にも世界はたくさんある。 他の世界に行けるように切符を用意してあげるから、後ろ向きに考えるよりも新しい世界で新しい人生が送れると思って」

 

普段のリリスからは珍しいとさえ言える、優しく諭すような言い方。

正直この場に、リリスと関係の深いものがいたとしたら、目を疑うような光景である。

ちなみにリリス自身も、らしくないかな〜と思いながら言ってはみたが、その言葉が終わるよりも早く恭也はリリスに背を向けて歩き出していた。

 

「ちょ、ちょっと! あなた、一体どこに行く気!?」

 

「どこって……探すんですよ。 俺が住んでた世界のページを」

 

「……話を聞いてなかったの? この膨大な量の中から、たった数枚のページが迷い込んだ世界を探すなんて――」

 

「無謀だと分かっていても、可能性はゼロじゃないでしょう? なら、俺はその可能性を信じて……探します」

 

そう言って再び歩き出す恭也に、リリスは絶句してしまう。

ゼロではないにしろ、限りなくゼロに近い可能性をどうして信じることできるのか。

自分がこれだけいい提案を出しているのに、どうして諦めて新しい世界を探そうとはしないのか。

それほどまでに元の世界が大事なのか……それほどまでに、元の世界との関わりを消したくないのか。

 

(馬鹿じゃないの……)

 

馬鹿……確かに今の彼はそう言えるのかもしれない。

でも、恭也を馬鹿だと考える反面、リリスの口元には笑みが浮かんでいた。

 

(顔がいいだけだと思ってたけど……中々に、面白い奴じゃない)

 

久しぶりに見た、面白いと思える人間。

それは、以前も似たような境遇で出会った奴と、どこか似ているようにさえ感じた。

あのときとは、当てが少しでもあったあのときとは明らかに状況が違う。

だが、まったく当てがないにも関わらず、大切なものを探そうとするその姿はとても似ていた。

 

「は〜、酷い目に合いましたわ〜……って、リリスはん、どうしたんでっか?」

 

「ケンちゃん……私、決めたわ」

 

「決めたって……イブはんへの新しい悪戯でっか?」

 

「違うわよっ! 私が決めたのは……あの男の手助けをするってことよ」

 

「あ〜、そういうことでっか……て、リリスはん、本気かいな?」

 

「本気も本気……本の管理とか掃除とか、そんなのばかりで飽き飽きしてたことだし、あいつ結構イケメンだし」

 

「あ〜、あかんわ……確かにこれは本気の目や」

 

そう呟きつつ、面倒事を避けたいのかケンは気づかれぬうちに離脱しようとする。

だがしかし、ケンが離脱しようとするのをリリスが気づかないわけもなく、先ほどと同じく瞬時にガシッと掴まれる。

 

「く、苦しいがな、リリスはん……」

 

「な〜に逃げようとしてるのかなぁ、ケンちゃん?」

 

「に、逃げようなんて……ぐえっ!」

 

「ふふふ……さあ、ここでケンちゃんに選択権をあげましょう。 一つは、アイツと私の手伝いを喜んで受ける。 もう一つは、手伝いをせずにこのまま握りつぶされる」

 

「そ、それ、選択権がないも同然……ぐぇぇぇ!!」

 

「さあ……選びなさい」

 

ギリギリと握る力を強めていくことで、リリスは答えを急かす。

だがまあ、この状況でケンが選択できる答えなど一つしかないだろう。

そんなわけで、ケンは半強制でリリスを手伝うことを約束させられ、なぜかもう一握りされてから解放される。

リリスより解放されたケンは地面にボテッと落ち、まだ少し青褪めながらもパタパタと翼を動かして浮き上がる。

そして、飛び立ったケンと共にリリスは奥へと行った恭也を探すため歩き出し、間もなくして本を手に取ろうとしていた恭也を発見する。

 

「は〜い、そこ。 ストップストップ」

 

「え……?」

 

「本から手を離して〜……はい、そのまま腕を下ろす〜」

 

本を手に取ろうとした矢先、突然現れたリリスの言うままになぜか腕を下ろす。

そして、腕を下ろした恭也にリリスは満足気にうんと頷き、恭也へと歩み寄る。

 

「あの……何か?」

 

「何か?じゃないでしょ……私が止めなかったら、危うく存在すらも消されるところだったのよ?」

 

「はい?」

 

「はいって……あ、そういえば狩人の説明はしてなかったわね。 じゃあ仕方ないか」

 

「狩人のことを説明しとらんとは……相変わらずリリスはんの説明はいいかげ、ぶべっ!?」

 

言葉を言い終わることなく、ケンはリリスの裏拳によって叩き落されることとなった。

しかし、叩き落した本人はもちろん、恭也もリリスの言った狩人というのが気になったためかそれは気にしなかった。

 

「で、話の続きだけど……狩人っていうのはね、切符を持たずに本を開いて世界に入ろうとした者を狩る存在のことよ」

 

「はぁ……では、その切符というのは、どこで手に入るんですか?」

 

「ん〜、普通は、本の中で生涯を終えて本の外に弾き出された人に無条件に与えられるんだけど、あなたの場合はちょっと状況が異なるから手には入らないわね」

 

「そうですか……なら、狩人がやってきたら戦って」

 

「あ〜、それは止めたほうがいいわね。 あなたが元の世界でどれだけ強かったのかは知らないけど、狩人の動きは音速を超えるほどだから、普通の人間じゃまず勝てないわ」

 

「……では、俺みたいなのが本の世界に入ることはできないんでしょうか?」

 

「まあ、そういうことになるわね。 で、提案なんだけど……無条件で世界を行き来させてあげる代わりに、私を同行させてみない?」

 

「え?」

 

小さく声を漏らした後、恭也はリリスの述べた言葉を理解して申し訳なさそうな顔をする。

さすがに、私的な事情で他者を巻き込むというのは、恭也としては気が引けるのだ。

だから、非常にいい提案ではあるが、申し訳なさから断ろうとするが、それよりも早くリリスがその思考を読み取ったかのように口を開いた。

 

「遠慮なんかしなくていいわよ? あなたの目的が私的な事情なら、私のこの提案も私的なことから来てるんだしね」

 

「むぅ……ですが、やはり迷惑じゃないですか? えっと、リリスさんだって何かしなければならない用事があるでしょう?」

 

「別にないわよ? まあ、如いて言うなら本の管理くらいだけど、それは世界を行き来しててもできることだし」

 

「……でも」

 

「ああもう、こっちはこっちの都合で提案してるんだから迷惑も何もないわよ! いいからさっさと承諾しちゃいなさいよっ!」

 

いきなりキレ出したリリスに、恭也は驚きのあまりに一歩引いてしまう。

そして、まだ申し訳なさが先立つものの、ジロリと睨むリリスの視線に頷くことを強要されてしまう。

ようやく頷いた恭也に、リリスは表情を一転させて笑みを浮かべる。

 

「はい、じゃあ契約成立ね♪」

 

「はぁ……」

 

「相も変わらず強引やなぁ……」

 

笑みを浮かべながら言うリリスに戸惑い気味の恭也。

その光景を、いつの間にか復活したケンはパタパタと翼を動かしながら呟く。

 

「じゃ、早速ページ探しの旅に! ……と言いたいところだけど、その前に一つ」

 

「なんですか?」

 

「それよそれ……その敬語どうにかしなさい。 そんな喋り方されたらムズ痒くてたまらないわ。 あと、さん付けも不要よ」

 

「え、えっと……」

 

「リリスはんの言うとおりにしたほうがええで……下手に機嫌を損ねると後がこわ、ぐえっ!?」

 

「余計なこと言わない……じゃ、早速私の名前を呼んでみて」

 

「リ、リリス……これでいいですか?」

 

「……敬語」

 

「……これでいいか、リリス?」

 

「ん、上出来♪ じゃあ喋り方も訂正したところで、ページ探しの旅へしゅっぱ〜つ!」

 

少し上機嫌にそう言い、リリスは恭也の手を取って歩き出す。

手を取られたことに恭也は少しだけ驚くが、別にいいかと特に払おうともせずに苦笑を浮かべ、引っ張られるままに歩き出した。

ちなみに、ケンは恭也の手を握っていないほうの手で思いっきり握られていたりする。

とまあ驚きの連続といえる出来事が多々起きながらも、三人の旅はこうして始まった。

失われた世界のページを求めて、無数の本の世界を巡る、果てしないとも言える旅が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

ま、後編はこんな感じで。

【咲】 ここから何々編って感じで進めていくわけね。

そゆこと。 最初は何になるかなぁ……。

【咲】 まだ決まってないの?

いや、候補はあるけど……まだ思案中って感じだね。

【咲】 見てる人からリクエスト取るとかしたら?

まあ、それも一つの手ではあるね……。

【咲】 ま、決まってもあんたは構想を考えてるとかなんとか理由つけて逃げそうだけどね。

む、そんなことはない……と思う。

【咲】 そこは断言して欲しいわね。

それは難しい注文だ。

【咲】 どこがよ!!

げばっ!!

【咲】 たくっ……これだから駄目作家は。

うぅ……まあ、見ている人からリクエストが来るにしても、自分で決めた奴にしても、早く書くようにはするさね。

【咲】 そうしなさい。 じゃ、今回はこの辺でね♪

また次回お会いしましょう〜ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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